恭一と大介
放課後、校長室で臨時のケース会議が開かれた。会議の出席者は、校長の宇津木と教頭の三上、養護教諭の孫崎、虐待の恐れのある四年生児童の担任の津村大介が集まっている。
「まずは孫崎先生、今日気づかれた経緯の詳細をお願いします。二分程度で」
「身体計測の時に体操からお腹が見えたときに、青い痣が見えたんです」
「次の時間が体育だったので、体操服で計測しました」担任の津村が付け加えた。
「分かりました。孫崎先生、続けてください」恭一が促す。
「他の子の計測が続いていたので、そこでは詳しく見られませんでした」
「だから、そこでしっかり捕まえておくべきだったんじゃないですか? 孫崎先生」
三上が責める。
「教頭先生、今はまず共有が優先です。その後で今後の方針を出しましょう。だいじょうぶ、孫崎先生、続けてください」
努めて穏やかな声色で恭一は促した。孫崎はまだ新卒二年目の養護教諭だ。これから様々な経験を積ませて、育てていかなければならない。温かさを滲ませる視線で恭一は、孫崎を見ながら耳を傾ける。
「はい。二時間目の身体計測の時間が終ったあと、津村先生に気になることを伝えました・・・・・・・」
言葉に詰まった孫崎に、恭一は津村にその後の説明を促した。
「あ、はい。そのカンタさんは、特に具合が悪そうだったり、痛がったりする様子もなかったんです。で、ぼくが服の中を見せてと頼んでもなかなか見せようとはしなかったんです。」
その短い会議で共有されたことは、カンタという四年生の男子児童が、上半身に痣のようなものがある。かつ、児童は身体が小さく二年生の児童の平均ほどの身長であること。また、痣と思われるものを、意図的に隠そうとしているということだった。
本来ならば、教頭の三上が情報をキャッチした時点で、ここまでの情報を整理して、次に出すべく方針を考えて欲しいと恭一は思うのだが、三上に任せておくと何かと心配なことが多いので、メンバーを招集してから方針を決めさせることにしていた。今回のケースは、大方虐待の可能性が高い。子供が担任に服の下を見せないのが何よりの証拠だ。子どもに手を上げるだけでも虐待だが、青痣が出来る程になるとかなり深刻なものになっている。
次の日、担任の津村大介は寛太に対して、保健室に用事を頼んだ。用事の内容は何でも構わないと恭一から言われたので、教室に置いておくための絆創膏が少なくなってきたので、もらって来るようにというものだった。なるべく保健室に長居するのに充分な用事が良かったのだが、特に思いつかなかったので、仕方なかった。
「せんせー。ばんそうこーちょーだい」
「おはよう、寛太くん!」
笑顔で出迎えた。そこで恭一と打ち合わせた計画を正確に実行した。
「寛太くん、昨日さ、身長はかったじゃない? でもカンタくんの身長を測りまちがえちゃったみたいなんだ。もう一度測らせてもらえる?」
「えー。いいよー」
カンタには、依頼を了承する際に、右手を挙げる癖があった。
その時も、カンタは真っ直ぐに右手を挙げる。
「あれ? 寛太くん、ちょっといい?」
「え? なに?」
「今、シャツからお腹見えたけど、それどこにぶつけたの? それ痛くない?」
孫崎からの指摘に、しぶしぶ寛太はシャツの下に隠れていた。痣を見せた。孫崎は、寛太を優しく包むような眼差しで話を聞いた。最初は言い渋っていたが、観念したように話し出した。家にいる母親の交際中の男性から、日常的に暴力を受けているらしかった。
即報告を受けた三上は、恭一に報告をした。
「教頭先生、今日は寛太を帰しちゃいけません」
「はい、で、わたしは今からどうすればいいですか?」
「至急、児童相談所に連絡してください。それからは、先方の指示通り動きましょう」
恭一が自分のクラスの子ども達を帰した後、校長室に直行した。そこでは、既に児相から担当者が二名来て、話し合いが始まっていた。
「うちの子だってかわいそうなのよ! この前同じクラスのケイトっていう男の子にランドセルを後ろから掴まれて倒されたって、膝に傷をつくって帰って来たし・・・・・・」
寛太の母親が話し始めると、口から酒臭い口臭が漂う。気を利かせた孫崎が会議室の窓を開けたばかりだが、外から入る空気が部屋全体にその臭気を広めているとも思えた。
「それは子供同士の話でしょ。全然別のレベルのことです」
児童相談所の職員らしき男性が毅然とした声で言う。母親は押し黙ったように俯いている。
「お母さんは、寛太さんに手を上げた事はありますか?」
「ありません・・・・・・」
「では、あの身体の痣はどうして?」
「同居している男です」
語り始めた母親を見つめながら、津村大介には校内だけで行われたケース会議での茶畑と校長との宇津木とのやり取りが思い出された。
「茶畑先生、母親の聴き取りは児童相談所に任せておけばいいですよ。学校は教育機関であって、相談機関でも児童養護施設でもないわけで・・・・・・」
長身の茶畑に上から見つめれるような格好になった宇津木の語尾はいつの間にか弱まっていった。
「校長先生、それは分かります。おっしゃるとおり学校は教育機関だ。しかし、寛太くんが戻って来たときに、きちんと受け入れができるためにも、我々が母親の聴き取りや寛太くんの保護のプロセスに関与する価値は充分にあると考えます」
「・・・・・・」
宇津木の目線は吸い寄せられるように茶畑に注がれている。
「私に任せてください。校長先生」
三十分ほど緊迫した会議が続いたが、児童相談所から来た職員が寛太を児童相談所へ送致することが決まった。うな垂れる母親と宇津木と孫崎を校長室に残し、恭一と三上は児童相談書の職員とともに廊下に出た。
そこで初めて、恭一と職員達は簡潔な自己紹介をしあった。児童相談所に知り合いは増えたが、今回は初めて会うコンビだ。一人はベテラン職員で白髪交じりの近藤という女性だった。見るからにやさしそうな彼女がこれから母親のフォローに当たってくれる。そしてもう一人は三十代半ばと思しき男性だ。仲村と名乗った。がっちりとした体つきに、刈上げられた短髪に褐色に日焼けした肌。
「仲村さん、スポーツの方は?」
柔和に笑いながら恭一は訊く。
「学生時代はラグビーを」
「ほう、今は?」
「週末はサーフィンくらいです」
「厚い胸板なわけですね」
仲村も笑う。目尻に皴がよった。
「よろしくお願いしますね」
恭一から握手を求める。厚い掌が恭一の右手を握った。一度打ち解けた二人が、再度緊迫した空気を発しながら、目線を交わす。
「必ず寛太くんを守ります」
「もちろんです。信頼していますので」
「お母さんものフォローもお願いします」
恭一は、近藤にも真っ直ぐ視線を送る。二人が神妙な面持ちで頭を下げる。
図書室で他の教員と一緒に過ごしていた寛太が廊下に出てきている。職員玄関から寛太を囲むように中村たちが出てゆくのを見送った。校門前にはタクシーが扉を開けて待っている。ふと横に目を向けると、担任の津村が立っている。恭一と同じようにタクシーを校門の外まで見送った。
「寛太、どうなるんでしょうか?」
恭一に救いを求める視線を送ってくる。
「大丈夫。必ず彼は戻ってくる」
大きな恭一に片方の肩を抱かれて、津村は少し落ち着いたようだ。津村は七月から療養休暇に入った職員の代わりに入った素人同然の新人教師だ。きっと自分のクラスの児童が児童相談所に装置されるというショッキングな出来事に動揺しているに違いなかった。
「この後、お時間ありますか? ご相談したいことがたくさんあります」
津村の申し出に、恭一は笑顔で応じた。




