第十八話 時と愛と貴方と その八
ひまわりの園は光に包まれていた。
靡く風が、温かな歌声を聞かせる。
「ハーナン!」
アイゼは叫んだ。
ひまわりが輝くその中に走って入っていった。誰もが止める間もなく。
アイゼの心には、戻ってくる彼女が見える。
戻ってきたら、絶対に離さない。
光が、弱まった。エルディラとジルドが抱きあって、泣いて。
生きている事への感謝。愛が溢れるこの世界に感謝していた。
――ああ……。私の全てが、終わった。
ハーナンは、座り込んだ。ひまわりの園が穏やかな空気を奏でている。
人々は、争いのあとの小さな安らぎを求めている。
――愛はあるのに。
ハーナンは、己の心を押さえた。
――愛はあるのに。私は、戻れない。
詩が静かに流れた。
――別れは、時を隔てて。私は……。
己の無力と、けれどやり抜いたその心を抱きしめた。
「ハーナン!」
ディザーが声をかけた。よろよろの彼を息子のアリアンが支える。
「ハーナン様。」
カガーリィと、その息子シェイスもやってくる。
「貴方が未来に帰る方法を、探しましょう。」
彼らは諦めていない。
彼らは、ハーナンをなんとしてでも帰すと言うのだ。
「それは……。」
全員が、この世界で。この世界を愛している。
ずっとずっとずっと。これから先ずっと未来にいる私たちも。
「わ、私……。」
不安が言葉を紡がせた。
「帰れるのかな?」
全員が頷いた。
「「帰すよ、必ず。」」
穏やかな風が、ひまわりの一つ一つの葉を揺らす。
争いは終わった。神々は、人間と共に歩く。魔法使いとして。
――帰れない。そう思ったのは私だけ。
幸せな世界。未来へ繋がるこの世界は、未来へ繋がっている。
もう廻ることなく。
途切れることのない、一つの線となって、未来と繋がっている。
――帰りたい。私の愛を渡したい。
ハーナンの握り拳が、ひまわりを廻った一本の風を捉えた。
「帰りたい。私の愛する人に会いたい。アイゼ!」
たぐり寄せたその風が、ひまわりに眠った時を使い、大きな時の魔法をつくりだした。
「えっ?」
魔法は、ずっと待っていた。この時のために、ずっとすべてのハーナンが抱えていた。
愛を。愛を。愛を。愛を。愛、を。
光が灯った。ひまわりが光を灯した。温かく、未来へ繋がる。
――愛は場所を選ばない。
フローリアが己の魔力を少しだけ垂らした。
――行きなさい。愛を抱えて、未来へ。貴方の生きる場所へ。
フローリアは詩を歌った。
『愛の賛歌』
彼女の歌声は、未来の彼の元へ。
「ハーナン!」
叫んだ声は、応えなどない。けれど。
「諦めない。諦めないよ!」
アイゼの声が、また、繰り返される。
黄金のひまわりの園に。
いない。いない。いない。いない。
愛が、溢れるのは、この世界が彼女を見捨てたから?
違う。
きっと戻る。帰る。
俺の腕の中に。
アイゼが手を大きく開いた。
「ハーナン!」
叫んだ。
ハーナンが、目の前に現れた。目の前の彼女は、微笑んで眠っている。
「……!」
アイゼは、そっとハーナンを抱きしめた。
「アイゼ!」
声をあげた。ハーナンが。彼女は目の前の出来事を理解しようとした。
「嘘、嘘よ!私、戻ってきた。戻れない、はずだったのに……。」
ハーナンが泣きながら、アイゼを抱きしめた。
ぎゅっと。
もう、離したくない。
アイゼは放心したまま、その腕で優しく包容した。
失わない。離さない。
二人は離れない。
国の長が、その様子を確かめ、二人の両親を呼んだ。
人々が知らぬ間に、国の上層部が全てを終わらせた。
立ち会った人々が、今でも語らう事。
『愛は誰の心にもあり、その力は剣にも勝てない。その鎧よりも強固な守りをつくる。』
アイゼは、愛する人と共に生きるために、剣を磨いている。
ハーナンは、愛する人と共に生きるために、魔法を磨いている。
二人は愛し合うために、語らっている。
人が生きる意味を失いそうになった時、愛する人を思い浮かべる。
勇気ができる。
前を向き、歩こうと思う。
手にした全てが、愛のためにあると理解する。
手を引いて、幼子を見る母親も、父親も。
愛とは何かを知っている。
エンドスは、空を見た。愛する人がそこにいると確信している。
「お前が正しかった。愛はどこにでも宿る。特に人は、よく知っていた。俺は。お前とヒルワンがいて良かったよ。」
エンドスはもと神だから、ヒルワンの傷を治すことも出来た。
けれど、あえてそのまま、ゆっくりと共に傷を治すことを決めた。
行った罰を、抱えて、もう少し生きる。
「愛は、どこにでもあって、お前への愛は変わらない。不思議だ。」
エンドスは、小さく笑った。
風が流れ、歌声が聞こえた。
「お母様。」
ヒルワンは、眼帯を片目につけ、歌声に耳をすませた。
「愛は、どこにでもある。」
ヒルワンも穏やかな声で歌った。唯一、喉だけを治して貰って、詩を歌い、子供達と鳥たちと幸せを願って歌った。
魔法は、歌声が解決した。彼女は、誰よりも美しい声で、人々の心を癒やした。
彼女の歌声がいずれ、世界の歌姫と呼ばれるようになるまで、今は、子供の前で披露している。
エルディラとジルドが空を飛ぶ鳥をみて、微笑んだ。
人造人間という姿が人間になった彼らを、誰もが、羨み、そして、共に語らう人間として受け入れていった。
人々は、ロボットという概念が根付き、生きる人間の本来の美しさを再度認識した。
ロボットに生きる魂が人間のように動き始めても、彼らにはもう理解出来ている。
次は、人という意味を教えていくだろう。
ハーナンが、アイゼと暮らすことを承諾したある日。
「ハーナン。今度一緒に買い物へ行こう。」
アイゼの言葉に、ハーナンが驚く。
「どこへ?」
「秘密!」
二人の恋は、愛となってやがては宿る命のために戦う。
命をかけて育て、未来へ送る。
手綱は、引き継がれ、未来には。
ゼノロワ王国が、衰退することなく、この世界線を辿ったのは、真実も未来も、嘘も。
俺は思う。
過去の人物達が、俺たちのような存在を少しも思い描かずに未来へ伝えてくれたのか。
俺たちは、人間だ。きっと、未来のことなんて考えもせず、ただその日暮らししていたのだろう。
でも、彼らは違う。俺は、誇りに思うよ。
命をかけて戦った、温かい愛情に。
生きるって難しい。
生きるって、大変だ。
でも、愛があれば全てを放りだせない。
失うことの出来ない存在に、そろそろ気がつこう。
俺は、あんたら未来のために、これを纏めた。
生きるために。未来へ届ける。
あぁ、そうだ。魔法使いは、ちゃんといるから。
気がついていないだけ。
神様だって。
……気になる?
じゃあ、それはまたの機会に。
次は、魔法使いの時代でも書こうか。
俺の背後に並ぶ膨大な資料の中から探しておくよ。
そうだ。名前をサインしとこう。
『オウグ・ウォータ・マルティブ十三世』より




