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無盃の将  作者: G
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初陣

第八話 


翌朝。


まだ太陽が昇りきる前から、白虎組の事務所には人の気配があった。


「……眠ぃ」


蓮は欠伸を噛み殺しながら、玄関先に立っていた。


肩には装備を入れた袋。


腰には短い鉄製の棍。




蓮が選んだのは、取り回しのしやすい簡素な武器だった。


「お前、本当にそれで行くのか?」


隣にいた仲間が棍を指差す。


「剣は?」


「いらねぇ」


「使ったことあるのか?」


「ない」


「じゃあなんで持ってるんだよ」


「……なんとなく」


「お前なぁ」


呆れた声が飛ぶ。


蓮は棍を軽く振ってみる。


ブンッ。


「まあ、殴れればいいだろ」


「龍化した獣を殴る気か?」


「そうだけど?」


「……馬鹿だろ」


「うるせぇ」


そのやり取りを少し離れた場所から見ていた宗玄が、口を開いた。


「蓮」


「はい」


「それでいい」


「え?」


仁は腰に差した刀へ手を添えた。


「武器なんてものは、自分が使えるものを選べばいい」


「……」


「ただし」


仁の目が鋭くなる。


「自分の命を預ける以上、最後まで使いこなせ」


「分かった」


蓮が頷く。


その時だった。


「そろそろ行くぞ」


若頭の声が響いた。


一同が歩き出す。


今日の任務は、白虎組の縄張りから少し離れた山道。


そこで龍化した獣が目撃されたらしい。


まだ被害は出ていない。


だが、放っておけば人里まで下りてくる可能性がある。


「なあ、仁」


歩きながら蓮が聞く。


「なんだ」


「龍化した獣って、どれくらい強いんだ?」


「個体による」


「じゃあ今回のは?」


「分からん」


「……それ大丈夫なのか?」


仁は少しだけ笑った。


「だから見に行くんだろ」


「そりゃそうだけど……」


蓮は前を見る。


昨日まで訓練していた場所とは違う。


今日は本物の任務だ。


胸の奥が少しだけ騒いでいた。


⸻


山道に入ってしばらくすると、先頭を歩いていた男が足を止めた。


「……いた」


全員が動きを止める。


仁が手を上げる。


蓮も息を殺して前を見る。


木々の隙間。


その奥から――


低い唸り声が聞こえた。


グルルル……


「……」


姿はまだ見えない。


だが、地面に残された爪痕だけで十分だった。


木の幹が大きく抉れている。


蓮の顔から、少しずつ笑みが消えていく。


「これ……」


「そうだ」


仁が答える。


「龍化した獣の爪痕だ」


その瞬間。


バキィッ!!


木が吹き飛んだ。


「うおっ!」


蓮たちが一斉に後ろへ飛ぶ。


巨大な獣が姿を現した。


四本の脚。


鋭い牙。


身体には黒い鱗が浮かび、額からは一本の角が伸びている。


その身体から、赤黒い龍魄が煙のように漏れ出していた。


「……でけぇ」


蓮が呟く。


獣が吠えた。


「グオオオオオッ!!」


空気が震える。


次の瞬間。


仁が前へ出た。


「下がってろ」


「仁!」


「こいつは俺が――」


仁の右腕に、紋様が浮かび上がる。


腕から肩へ。


龍の鱗を思わせる紋が、淡く光った。


蓮の目が見開かれる。


「……それが」


仁が刀を抜く。


「竜紋だ」


刀身に龍魄が纏わりつく。


「龍術――」


空気が一変した。


「――纏・刃」


次の瞬間。


仁の姿が消えた。


「――ッ!」


ドン!!


獣の横腹が大きく裂ける。


「すげぇ……」


蓮は思わず息を呑んだ。


昨日まで、自分が何度挑んでも一度も届かなかった仁。


その本気の姿は、まるで別人だった。


「龍術って……」


蓮が呟く。


「こんなことまでできるのか」


「見惚れてる場合じゃねぇぞ!」


仲間の声。


獣が体勢を立て直す。


仁が構える。


「来るぞ!」


獣が地面を蹴った。


仁が受け止める。


だが――


「ぐっ!」


巨体に押し込まれる。


「仁!」


蓮が走り出す。


「来るな!」


「でも!」


「お前じゃ止められん!」


獣の爪が振り下ろされる。


仁が刀で受ける。


ガァン!!


地面が大きく陥没した。


「……っ!」


蓮は足を止めた。


自分が入っていけば、邪魔になる。


そう分かっている。


でも。


「……俺だって」


蓮は棍を握り直す。


龍術は使えない。


竜紋もない。


それでも。


「何もできないわけじゃねぇ」


獣が仁を弾き飛ばした。


「仁!」


その瞬間。


蓮は走った。


真正面からではない。


獣の横。


そのさらに外側へ回り込む。


「こっちだ!」


獣が振り向く。


蓮は走る。


爪が迫る。


「――っ!」


紙一重でかわす。


地面が砕ける。


「うおっ……!」


一瞬でも遅れていたら終わっていた。


だが。


蓮は笑った。


「なるほど」


獣が再び向きを変える。


その動き。


右足だけが、ほんの少し遅れている。


蓮は見逃さなかった。


「……そこか」


蓮が踏み込む。


「蓮!」


仁が叫ぶ。


「右足だ!」


蓮は棍を握りしめる。


龍術で強化された身体ではない。


ただ、自分の身体だけ。


「うおおおおっ!!」


ドンッ!!


棍が獣の右脚へ叩き込まれる。


「グオッ!?」


獣の身体が傾いた。


その瞬間。


仁が動いた。


「よく見ていた」


刀が走る。


一閃。


獣の身体が大きく吹き飛んだ。


地面を転がり、やがて動かなくなる。


静寂。


蓮は荒い息を吐きながら、その場に立っていた。


「……終わった?」


仁が刀を収める。


「終わりだ」


「……」


蓮は自分の手を見る。


震えている。


怖かった。


本当に死ぬかと思った。


それでも。


「俺……」


仁を見る。


「役に立った?」


仁は少しだけ笑った。


「ああ」


「……!」


「龍術が使えなくてもな」


その言葉に、蓮は笑った。


「……そっか」


初めての実戦。


初めての龍化した獣との戦い。


そして蓮は初めて知った。


龍術を持たない自分にも――


戦い方はある。


帰り道。


蓮は何度も自分の右手を見ていた。


その手には、まだ棍を握った感触が残っている。


そして仁の言葉も。


「……自分の戦い方、か」


蓮は小さく呟いた。


まだ、それが何なのかは分からない。


けれど。


少しだけ。


その答えが見えた気がした。

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