エピローグ 愛の女神の賛歌
空を悠々と雲が流れていく。争いが終わって、幾日も過ぎ去った日々が、エルディラの白いドレスに、過去と、平行世界で手にした幸せが飾られていく。
――生きなさいと頂いたこの肉体が、未来の彼女の心まで繋いでいる。
エルディラは、己の持つ花束の香りを楽しんだ。
「ハーナン様。私は、幸せな乙女になりました。ジルドの愛が、私をいつも笑顔にするの。」
どこか遠くできっと幸せになっている、命の恩人に、言葉をかける。
「エルディラ!」
鐘の音が、なるまで。あと少し。
「ジルド!」
愛が音を立てて広がっていく。
この世にいない父に、アリアンは祈った。
――次もきっと。貴方の息子でありたい。
白いタキシードに身を包むジルドと、顔を赤らめ、微笑むエルディラ。
――愛は人の心にも、人間の肉体を手にしたロボットの心にも宿った。
目の前の風景が、思い出となってこの国を育てていく。
――未来が守られ、今が守られ。
アリアンは、墓石の大きさが彼の心の表れだと思った。
――貴方は民を守った。美しいこの国を。
愛され、名残惜しまれながら、この世を去った。
偉大な王、ディザー・ゲイツは、この国を、この世界のその先まで。
――貴方は。私の王であり、越えるべき人だった。
アリアンがその瞳から流した涙は、愛する妻が掬い取った。
「アリアン様。」
微笑み、優しく頬に口づけを落としてくれた。
「皆様が待っておりますよ? そんな風に泣き虫さんにならないで?」
愛はここにある。
妻、フリジアの温かな腕が、アリアンを抱きしめた。
穏やかな昼。温かな温もり。愛され、愛し。抱きしめられたその腰に腕を回し。
「愛は、ここにある。」
呟いた言葉が、音になる。
流れていく。
風に乗って。高く、空の先へ。
――愛はどこにでもある。わたくしが、言ったとおり。
フローリアは微笑んだ。
優しい風が、花の香りを包んで、先へ先へと運ぶ。
「ハーナン。」
アイゼに連れられて、ひまわりの園へ来た。
彼女はひまわりの園で待ち受けていた、過去の記憶が蘇ってきた。
悲しみはあった。辛いと思った。
けれど、気がつけば、愛の嵐の中で、みんなが戦い、みんなが助けた。
――愛はあった。どこにでも。
アイゼが、ポケットから出した。
「ハーナン。これ。」
彼は、ハーナンの指にその輪っかをつけた。
「……!」
彼は、綺麗な石がついた指輪を、つけた。己にもそれがつけられている。
「アイゼ……。」
「結婚しよう。俺は、もうハーナンを離さないって、決めたんだ。君が、一人で戦う事を諦めなかった。俺は、君の全てを受け入れて、一緒に戦う。」
アイゼの顔が、誰よりも会いたかった人で。今もこうして目の前にいることを許してくれた。
ハーナンは、彼を抱きしめた。アイゼはしっかりと抱き留めた。
愛はここにある。
愛はここにあり、貴方が横にいるなら、私も横にいる。
手にしたそれは、小さな指輪も大きな約束も、いろんな想いで出来ていた。
「愛しているわ!」
ハーナンが、優しいキスをアイゼとした。
そこに、風が吹く。
愛しい貴方と別れることの無い、尊いこの瞬間も。
記憶して。記録して。ずっと。そばにいて。
貴方の心が、私を離さない。
オウグ・ウォータ・、マルティブ十三世は、筆を置く。
彼の記した書物が、山のように積み上げられ、いずれはこの世界の歴史となると信じ、託して、この図書館の扉を閉めた。
彼は、偉大だった人々が記憶からこぼれ落ちて、未来のどこかでまた発見される日を待っている。
――俺は、彼らを知っていた。だから書き記し、誰もが幸せを掴み、生きたことを覚えていたいと望んだ。
オウグ十三世は、現在の空を見上げた。
遙か彼方まで連なる無機質な建物群と、それとは比例した、古びた建物が並ぶ、現代。
彼は、自分のコップを取り出した。
赤々と輝く光がなみなみとつがれている。
――俺が受け継いだ力はたくさんある。過去の人々が代々流したその家系の先にこの俺がいて。
魔法使いオウグ十三世は、現在、魔法使いとして、この世界のコントローラーとして生きている。
世界は、ロボットに奪われ、数人の魔法使いがロボット達に教育されている。
――この世界をつくったのは、人間でも、神でもなかった。
過去のゼノロワ王国によって築かれてしまった『ロボットの脅威』。
――もう、失ったんだ。ロストされた世界が、今はここにある。
愛という感情が失われ、愛そのものが否定されて。
――書物に描かれた愛はここにあり、生きているという感情が消えたこの未来が、本を読むと全てが覆る。
愛はここにある。
彼は、その言葉に後押しされ、このロボット世界を破壊することを決めた。
「『修羅の焔、ファイアーシア』」
コップから流れ出る溶岩が、彼のいた世界を燃やすために、地を這ってゆっくりと進む。
ロボット達が気づいたとき、もう遅かった。
魔法使い達が、彼を見た。
頷いた。
彼らは、人間という心に戻ると願い、彼らもロボット達と戦うと決める。
彼らは愛を知っている人間だから。
ロボットの言う通りに動く感情などない。
生きているから。
愛を生産できないロボット達を葬り去ることに厭いはない。
オウグ十三世は、過去の産物でもあった生きる事が出来ないロボット達によって拘束され、過去の歴史を編纂させられていた。
過去をより知った、人間であるオウグ十三世の魂に火をつけるなど、考えてもいなかっただろう。
――人間に与えられた感情がないから、彼らは、己がつくったルールの上で歩く。
破壊されていく街並み。
熱がオウグ十三世を覆った。
――俺が愛を歌う日が来るとは。
世界のコントローラーとして操られ、命令されて書いた書物の編纂によって、真実と、愛の美しさに気づいた。
――見てはならないはずの世界が、俺の前で踊った。俺の心が熱く燃え、自分がしている意味を理解した。
神々の暴挙も、人々の愛を語る美しさも、やがて一つの心に紡がれていく。
「生きるとは、愛という心が生み出すハーモニー。俺が知った事が、お前達が考えていた事よりももっと多くの知識と、温かさを教えてくれた。ロボット達にはないこと。俺が、ここから感じることを憎しみだと思ったのなら間違いだ。愛は不滅。愛は、永遠に咲き誇る花束だから。」
ロボット達が愛を否定し、それを人間の彼にも当てはめた。
ルール通りの感情を抱くと考えたロボットの正しくない結論が、彼をより解き放ち、今の環境を壊すことに拍車をかけた。
「俺が愛した人々がお前たちのせいで、眠りにつき、目覚めることのない彷徨う、心をつくりだした。魔法がどこまで通用するかは知らない。それでも、生きよと過去の人々が言っている。だから!」
魔法使いの反乱は、ロボット達を一度は退かせた。
しかし、数十年もの戦いから、やがて、ロボット達にも変化を見せていく。
愛はここにあり、人の心から生まれる。
ロボットには、生まれない。
けれど。
愛は、人の心を持つロボット達にも宿る。
過去にあったその出来事の通り。
だから。
愛はどこにでも宿る。
――この戦いに愛が芽生えたなら。
フローリアは歌った。
――愛はここにあり、愛はずっと咲き誇る。
貴方の横に 私がいて 貴方の横に 愛がある
手を取って 貴方のその頬にキスをして
誓うのは容易い
愛が芽生えたなら 誓う必要もない
心から 貴方に愛を注ぐ
歌が、地上を癒やし、戦争は終わる。
女神フローリアはずっと眺めている。
エンドスの子孫達を。
愛を失うことがないよう。
彼女は、愛の女神。
愛を眺め、愛を守る。人々が知らぬ間に。
【女神と愛の賛歌――魔法使いが謳う人間とロボットの愛の物語――】完結




