第十六話 時と愛と貴方と その六
「ハーナン!」
アイゼは叫んだ。ハーナンは首を振った。
「どうして……。」
「俺の何が嫌だったのか何度も聞いた。なぁ、どうして、教えてくれない? 何を隠している? 俺はずっと、ずっと……。」
「いいんだよ。アイゼは好きに生きていいんだよ。」
ハーナンは首を振った。
愛は、目の前にいる。
振り返ってはならない。
過去へ飛ぶのに、愛は連れて行けない。
ひまわりが咲く、あの園が、私を待っている。
ハーナンの秘密を、アイゼ知らなかった。
知ったらきっと、彼女を説得し続ける。
「アイゼ君。ハーナン様は、我々未来に生きる人間が生きるために……。」
「話しては駄目よ!」
ハーナンが叫んだ。国の長は、唇を噛み締めて、しかし続けた。
「彼女の輪廻が、ひまわりの園に埋められている。時の中で亡くなった彼女たちが、ひまわりの数だけ埋められ、生きている。あの場所は、彼女の墓場。我々は、どうしようもなく……。ずっと、彼女と輪廻を断ち切るため、動き続けた。」
国の長の言葉で、アイゼの心は、記憶は蘇った。
ハーナンが何か見つけて、怯えて。
アイゼはどうしたのか聞こうとして。
真っ青に青ざめたハーナンは、泣き出した。
アイゼが慰めようとして、ハーナンはその手を振り払った。
理解した彼女は、アイゼを遠ざけようとした。
彼女は、愛を持って行くことなどできないことを知っていた。
アイゼの生きる未来を過去に持って行くことなど、出来ない。
幸せに生きるアイゼを。
壊れそうな心にハーナンは唯一の相手を拒んだ。
それしか出来ずに、ハーナンは震えて生きた。
この未来を守るために生まれ、死に、また生まれ……。
先か後か。終りの見えないループ。
――もし、私が。女神ヒルワンを未来に追いやれても、私は戻れない。戦う未来の様子も知らないまま、過去で死ぬ。
ハーナンの心が凍り付き、そのループの先を誰かが救ってくれるか?
ハーナンが死を選ぶのはきっと心を止めるため。
――愛はあるのに、人間も神も、同じように冷たい。血があるのなら、ヒルワン。貴方はこの未来をどうするのかしら?
過去に戻ってヒルワンから奪う、過去への片道切符。ヒルワンは奪われたことを知らないままに未来への片道切符を手にして消える。
ひまわりの種を手にしたハーナンは、過去へ戻る力を得る。
ループは途切れない。
――私は、アイゼと暮らしたい。行きたい。人間は愛に生きるのに、神は愛を知らないの?
ハーナンは、アイゼに告げた。愛はあると。愛が貴方の隣にあったと。
人々が剣を掲げ、走り出した。
神々は槍と弓で応戦する。
カガーリィはその少し手前で、巨大な大砲を撃ち始めた。
銃を片手に、己もその剣を突き上げて、帝国から集まった兵士達に叫んだ。
「我らも戦うぞ! 未来のために! 心を熱くした愛のために!」
カガーリィは剣の先に宿した魔法を放つ。
「『ファイヤグランド! 放て! 炎の真鍮よ!』」
銃の弾のように幾重にも飛び出す炎の弾が、神々を砕いていく。
――ディザーよ。私だって愛を知っていた。お前のことを心から愛したよ。友人として、たった一人の孤独な友達。お前がようやく本当に愛した人とその子供に恵まれ、私の気持ちは嬉しさで一杯だった。一人だったお前が、今はこうして国の長として、誰よりも尊敬される存在に。誇らしい。だから、俺も負けない。
ディザーとは少し歳が離れたカガーリィは、心から敬愛した兄のような存在を、今まで以上に深く尊敬した。
愛を知らない彼が、愛を知って、愛され、国の長として確固たる地位まで上り、誰よりも愛されている。
――私はお前を今でも兄だと慕うよ。だから、最後まで!
「うおおおおぉぉぉぉおおおお!!!」
戦う事を厭わない。死が待っていても。
愛は、どこにでも咲き、どこにでも救いはある。
ひまわりの園で、泣き続けるエルディラ。
「愛しているわ、ジルド。」
ロボットであることを忘れ、エルディラの涙は、人の涙と同じように流れた。
「いかないで、いかないで……。」
涙の流れた先は、ひまわり達に伝わる。
咲き誇るひまわりが、涙を流す。
透ける先にみえるのは、たくさんのハーナン達。泣いている。みんな泣いている。
いくつもの贄となったハーナンが、咲き誇るひまわり一つ一つの中で泣いている。
強大な大砲も、弓から放たれる矢も、銃から打ち出される球も。
人間も、神も、痛みを伴いながら、血を流し、それでも戦う。
エンドスは呆然とした。
神が、人間と同じように死ぬかもしれない。
――私たちは、いつから、こんなに脆く、弱くなった?
エンドスは剣を捨てた。
――何故戦う? 意味がもうないだろう? 娘はここにいない。
エンドスは、ラフレアを見た。
怒りで周りが見えない彼女は、剣を振り、何と戦っているのか。
愛、か?
ダハネスは笑っている。流れる音が、心から穏やかで、ゆっくりと呼吸すれば、彼が何を流しているのかを理解出来る。
――愛は、彼の心にあった。
ダハネスの音は、ラフレアへの愛情と、今でも彼女を想っていることを奏でている。
ラフレアの乱した心を、取り戻すために、彼は音を流している。
愛の音を流している。
「彼は、人間になったのか。だから……。」
『人に宿る愛は、わたくしたちの前では無意味。愛は、何の前でも負けない。それは、その手の武器よりも。その防具よりも優れた守りにもなる。』
フローリアは微笑んだ。
彼女は天界から降りてくることはなかった。
戦いの行方を、見る必要が無いから。
神々は、愚かにも、人の世界に踏み入れ、堕ちるという最期に、気づきもしない。
――我々は負けた。もう、勝てない。だって――。
ハーナンが泣いている。傷つき合う人々を見て。
――我々は、愚かだった。
エンドスは、その捨てた剣をとり、ラフレアの前に立ち塞がった。
「退け! ラフレア!」
彼は叫んだ。
己が撒いた種。
誰もが悲しむ理由なんてないのに。
「お前の相手は、違う! 我々は――!」




