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無盃の将  作者: G
1

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日常

第八話 帰る場所


白虎組事務所。


朝――。


「……暇だ。」


蓮は畳の上に寝転がり、天井を眺めていた。


「おい、神代!」


向かいから怒鳴り声が飛んでくる。


「新人が朝から寝てんじゃねぇ!」


「だってやることないんだもん。」


「だったら掃除でもしろ!」


「もう終わりました。」


「鍛錬!」


「朝からやりました。」


「じゃあ――」


「腹減った。」


「話を聞けぇ!」


事務所に笑い声が響いた。


蓮は最近、この場所に少しずつ慣れてきていた。


最初は怖かった。


周りにいるのは、自分より遥かに強い龍術師ばかり。


何をするにも緊張していた。


だが、数日も一緒に過ごしてみれば分かる。


飯を食えば取り合いになる。


鍛錬をすれば誰かが倒れる。


くだらないことで喧嘩をして、くだらないことで笑う。


――普通の人間と何も変わらない。


「蓮。」


声を掛けられ振り向く。


仁が腕を組んで立っていた。


「今日は休みだ。」


「……え?」


「全員休み。」


事務所が静まり返る。


「えええええ!?」


一斉に声が上がった。


「仁さんが休みって言ったぞ!」


「何年ぶりだ?」


「明日は龍が降るんじゃねぇか?」


「お前ら、俺をなんだと思ってる。」


仁は呆れた顔をする。


「最近、黒龍の件で全員が張り詰めすぎている。」


「今日は仕事を忘れろ。」


蓮の顔が一気に明るくなる。


「じゃあ遊びに行きましょう!」


「お前が一番元気じゃねぇか。」


「だって休みなんでしょ?」


「……好きにしろ。」


「やった!」


蓮は勢いよく立ち上がった。


⸻


街へ出ると、蓮はきょろきょろと辺りを見回していた。


「何だよ。」


「いや……。」


「こうやって大勢で街を歩くの、初めてだから。」


「そんなことで驚くなよ。」


仲間の一人が笑う。


「お前、今まで何してたんだ?」


蓮は少しだけ黙った。


「……いろいろ。」


それ以上は言わなかった。


仲間も、それ以上聞かなかった。


その代わり――


「腹減った!」


誰かが叫ぶ。


「お前さっき食っただろ!」


「別腹です!」


「何の別腹だよ!」


蓮も笑った。


「じゃあ俺も食う!」


昼過ぎ。


一行は商店街の外れにある飯屋へ入った。


「いらっしゃい!」


店主の声が響く。


全員が席につくと、宗玄がメニューを開いた。


「さて……今日は何を食うか。」


「俺、定食!」


「俺はラーメン!」


次々と注文が決まっていく。


蓮もメニューを眺めていた。


その隣で、一人の組員が腕を組みながら語り始める。


「飯っていうのはな、ただ腹を満たせばいいってもんじゃねぇんだ。」


「……?」


「一日の疲れを癒やし、明日への活力を――」


「食材の栄養バランスも大事だ。」


「……。」


「特に肉だけじゃなく野菜も――」


蓮が箸を持ったまま顔を上げる。


「うっさいわ、ぼけ。」


「お前なぁ!」


店内に笑い声が響く。


蓮はメニューを指差した。


「腹に入ればなんでも一緒や。」


「いや、全然違うからな!?」


「じゃあお前、好きなもん食えよ。」


「そういう問題じゃねぇ!」


「じゃあ何の問題だよ。」


「だから飯というものはだな――」


「また始まった。」


蓮が呆れた顔をする。


「お前ら、飯食うだけでなんでそんな喧嘩になるんだ。」


仁が呆れながら口を挟む。


すると蓮が即座に答えた。


「だってこいつ、飯食う前に話が長いんですよ。」


「お前が短気なんだよ!」


「うっさいわ、ぼけ。」


「二回言うな!」


また店内に笑い声が響いた。


やがて料理が運ばれてくる。


「お待ちどうさま!」


蓮の前に料理が置かれる。


「うわ、うまそう!」


さっきまで騒いでいた蓮が、目を輝かせる。


「いただきます!」


勢いよく箸をつける。


「……うまっ!」


その様子を見て、宗玄が小さく笑う。


「お前、本当に食うの好きだな。」


蓮は口いっぱいに頬張りながら答えた。


「飯は裏切らないんで。」


「それだけは同意する。」


そんな他愛のない会話が続く。


⸻


昼食を終えた後。


一行は商店街を歩いていた。


蓮は仲間たちと話しながら歩いている。


「なぁ蓮。」


「ん?」


「お前、龍術使えないんだよな?」


「今のところは。」


「それなのに盃を交わしたって聞いたぞ。」


「うん。」


「よくやったな。」


蓮は少し照れくさそうに笑う。


「……ありがと。」


その言葉に、仲間の一人が肩を叩く。


「まぁ、これからだ。」


「お前が強くなるところ、見てやるよ。」


蓮は目を丸くする。


「……本当に?」


「当たり前だろ。」


「仲間なんだから。」


その一言に、蓮は何も言えなくなった。


胸の奥が、少しだけ熱くなる。


「……うん。」


蓮は笑った。


「絶対、強くなる。」


⸻


夕方。


帰り道。


夕陽が街を赤く染めている。


蓮は少し後ろを歩いていた。


前を歩く仲間たちの背中を見る。


仁。


そして、今日一緒に笑った仲間たち。


蓮は小さく呟いた。


「……なぁ、仁さん。」


「なんだ。」


「俺……龍牙連合に入ってよかったです。」


仁が足を止める。


「急にどうした。」


「いや……。」


蓮は少し照れながら笑う。


「こうやってみんなで飯食ったり、くだらないことで笑ったりするの。」


「俺、今までこういうのなかったから。」


仁は黙って蓮を見る。


蓮は夕陽を見ながら続けた。


「なんか……楽しいです。」


しばらく沈黙が流れる。


そして仁が、ほんの少しだけ笑った。


「そうか。」


「なら、これからもっと楽しめ。」


「……はい!」


蓮は笑った。


そして前を歩く仲間たちへ駆け出す。


「おーい!」


「置いてくなよ!」


「お前が遅いんだろ!」


「待ってくれって!」


笑い声が夕暮れの街に響く。


蓮は知らなかった。


この場所が――


自分にとって初めての帰る場所になることを。


そしていつか。


この場所を守るために、自分のすべてを懸ける日が来ることを。


今はまだ、知らない。


ただ――


仲間たちと笑いながら歩く。


それだけでよかった。

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