葵組
第二十九話
葵組の事務所へ着いた頃には、丸野の呼吸はさらに荒くなっていた。
それでも足は止めない。
「ここだ」
丸野が短く言う。
扉が開く。
中にいた組員が丸野の姿を見て、すぐに道を空けた。
「若頭のSomaliさんを読んでくれ」
孝太郎が言う。
「もう来てるよ」
声がした。
奥から一人の女性が歩いてくる。
「……丸野の頭じゃない」
Somaliだった。
葵組の若頭である彼女は、丸野の姿を見るなり表情を変えた。
「何があったの?」
「後で話す」
丸野は壁に背を預けた。
「今は時間がないんだ」
Somaliは丸野の腕を見る。
皮膚の一部を覆う鱗。
明らかな龍化の兆候だった。
「……喰天?」
「ああ」
「まさか、使ったの?」
「使った」
Somaliは小さく息を吐いた。
「相手は?」
「鳴神所の増井と黒崎だ」
その名前にSomaliの目が細くなる。
丸野は、今回起きたことを順番に話した。
黒崎を追って縦須賀へ向かったこと。
そこで増井と遭遇したこと。
黒崎が大量の龍魄を取り込み、龍化したこと。
そして三人で黒崎を止め、最後に丸野が喰天を使ったこと。
「……喰天でこんなに」
Somaliが確認する。
「使わざる得なかったんだ」
「たいそう派手に使ったみたいだね」
Somaliが龍化した腕を見る。
「喰天は相手の魄を食い尽くす。でも、取り込んだ量が多すぎれば術者自身の身体が耐えられなくなる」
「あぁ」
「このまま放っておけば、龍化が進む」
「だからお前のところに来たってわけだ。ゴホォ、ゴホォ」
丸野がSomaliを見る。
「俺の中に残ってる魄を吸ってくれ」
Somaliは少し黙った。
「……分かった」
「戻せるか?」
「やってみないと分からない。でも、同じ『吸』なら余分な魄を抜くことはできる」
「十分だ」
Somaliは丸野の身体をもう一度確認する。
「ただ、一度に全部は無理。時間をかけて少しずつ抜く」
「それでいい」
丸野は蓮と孝太郎を見る。
「俺はここに残るから本部に戻って報告をしといてくれ。今回の戦闘はお前らが居なかったらやばかった、ありがとう」
「分かりました丸野さんも早く治してください。
お世話になりました!」
孝太郎が答える。
「俺たちは本部へ戻る」
蓮も頷いた。
「任務の報告、しておく」
「あぁ」
丸野はそれだけ言った。
「また、丸野さん!」
「ああ」
孝太郎と蓮は踵を返す。
そのまま二人は葵組を後にした。
扉が閉まる。
事務所に残ったのは、丸野とSomaliだった。
Somaliが丸野を見る。
「さて……」
「始めるか」
「頼むわ」
Somaliが手を差し出す。
「その前に一つだけ」
「なんだ?」
「次から終境を使うときは、もう少し加減して」
丸野は少しだけ笑った。
「考えとくわ」
「私も無限に抜けるわけじゃないんだから」
「……わかってるよ」
Somaliが呆れたように息を吐く。
そして、丸野の龍化した腕へ手を添えた。
「じゃあ、抜くよ」
葵組の中に、静かな魄の流れが生まれた。




