龍神組
第二話
「おい蓮!!」
「ん?」
「お前、また勝手に依頼受けただろ!」
「受けてねぇよ!」
「じゃあ何で今朝から龍神組の冷蔵庫が空なんだ!!」
「腹減ってた!」
「食ったのかよ!!」
龍神組の事務所に怒号が響き渡る。
「組長が楽しみに取っておいた高級肉だぞ!」
「すげぇ美味かった!」
「お前の感想なんか聞いてねぇ!!」
今日も今日とて、龍神組は騒がしかった。
連合に所属する百を超える組の中でも最弱と呼ばれる小さな組。
龍術師の数も少なく、連合内での発言力も決して高くはない。
だが、この組には他の組にはないものがあった。
――家族のような温かさだ。
「はぁ……。」
副組長の隼人は頭を抱える。
「何でお前は十六にもなってそんなに食うんだ。」
「成長期!」
「五歳からずっと言ってるよな、それ。」
「まだ成長する予定だから!」
「身長だけ伸びろ。」
そんな二人のやり取りを見て、事務所にいた組員たちは笑い声をあげる。
蓮が龍神組に来てから十一年。
最初は泣いてばかりだった少年も、今では龍神組になくてはならない存在になっていた。
「そういや蓮。」
「何だ?」
「来月だったな。」
「あぁ。」
蓮の表情が少しだけ真剣になる。
「龍の盃の儀だ。」
龍の盃。
それは、龍術師となるための第一歩。
龍魄より精製された力をその身に宿し、龍術師として認められるための神聖な儀式だった。
しかし、その代償は大きい。
龍魄に適応できなかった者は龍へと変貌する。
あるいは、その場で命を落とすことさえある。
だからこそ、人は龍の盃を恐れ、そして憧れる。
「今年で何回目だ?」
「三十一回目!」
「胸張って言うことじゃねぇ。」
蓮は生まれつき龍魄適性を持っていなかった。
十年間、何度も検査を繰り返した。
その結果は全て同じ。
――龍術適性なし。
連合の歴史を見ても、ここまで適性がない人間は珍しい。
それでも蓮は諦めなかった。
「今年は絶対に受かる。」
「去年も一昨年も聞いた。」
「夢は諦めたら終わりだ!」
「お前だけは本当に諦めないよな。」
隼人は苦笑する。
誰よりも才能がない。
誰よりも弱い。
それなのに、この少年だけは誰よりも大きな夢を語る。
「俺は会長になる。」
「また始まった。」
「龍化で泣く奴をなくして、みんなが笑って飯を食える世界を作る!」
「だから会長になる!」
事務所の空気が少しだけ静かになる。
その夢を笑う者は、もう龍神組には一人もいなかった。
最初は無理だと思っていた。
だが、この十一年間。
何度転んでも立ち上がる少年を見続けてきた。
「なぁ、蓮。」
「何だ?」
「もし本当に会長になったら、俺たちはどうなる?」
「決まってるだろ。」
蓮は満面の笑みを浮かべる。
「龍神組が連合最強の組になる!」
「出世しすぎだろ。」
「毎日高級肉だ!」
「結局飯か。」
事務所に笑い声が響く。
その時だった。
コンコン。
事務所の扉を叩く音が鳴る。
「はいよ。」
隼人が扉を開いた瞬間、その表情が凍りついた。
「……連合本部?」
そこに立っていたのは、黒い外套を纏った一人の男だった。
胸元には、連合本部直属の紋章が刻まれている。
「龍神組で間違いないな。」
「あ、あぁ。」
「神代蓮はいるか。」
事務所の空気が張り詰める。
連合本部の人間が、わざわざ最弱の組を訪れることなど滅多にない。
「俺だけど?」
男は蓮を見つめる。
「神代蓮、十六歳。」
「龍術適性なし。」
「喧嘩は弱い。」
「最後のは余計だ。」
「だが、十一年前に会長直々に保護された唯一の少年。」
「!?」
その言葉に、組員たちが目を見開く。
「来月行われる龍の盃の儀について伝達だ。」
男は一枚の書類を机に置いた。
「今年から選定方法が変わる。」
「選定方法?」
「龍の盃を受ける資格を得るためには、試験を突破してもらう。」
「試験?」
「龍術の才能は問わない。」
「!」
「必要なのは、龍術師としての覚悟だ。」
蓮は拳を握り締める。
「つまり、俺にも受ける資格があるってことか?」
「ある。」
「ただし――。」
男の目が鋭くなる。
「死ぬ覚悟があるならな。」
その言葉に、事務所は静まり返った。
しかし、一人だけ。
少年は笑っていた。
「そんなの最初から決まってる。」
「俺は会長になる。」
「そのためなら、何回だって立ち上がってやる。」
男は小さく口元を緩める。
「なるほど。」
「少しだけ、お前が気に入った。」
だが、まだ誰も知らない。
この試験が、神代蓮の運命を大きく変えることを。
そして、この試験で一人の少年と出会うことを。
龍術を持たぬ天才。
後に、生涯のライバルとなる男と――。




