第六話 女神ヒルワンと愛の賛歌 END
エルディラは、オウグ国王と話しをすることになった。
同じウォータの氏だと知り、二人の会話は不思議と進んだ。お互い知らなかった存在が、こんなに近くにいた。
「・・・・・・私は、愛を知っているのだ。」
オウグが語ったこと。愛する者の存在と、もうすぐ消えていくこと。
エルディラは、身近な存在が消えることを想像したことなど一度も無かった。
愛とは、感情の塊。それゆえに、失われるものをより大きな存在へと変化させる。
消えゆくジルドを想像し、胸が苦しくなった。目の前に佇む少し時間の経過した人造人間は、それをもっと前から感じていたに違いない。
「私は、ジルドが好きだと自覚しました。愛していると。けれど、私は女神の謁見で、人間にはなれなかった。それは、そう言う考えをしてはいけないと・・・・・・。」
エルディラは、女神の囁きを反芻していた。
――悪足掻き、運命に委ねる・・・・・・。
その言葉を悪い意味に捉えていた。
「そうだろうか? 貴方の心に眠るその扉は、貴方が閉じている。愛はどこまでも広く。深い。知らない感情を恐れている貴方に女神は問うたのではないだろうか?」
「なにを? 私は、愛すら分からない。こんな不安定な感情をどうすれば落ち着かせられるのでしょう?」
「落ち着くことは一生ない。死ぬその時まで、愛は形をもっている。貴方の心の扉が開くとき、貴方は理解する。人間に愛があるから、生きるのだと。生きる活力が何かを理解する。私は、もうじき終わる。人造人間のまま、この生きる旅を終え、どこかにむかうのだろう。終りが見え、気づく。愛はあった。私たち人造人間も同じだったと。」
オウグの言葉に、エルディラ何かを感じた。琴線に刺さるその想いを。願いを。
――私は、ジルドが好きだ。その感情が壊れていくとは思えない。これから一生続く。どんな気持ちだろうと、彼は私を愛していると囁いた。その言葉が、わたしの心を潤した。終わらない。終わらせない。
エルディラは心に刻んだ。終りなどないと。
自分が生きているから、誰かを想い想われ、それが続く。
命が巡りいつかきっと世界には人造人間は消える。彼らが人間になりたいと願った。
人間となって愛を抱き、共に歩むその世界を望んだ。
女神は、その姿を望んだんだ。だから、己の居場所を理解した。だから、彼女にその魔法を与えた。
『生きなさい。貴方たちの望む姿に。貴方たちは教えてくれた。わたくしの知らない感情を。生きる意味を。』
エルディラはその魔法に気づいた。
自分はコップを割り、すでに魔法が使えないのに。
オウグは、エルディラの持つ輝く瞳が曇っていることに気づいていた。だからこそ、彼はその娘に未来を語った。彼女が陥った心の機微は、いずれは落ち着くこと。彼女の抱える問題は、感情が揺れ動くその魂ゆえのこと。
――生きている者は必ず通るだろう。己の心に問いかけ、尋ねる。誰かに助けを求める者もいる。年配者にどうしたら良いかを聞く。すべては心に起きる、心の問題であり、周囲が解決策を持たない。生きるとは、誰もが持っているもの。私も通り過ぎた。生きるとは尊い。
オウグは微笑んだ。娘がまだ若く、未来を知らない。だから、地団駄を踏み、迷い、苦しみ、心の痛みの解決策を探す。
人も人造人間も同じだろう?
答えなんてない。ただ、この心が、愛を知って、そこに全てが持って行かれて。
答える術を探して、愛する者に尋ねる。
愛を知っていますか?
愛する者が抱きしめてくれるだけで、ただ幸せを感じる。
そこに何か区別する必要があるか?
同じだろう?
声は聞こえている。愛は囁かれている。貴方の心に愛を詰め込みたい。私の心に愛を詰め切ったから。
エルディラは、オウグを見つめた。愛の賛歌が彼女の喉から湧き上がった。
流れる音は、神々が用意した。
荘厳な音と、何かが報われていく音。
響き渡る音は、優しい音色なのに、深く深く刻まれ、人々が生きる音のようにも聞こえる。
エルディラの涙が溢れ、オウグも己の変化に気づいた。
「・・・・・・!!!!」
あまりのこと。オウグはただ、エルディラの抱えている心の悩みを聞くつもりだった。溢れる涙を止めることは出来ない。
感謝という音。溢れるような母親が歌う切ないメロディー。
ごちゃごちゃした感情が、流れていく。
「エルディラ!」
ジルドは愛する人を抱きしめた。
彼は、オウグとエルディラとは別の場所でシェイスと話しをしていた。
しかし、突然の音に気がつき、慌てて彼女のもとへと駆け付けた。
その音が尋常ではなく、エルディラの身体から解放されている。
魔法。
エルディラが使えなくなった、魔法。
――これは・・・・・・!
彼は気づいた。女神だ。女神が遺したもの。エルディラに与えた魔法。それが解放された。魔法を、エルディラは放った。争うためではない。この魔法はきっと。
世界中にあった人造人間の亡骸は太陽のその先へと消え去った。
代わりに。
生きていた全ての人造人間は『人間』となり、『魔法』は消えた。
女神の遺した遺産は消え去った。
人間になった元人造人間は、喜び、共に生きていた人間も喜んだ。愛を知っていて、お互いに愛を確かめ合うことのできる世界が、開かれた。
そこに、魔法も、女神もいない。
世界線は変化し、滅びるはずだったゼノロワ王国は残った。
けれど、彼らに制裁を与えることには変わりなかった。
皇帝の息子シェイスと人間となったジルドは、王国の改革に乗り出した。
現国王アンガルは、己の欲に溺れた姿のまま、もられた毒で亡くなった。第一王妃シルエとその息子ラーズ、娘シュラは、帝国領で軟禁刑に処され、皇帝の地下の独房で一生を過ごした。第二王妃フラメラは、己の行為を恥じて、赤裸々に懇願した。
フラメラの母親は平民出身であり、父親に無理矢理抱かれ、フラメラを産んだ。その後の所在は分からず、フラメラもまた冷遇される中で、頭の腐った国王の目に映り、自身もまた、娘マクラーンを産まざるをえなかったと話した。
本来なら愛する娘を抱きしめることが出来るはずの母親の母性が、己の罪と後悔の念で抱きしめられないのだという。
人間は、とても細かい感情を持っている。
人になったジルドにはその気持ちが理解出来る。あの男が親子に溝を生ませた。それに、フラメラは母親に会いたいという。
腐った貴族たちをも制裁していく予定だったから、フラメラの過去の真偽はすぐに分かるだろう。
ジルドは言った。
「なぁ、エルディラ。」
エルディラは変わらず美しく、どこか物悲しい表情をする。そういう時、彼女は民を想っている。
「なに?」
小首を傾げる彼女は、変わらない。
「君と結婚して、夫婦になって。」
「うん。」
「そうしたら、俺は王様になるよ。」
ジルドの決意に、エルディラは笑った。」
「ん?」
「だって、王様にならないって、言っていたわ。」
ジルドは顔を赤くした。
「この国で君と幸せになりたいんだ。」
夕焼けのせいではない。ジルドは一生懸命に口説いていた。今更だった。
エルディラはジルドの頬にそっと掌を当てた。
「私、貴方という男性に気づきもしなかったの。あの日あの時まで。」
ジルドはその手に平を包み込み、エルディラを見つめた。
「愛って存在を知ることもないまま、終わっていた。探してくれた貴方が愛をもってきた。私が、変えたんじゃない。貴方が愛をもってきて知ったの。」
ジルドは反対の手で、エルディラの頬に手を添えた。
「誰かがもってきたんじゃない。愛は心から生まれる。君は、俺を愛した。君の心に生まれたから。俺を愛してくれて、ありがとう。」
ジルドは言葉と共に、エルディラの唇を塞いだ。
ジルド国王が誕生した日。
ゼノロワ王国の歴史は終りを告げた。新たな国の名が知れ渡った。
――建国一年。
マルティブの名を受け継いだ新たな王国、マルアグ王国。
新たな王国では、帝国の力も借りつつ、立派な国に成長していた。
王妃エルディラが国王ジルドと共に愛を語る日々。
二人は民と一丸となって、国の復興に取り組んでいた。
王族が平民と語らう姿に驚く旅行者もいるが、それが平和という証拠だと言えた。争いごとは少なく、いつも事件ばかりなのに、くだらない。
笑いが絶えない国に、誰もが羨望の眼差しを送るようになっていく。
昔、彼らが人造人間だったとは、誰ももう、信じないし、笑うだろう。
生きている。
オウグ元国王は、自分の愛する人が人間になり、二人で静かに暮らそうと隠居した。その際に、王になるというジルドの想いと、王国の歴史を捨てたいという話しを聞いて、決めた。
マルティブ王国とゼノロワ王国は隣接していたし、元々同じ国。だったらくっつけて別の名前をつけよう、と。
極端だったが、オウグが求めたのは、この国の機械の管理だけ。
彼にとって、機械達も同じ魂があると考えていた。
ジルドは決断した。大きな国をみんなで支えようと。
ジルドにとって、母親が他界した理由も含めて、守りたい国だった。名も歴史も変わるが、母親の心の慰みになれば。
――腐った男が無理矢理犯した相手は、ただの人形ではなかった。あの男は制裁を受け入れ、死んだ。毒を飲むとき思い出しただろう?
ジルドは酒を飲むとき、いつもあの男を思い出した。
――俺の父親はあの男ではない。母親の夫。俺の父は、お前の大嫌いな兄だったな――。
アンガルが殺した最初の相手は、兄王。国が傾くのを必死で止めようとしていた。堕落したアンガルにとって、目の上のこぶ。だから毒殺した。
――父は酒を飲めなかった。何故酒と毒が置かれていたのか・・・・・・。
父親の死後、母親が探るために近づき、第一王妃の侍女となった。
――馬鹿なお前が母さんに手を出して。
ジルドは、己がハーフであることを理由に、城から出て行った。
それからは、国を立て直すために奮闘した。民の心をつかみ、いずれは戦おうとすら考えていた。
けれど、ある日の国王の晩餐会にこっそり出席したばかりに、それは変わった。
ハーフだから生まれたのか。それとも、彼女を愛することはもう決まったことだったか。
愛がジルドを変えた。憎しみよりも愛情は高い空よりも深い海よりもどこまでも広く続き、突き破った瞬間には、もう彼女を愛していたと告げていた。
女神が、ジルドを変えたのは、エルディラに魔法を授けたかったから。
ジルドにはもう、その魔法は使えない。彼は愛をしって、語れる。
魔法は知らないから使える。
「ジルド!」
エルディラの呼び声に、ジルドは顔を上げた。ベッドの上でぼんやりしていたらしい。エルディラは、ジルドが動かないので、ベッドに寄ってきて、ジルドの頬に手をあてた。
「今日はやめとく?」
エルディラの細い腕を掴んで、ジルドは彼女の腰を抱きかかえる。
「っ! びっくりしたじゃない!」
エルディラは困ったように言った。
「そうだな。今日は出かけよう。行かないと怒られそうだ。」
「そうね。シェイス殿下がいらっしゃるもの。」
新たな時代が幕開けて、魔法も人造人間もなくなった世界。
ゼノロワという歴史も消え、ふわふわした愛が転がる。
ゼノロワの歴史が一つ、消えた。
歴史書はまだ、ある。消えていく歴史の一つに、果てしない愛が転がる世界線があっただけ。
これは一つの『ゼノロワ王国の歴史』である。
次なる歴史を、ゼノロワ王国の書物から読み上げよう。
語られる世界線。物語の結末は、いつもいくつもあり、転がっている。
次の歴史はいかなる愛に溢れるのか――。




