第一話 女神ヒルワンと愛の賛歌 その一
ゼノロワ王国を知っているだろうか?人が自由を愛し、争いは剣や弓、槍で解決していた時代。
『人造人間』を生み出し、彼らの魔法で周囲の国を圧倒していた。それが、ゼノロワ王国。
彼らを統べる王は、世界を統治したと言われた。
世界が、かの王国にひれ伏し、ただ魔法使いを扱えたことで隣国を蹂躙し、誰よりも世界を制圧したゼノロワ王国の国王たちが、数世代のうちに滅びた。
まるでちょっとした風に消された灯火のように。
物語を愛してくれる人よ。
彼らの滅びた結末は、どの書物にも描かれていることだろう。
けれど。
本当に、彼らは人造人間を従えたのだろうか?
本当に、人造人間のような存在がたった一つの国に縛られていたのだろうか。
もし本当に彼らが今も生きていたら?
貴方たちは必ず見たことがあるはずだ。
そっと忍ばせた彼らの愛用する小さなコップを。
見たことがない? いいや。絶対に見たことがある。
貴方が忘れたその本の中で――。
さあ、誘おう。
消された物語は貴方の前で開かれ、たった一つの出来事を決して忘れてはならない。
『ゼノロワ王国』建国から数千万年のち――
私欲を貪る国王が開く舞踏会で起きた、小さなコップの割れる音。
それが全ての合図。
お互いの目に狂いはなかった。きっとそのためにお互いがいた。
きっとそのために、ロボットは生まれ、出会うための道具となった。
誕生したその瞬間から、この再会は運命であり、私たちはお互いを求めた。そこにほんの一握りの偶然などない。
求めは答えであり、望みが私たちの愛を紡いだ。命を軽んじる者達を罰するために、この小さなコップが割れた時、新たな王国に生まれ変わる。
人が永遠でいられはしない。
女神ヒルワンはその力を与え、人造人間たちの運命は未知なる存在となった。
触れられないから身体ではなく、魂が求めた。
ヒルワンが人間を知らないのに、彼女のつくったロボットには、人間の魂が宿る。何代も先の未来で生まれた彼らが、時空を越え、人という感情を知り、求めた。
幾重にも重なった女神の世界線の向こう側へ応えを求め、神々に語りかけた。
『愛はどこにある? どこで人の心はそれを知るのだろう?』
争いの先に見つけた世界の中に、貴方を見つけ、貴方を求める。
人が求めた世界は、ロボット達も求めた世界。過ちも、靄の中に隠された真実も。
人造人間が王国で嫌われていることを周辺国は知らない。敵対すれば、ロボットたちがヒルワンの力を使い、国を滅ぼす。
そんな言葉が本当にあったことは昔の話し。
今のゼノロワ王国には、古くさい人間達が偉そうにくだらない話しをしているだけ。
エルディラ・ウォータは、今日の舞踏会で唯一招かれた人造人間。
彼女が麗しき女性であること、顔が美形であり、王が子飼い出来る存在であること。それが理由で、出席は絶対だった。
視線は研がれた刃よりも鋭く、誰もが冷たい視線を彼に向けた。王はそれを満足げに眺めて、この国の宝であるはずの存在を、ただのその場に転がる石よりも酷く扱った。
――誰もが私を見ていない。いや・・・・・・、見ることを愉しんでいる。
流れるように視線が向いては、小さく嗤う声が聞こえてくる。優雅な音楽が、ダンスをする人々ではなく、自分をせせら笑うように流れている。
――私は、人造人間であることを誇りに思っている。だから、こんな奴らに興味など無い。けれど、あいつは私に歪んだ感情を向けている。
玉座に座る王冠が輝くその男性は、ふくよかで、一人一人にその裕福な身体の威厳を向け、当たり前のように背を屈める人々に偉そうな言葉をかける。
――お遊戯会を開くために人々を集めているだけ。つまらない場所を提供したのに、人は集まる。お前の腹を見るために。
王がこの国のために魔法使いを擁護していたのは、ずいぶん前の歴史の中だけ。
現在は魔法使いを馬鹿にする王が筆頭に立ち、誰よりも人の扱いを受けずに成長した。彼らが今、誰のために働くのか。
代償を払ったことを忘れ、彼らは『忘れられた約束』のために次代へ受け渡すバトンを失わせる。
エルディラは、その最後を見届けることになるとは、少しも考えていなかった。
魔法使いの持っているコップは、ただのコップではない。
その中身によって、彼らの扱える得意な魔法が分かる。場合によってはいくつものコップを持っている魔法使いもいるが、エルディラは複数を持つことより、中身を変える方法を覚えた特異な存在。
ゆえに、この国の魔法使いの中で最も優秀なのだ。
覚えた魔法の数も、扱える種類も多いからこそ、国王が恐れる。彼を国の外に出したとき、万が一でも己に刃が降りかかったとき、勝ち目がないからだ。
しかし、記憶から抜け落ちたことを思い出す頭があれば、魔法使いが過去一度も国を出られたことがない事を、彼らは思い出せたはず。そして、その意味も。
エルディラは、優雅に奏でられた音を聞きながら、国王の視線から逃れるために、大広間を出て、大きな庭園へと歩き出した。
広い庭園には、幾人かのご婦人や、恋仲であろう男女がひそひそと戯れている。
広い庭園の中央に用意された噴水には、数々の彫刻が美しく並べられている。初代に君臨した『天上の女神・ヒルワン』がひっそりと隠れるように色褪せ、錆びがその存在をただの彫刻へと変わらせている。
――あの女神すら光を当てられず、この世界をこんなにも下から見ている・・・・・・。
玉座を本当の意味で理解している魔法使い達は、何故己が王としていられるかを忘れた現在の王を、変わり果てた『女神の末裔』であり、『産声を忘れた科学の末路』だと認識した。
人々が恐れる魔法使いを擁した現在のゼノロワ王国が、今はただの耄碌した科学者だけが生きる、『滅びの王国』。
その頂点に立っている国王は、自身が科学者の家系であったこと、玉座はすでに『空白』の中で消えていったこと。
そして、魔法使いを制御できるだけの知識も、認識もない。
――今の王は、きっと次の王を選ぶとき、愚かな子供を選ぶだろう。
エルディラは、小さく嗤った。いずれ国王が次の王を選ぶのは、ずっと執り行われてきた行事だ。
――いったい、どんな王が立つのか・・・・・・。今後も私たちには関係ない。
エルディラは視線を前方に向けた。
高級な服に身を包む、端正な顔の青年。見れば、彼の服には王族のシンボルが描かれている。玉座に座る事が出来る一族に用意された服だ。
――こんなところに、何故王族が? 意味が分からないが・・・・・・。
王族であるなら、一歩下がって道を譲る。それがマナーだ。魔法使いであったならば、当然それを行うように言いつけられている。
けれど。
「・・・・・・ウォータ殿か?」
氏を呼ばれた。氏を持つ魔法使いは少ない。氏は身分を現すことがほとんどだが、魔法使いの氏は、『優れた飼い犬』に与えられる。
「・・・・・・はい。」
氏を呼ばれた時点で、相手が高貴な存在であり、尚且つその名を知っている存在。
「あ、悪いな。名前で呼んでもかまわないだろうか?」
相手は、少し困ったように、けれど不快にしないよう気遣いながら問う。
「・・・・・・?」
エルディラは、あまりにも砕けた話し方に、違和感を覚える。
玉座に近い存在は、魔法使いを馬鹿にしかしない。
「・・・・・・あー。私はジルド。あの馬鹿親父の息子で、末っ子。今三人の哀れな兄と姉達が、次期国王の座を狙っているだろう?うえ三人と、私は血が繋がっていないから、玉座とは無縁だ。」
ジルド王子は笑いながら説明した。
確かに、現国王アンガルには、三人の王妃がおり、それぞれ、第一王妃であるシルエには二人の子供、ラーズ王子とシュラ王女、第二王妃であるフラメラには、マクラーン王女。
そして、第三王妃であるニレラには、一人息子がいた。
しかし、だ。
ニレラ王妃は、自分の息子について、一度も世に出してはいない。それが、亡くなったことを意味するのか、あるいは、政治的なことから守るために匿っているのか。
国王アンガルは、それぞれの子供達については、何一つ見解を示さない。次期国王の話をしないのだ。
自分の死後に争うことも考えて、極力様々な人にそういったことを遺すのが普通なはずだが、あの王は自分の肥やしになるなら、死んだ後のことであろうと気にはしないのだろう。
実際に、周囲は国王を褒めそやし、気に入るためのお金も、女も、そして物も。
全てを捧げている。
王がここまで堕落した国が、あったことなどないだろう。
『魔法使い』という言葉だけに守られたこの国は、本当に哀れだ。
「・・・・・・ジルド王子。私が魔法使いであることを、存じていて、それでもそのように気を遣っていただけるのは・・・・・・。」
目の前の男が王子あるなら、儀礼的に言葉を選ばなければならない。
「ははは・・・・・・。第三王妃ニレラがどこの娘が知っている?」
王子は乾いた笑いをしつつ、目の前の魔法使いを探し出歩いたことは黙ったまま、自分の母親のことを話し出した。
「・・・・・・いいえ。存じ上げません。」
「母さんは、王妃シルエの侍女だった。あまりの美しさに手を出したアンガルとのあいだに生まれたのが私。シルエ王妃殿下の怒りはそうとうだったらしくて。シルエはアンガルに息子の私を認めないよう嘆願した。結果、面白いと思ったあの腹黒は私を認めたんだ。王子だとしてね。」
ジルドは面白そうに言った。彼は本気で呆れているのだろう。自分の出自があまりにも馬鹿げているために、自分の地位を公にしない処置をとらされているのだと言う。
「・・・・・・生まれがどうであれ、貴方様が一国の王子だという事実は消えないでしょう。」
エルディラの言葉に、ふつふつと起こる不思議な感情。ジルドは一度だって自分の身体に『人間』の血が通っているなんて考えたくも無かった。あの腹の出た存在を父親だと思いたくもない。
「それはそうだね。けれど、君は私の出自にもっと興味を持つはずだ。」
ジルドは心の底から受け入れたくない事実を一度受け入れ、母親のことを思い出す。
「・・・・・・?」
「私の母さんは、魔法使いなんだよ。しかも、『ゼロ』の名を継承している。その意味、分かるだろう?」
「そ、それは・・・・・・。」
魔法使いなら知っている、常識。
この国の魔法使いが何故生み出されてきたのか。
その理由を知っているのは、この国の魔法使いぐらいだ。過去の出来事が、今に至るから、事実を忘れたこの国が、終焉に向かっていることも気づかない。
エルディラは、事実を知っているから、国王を見下している。もうこの国が終わるから。
しかし、『ゼロ』という名前を聞いて、それを無視できないことは魔法使いならわかるはずだ。
目の前の王子がそれを言った。
母親が魔法使いという事実。『ゼロ』の継承者と言われ、彼の言う通り、興味しか湧かない。
「・・・・・・『ゼロの一族』を、王子でありながら継承した?興味深い話しですね。王子殿下。」
エルディラは、今までに無いぐらい、昂揚した。
これが二人の出会いであり、魔法使いが人間となる物語のはじまり。
ゼノロワ王国の歴史の真実の一ページを読み解いていこう。




