愛着障害児
「愛着障害です。典型的な」
恭一は自分の見立てと同じ医師の診断を聞いて落胆した。
「アイチャクショウガイ?」
津村大介は医師の三橋の言葉を復唱した。彼にはまだその概念はなかったようだ。
恭一はそうでなければいいと祈るような気持ちで今日来院したのだった。特別支援コーディネーターという肩書きを持つ恭一は学校の中で起こる様々な問題に関わって改善へ導かねばならない責務を負っている。児童相談所やスクールカウンセラーとの打ち合わせや会議は日常茶飯事だが、こうして医療機関に出向いて、専門家の所見を聞くことも進んでする。児童相談所から学校へ復帰した寛太の問題行動を記録し分析したレポートを二週間前に県の児童医療センターの医師である三橋宛に送っていた。今日は担任の津村を連れて三橋医師の所見を聞き、今後の坂巻雄二の支援方針を検討したかった。
四年生になってからの雄二は、教室での加害行為がひどさを増す一方なのである。恭一も津村の度々教室に入ってともに支援方針を考えた。しかしどのやり方も効果がなかった。雄二の微かな感情の乱れがすぐに他の子ども達への加害行為につながる様になっていた。机に落ち着いて座っていることも少ない。この前は、前の席の児童が後ろの雄二の消しゴムを振り向きざまに借りた。それに対して間髪射れずに、その児童の頭を叩いた。そこから取っ組み合いの喧嘩が始まった。互いに顔中に引っかき傷を残す結果になった。その日の雄二は特に情緒が不安定で、廊下にかけてあるほかのクラスの掲示物をはがして歩いた。雄二の歩いた後には、習字の「はす」の文字が書かれた半紙があちこちに散乱していた。
「・・・・・・だと思いました。すると、彼の“症状”を改善することは難しいですね」
「その通りです。愛着障害は乳児幼児期までに、自分を受け入れてくれる存在を見つけ、その存在に愛され認められているという安心感を得られなかった子に見られる症状です。子どもは生後半年までは母親と一心同体と勘違いしています。それが勘違いで、自分は母親ではないし、母親は自分ではないということを認識する。そのことで味わう心理的ショックは甚大です。しかし、その母親が自分を愛し、受け入れてくれる存在として甘えられるということでその厳然たる現実を上手に受け入れ、自らの人格形成に向かえるわけです。ちょっと話が堅いですか?」
「いえ、大丈夫です。そのまま続けてください」恭一は三橋の穏やかな目にそう伝えた。
「精神疾患を抱える患者に男性が多いのはご存知ですか。少なくとも最近まではですが」
「いえ、知りませんでした」
「自分と母親が本質的に違うということを認識して以降、女性の場合は母親に近づくところ成長の目標に据えることができると言われています。しかし男性は自分と母親は性別的に違うということでさらに混乱が大きく、その時期混乱によって人格の基礎部分に損傷を負い後々の精神疾患を起こしやすくなっているというのがフロイトの主張です。今もなお、先端の研究に引き継がれています」
「ほう」
「ですから、愛着障害にかかわらず、発達障害などの後天的な障害をもちやすいのはやはり男の子なのです」
「男の方が精神的に弱い?」
「もちろん一概には言えません。一人ひとりを比べれば、そうは言えません。しかし統計的に見るとその傾向はあります」
「ちょっと、もう少し聞かせていただけませんか」今度は津村大介が身を乗り出している。
つづく




