第四話 女神ヒルワンと愛の賛歌 その四
ヒルワンは王女して生活した。魔法使い達が世に生まれ、争いは消えていく。
争いがなくなったことは、確かに世界の発展を押し上げた。
それは間違いない。王女としてのヒルワンは、才女であり、優秀なのは当然だが、国益を重視して隣国の力を弱めたわけではない。
魔法使いは、少なくとも戦争を止めさせるためだけではなく、女神の望んだ世界に必要だったから存在した。
ヒルワンは女神であると同時に、ゼノロワ王国を自分の国として、みた。それが、この国に降り立った理由だった。
王国の周辺を制圧するため、天界である程度の工作をした。そののちにこの国を『掌握』する。
女神の計略が、上手くいかなかったのは、人間の感情を理解出来ないからだった。
――愛すること。わたくしは今も分からない。けれど、わたくしから生まれた彼らは、確かにその心を宿した。愛が、二人を深める。わたくしは、二人のために・・・・・・。
ヒルワンのとる行動が、未来のエルディラとジルドの行動へと重なっていく――。
ジルドは、目の前の女性を連れて、宿屋に向かった。
エルディラが誰かの目に留まることを避けたかった。そして、人間となった自分が『王子』という枠にはめられることを恐れた。
――エルディラは、俺の事を変な風に感じているのだろうか?
安い宿屋に辿り着く。王族の服は脱ぎすて、その辺においてきた。
「・・・・・・。」
エルディラは考え込んでいた。ジルドは人間になった。だとしたら、ほかの王族達のように蔑むだろう。
けれど、彼はエルディラの手を優しく握りしめ、エスコートする。
気がつけば、二人は古い宿屋の一室にいた。
ジルドは戸惑った。男女同じ部屋で良かったのか。
「・・・・・・ジルド殿下。私は・・・・・・」
「エルディラ。正直に伝えておきたい。私は、君のことが好きだ。恋愛という意味で。」
ジルドの心臓は爆破してしまうのではないかと思うほど激しく鼓動した。相手は、魔法使い。でも、言わないと。きっと彼女は勘違いしている。
「・・・・・・え?」
「その、だな・・・・・・。君を見た時、私はまだ魔法使いだった。それでも、君の出席したパーティで見つけた君を、たった一つの宝物ように感じて・・・・・・。愛とは人だけが持てるものだと思っていた。でも、確信している。君を想う気持ちに、偽りはない。人間となった今も、過去の私も。君が、好きだ。愛している。」
ジルドはエルディラの前で跪き、彼女の手を取った。エルディラは握られた手が温かく、自分の心をくすぐり、自覚していない心の扉を開いた。
「殿下・・・・・・。私が貴方の愛を受け入れたら、私はどうなるのでしょう?」
エルディラには、まだ、その扉をのぞき込む勇気が無い。
愛が何かを知っても、いまだに震える。
――私の心が苦しい。強く何かを求めている。それが、ジルドなの?この手を離したら、私はきっと、立っていられない。
エルディラが恐怖しているのは、自分のことではない。ジルドが与えてくれる気持ちを、どうすれば返していけるのかという不安。
愛が一方通行ではないと証明できない。
愛を知らなかった二人は、人の心と温かさを知るために抱き合って眠り着いた。
今までに無い感情が二人の心を結んで、二人の手は起きるまで結ばれていた。
夢が覚めないまま、朝になった。
ジルドは、エルディラを強く抱きしめて、囁いた。
「愛している。」
二人が結ばれるまで、二人は自由でいられる場所へと旅立つために、ジルドは探した。
人間だけではなく、ロボットも幸せでいられる方法。
願わくば、エルディラが人間になれる方法を。
ヒルワン王女の死は巻き戻り、再び新たな女神として誕生する。
ヒルワンの美しさは天界でも一、二を争う。ただし、神々は争いに夢中だったし、ヒルワンが女神であることを理由に馬鹿げた感情で争いに敗れることを嫌ったほぼ全ての神々が、ヒルワンの計略によって負かされるとは考えなかった。
もう一度、ゼノロワの王国に降り立ったヒルワンを歓迎したディザー国王。代わりにアリアンは苛立っていた。
ヒルワンは己の部屋の鏡の前で自分に酔いしれていた。
――わたくしの美しさ・・・・・・。
傲慢な自分。けれど、それでも、自分が美しいことは正義であった。
――わたくしは、望むために人になった。ならば・・・・・・。
ヒルワンの決意は、最初の頃とずいぶん変わった。
彼女が望んだ未来とは違う、己の過ちだった命の塊でもある魔法使いの未来を、考えた。
ヒルワンの望みが、己の欲望とは違う願いに変わった。未来が変化する。
彼女が思う世界は、願い世界は、幸せを奏でるロボット達のもの悲しい世界ではなく、幸せが溢れるロボット達が人間になる未来。
――わたくしが求めた世界は、わたくしのいない場所で、花開き、わたくしはそれを天界で見る・・・・・・。望むものが手元にあるか、あるいは、遠くで見つめるか。それだけの違い。たったそれだけでわたくしの望みが叶う。
神が地上で何を行い、何を願っても、天界から望む世界が地上を潤す。
――天界の争いがなくなったと聞いて、戻るという選択し以外に、なにがあるのでしょう?
二人は夜の暗闇に紛れて訪れた一つのいわゆる『名のない跡地』。
そこは、かつては魔法使いが誕生する研究所の一つだった。
跡地となってもう百年は過ぎる。
二人は口論しながら、その場所に向かったのは、夜のあいだに調べた方がいいという、結論に至ったから。
ジルドは最後まで反対していたが、エルディラはこの名のない跡地だけは、先に調べることを優先させたかった。
――いずれ彼は知ることになるだろうが、ここは国の管理する場所。私たち魔法使いが勝手に入ったことがばれれば、かなり面白い罪となるだろう。
エルディラは、ジルドにその事実を言わなかった。
二人は誰もいないその跡地で機械を動かし、コンピュータの画面を起動させた。
ジルドは知り合いの王様に連絡いれた。
ローリエンド帝国皇帝カガーリィ・エンドル。ジルドの友人は変わり者が多い。とくに皇帝でありながら、人造人間達を心配している人だ。
ずっと大昔に終わった戦争。人造人間を恐れている者はもういない世界で、魔法使いという名で愚かな政治を行う国内。
――考えてみれば愚かな連中だ。
ジルドは鼻で笑った。
「どうしたの?」
エルディラが可愛らしく小首傾げた。
ジルドは彼女の頬に触れ、彼女の額にキスを落とした。
「・・・・・・!」
驚きながらも、エルディラは微笑んだ。彼女の視線が、ジルドの視線に重なった。
見つめ合えば見つめ合うほど、求めてしまう。
ジルドは大きく呼吸した。
「皇帝陛下にお願いしようと思う。」
エルディラは驚いて彼を見た。少しも疑っていない眼差し。
「君は今のままでも素敵だ。でも、私の勘違いでなければ・・・・・・。」
「えぇ。分かっています。私も、貴方の求めた愛を知れば、きっと。」
二人はそう言うと、重なるように唇を塞ぐ。求めた愛は、エルディラにも届いている。きっと、あと一歩で何かが邪魔をしている。
想いも届き、二人は愛を語る。
足りない何か。
女神の囁き。
『貴方は、悪あがきをしているの。運命に委ねることね・・・・・・。』
女神の囁きは、エルディラの運命がもうまもなく開かれるという意味にも聞こえた。
――私は、どのような運命を授けられているの? 愛する人と共にいること。それだけではない・・・・・・。
エルディラが心のどこかで気にしていたこと。
ジルドが王子だという事実。
――私は、身分差をこえて、種族すらこえる。果たして、本当にこのまま・・・・・・。
ジルドはコンピュータの画面になにやら書いて送っている。
エルディラは、愛という形がいくつもあることを知らず、それでも目の前の人と離れられないと感じしまうほど、動けなかった。
以前の彼女は、国王を豚だと心で罵り、周囲の貴族を馬鹿にしていた。
彼は、王族の衣装をその辺に捨て去り、エルディラの手をとった。
ベッドの中で、彼は優しく抱きしめて、愛情を感じたことを思い出す。
――この人が運命。私は、逃げ出して、どこへ行く?
彼女の心の蟠りが、近いうちに解けることを知らない。
一人の皇子が王国へと派遣されることになった。
国同士の結婚。
ジルドの手紙は、大きなうねりをこの国に与える。
彼は、エルディラの心も身体も、愛という真実を開くために国外へと目を向け、共に考えてくれる人を探すことにしたのだ。
エルディラへの愛は、ジルドの運命も国外の人々の運命も変えていく。
愛があるなら、人は飛べる。翼を手にした想いは、貴方の心の扉を開ける。




