日常編3 ダンスの稽古で
私は基本的にはイフェネアお姉様の部屋で暮らしている。
それは、貴族としての振る舞いを習うためでもあった。そのことから自然と、私のそういったことへの教育係はイフェネアお姉様が担当することになっている。
今日はダンスを習っている。一応私も大まかには踊れるようになっているが、それでもまだまだなので、細かい部分をイフェネアお姉様から教えてもらっているのだ。
「クラリア、少し動きが固いわね。もう少し肩の力を抜けるかしら?」
「肩の力を抜く、ですか……はい、わかりました」
「……まあ、そう言われて抜くことは難しいよね。とはいえ、イフェネアお姉様の言う通りだ。クラリアはまだ体が強張ってしまっているみたいだね?」
ダンスの稽古ということで、相手役をオルディアお兄様が務めてくれている。お兄様もこういった立ち振る舞いに関しては上手なので、とても心強い。
私はとりあえず、肩の力を抜いてみる。そうやって体から力を抜いてみると、なんだかとても疲れが出てきた。私はそれだけ、緊張していたということなのだろう。
「少しステップが軽やかになってきたわね。その調子よ。そうね……クラリアはもう少しの間、意図的に力を抜くということを意識するといいわね」
「はい、そうしてみます」
イフェネアお姉様の言葉に頷きつつも、私はあまり自信はなかった。
舞踏会などの場は、どうしても緊張してしまうものだ。力を抜こうとしてもすぐに体が強張ってしまうのではないか、そう思ってしまった。
「心配しなくても大丈夫よ、クラリア。あなたの相手は、基本的にはロヴェリオだもの」
「え? ああ、そうですよね……婚約している訳ですから。でもロヴェリオ殿下が相手なら、猶更まずいような気がします。注目されるでしょうし、失敗したら……」
「その辺りも含めて、あの子がフォローしてくれるということよ。ロヴェリオを信じて、舞踏会には臨むことね。それがクラリアにとっては、多分一番いい結果を生むと思うわ」
イフェネアお姉様のこの助言は、私の心に響いてきた。
ロヴェリオ殿下を信じる。それなら、私でもできる気がする。いつもやっていることだから。
なんだか少しだけ、自信が湧いてきた。ロヴェリオ殿下に身を任せて踊る。そう思えば、私の体は軽やかになってくれるかもしれない。
「おっと、動きが変わったようだね……」
「そ、そうですか?」
「ああ、なんとも軽い動きだ。その調子だよ、クラリア」
助言によって、私の体は本当に軽やかに動いてくれたようだ。
流石はイフェネアお姉様である。私に対して、とても身になる助言をしてくれた。
「今の動きをよく覚えておいて……さて、そろそろ一旦休憩しようか?」
「休憩、ですか? でも、調子が良くなったのに……」
「それはそうかもしれないけれど、さっきから踊りっぱなしだからね。そろそろ休んだ方がいい。イフェネアお姉様、いいかな?」
「ええ、もちろんよ。怪我をするというのは、一番避けなければならないことだもの」
割と楽しく踊っていた私は、二人の言葉に少し自分の状態を意識することになった。
言われてみれば、確かに疲れているかもしれない。踊るのに夢中で気付かなかった。そろそろ休まないと、本当に怪我をしてしまうかもしれない。
「わかりました。それなら休みます」
「うん。クラリアは、そっちに座るといい。ああ、水も飲んでおいた方がいいね」
「あ、ありがとうございます」
私はオルディアお兄様に勧められた椅子に座り、差し出されたコップを受け取った。
そのまま私は、水に口をつける。踊った後だからだろうか、いつもよりその水はおいしいような気がした。
「ふう……」
「……それにしても、クラリアはロヴェリオの名前一つで、あそこまでやる気になれるものなんだね?」
「え?」
水を飲み終わった私は、オルディアお兄様の言葉に少し驚いた。
言った本人も、目を丸めている。それはなんというか、つい零れてしまったということなのかもしれない。
ただそう言われると、私としては少し居たたまれない気持ちになってしまう。確かに私は、ロヴェリオ殿下の名前でやる気を出した。オルディアお兄様と踊っていたというのに。
「オルディアお兄様、その、すみません……」
「え? あ、いや、別に咎めている訳ではないさ。というか、何かを言いたかった訳でもなく……」
「オルディア……ふふっ、あなたはロヴェリオ殿下に嫉妬していたのかしら?」
「そういう訳では……」
私やイフェネアお姉様の言葉に、オルディアお兄様は首を横に振った。
ただやはり、ショックを受けているように見える。それは私が、オルディアお兄様のことをそんなつもりはなかったとしても、蔑ろにしてしまったからだろう。
「オルディアお兄様が相手役で、不服だったという訳ではないんですよ? それは本当にありがたかったんですけど……」
「いや、気にしなくてもいいとも。兄と婚約者とでは、やる気も違うなどということは僕でも理解できるさ……理解できるとも」
「あら、オルディア……なんだかまるでアドルグお兄様みたいね?」
「……え?」
イフェネアお姉様が笑いながらした指摘に、オルディアお兄様はまた目を丸めた。
その表情はなんというか、少し嫌そうにも見える。それはアドルグお兄様みたいというのが、嫌ということだろうか。
「イフェネアお姉様、それは流石に不服ですよ。僕はアドルグお兄様程に過激ではありません」
「あら、オルディアはアドルグお兄様のことを尊敬しているのではないかしら?」
「貴族としての在り方は尊敬していますが、兄弟のことで暴走する面に関しては尊敬していません……」
「なるほど、そういうものかしら?」
オルディアお兄様はエフェリアお姉様とともに、アドルグお兄様達の過激な処罰に異を唱えていた側である。やはりああいった面を見習ってはいけないと思っているということだろうか。
「でも、オルディアも私達の一族の血が流れているのだから、何れはアドルグお兄様のようになると思うけれど……」
「それは……どういう意味ですか?」
「オルディアは今、クラリアのことを大切に思っているでしょう?」
「ええ、それはもちろんです」
「まあ、オルディアはまだ兄という立場になったばかりだから、まだ自覚がないのかしらね?」
イフェネアお姉様は、オルディアお兄様を見つめながら笑顔を浮かべていた。
その笑顔には、なんというか含みがある。何か、私やオルディアお兄様が知らないものがあるということなのだろうか。
「とはいえ、無自覚でももうその片鱗は表れている訳だけれど……エフェリアも同じかしら? あの子もオルディアのことはそこまで弟としては意識していないでしょうし」
「イフェネアお姉様、含みをもたせるのをやめていただけませんかね?」
「ふふっ……まあ、何れわかるわ」
私とオルディアお兄様は、イフェネアお姉様の言葉に顔を見合わせることになった。
オルディアお兄様も、何れはアドルグお兄様のようになる。それは本当なのだろうか。
もちろんオルディアお兄様なら立派な貴族になれるとは思うが、過激さという側面に関してはそうならないような気がする。
ただイフェネアお姉様の態度からは、確信めいたようなものが感じられる。私達のことをよく見ているお姉様がこう言っているのだから、可能性はあるかもしれない。
「まあ、オルディアお兄様がどのようになっても、私にとって頼りになるお兄様であることは変わりませんけどね……」
「クラリア……いや、それはもしかしてさっきのフォローなのかな?」
「え? いえ、そんなことはありません。ありませんとも……」




