第十一話 時と愛と貴方と その一
ハーナンは、魔法使いとして生まれ、世界で唯一の『女神』の後継者と言われた。
神という概念がなくなった世界は、平穏で争いもない。
ハーナンはその世界でたった一人の愛する人に巡り会い、けれど近づけないほど遠くの存在だった。
『女神が――』
歴史に載る女神達。ハーナンは学業の一環でその存在を勉強する。
過去の歴史が何を抱えていたのか。
どんな生活を繰り広げていたのか。
――私は、直にその姿を見ることになる。
学校生活をするあいだも、愛する彼は周囲の同級生に囲まれ、自分は暗い場所から見つめる。人より頭が良くても、華が無かった。
幼き頃は隣人として仲良く遊んでいた。好きだという気持ちは常にあった。
成長し、背が高くなる彼と、ずっと小さな世界で生きる自分。
遠くにいる存在への恋心が徐々に霞んでいった。
――昔のロボット達はどうして愛をそんなに謡えたのかしら?
現代のロボット達は、過去のロボットとはほど遠い姿。人間と同じ姿ではなくなった。
過去を振り返り、勉強した人間がとった行動。
人型のロボットが二度と誕生することはないだろう。
――愛はどこにでも宿る。・・・・・・。まるで、今の機械達が言っているみたい。
ハーナンのいる教室が夕闇に包まれ、己の孤独を代弁していると感じた。
立ち上がり、家路へと向かう。
己が立つ場所には、もう来られない。
――学校は、明日でお別れ。
最後の学年。彼と通うこともなくなる。
――愛は去った。けれど私の愛は――。
ハーナンは魔法使い専門の学校への入学が決まり、彼は、幼い頃から夢見ていた剣術の上達のため、剣士武道学園へ行くのだという。
幼い頃に約束した『結婚しようね』は大人の階段によって消えていく。
ハーナンの魔法が、この未来を守るためにあるとは知らなかった。
そのために、必死に勉強をしたが、今もまだ、心のどこかで空想の出来事が今から起きるのだと信じた。
彼女は、愛という存在が、人間にも魔法使いにもあって、己はそのために羽ばたいていくとは信じたくなかった。
――愛の賛歌。私が己を愛している。愛はあまりにも偉大。貴方が好きだと言えたなら。
ハーナンは、帰宅した次の日、彼女の運命が動き出すことすら知らずに、彼女は夕暮れの赤い世界をただ、のんびりと帰って行く。
光が吸収され、ハーナンの心が紐解かれていく。
赤い光は漆黒に変わっていく。
――私の世界が終わっていく。
ハーナンは、星が瞬く空に、涙を預け、己の運命を呪った。
――愛は、そこにあるのに。貴方は私の涙も拭けない。
『愛の賛歌』のメロディーが、溢れる想いに応えるようにハーナンの心に降り注いだ。
ディザー・ゲイツは、広大なひまわりの園で足を怪我した美しい少女に声をかけた。
「どうされた? 乙女よ。」
少女は脇腹に強い痛みを感じつつ目を開けた。
――すごい、既視感。
整った端正な顔のおじさん。美麗であることは間違いない。
「えっと・・・・・・。ここは?」
あまりにもうっとりしそうなほどのおじさんに尋ねる。
「あぁ、ここか? ゼノロワの街。人々の活気ある場所の入り口だ。
――来たんだ。私。これから行うこと、それにこのイケオジが――。
「私は、ディザー。ディザー・ゲイツ。」
――国王の。
少女は、朝日の眩しさに顔覆った。
「レディーは?」
ディザーは首を傾げて、尋ねる。
涙が滲むその目を瞬きながら、名前を名乗った。
「・・・・・・私は、ハーナン。ハーナン・ゲイツ。未来から来た、貴方の子孫よ。」
「!!」
ディザーの驚きと共に、徐々に緩んでいく頬。彼はハーナンが己の子孫だと何故か分かった。彼女にもその力が秘められていることが分かったから。
「なるほど。未来から。未来を聞いても良いのかい?」
ディザーが微笑んだ。ハーナンも笑んだ。そして、首を振った。
「聞いたらきっと驚く。そして、すぐにでもこの国を変えていこうとする。」
「それはそうだろうな。」
ディザーはその尋常ではない子孫が、何かを成すために来たことを悟った。
「この国の根幹であるこの街は変えてはいけない。私は、いくつかのターニングポイントで、貴方に協力していく。私は、貴方と同じ魔法使いだから。」
ハーナンは魔法で怪我を治し、そのまま次元の狭間に消えた。
「・・・・・・。面白いことが起こるのか、それとも。」
ディザーは深い皺を刻みつつ、笑みを湛えた。
魔法使いの力は、代々継承され、分岐し、未来ではいくつもの魔法使いが生まれた。
この過去の時代では、せいぜい二、三人。ディザーはその魔力が受け継がれたことも、また彼女がその一人だということも分かった。
――さて、何が起きるのか。未来が平和であることを願いたいが。
国の中枢となる男は、遙か彼方にそびえる、山々を見て、願いを祈った。
――できれば、このまま平穏な国になってくれれば・・・・・・。
ディザーが玉座に就いた理由は、明確に前国王が遺した遺言であることと歴史の教科書に載っている。彼が賢王だという事実も遺されている。
いくつもあった世界線とは違い、彼はとても優秀で、揺らがない国王となった。
遡った先で、最初に巡り会ったイケオジは、ハーナンのご先祖であり、彼がこの国を率いるところまでは、単調な世界だった。
人々が平和だったと言い直すべきだろうが、物語としての面白みはかなり少ない。
人が生活していく上で必要な水路や、施設を用意し、建てて、家の区画を整えていく。極めて事務的な作業を、ディザーは行っていた。それを街の長だった者は高く評価していたし、後継者は彼だと決めていた。
ディザーを好く人は大勢いたし、中には、恋している女性もいた。
年の差であっても、彼の魅力に気づいた乙女は、恋してしまう。
あとは、イケオジすぎたせいだろう。見た目も含め、年齢詐称をしていると思われても仕方ないほど。
――私の先祖って同じように顔が整っているのね。
ハーナンは自分の父親を思い浮かべながら少しだけにやける。
父は周囲がつい見惚れてしまうほど、イケオジだった。
ハーナンは、そんな父親の血を受け継いだ。
――私は魔法で姿を少し変えているから、クラスメイトは影の薄い女だと思っていた。アイゼだけが、私を知っていて、最後まで・・・・・・。
彼を思い出し、鼻の奥がツンとした。
彼の体温が、残った彼の痛みを伴うキスは。
仄かな熱を持って、ハーナンの心を苦しめた。
――愛はあるのに、貴方は私の涙も拭けない。私は貴方の乙女よ。
『愛の賛歌』は、ハーナンの心に温かな光を灯していた。
別れの日が蘇る――。




