天丼食いたい
蓮見の机の前に、初任のと指導教官の桑原が集まり、三人で話をしている。大介もその輪に首をつっこんだ。
「明日の授業はなにが見たい?」
蓮見が苫米地に涼しい顔で尋ねる。
月に一度、初任教員に先輩教員が授業を見せるのだが、明日が蓮見の番らしい。
髙橋から「教師と泥棒は自分の仕事を見せたがらない」と聞いたことがあるが、大介の目から見てもそれは本当で、教師同士で授業を見せ合うことは嫌う習性がある。多くの教師が嫌々に、または恥らいながら自分の授業について語るのだが、蓮見にはそんな風はなく、いたって余裕があり飄々とした様子だ。
「国語と算数はよく見せていただいているので、あまり見たことのない社会でもいいですか?」
初任の苫米地は今年大学を出たばかりの初々しさを振りまきながら遠慮がちに言う。
「おっしゃわかった。ちょうど社会があるからいいよ。三時間目だっけ?」
「はい、三時間目です。よろしくお願いします」
礼儀正しく頭を下げる苫米地を見ながら、大介は明日の三時間目は、音楽の授業で、音楽専科の石河の授業だったことを思い出した。
「俺も見に行っていいですか?」
蓮見は、涼しい表情はそのままに眉毛だけちょっと上げて頷いた。
大介は授業準備に取りかかった蓮見を見ながら、雄二のことを考えていた。雄二は昨日今日と少し落ち着いている。この調子だと、明日の蓮見の授業は観に行けそうである。雄二の調子が悪く、音楽の授業に悪態をついたり教室を飛び出したりすればそれはできなくなる。社会の授業は大半の教師が苦手としているようで、大介自身も子供たちに教科書を音読させるだけの退屈な授業になりがちだった。先輩教師の教えを乞うたこともあったが、教科書内容を逸脱した担任教師の個人的な趣味に偏った語りの多い授業になる場合も多かった。そのため一、二年生の生活科から社会科に変わる三年生からその教科への子どもたちの嫌悪感は高まり、五年になる頃にはほとんどの子が社会嫌いになってしまっている。それも髙橋の言葉通りの現実があった。
大介は明日の授業の準備が一通り済むと教室に戻った。暗い廊下を歩き、4年2組と書かれた真っ暗な教室に入り、前のスイッチをオンにする。一瞬にして白い灯りに照らし出された教室は、雄二が帰り際に散らかした教師用の定規やコンパスが目に入る。後ろの棚の上に備え付けてある学級文庫がばらばらと床に落とされている。ひどい時と比べると楽な方だった。それらを5分もかけずに片付けると、体育の学習カードの一枚一枚に赤ペンでコメントを書き、国語と算数のテストを丸付けをし終わったのが七時半だった。
雄二の家に母親が仕事から戻るのは七時。夕食を雄二にとらせて話す時間ができるのは九時過ぎになる。今日は雄二宅に電話をするのはよそうと決めた。
職員室に戻ると、まだほとんどの職員がデスクワークをしている。
「紅屋夕食を頼むんですけど、他にいませんか!」
誰かが声をあげた。紅屋というのは近くにある定食屋だが、安くてボリュームのあるメニューはこの学校の職員に人気がある。
数名が手を挙げた。
「天丼食いたいっす!」
大介が思わず叫んだ。
「全部天丼でいいですね?」
笑いとともに抗議の声が上がった。
つづく




