龍玉
第四話
「試験開始。」
老人の一声とともに、百二十八人の受験者が一斉に森へ駆け出した。
しかし。
ただ一人。
雷神組の少年だけは動かなかった。
蓮はその姿を見て首を傾げる。
「行かないのか?」
少年は森の奥を見つめたまま、小さく呟く。
「……いる。」
「もう見つけた。」
その一言だけ残し、少年は静かに森へ歩き出した。
「なんなんだ、あいつ……」
蓮は胸騒ぎを覚えながらも、森へ足を踏み入れる。
⸻
深い森の中。
木漏れ日が差し込む道を、蓮は慎重に進んでいた。
老人の言葉が頭をよぎる。
「諸君らに課す課題は一つ。」
「龍を倒すことではない。」
「龍から『龍玉』を奪い、日没までに持ち帰れ。」
龍玉。
龍の体内で長い年月をかけて生まれる核。
龍術の源ともいわれる希少な宝玉だ。
(倒さなくてもいい……とは言っていたが。)
(龍玉を奪うなんて、結局は龍と戦うしかないだろ。)
蓮は苦笑した。
その時だった。
ガサッ……
茂みが揺れる。
蓮は木刀を構えた。
飛び出してきたのは龍ではない。
一人の受験者だった。
肩で息をし、顔は真っ青になっている。
「逃げろ……!」
「え?」
「試験用の龍じゃない……!」
「本物だ!!」
叫んだ直後。
ドォン!!
地面が大きく揺れた。
一本の巨木が根元から吹き飛び、蓮たちの目の前へ倒れてくる。
その奥から姿を現したのは、漆黒の鱗をまとった巨大な龍だった。
老人が言っていた討伐対象とは明らかに違う。
禍々しい殺気。
黄金色に光る双眸。
口元から漏れる黒い瘴気。
「嘘だろ……。」
受験者の一人が腰を抜かす。
「こんなの聞いてねぇ……。」
龍はゆっくりと蓮たちを見下ろし、鼻を鳴らした。
まるで獲物を選ぶように。
そして。
「グオオオオオオォォッ!!」
咆哮とともに、黒い炎が森を焼き尽くす。
悲鳴が響き渡る。
逃げ惑う受験者たち。
蓮も間一髪で横へ飛び、黒炎を避けた。
「これが……龍。」
圧倒的だった。
勝てる気がしない。
その時。
「やっぱりいたか。」
聞き覚えのある声がした。
蓮が振り向く。
そこには、雷神組の少年が立っていた。
その瞳には恐怖がない。
あるのは確信だけだった。
「最初から気づいていた。」
少年は腰の刀を静かに抜く。
「こいつは試験用の龍じゃない。」
「誰かが、この森へ放った。」
その一言に、蓮は息を呑んだ。
「……誰かが?」
少年は龍から目を離さないまま答える。
「試験を壊そうとしている奴がいる。」
黒龍は低く唸り、ゆっくりと二人へ向き直る。
試験は、もう終わった。
ここから始まるのは——
生き残るための戦いだった。
第四話 終




