チャーリー=チャップリン、スティーブ=ジョブズ、坂巻雄二
恭一が津村大介に頼まれて、坂巻雄二の様子を見に行ったのは、二週間ほど前の金曜日だった。金曜日となると学校にうまく適応できていない子供達はいろいろな不適応行動を示している。ある子はトイレを口実に教室を抜け出し、廊下を徘徊していたり、体調不良を訴えて保健室に逃げ込んだり、教室で自席を離れて窓から外を眺めたり、後ろを向いて友人の学習の邪魔をしていたりする。津村のクラスは校庭で鉄棒をしていた。十月の初旬はまだ暑さの残る校庭で三十名近くの子ども達が鉄棒の周囲に集まっていた。
「ユージ! やめろ」
鉄棒から校庭の隅に視線を向ける男の子が叫んだ。一斉に残りの子ども達がその子の視線の方を見た。恭一も同じようにする。校庭の隅にある体育倉庫の脇に私服の男の子が何かを鉄棒の方に投げ込んだ。
「あぶなーい!」
雄二が投げた石が横一列に並ぶ鉄棒の一本に当たって音がなる。子ども達が蜘蛛の子を散らすように走り出す。
津村が後ろから雄二を押さえつける。後ろから押さえつけられた雄二は観念したようにその場にしゃがんだ。その時のことを後から聞いたが、その時間は体調を崩した子を保健室まで付き添い鉄棒の授業の開始に間に合わずそのような事態になったということだった。七月からそのクラスに着任した津村は、元担任を療養休暇に追い込んだ荒れた子ども達に苦慮しながらも、なんとか教室内に秩序を作り始めているように思えた。素人同然の彼がなぜそんなことができるのかは、恭一にはまだ分析以前の命題だったが、もっとも坂巻雄二に手を焼いているとのことだった。その金曜日の事態を境に恭一は頻繁に4年2組に入り雄二と関わりながら、津村のサポートにまわる様になっていた。その際につけた記録と分析を基にレポートを書いて三橋に事前に贈っておいたのだ。
「いいでしょう。愛着障害は研究自体がまだ始まったばかりで研究者やカウンセラー、医師の間でも共通認識を持ちづらい難しい障害です。ですから改善方法はもちろんいわゆる治癒方法も未だはっきり示されてはいないので、そこは了解してください。わたしは物言いが断定的ですがそこは差し引きして聞いてください」
「はい、はっきり言っていただいた方が、わたしは聞きやすい」
「歴史上の人物になっている人や偉人にもどうやら愛着障害者だったのではないかと思われる人はいます。画家のゴッホはご存知?」
「はい。『ひまわり』とか『糸杉』を描いた」
「彼は生涯安心できる居場所を見つけられない人でした。常に自分を理解してくれない周囲との摩擦を抱え、親友や仲間をつくっては喧嘩して別れる。画家以外にも職に就きましたが、長続きはしませんでした。キャンバスに自分の周囲との葛藤を表現していたのだとわたしは感じますね。」
「弟とはたしか関係が良かった」
「そう、よくご存知ね。その弟が唯一の彼の理解者でした。彼がいなければゴッホはもっと辛い人生を歩んでいたことでしょう。その弟の期待を終始ゴッホは裏切り続けましたが、弟はそれでも兄に救いの手を差し伸べることをやめなかった」
「その弟はたしかゴッホが死ぬと後を追うように死んでしまうのでしたね」
「作家では、ヘミングウェイや太宰治は明らかに愛着障害者です」
「最近の人は誰かいますか? いろいろと伺っていけばなんらかのヒントになるかもしれませんので」
「そうそう、スティーブジョブズもそういう人として見ると分かりやすいんじゃないかしら。伝記を読む限りではね。彼も里親に出されるなど安定しない乳幼児期を送っている。とにかくその時期の育ち方が大きく影響するの」
「医学的な方面ではどのような理解ができるのでしょうか。脳科学的な面からももう少し知りたいのですが」
「そうね、そっちの方はわたしは門外漢です」
華奢な肩を上下させて笑った。そろそろ学会へ出なければならない時刻だといい三橋は、手際よく恭一に紹介状を書いた。
都内の有名な脳外科医だった。
「旧知の仲だから、いろいろ相談にのってくれると思います」
「先日もね、集団で犯罪を犯してしまった子たちの診断をしに行ってきたばかりでね」
ソファに腰掛けて息を一つ吐いた。
「いやぁ、学校の先生も大変でしょう。素直に同情しますね」
白頭髪が混じり始めた髪の毛を後ろへ撫で付け目尻を下げて力なく笑った。
「愛着障害ってのはね、人としての土台がぬかるんでいるようなものでね。人を傷つけ、そして最後には自分を大きく棄損させる。もっとも彼らが厄介で悲壮なのはね、自分ではどうしようもないからですよ」
「ある程度大人に近づいて、その障害を自覚して改善させていくことは可能なのですか」
「まず無理でしょう。原因は親です。仮に治癒させる方法があるとすると、親が謝ることでしょうね。『あなたを傷つけたまま放っておいて悪かったと』。無論それで傷口が癒えるとも思えないが、そこから一つ一つ親子の絆を紡ぎ直していく。それで改善している例を最近知りました。親にも自覚がない場合も多いし、大概どうしようもない事情を親も抱えている」
「なかなか本人では難しいってことですね」
「本人にできることは、親に空けられた空洞を埋めてくれる人を探すことくらいしかできないですね。チャーリー=チャップリンはご存知? もう今の若い人は知らないかな?」
「映画の? 名前くらいは、知ってますが」
「チャップリンも愛着障害者でしょうね。彼は幸いフィアンセに恵まれた。気難しくトラブルが絶えなかった彼ですが、妻が彼を受容してくれた。幸せな晩年を送ったようですよ」
「はあ」
「話が反れましたね。少年犯罪を犯す若者のある一定数は愛着障害を抱えていると考えられます。“障害”と銘打つわけですから、あなたが考えている通り、明確な欠損がある、脳内にね」
「ええ、わたしもそうじゃないかと考えました」
「相当するどい人ですね。小学校の先生がする分析を超えています。こんな言い方をすると失礼かもしれないが、わたしはあなたの紹介を受け、書いたレポートを読んだとき驚きましたよ。あそこまで冷静で的確な分析が出来る人はカウンセラーでも希です。しかも医学的な知識もほとんどないと聞くとなおさら。あなたという人にも興味を持ちました。どこかで専門的に学ばれたらいい」
「恐れ入ります、で脳内の欠損とおっしゃるのは?」
「前頭野に…」
前野は自分の額を指差した。額のすぐ内側の部位であることを示した。
「衝動や欲求を制御する部位がある。そこに極端な未発達が確認されるんです。怒りが生じたとして、相手をすぐに殴る人ばかりだったら人間社会はここまで発達しなかったでしょう。人間の進化とその社会の発展は前頭野を発達させたことに起因しています。怒りという衝動を感じても、相手と自分の関係や時や場所を考えて、表現の仕方を工夫したり、場合によっては相手に悟られまいと表情にすら出さないことだって少なくないじゃないですか、ね?」
「そういう機能が正常にはたらかないということですね。それは自己存在を受容してくれる母性を充分に感じられずに育ったことと関係している。先日ビボート先生という研究所の博士に伺ったことと繫がるんですか」
「わたしは医学の分野から分かることしか言えない。ぜひあなたの考えも聞いてみたい」
「怒りという感情は初期的な感情ではないと聞きました。その感情の前に、まず恐怖や苛立ちが来る。その恐怖の原因になっている敵を自分の目の前から消すために、または命を絶つために攻撃する必要があり、怒りという衝動で自分を奮い立たせる。つまりは根本的には生存を脅かされる恐怖、攻撃的な感情にその不のエネルギーは形を変える。それが暴力や破壊という反社会的な行動に表出していく。つまり無力で無防備だった乳幼児期に十全な安心感を与えておくことで、恐怖や怒りと感じる部分を覆い隠すことが可能になる。社会は自分の存在を脅かすような敵は存在しない、もしくはそういった存在から守ってもらえる場であると。その経験が“母親という存在”そのものであって、充分に愛情を注いでもらえば、人間の防衛本能から生じる攻撃性は弱まる。母親的な存在に恵まれない人間は生涯自分の存在を脅かす敵の存在に潜在的の恐怖を持ち続け、それを攻撃する衝動を抑えられない。先生のお話を聞いていてざっとそんな考えが浮かびました」
「おもしろい」
「犯罪を犯す子どもたちも、ある意味被害者であるということもできるんじゃないですか」
「わたしの気が重くなるのはそのためなんですね。これから愛着障害者は増えることはあっても減ることはないでしょうね。今の親は、子どもと一緒にいてもスマホばかり見ているでしょ。一歳半まで、親や養育者の充分な保護を認識できない子は重症の障害をもってしまうことは分かっています。おそらくその後も手をかけてももらえずにネグレクトなどの消極的な虐待を受ける子は軽度ではあるがそれなりの障害をもたされるでしょう」
「親は親でそれなりに忙しいんです」
「社会の歪みは、いつも弱者に一番影響します」
「歪みですか。多くの母親は母親なりに男女平等社会の中で必死に生きています」
「何も母親だけにわたしは罪を着せるようなつもりはない。一昔前の母親が皆模範的であったか、そんなことはない。いつの時代も個人個人はそれなにの限界を抱えて生きています。育児を放棄する母親も少なくなかった。要は母親的な存在が必要なんです。昔は祖父母や兄弟姉妹、親戚、隣近所の大人がその役割を担ったり、助けたりしたわけですね」
「親一人子一人なんていう孤立した家庭は無力ですね」
「お話を聞く限り、今母親的な存在はその担任の先生ですね。彼はようやくそういう存在にめぐり合った。結果的に学校生活で彼が報われなくても十歳というこの時期に彼があなたに出会えた意味は大変大きい。」
三橋は自然に津村に視線を向けて語りかけている。
「結果を焦ってはいけません。どっしりと腰を据えて関わってあげてください。彼を犯罪者や加害者にしないためにもです。愛着障害者の犯罪者を知るわたしが今あなたに言えることはそれくれいのことです」
津村はまだ新米の教師だが、それを感じさせない風情を醸し出して、ある意味対等に三橋に向かい合っているように恭一には見えた。堂々と背筋を伸ばして、視線も揺るがずに三橋に向けられている。呼吸も静かで深い。
「より直接的に彼の暴力的行為を抑えることはできないのでしょうか。今のままでは彼は学校で居場所がありません」
津村は最も核心的な問題に触れた。
「そこあたりは、わたしは詳しくご案内できませんね、残念ながら。心療内科・精神科の医師にお聞きになってください」
恭一は、今日は充分な意味のある訪問だったと津村を見て感じた。三橋の見立てを元にこれから津村とともに雄二を見ていこう。彼ならひょっとして、やるかも知れない。
つづく




