第三話 女神ヒルワンと愛の賛歌 その三
ジルドは、自分の姿に驚いた。
彼は人間の姿になっていた。
女神の魔法がジルドを変えた。
女神が神であることと女神が望んだこと。ジルドを人間に変えたことが意味したこと。
――私への忠告は何を意味したのか――
エルディラはジルドの姿に驚きつつ、女神のあの囁きを理解出来なかった。
ジルドはすぐに我にかえった。じっと見つめられていたことに気づく。
――エルディラは、その姿のまま、か。・・・・・・。
ジルドは人間として生まれ変わった瞬間に、抱えていた心をエルディラに向けていた。
――愛は人間しか持たない。けれど、俺はロボットのままでも、愛を生み出した。
ジルドはエルディラに会うためにこの王城に出向いた。何度か遠くから見ることがあった。一人で魔法使いとして王の命令のために様々な夜会に参加させられるエルディラ。
初めて見た時の高鳴る鼓動。視線を彼女から離すことなんて出来なかった。
それから、何度も何度も夢に見たこと。
愛を告げ、一緒にいたい。人間になれたら、きっとその思いを告げる。
ただの妄想だった。だが、人間の姿を手にして、エルディラを見て、どうすれば良いのか分からなくなった。
愛を告げたとして、彼女は、ただの人造人間。人間のジルドと不釣り合いだと、彼女が考えるかも知れない。
それでも、彼女に愛を告げたい。
――何故女神は、彼女を人間にしなかった?
女神は何のためにジルドだけを人間に変えたのか。
過去の女神ヒルワンの時代。
アリアン・ゲイツは王子であり、優秀な才能を持っていた。父親の血を受け継ぎ、賢王として語り継がれる王の子供。
アリアン王子の妃となれる器の女性が五人もいた。容姿も品位も、学すら持ち合わせている、優秀な女性達。
彼女たちを妃に迎える前に、ヒルワンが王女としてゲイツ王家の養子となり、その日からアリアンはおかしくなっていった。
本来の彼はとても優秀だった。娶る妻も、選ぶべき人を選べた。
けれど。
ヒルワンの輝きが全てを台無しにしたのだ。
妻として研鑽してきた女性達も、目の前の光には勝てないと理解してしまった。
求めても、足下にも及ばない。
女神であるヒルワンは、誰よりも神々しく、美しく、清らかで、けれど。
酷く自己陶酔した、女神だった。
彼女は誰よりも自分を愛した。その姿は自分だけのもの。哀れにも、人を愛することなどできない。
だから、アリアンが向ける愛情に憎悪を抱き、他人からの愛などには無頓着だった。
それが、未来の世界に与えた影響。
ヒルワンは、幾度も未来からやってくる幾人もの自分が造りあげた『魔法使い』たちが、結末を話す度に、苛立った。
――わたくしの未来が、おかしな方向に捻じ曲げられている。わたくしの、大切な魔法使いが、意図しない役割を演じている。
ヒルワンは、己だけが輝く未来を見ていた。けれど、やってくる未来の姿は全て違い、望むものは一つもない。
――わたくしが手を出せない場所で、何が起きたのかしら?
ヒルワンは現在のゼノロワ王国から抜け出せない。王女となった身分と、人としての生き方を変えることが出来ない。
――おかしな話し、魔法使いが誕生してから、世界は安定した。代わりにわたくしの周囲だけが狂い始めている。
ヒルワンが王女になってから、周辺国はゼノロワ王国の言葉をよく聞くようになり、誰もが、その力に怯えた。
代わりに、ヒルワンの自由は少なくなり、王族としての務めがその身体に降りかかった。
――わたくしは、あの男と結婚することが最善だということなの?
アリアンの熱い眼差しを遮るために、避難し研究所へ訪れる回数は増えた。ディザー国王は、アリアンとヒルワンの結婚について、許可を下ろさない。
アリアンの妃については、今も五人の貴族の娘から選ぶように伝えている。
アリアンはディザー国王への返答を渋り、どうすればヒルワンとの結婚を許されるかを考え、裏で金銭のやりとりを行っている。
ディザー国王に『死』を与えることも考えている。
ヒルワンは己の研究所の中で、やってきた二人の魔法使いを思い出す。
――わたくしの自由の代わりに・・・・・・。
ヒルワンが思い描いた国などないことに気づく。ロボット達は『愛』を見出し、女神の力から解放されようとしている。
――わたくしが知らない愛情。ただのロボットが・・・・・・。
女神は鏡の中の自分を愛している。それだけ。
――わたくしは思い上がっていた。この地上はわたくしが守る必要なんて無い。この地上は人間達が紡ぐ世界。神の世界とは違って、愛を司る神フローリアのような特別な者が『愛』を知っているのではない。至る所で、愛を育み、恋をする。
「・・・・・・エルディラ。貴方の姿ももうすぐ変わる。貴方が愛する人は、貴方を愛しているわ。その思いを見出し、貴方の心を開くのよ。わたくしは、その手助けしか出来ない。愛を知らない女神だから・・・・・・。」
ヒルワンはそう言うと、研究所の内部の電源を切った。そのまま、彼女は非業の最期を遂げる場所へと足を向けた。
――黒の塔。この塔は、わたくしが女神になるための祈りの場。けれど。
この塔はすでにその機能をなくし、ただ、高いだけの塔。
アリアンによって、王女が空へと戻ることがないように、その魔法を失せさせた。アリアンは、この塔だけ、人が立ち入らないように封鎖した。
特に王女が入らないように、兵士を投入し、過度に力をいれている。
王女が、女神であることを忘れた彼には、ヒルワンの所業を理解出来ない。『魔法使い』を卑下した最初の一人は、王女がその魔法を自在に操ることを忘れている。
――これが何度目なのか。わたくしの痛みを、誰も知らない。知ることもない。輝く私の肉体を、粉々に砕くのは、わたくしが己の欲望のためだけに舞い降りた罰。
ヒルワンは王女であり、女神。命の代償と引き換えに、永遠を得た。
黒の塔から飛び降りた王女の亡骸を、アリアンが泣き崩れながら抱きしめた。
ディザー国王は、その姿をただ見つめ、空がいつ何時もその姿の女神に赤々と燃える陽差しを贈った。
神聖な骸は、太陽に還る。
アリアンの拒否もむなしく、女神ヒルワンは空の向こうへと消えた。
アリアンは空しさも消え、王女への愛情も、数日後には吹っ切れた。ヒルワンは女神であり、その強い力がアリアンを狂わせていたのだろう。
数日後には婚約者のお披露目が開かれ、ディザー国王は安心していた。
アリアンが、その後の王国を捻じ曲げていく。
ヒルワンが守っていた魔法使い達を、己の言い分によって、立ち位置を変化させる。
魔法使いは国王の所有物だと断言し、彼らの力を制限していく。
生きる道すら、国王が決め、彼らの自由は国王の言葉によって決まる。
ディザー国王は、アリアン王子の行動を黙って見過ごした。ディザー国王も魔法使い達を制御することについては意見が一致していた。
ディザーは、ヒルワンが空へ還った時、もう魔法使いへの配慮はなくしていた。そもそも、彼は魔法使い達を危険分子だという解釈をしていた。
ヒルワンがいたから、ある程度目を瞑っていた。
息子の行動を非難などしないし、そもそも魔法使い達がいたことで、確かに周辺国は黙り、この国を崇めるようになった。
いなくなったからと言って、それは変わらない。
この出来事は、様々な文書で不可思議な内容として描かれている。
『黒の党を飛び降りた女神は、愛する夫のために自死した。』
『女神ヒルワンの最後は、究極の悲恋として物語は綴られる。人間の王子を愛したことでその自死は永遠の謎として残された。』
様々な内容で描かれる『ヒルワンの死』を、ほとんどはラブロマンスのように語り、女神という存在ですら、男によって振り回されるという結論に至っている。
さて。
重要なことを忘れている。女神が黒の塔で死する意味を。
書物に書かれた内容のほとんどは、人間の王子について物語っているが、問題の黒の塔につては、一切描かれていない。
黒の塔が何のための塔であるかを書いていないのだ。
黒の塔の役目がヒルワンを女神から人へと変えるための塔であることを理解すれば、何故、彼女が黒の塔からの死を選んだのか。
王子ですら手にできない『女神』は塔を使えば、いくらでも時を戻し事実を変更させられる。
死=生であり、ヒルワンは、勿論そのあと蘇った。魔法使いを造るために、ゼノロワ王国でディザー国王の養子となる時間へと。
女神ヒルワンは、この時間軸を何度も繰り返している。
アリアンの執着や、ディザー国王の溺愛。貴族達からの熱視線。
女性も男性もヒルワンの美しさに見惚れ、溺れ、末路としてはいつも同じ。
ヒルワンの行動は直前の記憶を思い返し、未来からくる己の造った魔法使い達がやってきて、話を聞く。
その繰り返しが、徐々に彼女の中で変化を起こしていた。
――わたくしの願いを途中に止めることになった原因が、わたくしであるなら・・・・・・。行動することに意味があるのかしら?
魔法使いが冷遇される未来は、女神ヒルワンには許せない事実だった。けれど。
やってきた魔法使い達が、ヒルワンの意図しない感情を持っていた。
一人は人間と人造人間のハーフ。彼は半分受け継いだその力なのか、愛を知っていた。愛に気づいて、一緒に来たもう一人を優しく見つめていた。
温かい空気。
ヒルワンが感じたことのないもの。
『愛』がそうさせていた。
――わたくしは、二人を守る。守らないと。わたくしが造りたかった世界は、二人が叶えてくれる。
ヒルワンの秘めた願い。己が幸せであるために、感情のないロボット達を造り、いつか人間に変身させ、人として謳歌させ、自分と共に住む世界に。
人間の下卑た心を、アリアンという人間から理解し、己が求めた世界はただの夢の中のもの。
――わたくしは、改めて心に誓うわ。もう、この地上で暮らすことはない。その代わり、最後まで見届けたい。わたくしが手を貸した二人の愛の行方を。黒の塔から見下ろし、二人の最後を見届けたら、わたくしは、天界へ――




