第十三話 時と愛と貴方と その三
ゼノロワの歴史の中で最も有名な建物。
黒の塔。現実世界でそれが建造された時、世界は天界と地上で繋がれ、覆い尽くされ、闇は、地上に悪しき考えを植え付ける。
――神々が争いを行えたのは、女神の手で造られた、神の楔のせい。
未来では、それは架空のものとして語られた。
――ひまわりの園が燃やされることはこれでなくなった。この場所は――。
幼い頃のアイゼと語り合った場所。幼少期の彼は、いつもハーナンばかり見ていた。幼い頃の記憶ほど、眩しく感じたことはない。
アイゼが笑って駆けた。私は彼を好きで、好きで仕方なかった。
目の前の彼と手にした種は。
全ての運命を変える一粒になった。
――変わらない。全ての記憶が繋がる場所。……次は――。
ディザー国王が結婚する日。
誰もが祝いの席に集い、国王は妻の手を握りしめた。
愛が二人を繋ぐ。
誓いのキスは、誰よりも幸せな二人だけの世界。
夜まで音が鳴り止まない。
祝福が王国の全てを包んだ。
翌年には、ロボット研究が実り、彼は人造人間を隣国のマルティブ王国と共に造ることに成功する。
妻のアルシャナとディザー国王のために献上された二対のロボット。
ジルドとエルディラ。
彼と彼女は今後王国の発展のために、機械を操る機械管理補佐として働くことになる。
二人の人生が、神々に操られることはない。
歴史は少しずつ正され、正史として新たに紡がれていく。
王は歴史の中で、二人以外の人造人間を制作することを止めることを発表した。
隣国マルティブもこの宣言を同時に発表する。
その意味を、未来の人間達がどう受け止めたのか。
ハーナンのいた世界で、機械は人の姿ではない。人を模した姿のロボットを造り出すことを禁じた。
感情を伴うからこそ、人がどこかで線を引く。
愛があったとしても、流れているものが違う存在たちの末路が女神ヒルワンという存在で理解されたから。
女神と人間の愛は育たない。例え偽りであっても。
産まれた子供が、争いの中で生み出した多くの犠牲。
時間軸のどこかで滅んだゼノロワ王国。
その脅威に気づいた二人の王がどれだけ凄いのか。
歴史は動いていく。
人造人間にも愛があることが証明された。
人々は、同じような『人間』と同じ姿のロボットを造り出さない。
これが、歴史の正史と繋がる。
ターニングポイントであり、大きな転換点は、二人の偉大な王によってつくられたのだ。
ロボット達の、成長を制限。人間ができること。
悲しみが少しでも減ることと、未来がロボットに支配されないように。神々に制圧されないように。
これが、人間達の取り決めで出来たことであり、二人の人造人間が望んだこと。
エルディラとジルドは、機械管理補佐という立場で、あると同時に機械達の言葉を理解し、人間に伝える大切な存在だ。
だから、人間に伝えた。これから、もっと自分たちのような感情を持つ者が増え、きっと人間とも恋をする。
人間になれない彼らにこれ以上の不幸はない。
愛を知っても、乗り越えられない。
だからこそ、これ以上は人間の姿であるロボットを、機械を、増やさないで、と。
この言葉が、国王達に大きな影響を与えた。
ロボット達が、愛を知る。
あり得ることを無視した人間の愚かさ。
直ちにこれ以上の人造人間の増産を止めた。かろうじて、人の姿への行程に辿り着いていなかったこともあり、エルディラとジルドという二人だけが残り、あとはロボットという人ではない別の姿を与えた。
人間が手にした力を、人間が止める。
人が心ある存在を受け入れ、彼らの言葉を理解したから。
これは、人間でしかおきない感情だろうか?
我々は、今もその部分について議論している。
一年後、ディザー国王の息子アリアンが生まれ、国の跡継ぎとして成長していく。
一方で、カガーリィ皇帝もまた、皇帝として妻を迎え、息子二人と娘一人を儲けた。
ターニングポイントは、その次男のシェイスの夢からはじまった。
美しい女性が少し低い声で言う。
「女神ヒルワンが地上で争い敗れ、消えた。」
怒りの情はない。ただ、淡々と伝える。片手に大きな本を持つ男性が、応える。
「だから? 我々はそのために地上を燃やすと?」
美しい女性は首を振った。
「そうは、言わない。ただ、遅かれ速かれ、地上に生み出された紛い物の人もどきは滅却せねば。」
震えるような声。深く大地に息吹を与えるような圧。
いかり。その女性は強い憎しみを大地の民に覚えているのだろう。
シェイスは、夢の中で語りかけた。
――神々、か。私の夢に現れ、その事実を教える理由は?
「いくさの、準備を整えよ。」
シェイスは目覚め、すぐさま父親に報告した。
カガーリィは、戦の準備をするように、ディザーとマルティブの王、オウグに伝える。
「……未来を変えるつもりだね?」
ディザーは次元の狭間にいるはずのハーナンに声をかけた。
返事などない。
――偶然ではない。彼女は、魔法使いであり、『用意されていた』子。誰が、何のために。私の子孫に用意されている未来は、変化し続けている、のだろうか?
未来に干渉できない。せめて、子孫である彼女がこの世界で幸せであるために、協力はしたい。
――私は、未来に責任を負わせたくて国王になったわけではない。人がよりよく生きる道を探しただけ。それも、言い訳。きっと……。
手にした地位は、今では大きな家の大黒柱になった。
人が自由を謳歌するために、どれだけたくさんのルールや規則を作り、どうしてそれを守る必要があるのかを説いた。
――生きるために、自由はあるべき。けれど、その根底には、ちゃんとルールが必要だった。国王は、そのルールを守るために規則を作り、自分自身にも課してきた。模範となり規範となるために。
ディザーは、愛するために、愛する者たちとたくさん話して、未来の為にたくさんの取り決めをし、いくつもの未来を考えた。
――この世界と未来が異なってしまうことは、私の失敗でもある。無理を未来に押しつけた。解決したい。けれど、ここでは何も出来ない。せめて彼女に……。
嵐の前の静けさ。ディザーは心に決める。
――二人に戦うことを願おう。生きる機械が力を持ってしまうことは、心配だが。
ディザーはこの時、五十才半ば。すでに老体にちかい。後継者であるアリアンは、父親のことを心配しつつ、彼が為政者であるために、最後の戦いに連れて行くことを決めていた。
アリアンは知らない。
未来からの訪問者と神々との戦いの意味を。
未来にいる大勢の子孫達が、その戦いのために力を生み出していることに。
アイゼは、道場の扉を開け、叫ぶ。
「神エンドス!」
皺が深く刻まれ、黄金色の髪に白い肌の老体である、もと神エンドス。
上半身を脱いで座っていた。その背には大きな切り傷が残されている。
「もう、神ではない。なんだ? アイゼよ。」
エンドスは、尋ねた。いや、理解しているからこそ、尋ねた。
「どうやって、どうやったらヒルワンを倒せる?!」
ヒルワンという言葉に、心の中で募った記憶と、いつか訪れるだろう現実に、目覚める。
「……。私の娘を殺すのか?」
エンドスの眼差しが、アイゼの瞳を真っ直ぐ捉えた。彼の想いを尋ねる。
「あぁ! 俺の大切な人が死ぬ。それがあんたのせいだから!」
アイゼは怒りに満ちていた。エンドスは笑った。自分に向けられたものを。己の愚かな間違いを。正そうとする彼を。
「今のお前では無理だ。あの子はずっと神だった。我らが堕ちたときにいなかったからな。」
エンドスはじっと見つめた。アイゼの湧き出す力。喉を鳴らした。
――真っ直ぐ離さない。あの子と同じ。ずっと我らは待った。この瞬間を。私は、待った。お前達人間が、我々が愚かだと諫めてくれるこの瞬間を。
「討つのなら、お前も覚悟を決めよ。」
「もう……。」
アイゼの言葉を遮って、エンドスは二本の指をたて、言う。
「神殺しの呪いは二つ。一つ、己の命を倍にする。二つ、愛がなくなる。」
エンドスは、道場のはじに置かれた大きな一振りの剣をとり、それを、
「決めよ。お前は、愛を失い、ずっと生きたいか? 己の心にいるその女性をもう二度と愛せない。」
エンドスの剣が、アイゼの前に置かれた。
「決めよ。愛を知る人間よ。その剣で、示すのだ。」
エンドスの深い声が、地響きのように伝わる。
アイゼは唾を飲み込み、その剣を。




