嘘
第十二話
病院を出た孝太郎は、そのまま玄武組へ戻った。
頭の中には、医師から聞いた言葉が残っている。
――本人を連れてきてください。
それができれば苦労はしない。
親父に正直に話したところで、
『俺が病気だって?』
そう言って笑い飛ばすに決まっている。
そして最後には、
『そんな暇があったら仕事しろ』
と怒鳴るだろう。
孝太郎は組事務所の前で足を止めた。
中から、祀の怒鳴り声が
『酒持ってこいや!今日は飲みて気分なんだよぉ』
「祀さんもうあかんよ」
澪の声。
いつもの光景だった。
孝太郎は小さく息を吐いた。
そして、ふと気づく。
事務所の壁には、龍牙連合から届いた書類が何枚か貼られている。
組員向けの通達。
仕事の依頼。
龍魄の取り扱いに関する注意事項。
孝太郎はそれを見つめた。
「……定期検査」
ぽつりと呟く。
龍術を扱う者には、定期的な龍魄検査が行われることがある。
それなら――。
「……これなら」
祀を病院へ連れていける。
孝太郎は事務所へ戻ると、自分の部屋へ入った。
机の上に紙を広げる。
龍牙連合の過去の通知書。
そこに使われている書式を確認する。
そして、一枚の紙を取り出した。
「……親父」
紙にペンを走らせる。
『龍魄使用者定期検査実施通知』
対象者――千堂祀。
指定医療機関――。
書き終えたところで、孝太郎の手が止まった。
「……俺、何やってんだ」
偽造だ。
完全な嘘。
祀を騙している。
紙を破ろうとする。
しかし――。
『この鍵……どこのだ?』
あの日の祀の声が蘇る。
孝太郎は目を閉じた。
そして、紙をゆっくり封筒へ入れた。
「……悪い、親父」
翌朝。
「親父、これ」
祀が封筒を受け取る。
「なんだこれ?」
「連合からです」
「俺に?」
「定期検査だそうです」
祀は中の紙を読む。
「……病院?」
「はい」
「面倒くせぇな」
「全員受けるみたいですよ」
「俺は元気だぞ」
「知ってます」
「じゃあ行く必要ねぇだろ」
「決まりなんで」
祀は孝太郎を睨む。
「……お前、最近妙に俺に構ってねぇか?」
一瞬、孝太郎の心臓が跳ねた。
「気のせいですよ」
「そうか?」
「そうです」
祀はしばらく孝太郎を見る。
やがて、
「……チッ。分かったよ」
封筒を机に置いた。
「今日行けばいいんだろ?」
「はい」
「終わったら一服するからタバコ買ってこいや」
「分かりました」
祀は立ち上がる。
「澪も来るのか?」
「俺だけで大丈夫です」
「そうか」
祀は何気なく玄関へ向かう。
その背中を、孝太郎はじっと見つめていた。
自分が今からすることを、祀は何も知らない。
孝太郎は拳を握った。
――これでいい。
少なくとも、今は。
病院に着く。
受付を済ませると、祀が辺りを見回した。
「病院なんて久しぶりだな」
「そうですか?」
「昔は嫌いだったなぁ」
「今も嫌いじゃないですか」
「嫌いだよ」
祀が笑う。
その笑顔を見て、孝太郎は少しだけ胸が痛くなった。
検査が始まる。
龍魄濃度。
龍術の循環状態。
認知機能。
いくつもの検査を終え、最後に医師が結果を確認する。
紙をめくる音だけが、静かな診察室に響いた。
医師の表情が変わる。
「……千堂さん」
「ん?」
「少し、追加で検査を受けていただけますか?」
「まだあんのかよ」
祀が面倒そうに頭を掻く。
医師は笑わなかった。
「念のためです」
「……そうか」
祀は椅子から立ち上がった。
「じゃあ、やるか」
孝太郎は医師と目が合った。
その表情だけで分かった。
――何かある。
祀が検査室へ向かう。
扉が閉まる。
孝太郎はその場から動けなかった。
やがて医師が静かに口を開く。
「荒木さん」
「……はい」
「少し、お話があります」
孝太郎は息を呑んだ。
そして、医師の向かいに座った。




