柚絵、働き始める
柚絵は、週に三、四日働き始めることにした。隣町のコミュニティーセンターの事務だった。名のある企業での前歴と子供を相手にしたボランティア経験があること、土日も出勤の都合がつくことが決め手になったと、柚絵本人は感じていた。採用枠一人に対して十五人の女性が応募していると面接時に聞かされていた。
早番は朝八時半から午後二時。遅番は午後二時から夜八時まで。仕事内容は簡単な事務仕事や掃除、予約の電話受けなどだという。調子の良い時の柚絵なら難なくこなせる仕事だが、大介は心配だった。
「調子が悪いときは当番代わってもらえるの?」
「だいじょうぶ」
「ならいいけど、まだ無理はするなよ」
「それとね、遅番のときは遊びに来る小学生の相手もしてくれたら助かるって。最近の子供は公共スペースでの遊び方がひどいから、監視も兼ねて一緒に遊んでほしいって言われた」
「『なってない』って言うの痛いほど分かるわ」
大介は両手を伸ばして、伸びをした。伸びをした拍子に欠伸が出て、涙が滲んで視界をぼやかせた。ぼやけた視界で柚絵が業務内容を記してある冊子を蛍光ペンで線を引きながら熱心読んでいる。
蛍光ペンを盗まれたと言い張る児童がいた。後ろの子供が自分の蛍光ペンを盗んで筆箱に入れたと主張した。訴えられた子供は自分の家から持ってきたものだと主張して、事態の収拾がつかずに終わった。クラスの子供達は、担任の大介の指示を聞かないばかりか、子供たち同士のトラブルも後を絶たない。もぐら叩きのように毎日解決しても解決しても新たな火種に着火して燃え広がる。時には直接無関係な子達を巻き込んで大きくなり、教室全体が険悪な空気に包まれる。
今日も放課後、髙橋に助言を乞うたが、一つ一つできるだけ丁寧に対処していくことというのが結局は全てだった。
「お風呂先に入っちゃう?」
「どっちでもいい」
「子供の言うことを記録に残しながら、聞かなきゃいけないんだってよ」
「え?」
「トラブルが起きたときにさ」
「まるで警察の取調室ね」
「そのとおり。別々の場所に呼んで話を聞いてさ、もちろん記録して。そうして後から、辻褄を合わせられないようにするんだって」
「今の学校は、裁判もやるの?」
柚絵は呆れた顔に、少し怯えも交えた笑いを浮かべる。
「そうしとけば、後から親が揚げ足とって来たときに、こう言ってた記録もありますしって言える」
「今の親ってそんなに怖いの? なんだか大介の話を聞いていると、親が先生を攻撃してくるって感じ」
「教師はいつもそれに備えなきゃなんねえんだ」
「最近調子、良さそうだな」
柚絵はそれには答えず、「お風呂入れてくる」
と言って、立ち上がった。
まずは柚絵の調子が徐々に回復していることを喜ぶべきだと大介は自分に言い聞かせた。自分のことは、その次だ。
つづく




