蓮見健太郎の憂い
蓮見健太郎は紅屋の唐揚げ弁当をとりながら、明日の社会の授業を構想する。職員室のいちらこちらから食欲をそそる匂いが立ちこめている。
授業を考える時間は、健太郎が最も好きな時間だった。今年度は紺野朱里という女子児童を中心にクラスが荒れてしまい、9月以降は授業をまともに構想したことなどほとんどなかった。これまでの経験とその場の瞬発力で授業をしてきた。
無論、それでもある程度人並の授業ができるのは、髙橋について教師としての基礎を学んできた今までの五年間の積み重ねがあったからだと自負している。しかし、たまには授業を一から作りたかった。さっき初任の苫米地と指導教官の桑原が明日の公開授業の挨拶に来なければ、明日、自分が初任の苫米地に授業を公開することをすっかり忘れていた。明日のその時間は算数のテストを返す授業になってしまうところだった。
健太郎は師匠と仰ぐ髙橋から授業づくりは建築に似ていると言われたのを思い出した。まずは詳細で正確な設計図ありき。設計図に授業の成功の九割はかかっている。甘さや狂いがあると、授業が途中で崩壊したり、教師が無理やり誘導していくしかない授業になってしまう。
ことに、公開する授業になると教師が力みすぎて子どもたちを無理に誘導し教師と子どもが噛み合わない不自然な授業になりがちなのだった。明日は大介も見に来ると言う。校長や教頭も参観するだろう。こんな状態でも誰にも文句が付けられない授業を披露してやりたい。どんぶりのそこに残っていた米を掻きこみ、湯飲みの茶を飲み干した。腹が熱くなる。
健太郎は久々に教材研究用のノートを開き、教科書と資料集をペラペラと捲り始めた。




