第七話 神々と命の女神 その一
ゼノロワ王国を知っているだろうか?
人が自由を愛し、争いは剣や弓、槍で解決していた時代。
『人造人間』を生み出し、彼らの力で周囲の国を圧倒していた。それが、ゼノロワ王国。
彼らを統べる王は、世界を統治したと言われた。
人造人間には感情があるものの、たった一つ、手にできないものがあった。
『愛』である。
人間のように愛し合えず、そうなるように造られた。人間の道具であり続けるように仕組みがそうさせた。
それは、神がもたらしたものでもあった。
神エンドスは、人間の姿をしたロボットと、人間に愛が宿り、その一線を越えることを許さなかった。神々は、ロボットは人の道具であることを望み、介入したのだ。
ゼノロワ王国で造られた多くの人造人間は、命を奪う道具として使われ、他国を虐げるための恐怖となった。
ゼノロワ王国は次第に隣国を吸収し、大きな国へとなっていく。
戦争がもたらしたゼノロワ王国の過ちが少しずつ歪み、やがて動乱が起きる。
人造人間を破壊し、ゼノロワ王国に破滅の刃が振り下ろされる。躍動した百五十年。歴史の中にゼノロワ王国は消えていく。
残された多くのロボットたち。眠ること無くただ長いときの中、ただ動き、人間の命令通りに息をした。
かつてのゼノロワ王国は、ロボットと人間が行き交い、ほそぼそと暮していた。
滅びかけた国の末路に生き残った王族の末裔や、人間のために生きる人造人間が暮らしている。
昼間から酒を飲んでいるディザー・ゲイツ。この国の王であり、廃れた国をまとめる長だ。
「あれま、国王さん。今日もやけ酒かい?」
店主のフルマン・ビードは笑った。
この国の王は全ての国の王たちから見放され、誰もが冷笑する。
ディザーは国王であることを恥じているが、自国のために踏ん張っていた。
「そうだよ。それが悪いか?」
「あはは。いいや。あんたのおかげでこの国は守られているんだからね!」
この国の民は、国王がどれだけ頑張ってくれているかをよく知っている。彼は負わなくてもいいこの国の長になってくれた。
血筋など捨て、逃げる王族はたくさんいた。その中で、ディザーだけは留まり、この国のために、王となってくれた。
――王が私たちのために壁となってくれている。それだけで救われている。
フルマンは、感謝しか無かった。この国は、周辺国の良いなりになるしかなかった。それだけのことを行ったのだ。
同時に、人造人間が生きる国であり、動かなくなるその時まで『国家』でいなければならない。
ゼノロワ王国が最後に残した呪いのようなもの。人造人間はゼノロワ王国の中でしか死ねない。
当時の人間は己の保身のために、そのプログラムを打ち込んだ。
だから、周辺国は『ゼノロワ王国』を維持させなければならなかった。
暴走するように細工された内容の通りのことが起こらないよう、国家は保たれ続け、ロボットそのものは国家の中で運用させた。
生きている人造人間達は、その内容を理解していたし、国を出ることは出来なった。この滅びる王国の中で生きる。死ぬときまで。
ゼノロワの民は、人造人間が生きやすいように共に生活した。彼らと共に生きる意味を理解していた。
造り出された存在を最後まで見届けることを望んだ。
哀れな人間達が造った彼らは、同じ生き物であり、自分たちの過ちを見せてくれる。
ゼノロワ王国は、今では最も幸せな国なのだった。
エルディラは、自分が生きるロボットだと知ってから、半年が経った。目の前で一緒に食事をするジルドも同じロボットなのだ。
――人間と何が違うのか。
エルディラはぼんやりと思いを巡らした。
ジルドは、遠くにいる人間を見つめていた。
ジルドを保護してくれている女性だ。いつもほのかな香りを漂わせ、夫のラルファと愛を育んでいる。
――ミルレさんは、ラルファを見つめるとき、とても優しそうにしている。なんとも言えない、この心に満たされる気持ち――
ジルドは己がロボットであることを知らなかったときと理解するようになった今の感情が変わったことに違和感を覚えていた。
――ミルレさんは、俺と友達だと言っていた。
人造人間たちのほとんどが、自分がロボットだと知らない。気づくこともない。
少しずつ減っていき、今の数は数十体しかいないのだ。
気づかないまま、亡くなることを望んだ人々が彼らを最後の最後まで人間だと伝えたのだ。
ただし、気づくものや、理解のしがたい行動に出る人造人間が増えてきたのだ。
それは、人間を『愛した』個体。
今まで、そういった存在はなかった。何かが起きていた。
エルディラとジルドもまた、『愛』という感情を知ろうとした個体。
だから、彼らにロボットであることを告げたのだ。
人間とロボットは違う、と。
「エルディラ?」
ジルドを見つめるエルディラに声をかける。ジルドは、エルディラの感情に気づかない。
「あ、うん。紅茶、美味しかったね。」
共にお茶を飲み干して、カフェを後にした。
ジルドは、ミルレとの別れを名残惜しそうにしていたが、エルディラは、彼を引っ張った。
感情というものは、複雑な仕組みによって出来ている。エルディラにはその感情に『愛』が含まれず、また、決して生まれはしない。
ミルレが教えてくれた。それをジルドも聞いていた。納得はしていない。自分たちが機械であることも、だ。
特にジルドの顔は暗かった。
――ジルドはミルレさんを好いていたから・・・・・・。愛とは違うって。本当にそうなのかな?
人間は好きになって、夫婦になって、子供が出来る。
私たちは、その感情がないから、夫婦になれない。子供も産まれない。
――っっ!
胸がつきりと痛む。エルディラは、ジルドの手を離さなかった。
二人は、ミルレとラルファに保護され、十年も稼働し続けた。彼らのために喫茶店の店員として働いていた。
徐々にジルドの感情がミルレをみる視線を変化させ、愛情の眼差しを向けるようになった。ラルファはミルレを守るため、二人が人造人間だと明かした。
二人は言葉を失った。ラルファは、二人このまま雇えないと伝え、王城に行き、次の仕事を探すように言った。
命令だった。
二人は、ロボットだった。だから、その命令に従う。
――愛とは、守る者のためにもある・・・・・・。
エルディラは、ジルドの手を強く握った。彼の顔は暗く、彼の心はきっと今も。
――愛って、私たちにもあるものだと信じていた。ないなんて、それは・・・・・・。
生きている。
エルディラはむなしさと同時に、人間に怒りを覚えた。
「ジルド。」
エルディラの声に、ジルドは言葉を返した。
「大丈夫、平気だ。ちょっともやもやしてて・・・・・・。」
心はある。たった一つ、愛がないだけ。
「・・・・・・。ねぇ、ジルド。私たち、愛を盗みに行こうよ!」
「は?」
エルディラの言葉に、ジルドは間抜け面する。
「だって、悔しいんだもん。私たち、人間と同じように暮らしていて、どうして、それだけがないの?」
「・・・・・・。いや、感情を?」
「そうだよ! 感情だって盗めるよ!」
エルディラは大きく頷いた。
「・・・・・・、そうだな。盗みに行ってみるか。」
ジルドは、エルディラの励ましに大きく頷いた。
――機械なら、それをコントロールしている場所があるはず。
ジルドは、その励ましで、ようやく心に決める。
「盗みに行こう。俺たち、愛を盗む怪盗になろう。」
ジルドは己をつくった存在を憎むことは無かった。代わりに感謝していた。
――俺は、愛なんか知らない。なのに、愛を盗もうと思った。
エルディラは楽しそうに歌っている。
――俺は、確かに好いたよ。けど、勘違いじゃなかった。
ジルドは、エルディラの手を握った。
――エルディラ、お前を好いたんだ。ラルファさんが勘違いしてくれたから、こうなった。愛を、知ったんだ。
感情は複雑だ。込み入りすぎて、コンピュータもショートした。
ミルレと楽しそうに話すエルディラを見つめた。エルディラは気づかない。仲良く話す二人に嫉妬を覚えた、感情が制限できない。
それが何かを知ることは、難解だった。答えが人間の言葉で理解させてくれた。
――恋って、愛の一つ。愛は俺の中にある。
ミルレを愛おしそうに見つめるラルファの気持ちを、ジルドは知っていた。
――どうしたら、俺はエルディラに愛を教えられるのか。俺は、彼女と恋がしたい。愛を囁きたい。
ジルドの見つめる先が、ミルレではなかったこと。
愛は形ではなく、心にあり、それは人間にしかないこと。
エルディラは知らない。ジルドの想いと、彼の愛を。




