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無盃の将  作者: G
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束の間のひと時

第三十二話


病院の廊下。


孝太郎と蓮は、祀がいる病室の前まで来ていた。


「俺、ちょっと親父と話してくる」


「うん」


孝太郎が病室の扉を開ける。


「親父」


「おう、孝太郎か」


ベッドの上で祀が顔を上げた。


「わざわざ来たのか?」


「まあな。明日から修行に行くことになったから」


「修行?」


「ああ。会長に話をもらってな。積田さんって人に見てもらう」


「積田……丸野のところの若頭か」


「知ってんのかよ」


「そりゃ知ってるさ」


祀が笑う。


「お前もいよいよ本格的に鍛えるんだな」


「俺だけじゃない。蓮も一緒だ」


「そうか」


祀は少し考えるように天井を見る。


「しばらく帰ってこないのか?」


「たぶん。どれくらいになるかはまだ分からない」


「そうか…しっかりやってこいよ」


「……ああ」


二人の間に、少しだけ沈黙が落ちる。


けれど、重い空気にはならなかった。


「今回は俺のためにすまなかったな」


「そんなことないよ…ここまで育ててもらった恩があるから」


「本当は自分のために生活して欲しかったんだがな」


「どのみち俺は親父のために動く人生だったと思うよ」


「お前、前に渡した巻き物を覚えてるか?」


「あー、ポケットにしまってあるはず」


 孝太郎は胸の内ポケットに手を入れて巻き物を取り出す


「それなぁ、なんかあったら使ってくれ」


「これなんなんだよ」


「まぁお守りみたいなものさ…」


「親父が言うなら来る時に使うとするよ」


 親父が笑顔で俺を見ていた。


しばらく会えなくなるからこそ、孝太郎はこんな時間を大切にした。


それと同時に笑顔を見てか、目から涙が溢れて来た。


その頃――。


病室の外から足音が近づいてくる。


澪だった。


「孝太郎……?」


その姿を見つけた蓮が、廊下で声をかける。


「あ、澪さん」


「蓮。孝太郎は?」


「今、中にいる」


「じゃあ、私も――」


澪が扉に手を伸ばそうとしたところで、蓮が止めた。


「今は二人にさせてあげてくれない?」


「……二人?」


「うん。たぶん、しばらく会えなくなるから」


澪は一瞬、病室の扉を見る。


そして小さく頷いた。


「……分かった」


「ごめん」


「ううん。そうだよね」


澪は扉から少し離れた椅子に腰を下ろした。


「終わったら教えて」


「分かった」


蓮もその場に残った。


しばらくして。


病室の扉が開く。


「じゃあ、親父。またな」


「ああ」


孝太郎は祀に背を向ける。


「次に会う時は、もっと強くなってるから」


「ああ、」


孝太郎は笑って病室を出た。


扉が閉まる。


その前で待っていた澪に気づく。


「兄さん、終わった?」


「ああ」


「じゃあ、私――」


澪が病室へ入ろうとする。


その時だった。


「……中、入れよ」


「え?」


孝太郎が扉を開けようとする。


しかし、その横から蓮が口を挟んだ。


「いや、組員とはいえ今入ったらまずいだろ」


「……は?」


孝太郎が固まる。


澪も目を丸くする。


蓮は二人を交互に見た。


孝太郎が澪を見る。


澪も孝太郎を見る。


そして孝太郎が、何かを思い出したように頭をかいた。


「あ」


「どうした?」


「そういや俺、まだ自己紹介してなかったなぁ」


「……確かに」


「慌ててたから」


孝太郎は蓮の方へ向き直る。


「改めて紹介する」


隣にいる澪を指す。


「こいつは荒木澪。俺の妹だ」


「…………妹?」


蓮の目が大きくなる。


「え?」


「だから、妹」


「いやいやいや!」


蓮が澪を見る。


そして孝太郎を見る。


「初耳なんだけど!?」


「言ってなかったからな」


「言ってなかったからな、じゃないだろ!」


澪が小さく笑う。


「蓮、初めまして。荒木澪です」


「……神代蓮です」


蓮は少し戸惑いながら頭を下げる。


「よろしく」


「よろしく」


こうして蓮は初めて、孝太郎の妹――澪と正式に顔を合わせた。


そしてその日の最後に、ようやく三人の間に新しい関係が生まれた。


明日から始まる修行を前に、束の間のいつもの日常が過ぎていった。

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