修行 初日
第三十三話
東雲組の事務所に着くと、二人を待っていたのは積田だった。
「来たか」
「ああ。今日からよろしく」
蓮が軽く頭を下げる。
孝太郎も続いて頭を下げた。
「よろしくお願いします」
積田は二人を交互に見る。
「堅苦しい挨拶や、敬語はいらねぇよ。俺もお前らを鍛える以上、遠慮はしない」
そう言って、事務所の奥へ歩き出した。
「まずは組み手だ」
「いきなり?」
蓮が聞き返す。
「今のお前らを知らねぇのに、何を鍛えるか決められるか?」
「……なるほど」
蓮が納得したように頷く。
三人は事務所の裏手にある広い稽古場へ向かった。
積田は二人から少し離れた場所で腕を組む。
「二人とも、本気でやれ。ただし殺す気でやる必要はねぇ」
「分かった」
「了解」
蓮と孝太郎が向かい合う。
しばらくの沈黙。
先に動いたのは蓮だった。
「行くぞ、孝太郎!」
地面を蹴る。
龍包囲・体。
身体に巡らせた魄が、蓮の動きを一段引き上げる。
一気に間合いを詰め、拳を振り抜く。
孝太郎は紙一重でかわした。
「速くなったな」
「そっちこそ!」
蓮が振り返る。
その瞬間、孝太郎の足が蓮の軸足を払った。
「うおっ!」
蓮が体勢を崩す。
だが、倒れる直前に手をついて身体を捻り、そのまま距離を取った。
「危ねぇ……」
「まだまだ」
孝太郎が追う。
二人の攻防が続く。
蓮は龍包囲による身体能力。
孝太郎は相手の動きを読み、隙を突く。
しばらくして、積田が手を上げた。
「そこまでだ」
二人が動きを止める。
「……はぁ」
蓮が肩で息をする。
孝太郎も息を整えながら積田を見る。
積田は二人の間を歩く。
「蓮」
「はい」
「お前は身体能力そのものは悪くない。龍包囲も使えてる」
蓮が少し嬉しそうにする。
だが積田は続けた。
「ただ、龍包囲に頼ってる部分が大きい」
「……」
「攻める時も守る時も、結局は身体能力で押してる。相手がお前より強かったら、それだけじゃ相手にやられてしまう。この組み手は孝太郎が龍術を使わなかったから、戦えていたようなもんだ」
蓮は黙って聞いている。
次に積田は孝太郎を見る。
「孝太郎」
「はい」
「お前は相手を見切るのが上手い。自分より速い相手にも対応できてる」
「……それって褒めてる?」
「うるさい、最後まで聞け」
蓮が吹き出す。
積田は構わず続けた。
「ただ、お前には決定打がねぇ」
孝太郎の表情が変わる。
「相手の攻撃を避ける。隙を突く。そこまではできる。だが、その先がない。カウンターを龍術なしでできているのはお前がフィジカルギフテッドなだけでそれは今回のように龍包囲しか使えない蓮だから成立したと言える」
「……確かに」
黒崎との戦いでもそうだった。
仲間を支えることはできても、自分一人で状況をひっくり返す力はなかった。
積田は二人を見た。
「だから、今のお前らを見ただけじゃ、まだ具体的な修行は決められねぇ」
「ならどうするんだよ」
蓮が聞く。
積田は稽古場の隅に置いてあった木箱から、浅い皿を二枚取り出した。
「性質を見る」
「性質?」
「自分の魄が、どんな性質を持ってるのかだ」
積田は皿を二人の前に置く。
そこへ龍魄を注いでいく。
皿の底が見えなくなる程度まで、龍魄が満たされた。
「これに指を入れろ」
「指?」
「一分間、そのままだ」
蓮が皿を覗き込む。
「これだけで分かるのか?」
「分かる」
積田は短く答えた。
「龍魄は、術師の性質に反応する。色が変われば、その色が性質を示す」
蓮が自分の皿を見る。
「じゃあ、やってみるか」
人差し指を龍魄の中へ入れる。
積田が時計を見る。
「始め」
一分。
蓮はじっと待つ。
やがて――
龍魄の色が、ゆっくりと変わった。
「おお……」
孝太郎が声を漏らす。
積田が皿を覗き込む。
「……性質は出たな」
「何の性質?」
「この色は吸の性質だ」
積田は皿を横へ置いた。
「次、孝太郎」
「俺か」
孝太郎も同じように指を入れる。
一分。
積田が時間を測る。
「……」
何も起こらない。
さらに数秒待つ。
それでも、龍魄の色は変わらなかった。
孝太郎が皿を見る。
「……変わらないな」
積田も黙っている。
「失敗?」
蓮が聞く。
「いや」
積田は首を横に振った。
「色が出ないのは珍しいがやり方間違ってない。色が薄くなっているのかも」
「なんだそれ」
「しらねぇよ。そんな事俺に聞くなだいたい色が変化しないなんてそんな事なかったんだがな」
積田は皿から目を離し、孝太郎を見る。
「だが、覚えておけ。お前の魄は、少なくとも普通の反応をしていない」
孝太郎は自分の指を見る。
そして、皿を見る。
何かを考えるように黙った。
積田は二人を並べて見た。
「……面白いな」
「お前ら、別々の修行をするぞ」
積田は二人の皿をそれぞれ見た。
「蓮は自分の性質を持ってる。ただ、それを今の戦い方に繋げられてねぇ」
そして孝太郎を見る。
「お前は、そもそも性質が表に出てこない」
「……」
「だから明日から、別々に鍛える」
蓮が目を丸くする。
「別々?」
「ああ」
積田は淡々と言った。
「お前らに必要なのは、同じ力じゃねぇからな」
そう言って、積田は二人に背を向ける。
「今日はここまでだ。明日から本格的に始めるぞ」




