第五話 女神ヒルワンと愛の賛歌 その五
皇帝から書面を見たアンガル・ゲイツはその内容に驚いた。
『ローリエンド帝国皇帝の第二皇子シェイスとの婚姻を求める。ゼノロワ王国が秘める美しき花を頂きたい。』
アンガルはこの話に乗る。
彼はローリエンド帝国を知りもしなかったが、国外の国々は制圧され、このゼノロワ王国が世界の中心だと信じ切っていた。ありもしない妄想を考える。
――皇帝とやらが女達を捧げるだろう。この国の女にも飽きてきた。最近生まれたマクラーンがようやく八歳になり、フラメラに捧げるように裏で話しをしていたが・・・・・・。帝国の女に興味があるし、しばらくあの女の子供は放っておこう。
アンガルは未だに下卑た心を持ち、己の運命がもうすぐ終わること知らない。
帝国の力はこの滅びる現界まで近づいたゼノロワ王国など、息を吹きかけるだけで終わらせることが出来る。
魔法使いという存在は、とうの昔に廃れ、存在を知っている人々は哀れむ。
人造人間が、国の外に出られない理由を知っているから。
ヒルワンが望んだことで、人造人間は、ゼノロワ王国の内部で朽ちるほか無かったから。
しかし過去に、ジルドとエルディラという二人と会話し、ヒルワンの心は変わった。
女神が黒の塔から飛び降りて、新たにディザー国王の養子となった。ヒルワンが造った人造人間達は、たしかにこの国から出られないロボットであり、魔法使いとなった。魔法も、黒の塔から供給され、黒の塔から放たれる神のいかずちは、ヒルワンの魔法でもあった。
ヒルワンは、そんな彼らに自由を与えると決めた。
それが、世界線を変えた。
アリアン王子が、ヒルワンに見向きもせず、五人の妃候補から正しく選んだ。
魔法使い達は、隣国の争いを無駄に行わせないことと、ディザー国王のために助言をする立場に変わった。
歴史は、少しずつ動き、しかし愚かな王が台頭し始めると、ゼノロワ王国の歴史がまたしても歪んだ。
これは、ヒルワンが思うよりも人間が愚かだっただけ。
腐った頭の人間は一定数いるものであり、それをどうにかしてあげるほどの『魔法』を女神はもっていない。
馬鹿が薬で治らないのと同じで、愚かな人間に魔法を使っても意味が無いのだ。
しかし、ヒルワンが行った人造人間が人間になる魔法は、必ず実行される。それが、二人の時代に起きるように調節した。
変革が、足音を立てて近づいていた。
女神は、人造人間の最終調整を行い、再び黒の塔へと登った。
ディザー国王は見送りに来た。今まで無かったこと。アリアン王子も妻と共にやってきた。人々が、女神のために頭を上げ、天界を見上げた。
『みなにお礼を。ありがとう――』
降りてきたときと同じように、麗しい女神ヒルワンを、誰もが目を離さずに、天界へと還る風景を見つめた。
世界が、変化し、ズレ、そして、新たな時間軸で起きる出来事は、滅びるはずの王国を変えていく。
帝国の隊列が王国の敷地を通り、平民が暮らす廃れた家々を見つめた。王城周辺だけが綺麗に整えられ、民が飢餓や飢えに苦しんでいることは、帝国からやってきた大勢の兵士でもすぐに分かることだった。
城に住む王は、彼らの皇帝よりもきっと頭がからなのだ。民に強いたことは、今後は彼らが被ること。
帝国では大昔の戦争で、それが起きた。だから変革し、今の皇帝がだれよりも民を思うのだ。
人間が学習した過去の過ちを、この国の王たちは、今でも何一つ理解せずに生きている。もっている機械技術すら、底辺の魔法使いである人造人間に任せているのだから。
「マルティブ様に彼らのいる場所をお聞きしてきて貰えるか?」
シェイス・エンドル皇子が、一人の兵士に頼む。
「はい!」
兵士は元気よく返事をしてその場を離れた。
オウグ・ウォータ・マルティブは、同じウォータの名を継いだエルディラという女性に会うため、隣国マルティブ王国からやってきた。
オウグはマルティブ王国国王であり、マルティブ王国には多くの機械と人造人間が動いている。大昔にゼノロワ王国の一部だったマルティブ王国はいくつもの理由で、別れた王国。
今では、マルティブ王国として機能していて、機械も人造人間達も、己の魂が望むように動き、幸せな王国になった。
ただ一つ、彼らが望んでいる『人間になりたい』という感情は叶えられてはいない。
オウグも人造人間として生きている。
――人間になった、王子。
オウグの心は弾んだ。いつの世でも、その奇跡を待ち、死んでいった人造人間。
――願いは、叶う。我々は、未来を望んでも良いのか?
オウグの心には宿る感情を否定できないまま生きていた。
――私は愛する人を知ったあの日から、人間になりたくて祈った。
ロボットにはない感情だと否定して、けれど、溢れた想いが消えることはなくて。
――私を心から愛したいと言っていた彼女が、もうまもなくその命を・・・・・・。
ロボットには感情はない。では、溢れた涙の雫は何を意味するのだ。
ノックの音で、オウグは車の戸を開いた。
「どうした?」
「シェイス殿下が、オウグ様に例のお二人の居場所をご存じか、お聞きするようにと。」
「あぁ。彼らは王城近くで待っていてくれるそうだ。」
その言葉に若い兵士は笑顔で頷きさっと走り出す。
――とても元気のある国。この寂れた王国もきっと成長できたはず。私は、愛する人と共に生きたかった。この国と同じように廃れていく我が国。だが、希望はある。
この国の頭は、確かに腐っているのだろう。
しかし。今、この国で魔法が発動した。女神の謁見から起きた数々の変化。未来への予兆。
愛は女神を動かした。世界は、新たな時間軸ではじまる。
歴史書は時間の向こう側を渡れず、真実すら掴めない。紙は覆られなかった世界を描き続けた。終焉が流れた歴史書ばかりが残され積まれた。
『愛』が世界線を越えさせ、新たな物語のページを生み出したのに、紙はそれを描けない。
人間にあった愛を、ロボット達は人の姿を手にする前に見つけた。
無形の形を手にした彼らに、女神は手を差し伸べた。女神は、己の知らないそれを、人間と同じ存在だと評価した。所在のないそれは、ロボットの中にもあり、人の形だけでは計れないあらゆる存在にそれがあると理解した。
女神は、知ることのないそれに己の野望が勝てないことを知った。
地上を去った後に生まれた魔法使い達。彼らが生まれ続け、いずれは無形の輝きを放つその時、女神は約束の魔法を届けると決めた。
魔法『愛の賛歌』には、愛するものたちと、人間になるための祈りが綴られた。
魔法が発動するための手順。それは、簡単であり、本人の心を解き明かす必要がある。
エルディラが、その魔法を知ることはない。しかし、彼女だけがその魔法を使えた。
コップのない彼女にだけ使える魔法。
魔法使いは、ちゃんといる。
皇帝の皇子一行がは城の近くまでやってくると、出迎える者はいない。
廃れたこの国には兵士がいない。兵士という概念も消えたのだ。
王族と貴族だけがいる摩訶不思議な国。
――誰もが彼らを否定してこなかった。本来の役割も何もかも。生きる理由は、己が生きていれば良い。・・・・・・醜い。
シェイスは吐き気を覚えた。こんな国が今も残っていた。悪しき風習が漂う場所。
ふと、視線が王城の横に遺された、女神の像に気づく。そして、その側で少し微笑んでいる男性と、その横に立つ人造人間の女性。
――彼らが――。
シェイスは、慌てて車から降りる。
「ジルド殿下でいらっしゃいますか?」
シェイスは、思いのほか優しげな顔の青年に驚く。この国の頭が腐っていても、彼のようにこの国が危険だと理解している王族もいる。
「ええ。はるばるようこそおいでくださいました。私はこの宮殿内に入ることはいたしません。腐ったにおいが漂うこの国の滅びが見える場所。ですので、殿下もどうぞこちらへお越しください。」
ジルドは、もとからこの王城へ上がるのを止めるためにここで待っていた。
王城にひとたび入れば、哀れな人造人間が、腐った人間の世話をしている様子を見ることになる。吐き気がする世界へ分け入り、一番腐って悪臭を放つ王に会うなんて、気がおかしくなるだろう。
「・・・・・・国王に挨拶するために来たわけではない。君とその令嬢に会うためだから、君について行くよ。」
シェイスは、くすりと笑った。決して離れようとしない二人の手が、何故かこんなにも温かく、この国が不思議と好きになれる。
「人々が元気なかったでしょう? 私は、彼らのために色々と動きたくて。」
ジルドはそう言いながら、平民の一人に声をかける。まだ若いその人は、笑って王子と会話した。
「どうした? ジルド。今日の野菜は良いできだぞ!」
軽い言葉。相手を尊重しているのに、砕けて話す。
「あはは。美味しい野菜をありがとう。最近は雨が降らないから困っていないか?」
「そうだなぁ。お前が作ってくれた水やり機が良い感じなんだ! 他の奴にもあげてくれないか?」
「それは良かった! みんなの分もつくっておくな!」
ジルドと平民の会話には、何一つ澱みがなく、彼らのコミュニケーションは流れる月日がそうさせていた。
「ジルド。私の用意した機械も勧めておかないの?」
エルディラが声をかけ、
「おーい! 先日渡した最新の浄化機はどうだった?」
と、自ら質問した。
「お? エルちゃんも来てたか! 良い感じなんだが、もうちょっと! なんだわ。」
青年は微妙な表現を使いつつ、笑って答える。
その様子を見ていたシェイスは思ったことを言う。
「お二人は、この国の人々の声をお聞きして、活動しているのですね。」
「ああ。殿下もお国ではそうしていらっしゃるでしょう。私も同じことができなくとも、やれることをして、生きる道を探っています。」
ジルドはシェイスの目を見て言った。彼の瞳が輝いているのは気のせいではない。
「・・・・・・人間という身体を手にして、貴方が変わったわけではない。」
シェイスは、この交流がずっとあったことを理解出来た。ずっとあったから、人々はジルドの言葉に言葉を返す。
――玉座とは、民のためであり、国の為。己の命をかけて守るのは、その国を支える人々の為。この国には、今も息づく魂があり、彼らは命の限り生きている。王に縛られないジルドが輝くこの国で、今玉座に座る王はなんのためにある?
シェイスの心は震えた。土が生きて呼吸し、人々は死にかけてなどいない。
立ち上がり、土を耕し、新たな命のために活気ある声で会話している。
――皇帝に、父上に伝えよう。この国が生きていること。きっと共に歩める。だから――。
皇子は、城を振り返った。やけに小綺麗な城。
――この国の王は、必要ない。




