日常編20 長兄の好物
牧場から離れた私とアドルグお兄様は、最寄りの町の食堂に足を運んでいた。
前にロヴェリオと、領地にある店に連れて行ってもらったことがある。そこは貴族の人達が御用達、みたいな所ではなく、大衆のためのものだった。
どうやらアドルグお兄様は、どちらかというとそういう店の方が好きであるらしい。今回もそういうお店を選んだようだ。
「驚きましたよ、まさかまたアドルグ様に足を運んでいただけるなんて……」
「そう改まる必要はない。といっても、無理な話か。このような形の訪問が、店にとって有益という訳ではないことは、俺もわかっている。長居するつもりはない。夕刻までには出て行こう」
「お気遣いいただき、ありがとうございます。しかし、有益ではないなど、とんでもない。アドルグ様に足を運んでいただければ、店の評判も上がるというものです」
私とアドルグお兄様が店に来たのは、夕食には少し早い時間であった。
この時間ということもあって、店には人はほとんどいない。個人のお客さんが一人ずついて、その二人はこちらのことを特に気にはしていなさそうだ。
そういう時間帯を、アドルグお兄様は敢えて狙ったということだろうか。貴族の来訪というのは、やはり騒ぎになるものだし。
「クラリア、好きなものを食べるといいが、この店の評判の料理――いや、これは俺が評価しているだけに過ぎないか。ともあれ、俺の勧めを聞いておいても損はないだろう」
「あ、そうですね。お願いします」
「オムライスだ。この店のそれは絶品だぞ?」
「オムライス、ですか?」
アドルグお兄様の言葉に、私は少し目を丸めることになった。
確かにメニュー表には、その料理の名前はある。ただ私としては、少し意外であった。
「アドルグお兄様も、オムライスを食べるのですね?」
「……待て、クラリア。お前は俺を何だと思っているのだ? オムライスくらい、誰でも食べるものだ。珍しいものでもなかろう」
「いえ、アドルグお兄様は優雅にステーキなどを食べている印象しかなくて……」
「ああいうものが嫌いという訳ではないが、俺は屋敷のメニューを心から喜べている訳ではない。まあ、屋敷での食事はマナーの修練の場でもあるからな」
アドルグお兄様に言われて、私は思い出す。そういえば屋敷での食事の場では、色々と言われてきたことを。
貴族というものは、外で食事する機会もある。そういう時のためにも、普段の食事から気を付けることは多い。メニューも自ずと、それに沿ったものになる。
それはアドルグお兄様にとっては、喜ばしいことではないということかもしれない。個人としては、むしろオムライスなどが好きということか。
「えっと、それなら私もオムライスを頼みますね? アドルグお兄様のお墨付きなら、間違いなくおいしいのでしょうし……」
「ああ、そうするといい。店主、オムライスを二つ頼む」
「かしこまりました」
私はアドルグお兄様と一緒に、オムライスを食べることにした。
まだ平民として暮らしていた頃、町に出た時にはよくそういったものを食べていた。それはお母さんとの楽しい思い出だ。
だからきっと今日も、楽しい時間になるだろう。私はそう思いながら、アドルグお兄様とともに料理が来るのを待つのだった。




