竜の盃
前書き
この世界には、龍と呼ばれる怪物がいる。
人を喰らい、街を壊し、多くの命を奪う存在。
人々は龍に対抗するため、龍の血から生まれた力――龍魄を手に入れた。
力を得た者は龍術師となり、人々を守る。
しかし、全ての人間がその力を扱えるわけではない。
適応できなかった者は、龍へと堕ちる。
そんな世界で、一人の少年がいた。
神代蓮。
龍術を使えない。
特別な才能もない。
それでも少年は言う。
「俺は会長になる。」
「誰も泣かない世界を作る。」
これは、何も持たなかった少年が、
仲間と出会い、
想いを受け継ぎ、
世界で最も多くの人間を守る存在へと成長していく物語。
――これは、力ではなく絆を信じた少年の物語。
『無盃』
始まります。
第一話 「龍の盃」
「会長って、どんな人なんだ?」
少年の問いに、一人の男は煙草を吹かしながら答えた。
「世界で一番強い男だ。」
「へぇ。」
「そして世界で一番、多くの人間を守った男だ。」
「じゃあ俺も会長になる!」
「ほぉ?」
「龍なんか全部ぶっ殺して、誰も泣かない世界を作る!」
男は少しだけ目を見開き、やがて優しく笑った。
「なら、お前はまだまだ弱い。」
「何でだよ!」
「一人で何でも背負おうとしてる。」
「一人で守れるなら、それでいいだろ!」
「違う。」
男は空を見上げながら言った。
「本当に強い人間ってのは、多くの者を守れる人間のことだ。」
「……。」
「覚えておけ。強い人間は、一人じゃ生まれない。」
◇◇◇
この世界には二種類の怪物がいる。
人を喰らう龍。
そして、龍を喰らう人間だ。
千年以上前、この世界に龍魄という力が生まれた。
龍の血より精製された生命エネルギー。
適応した者は龍術を扱い、適応できなかった者は龍へと変貌する。
龍化。
それは人類が最も恐れる災厄である。
だからこそ、人は龍を狩る。
そして龍を狩る者たちは『組』を作り、互いに力を貸し合いながらこの世界を守り続けてきた。
百を超える組を束ねる頂点の存在。
――連合会長。
それこそが、この世界で最も多くの命を背負う者の称号である。
◇◇◇
「蓮!!逃げなさい!!」
「母ちゃん!!」
五歳の少年は泣きながら叫んでいた。
燃え盛る街。
人々の悲鳴。
そして、一匹の龍。
その龍は人を襲っていた。
だが、少年だけは知っている。
その龍が誰なのかを。
「いや……。」
「母ちゃん……。」
巨大な龍の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
「れ……ん。」
「生き……て。」
最後の理性を振り絞り、龍は自らの身体で少年を守っていた。
その瞬間だった。
空から一人の男が舞い降りる。
「会長!」
「間に合いましたか!」
二十四歳という若さで最強と謳われた龍術師。
後に連合会長となる男だった。
「待て。」
「しかし!」
「この龍はまだ人だ。」
「!?」
龍は少年の頭を優しく撫で、最後に小さく微笑んだ。
『ごめんね。』
その言葉を最後に、龍の瞳から光が消える。
「……。」
男は静かに刀を握った。
「約束する。」
「この子は俺が守る。」
そう言って、一人の少年を抱き上げた。
◇◇◇
それから十一年。
「また落ちたのか?」
「うるせぇ!」
「これで三十回目だぞ!」
「次は受かる!」
「お前、それ二十九回目も言ってたぞ。」
龍神組。
連合の中でも最弱と呼ばれる小さな組だった。
そして、その事務所の前で騒いでいる少年こそが、
――蓮。
十六歳。
夢は連合会長になること。
そして、
「龍化で誰も泣かない世界を作る!」
それが少年の夢だった。
「お前、本当に龍術が使えないのに会長になる気か?」
「なる。」
「無理だろ。」
「知ってる。」
「……。」
「でもなる。」
龍神組の仲間たちは頭を抱える。
龍術が使えない。
龍魄の適性もない。
喧嘩も特別強いわけではない。
それなのに何故か諦めない。
「何でそこまで会長になりたいんだ?」
「決まってる。」
蓮は笑った。
「みんなで笑って飯を食える世界にしたいからだ!」
「スケールでけぇな、おい!」
「龍化で泣く奴も、仲間を失って泣く奴もいなくなればいい!」
「だから俺は会長になる!」
誰よりも弱く、誰よりも大きな夢を語る少年だった。
だが、誰も知らない。
この少年の身体には『神体』と呼ばれる存在が宿っていることを。
誰も知らない。
千年以上前から続く実験が、この少年の誕生を待ち続けていたことを。
誰も知らない。
この少年が、やがて数千、数万の龍術師たちの想いを受け継ぎ、この世界の運命を変える存在になることを。
そして、この日を境に少年は出会う。
龍術が使えない、一人の天才と。
後に生涯のライバルとなる男と。
これは、一人の孤児が多くの仲間と出会い、数多の想いを継承し、この世界の頂点へと至る物語。
――龍の盃を交わす、その日まで。
後書き
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
『無盃』という物語は、「力を持つ者が勝つ世界で、力を持たない者はどう戦うのか」という疑問から生まれました。
主人公の蓮は、最初から最強の存在ではありません。
失敗します。
負けます。
何度も自分の無力さを知ります。
それでも前に進める理由は、彼が一人ではないからです。
この作品で描きたいものは、ただ強い主人公の成長ではありません。
誰かから受け取った想いを、次の誰かへ繋いでいくこと。
血の繋がりがなくても、家族になれること。
一人ではできないことも、仲間となら乗り越えられること。
そんな「継承」の物語です。
これから蓮がどんな仲間と出会い、どんな敵と戦い、どんな答えに辿り着くのか。
最後まで見届けてもらえたら嬉しいです。
『無盃』をよろしくお願いします。




