第二話 女神ヒルワンと愛の賛歌 その二
歴史を遡ること、数千万年前。
神が存在し、人に干渉した。国をチェスの駒として扱い、戦争や病気を蔓延させ、やがては争いを神の世界に持ち込むようになった。
そんな中で誕生した女神ヒルワン。彼女は、一つの国に目をつけ、その国の王となって、世界の争いを収束させた。
ヒルワンは王国で『魔法使い』を作成する。画期的なシステムを構築し、『科学者』がそれらの管理者となった。
科学者には二つの家系が存在する。
片方は王族のことだ。もう片方が、『ゼロ』と呼ばれる初号機の『魔法使い』たち。ゼロを継承する魔法使いは、科学者でもある。
ゆえに。
生まれながらにして、魔法使いを制する事が出来る魔法使い達がゼロの一族。
このゼロと呼ばれる継承者達の行方は、ずっと歴史の中から消えていた。
「まさか本当に・・・・・・。」
彼の言う通り、ゼロの一族と王族の子であるなら、ジルドは今までとは全く異なる王族である。興味を持つのは当然だった。
玉座を望めば、それは魔法使いが王になるという前代未聞の出来事。
「・・・・・・第三王妃殿下の出自を国王陛下はご存じないのですか?」
エルディラは小さく笑んだ。その事実を知らないから、このジルド王子は生まれた。
いいや。王子が生まれたことを理解していないから、より滑稽な結末になったのだ。
「もう、分かっているだろうけれど。私の母親を魔法使いだと知っていたら、あの男は手を出したりしなかっただろう。いや、出したとしてもその子供に『玉座』への近道を与えはしなかった。殺すか処分するか。それに私の母親を王妃として擁立したことも理解が出来る者にとっては、明らかに愚かな行動だった。」
玉座に魔法使いが座ることは、ずっと無かった。過去に数度、その椅子に座った者達は、『約束』のために座った。
「・・・・・・殿下にお尋ねしたい。その椅子を『慰める』おつもりですか?」
「・・・・・・いいや? 私はあの哀れな一族が、崩壊することを望んでいる。君もそうは思わないか?」
王子ジルドは満面の笑みで答えた。端正な顔が醜く歪んでいる。
「・・・・・・。」
少なくとも、この王子は魔法使いであり、この国が崩壊することを待っている。噴水の奥で時代に取り残された女神ヒルワンが、二人を見つめている。
――世の中は変わった。魔法使いの意味も知らない愚かな貴族達は、民が苦しんでいる事実を無視して、自らの首を絞めて。この国が終わったとしても、私たち魔法使いはこの場所で生き続ける。呪われたこの土地が、女神ヒルワンが望んだことでも、私たちが縛られている理由はない。
女神がこの国に魔法使いを造りだしたとき、たった一つの『約束』を人々に求めた。それが叶えられなくなった時、女神は神の世界へ還った。
――おとぎ話だったなら、私たちは存在しない。魔法使いは・・・・・・。
「殿下。では、何故?どうして私に、その話を?」
エルディラは、疑問を口にした。
「『約束』が叶えられずに、この国が終わるとき、残念なことに、私もいなくなるから。私が二つの血を授かったことが、私の中では大きな事でね。生き続けて新たな地に行けることはない。」
悔やんでいるとは到底思えない王子の顔。清々しく諦めている。
「・・・・・・。殿下のコップに何があるか教えていただいても?」
「・・・・・・綺麗な無色透明の。」
エルディラはそこまで聞いて驚く。
――殿下は、捧げられる供物だったか。
『願い』を叶えるために『慰める』存在。
魔法使いのコップの中身がただの水ならば。それが、玉座を洗い流すことを意味した。
――王子でありながら、その命を国ために捧げる『魔法使い』。きっと、彼は玉座には座らない。それが、この国の破滅であり、王子の命のタイムリミット。生きる目的と、死する意味を、彼は理解している。だから・・・・・・。
「殿下。私と共に力を解放しませんか?」
エルディラはそう尋ねながら、自分のコップを差し出した。
「・・・・・・。いいのか? そのために近づいたと気づいているだろう?」
ジルドは驚きなから尋ねた。躊躇っているのは、今もこれからも彼はまだ魔法使いだという『証』を何も見せていないからだ。
相手が何者かを示していないのに、エルディラはジルドを魔法使いだと認めた。彼にとって最早意味のない証明だったからだ。
「えぇ。だって、嘘を言っていない。」
エルディラは笑った。ジルドは大きく息を吸って吐いた。
「信じられない。」
ジルドが困っているのは、相手の魔法使いが突拍子もないことをしようとしているからだ。
「何故ですか?そのために、近づいた。」
エルディラは何一つ迷わない。視線はずっとジルドの眼差しと混ざっている。
「・・・・・・分かった。本当に、良いんだな?」
ジルドは覚悟を決める。
差し出されたコップに当てるように、ジルドも自分のコップを差し出して。
カチンッ
コップは割れた。魔法使いのコップが割れて、時が狂い出す。
魔法使いが時代をかき乱した。
いいや、違う。この国のコントールが消えた。
魔法使いが長い年月守り続けたこの王国が揺らぐ。
時代が遡る。
王国の成り立ちは、もとあるべき時代へと巻き戻されていく。
多くの人々が神々の駒となったあの時間へと、二人はやってきた。
女神ヒルワンが一つの国の王女となったあの瞬間。
女神が王女ヒルワンとなり、後に王妃ヒルワンと呼ばれ、いくつもの伝記を世にもたらした、その時代に。
エルディラとジルドはやってきた。
魔法使いが生きづらい世界をつくっていく世界に。
――ここが、ヒルワンの統治した王国。
過去の産物となったはずの国が、もう一度同じように時を刻む。生まれた時代が違えば、人々の身なりも違う。
エルディラとジルドの身に纏う服をじろりと見つめられ、二人は少なくとも『魔法』が正しく作用したことを理解した。
国がここまで大きく変わっているとは思ってもいなかった二人にとって、現状の国内が荒れ果て、魔法使いが一人もいないことが余計に何かを暗示しているように感じ、お互いの考えを改めて話し合おうと向き合った時。
「見つけたわ!」
可憐で美しく、魅力的な女性が二人に声をかける。
二人は驚いて、言葉も失せた。
女神ヒルワン。天上の女神だったからだろう。あまりにも眩しい美しさに、二人は見蕩れた。
「さぁ! わたくしの城へ!」
ヒルワンの誘いを断れる男はいないだろう。いないはずだ。
その美しさとそのとろけるような声が、抗うことを止めるだろう。
女人ですら、彼女を見つめ、見つめ返されれば頬を赤くする。
ヒルワンのあとに続けば、大勢の野次馬が、二人を睨み付け、妬んでいる。
王女ヒルワンとなった女神は、父親と義兄に守られている。
特に義兄のアリアン・ゲイツ王子は、現国王ディザー・ゲイツの一人息子であり、養女となった義妹であるヒルワンにぞっこんだった。
ディザー国王は、そんなアリアンの気持ちを知らず、兄として、妹を大切にしているのだと勘違いしていた。
それだけではない。
ディザーもまた、自分の亡き妻の後妻として、本当はヒルワンを妻に迎えようとしていた。
しかし、女神の美しさと、心の清らかさがディザーの目を覚まさせた。
彼は、父親としての愛情を注ぐだけで、それ以上を求めなかった。
だから、彼は未来では賢王として名が通り、アリアンは偽王として名を馳せた。
城に連れてこられた二人は、王子アリアンと対面する。
「お兄様。お客様をわたくしの仕事部屋へ通しますわ。」
ヒルワンのうしろについて行くエルディラとジルドを睨み付け、
「やめるんだ。少なくとも『客』には見えない!」
アリアンはそう言うと、義妹に駆け寄り、ヒルワンの長い髪が一房から零れているのを見て、そっとその髪を持ち上げ、キスをする。
ヒルワンは憎々しげにその髪を払うと、
「お兄様の言う、『客』とは何かしら? 少しでもお仕事をされないと、お父様に叱られますわよ? いつまでもそのような淫らな女性を従えて!」
アリアンは、ヒルワンの気を引くために、わざわざ女性達を従え、ヒルワンの視線を奪おうとした。
無駄な足掻きではある。
ヒルワンの美しさよりも美しい者は存在しないこの国で、彼女の心を引き留めるには、何よりも必要だったのは国を発展させること。
アリアンは己の滑稽さと無知を披露し、希代の道化師となった。
哀れな上、即位して僅か三ヶ月後に彼は何者かの手によって命を落とした。
ヒルワン王女が連れてきた場所は、エルディラとジルドが知っている場所だった。
研究所と呼ばれる魔法使いが誕生する部屋。
正確には、『魔法使い』と呼ばれる人造人間が生まれる場所。
――やはり、魔法使いはもう造られている・・・・・・。
エルディラは先ほどの王国の生活圏にいなかった存在が、すでに何体か造られている現場に足を踏み入れることになるとは考えていなかった。
「貴方がたも同じ魔法使いね?」
ヒルワン王女がにっこりと微笑んだ。
「・・・・・・。えぇ。女神ヒルワン様でお間違いないでしょうか?」
ジルドがスマートに答えた。彼の血はヒルワンの血筋も混ざっている。高潔さを持ち合わせるジルドにヒルワン王女は、じっと考え込んだ。
「・・・・・・。貴方は、わたくしと、魔法使いの力を受け継いでいるわね。つまり・・・・・・。未来の世界であまり良くないことが起きている。」
ヒルワン王女は、ジルドとエルディラを見つめ、小さく頷いた。
「未来に、わたくしはいけないし・・・・・・。ここで授けてあげることはできても、あまり意味をなさない。できれば与えたことで変化を望みたいし。」
ヒルワン王女の独り言は、二人の魔法使いをどうにしかしようとする企みにも聞こえた。
「女神ヒルワン。私たちはこのままもとの時代へ戻るだけでも、良いのですが?」
「それは駄目よ。わたくしは、自分が創った最高の存在を蔑ろにした者達を許しはしない。それに、貴方の存在はとても希有よ。」
ジルドを見つめて、ヒルワン王女は微笑んだ。アリアンが見たら、卒倒するだろう美しき笑顔だ。
「そうね、そうよ。貴方の存在を少しだけ書き換えるわ。」
ヒルワンはジルドの額をそっと人差し指で押す。
「ふふ。貴方はこれから、わたくしの持っている力を知ることになるわ。」
女神の力が、ジルドを変える。
世界が揺らぎ始める。逆さまに落ちていき、彼らの姿がゆっくりととけていく。
エルディラの耳に囁き声が聞こえる。
――貴方は、悪あがきをしているの。運命に委ねることね・・・・・・。
巻き戻った場所に同じように立っていたジルドとエルディラ。コップだけが砕け散っている。
「う、嘘だろ・・・・・・?!」
ジルドは自分の頭を抱え叫んだ。




