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無盃の将  作者: G
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違うところで

第十話

蓮が知らない場所で、別の少年もまた、自分の帰る場所を守るために生きていた。


そこは、龍の災害によって大きな被害を受けた町の片隅。


人通りの少ない路地裏に、一軒の古びた建物が建っている。


看板には、かすれた文字でこう書かれていた。


――玄武組。


龍牙連合に属する組の一つ。


だが、その名を知る者は多くない。


組員はわずか六人。


事務所も古く、壁にはひびが入り、玄関の扉も少し傾いている。


大きなシノギを持っているわけでもない。


それでも、玄武組は今日もそこにあった。


「……くそ」


朝。


事務所の奥から、低い声が聞こえてくる。


「頭いてぇ……」


畳の上で、一人の男が頭を抱えていた。


玄武組組長――千堂祀。


手には酒瓶。


朝っぱらから酒を飲んでいる。


「また飲んでんのかよ」


台所から声が飛んできた。


荒木孝太郎。


玄武組の若手組員だ。


「朝からうるせぇな……」


「朝だから言ってんだよ」


「酒に朝も昼もねぇ」


「その理屈で毎日飲んでんじゃねぇか」


「分かってんじゃねぇか」


「威張るな」


孝太郎は呆れながら、出来上がった朝飯をちゃぶ台に並べる。


その横から、少女が顔を出した。


「兄ちゃん、それこっち」


「おう」


「あと、祀さんの分も」


「自分で取りに来いって言っとけ」


「どうせ来ないよ」


二人が同時に祀を見る。


祀は酒瓶を抱えたまま、畳に寝転がっていた。


「……寝てる」


「朝飯より酒が先だからね」


少女――荒木澪がため息をつく。


「まったく……」


孝太郎は祀のところまで歩いていき、酒瓶を取り上げた。


「おい」


「返せ」


「飯食ってから」


「嫌だ」


「子供かよ」


「酒は飯だ」


「違ぇよ」


孝太郎が酒瓶を取り上げたまま、ちゃぶ台へ戻る。


祀は不満そうに唸った。


「お前、最近生意気になったな」


「誰のせいだと思ってんだ」


「俺だな」


「分かってんじゃねぇか」


事務所の中に笑い声が響く。


そこへ、残りの組員たちも起きてくる。


「おはようございます」


「おう」


「孝太郎、今日仕事だろ?」


「ああ。昼前には出る」


「じゃあ、その前にこれ頼めるか?」


一人の組員が紙を差し出す。


孝太郎は受け取って内容を見る。


近所の店からの用心棒。


大した仕事ではない。


だが、玄武組にとっては大切なシノギだった。


「分かった」


「助かる」


「これくらいなら任せろ」


孝太郎は紙を畳んで懐にしまう。


その様子を見ていた澪が、ふと口を開く。


「……兄ちゃん」


「ん?」


「今日も学校行かないの?」


一瞬、事務所が静かになった。


孝太郎は少しだけ眉を動かす。


「行かねぇよ」


「でも……」


「俺が学校行ったら、誰が仕事すんだよ」


「他の人が……」


「お前、自分の仕事だけで精一杯だろ」


「それは……」


澪が口を閉じる。


孝太郎は笑った。


「気にすんな」


「でも兄ちゃん、まだ――」


「大丈夫だって」


軽く頭を撫でる。


「俺が好きでやってんだから」


その言葉に、祀が酒瓶を傾けながら口を挟んだ。


「孝太郎」


「なんだよ」


「学校は行け」


「またそれかよ」


「行けるなら行ったほうがいい」


「だったら仕事は?」


「俺がやる」


「無理だろ」


「なんでだ」


「昼には寝てる」


「……」


祀が黙る。


「図星かよ」


他の組員たちが笑う。


祀は不機嫌そうに酒を一口飲んだ。


「うるせぇな。俺だって昔はちゃんとしてたんだ」


「昔っていつだよ」


「……昔は昔だ」


「誤魔化した」


また笑い声が起こる。


玄武組は、今日もいつも通りだった。


小さな事務所。


少ない組員。


大した金もない。


それでも、誰かが飯を作り、誰かが仕事へ行き、誰かが掃除をする。


それだけの毎日だった。


昼前。


孝太郎は玄関で靴を履いていた。


「じゃあ行ってくる」


「兄ちゃん」


澪が玄関まで出てくる。


「何だよ」


「今日、帰ってくる?」


「帰るに決まってんだろ」


「遅くならない?」


「仕事次第だな」


「……そっか」


澪が少しだけ笑う。


孝太郎はその頭を軽く撫でた。


「心配すんな」


「子供扱いしないで」


「子供だろ」


「兄ちゃんだって子供じゃん」


「俺は兄貴だ」


「意味分かんない」


「兄貴ってのはそういうもんだ」


孝太郎は笑い、玄関を出た。


「気をつけろよ」


後ろから祀の声が飛んでくる。


「おう!」


孝太郎は振り返らず、手だけ上げた。


玄武組を出て、街へ向かう。


その足取りに迷いはない。


学校へ行く同年代の少年たちとすれ違っても、孝太郎は気にしなかった。


自分には自分のやることがある。


それだけだ。


――孝太郎にとって、玄武組は仕事場だった。


そして、帰る場所でもあった。


だから今日も働く。


明日も働く。


それが当たり前だと思っていた。


まだ、この日常がいつまでも続くと信じていた。

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