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無盃の将  作者: G
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偶然

第十五話


依頼先へ向かうには、まだ少し時間があった。


孝太郎は街を歩きながら、時計を確認する。


「……少し早いか」


朝から動き回っていたせいか、腹も減っている。


ふと目に入ったカフェに、孝太郎は足を向けた。


店内に入り、窓際の席へ座る。


「コーヒー一つ」


注文を済ませると、孝太郎はテーブルの上に依頼書を置いた。


要人警護の任務。


報酬は、普段の玄武組の仕事と比べてもかなり高い。


――これだけあれば、少しは足しになる。


祀の治療費。


その金額を思い出すだけで、胃の奥が重くなる。


「……簡単にはいかねぇな」


小さく呟いた、その時だった。


「お前、一人で何ブツブツ言ってんだ?」


聞き慣れた声。


孝太郎が顔を上げる。


「……蓮?」


そこに立っていたのは神代蓮だった。


「やっぱり孝太郎じゃん」


蓮は笑いながら、孝太郎の向かいの椅子を引いた。


「座っていい?」


「もちろん」


蓮はそのまま座った。


孝太郎と蓮が仲良くなったのは、黒龍との戦いより前のことだった。


最初は、ただ仕事で顔を合わせる程度だった。


組も立場も違う。


それでも、何度か話すうちに妙に気が合うことが分かった。


龍術の話をしても、くだらない話をしても、なぜか話が続く。


そのうち仕事がなくても一緒に飯を食うようになり、今では互いに遠慮なく話せる友人になっていた。


「何飲む?」


孝太郎が聞く。


「コーヒー」


「お前もかよ」


「悪いか?」


「別に」


蓮が店員を呼び、同じものを注文する。


「で?」


蓮が依頼書を覗き込む。


「また仕事?」


「ああ」


「護衛?」


「ああ」


「一人で?」


「そのつもり」


蓮が眉をひそめる。


「最近、一人で危ない仕事ばっかり受けてないか?」


「うちは人数が少ないんだからしょうがないだろ?」


「俺も手伝おうか?」


「ありがたいが護衛だし大丈夫だろ」


「なら龍術使えるようになったのかよ」


「うるせえな」


孝太郎は苦笑した。


「俺はあれから修行して龍術を使えるようになったんだ」


「え?お前が」


蓮が自慢してきた。


孝太郎は一瞬だけ黙る。


「……なんで俺は使えないんだ」


「龍魄は飲んで盃を交わしたはずなんだ」


「いや、なんでもない」


コーヒーが運ばれてくる。


二人はそれぞれカップを手に取った。


「….孝太郎?」


蓮は言葉が詰まった


「俺も修行で使えるようになった」


「修行?」


「龍魄を飲んだものなら誰でも使える術らしい」


「まじかよ」


孝太郎が吹き出す。


「俺も使えるか?」


蓮を見つめる。


「修行すればな」


「へぇ」


「龍魄の制御ができるまで何回でもやり直し。ちょっとでも乱れたら最初から」


「お前がそこまで言うなら相当だな」


「まあな」


孝太郎は静かにコーヒーを飲みほした。


「俺にもチャンスがあるじゃねぇか」


つい嬉しくて言葉が漏れてしまった孝太郎。


「お互いに頑張ろうな」


「なら今度、手合わせするか?」


「いいな」


蓮が笑う。


「負けねぇぞ」


「こっちもだ」


二人は笑い合った。


それからしばらく、くだらない話をした。


修行の愚痴。


組の連中の話。


気づけば、依頼へ向かう時間が近づいていた。


孝太郎が時計を見る。


「……そろそろ行くか」


「もうそんな時間か」


「俺、仕事だから」


「ああ」


蓮は少し考えた。


「本当に一人で大丈夫か?」


「大丈夫」


「無茶するなよ」


「分かってる」


孝太郎が席を立つ。


「じゃあな」


「ああ。」


「今度飯でも奢るわ」


「ありがとう」


店を出る。


蓮とはそこで別れた。


孝太郎は一人、依頼先へ向かう。


歩きながら、さっきまでの会話を思い返す。


久しぶりに、何も考えず笑った気がした。


だが――。


胸の奥には、あの金額が残っている。


祀の治療費。


「……まだまだ足りねぇ」


孝太郎は拳を握った。


今日の依頼は、そのための最初の一歩だ。


親父のために。


玄武組のために。


そして――自分自身のために。



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