第十四話 時と愛と貴方と その四
ハーナンはその時、気づく。
次元の狭間から見える人と神々の争い。
目の前で起きている事。
皇帝カガーリィが造った銃で神の魔法を撃ち、神は魔法で壁をつくり、大勢の人間と戦う人造人間に業火を浴びせる。
火の粉はひまわりに燃え移った。
焼ける火が、ハーナンを一人消し去った。
手が震えた。
自分の魂が、こうして消え去っていく。
炎は、めらめらとひまわりを燃やして。
――……。私が、ここで眠り、未来の私に伝える。ずっと繰り返した祈り。けれど!
「『スノウ・ホース! 目覚め、冷ましなさい!』」
火の粉が吹き飛ぶ。
偉大な魔法使いすら使えない。
水の巨人が、一人の少女が使う大きな魔法で呼び出され、炎を消し去った。
次元の狭間から現れた存在に、
「何故……?」
命の女神ラフレアが驚き、その使い主を見つめる。
時の神エンドスが知らないと首を振った。では。
あの少女は誰だ。見たことすらない。存在すら知らない。
あの魔法は、人間には使えないはず。
あの力は、どうして?
「女神よ、神よ! この世界の未来を破壊するつもりか!」
ハーナンは叫んだ。
彼女の涙がこぼれ落ちる。泣きながら、言う。
「なに?」
時の神エンドスはその声でようやく、状況を飲み込んでいる。
「神は、神々は、己の罪を認めるべきだ! 未来はお前達のせいで消えることになる!」
誰もが、その少女を知らず、それが答えのようにも聞こえる。
未来から、その言葉が紡がれる。
時の神エンドスが、己の心に刻まれた、その力に気づいた。
消えた。
力が消えた。
時を遡れない。
「私は未来から来た! お前達が行った全ては、私の記憶の中にある!」
叫ぶ声が震えている。
女神ラフレアは、怒りで真っ赤になった。
ハーナンは叫ぶ。
「お前達の争いは、世界線をつくった愚かな女神ヒルワンが喜ぶだけ。私の命と共に散っていく。この世界で、私は! 愛を叫ぶわ! 生きたいと! 生きるべきだと!」
世界が彼女を見つめた。神々は、時の先から来た人間に、ただ不可思議な存在だと見つめる。未来でどのようなことが起こるかは、神々が知っている、と。
表情が乏しく、今も状況が分からない神々に、ラフレアとエンドスだけが、真っ赤に顔を赤く染め上げている。
ラフレアは怒りを、エンドスは恥を。
「そなた一人が戦っているわけではない!」
ディザーが叫んだ。彼女が未来から来た人間だと知っている。彼女が成すことは、未来の為だと。
「私も、協力したい。未来も救いたい。」
ディザーの言葉が、アリアンの心に響く。
彼も理解した。
「父様。私も協力したいです。あの女性が未来の来訪者。父様が心を砕いた方。」
アリアンは、ディザーの密かにつくった部屋や、食事などを思い出す。全てが彼女のためだと言われて納得した。
姿の見えない人をどうしてあんなにも擁護していたのか。
未来の人は現在の自分たちの先の人。
――彼女がいると言うことが、我々が残した全てを現している。
「友人ディザーの言う通りだ。未来は我々がつくる。神々よ! いつまで我々に干渉する? 我々はもう大人だ。」
カガーリィは笑って言った。友人が、あの日あの少女とあの女神に行った出来事は、もしかしたら、この事象を引き起こしたのかもしれない。
しかし、あの子は言った。女神に。未来へ行け、と。
――未来がどうなっているかは分からない。しかし、未来は彼女が想う人々の手で守られているはずだ。でなければ未来へ行け、と。軽々しくは言わない。
「……哀れな子供達。我らがつくった泥人形が!」
一人の神が、いかずちを放つ。魔法を受け止めたのは、ジルドとエルディラだった。彼らは、ただのロボット。だから電気を吸い込む。
ただし。
その命が尽き果てるが。
「……!!」
ハーナンはロボットの一瞬の愛を見た。
ジルドはエルディラを抱き込み、彼だけが命を失う。
――あぁ……。誰であろうと、失ってはいけないのに……。
「『我が手に暗雲を込め、風を弾けよ!戯曲の音色!』」
耳障りな音と共に、現れたのは三種の楽器。それを一人の神が持った。
「な……!」
女神ラフレアは言葉を失った。
その姿に。その存在に。己の探した存在に。
アイゼは、その剣を持てなかった。いや、持ちたくなかった。
「いやだ! ハーナンへの愛を失った俺に、何がある? 俺は、人間のまま戦う。」
アイゼはエンドスを睨んだ。
「あぁ。それが、正しい。人間に愛がなくなれば、それはただのロボット。いいや、もっと……。」
アイゼは剣をアイゼに持たせ、彼のその手を握った。エンドスの温かな手は、人間になった証拠でもあり、愛を知っている証拠でもある。
「え?」
アイゼは驚いた。温かな手と、彼が優しく預けたその剣が、普通ではないことに。
「戦え。お前は戦える。愛を失うことを恐れることこそ、人間だ。お前は、立派にあの子を倒せるよ。ただし、捕縛しなさい。あの子の戦う意志をそぎ落とせば、あの子は……。神ではいられなくなる。」
アイゼはエンドスを見た。アイゼの瞳の奥に、優しい親が潜んでいる。彼は、愛を知った父親。もう、失う事もないと示している。
「修行をしていくか?」
師匠と呼んでいた日々。背中に残る傷跡は、エンドスと同じ神が与えたと聞いた。
誰にも語らぬエンドスのその傷は、神々と人間の最後の戦いで与えられ、エンドスはその傷を受け入れた。
失った過去が、戻ろうとしている。
時が繰り返されない、今この場所に。
――傷は癒える。しかし、人の心にある愛の形が失われたら、それはもう――。
「……! 師匠。お願いします!」
アイゼはエンドスの過去を知らない。目の前に立つ老人が温かな眼差しで彼を見据えている。
穏やかな老人だと思っていた。
ハーナンと会話し、理解した日。
国の偉い人から、神が人になったと聞いた。多くの神はゆっくりと死を待っている。
剣を教えてくれた師匠である、エンドスもその一人。
アイゼは目の前に立つ大きな人間に、頭を下げた。人が、誰かのために戦うことをエンドスは知っていた。だから、剣を教えた。
その手には、誰かを支えることの出来る温かな温もりが、今もあった。
「……君のお姫様は、きっと戻るよ。」
エンドスは小さく微笑んだ。
大昔に消えた深い傷。愛が残したその傷は、ゆっくりと甘くあり続けた。
――私は、誰よりも愛した女神がいた。その娘を愛せずに、何故生きられた?
心残りだった、最後の戦い。
フローリアの懐かしい甘い香りと彼女を愛する鳥たちの声が聞こえてくる。
失ってから、思い出すこともなかった。
忘れた記憶は、深い傷のさらにむこうにあって。
愛は人の中から生まれ、やがて芽が出る。その時、歌う詩は――
『愛の賛歌』。
フローリアの歌声が聞こえる気がした。




