《ゆづ、異界に立つ》8/20 ゆづ、女グループの怖さを知る
三人寄ってたかっていじめなんて、お前ら最低だ!─────『無職転生 〜異世界行ったら本気だす〜』
「な、」「何故ですか、ジル様………」「今の話のどこにそんな」
「ひぃ、」「ひぃぃい゛」「い゛っ………」
「ジ、」「ジル様………」
「い゛ぃぃい、」「うっ、」「ひぃ………」「い゛ぃ、」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「ま、」「まぁまぁ」「まぁ、」「まぁちょっと」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「まぁちょっと、」「待ってやってくれよ」「な?」
「う゛っ、う゛、」「う゛ーーっうっ、う゛っう」「お゛っ、」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「今ちょっと、吐き出してるところだから………」「な?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
分からなかった、ジル様が何故どこにどういう意味合いでそこまで傷付いていらっしゃるのか、今の話のどこに地雷があったのか…………
私はただ女性とトイレで偶然出くわしてその方と会話したという話をしただけで、本当にそれだけで心配されているようなことは何もなかったんだという事実も、この上なく上手く説明出来ていた筈。それなのに、何故…………
「う゛、」「う゛おぉ゛ぅお、」「お゛ぉっ、」
「はいはい………」「そうだな」
「お゛ぉっ、お」「おぉ………」
「まあ、」「仕方ない、」「仕方ないんだ、こういう」「ことは………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
もしジル様の意にそぐわない箇所があったとすればそれはM.E.K.A.舞子先輩の名前をお伝えしなかったところだけど、それは仕方がない。M.E.K.A.舞子先輩のお立場だって守らなければならないし、大体トイレでちょっと立ち話しただけの相手の名前なんてさして重要でもない筈………
どんな仔細なことでも全てが自分の意のままにいかねば気が済まないジル様の我儘と癇癪持ちな性格のせいでこの状況が完成しているのだとすれば、あたかも私だけが悪者であるかのようなこの空気には全く納得がいかなかった。
「…………」「ちょ、」「ちょっとあの………」
「お゛っ、」「お゛っ、」「お゛ーっ、お゛」
「どこかだけ………」「どこかだけ、教えてください」「どこに、そんなに」「引っ掛かっているのか………」
「………え?」「いや、それは」「お前………」「…………」
「あ゛ー、あ゛っあ゛、」「あ゛、」「ア゛ニ゛カァ………」
「い、」「言えないよ、そんな」「こんな」「状況で………」
「ア゛ァーっ、」「ア゛っ、ア゛っ、ア゛っ、」
「…………」「…………」「…………」「………えぇ?」
努めて冷静に運転を続けるアニカさんの横で、ジル様はドアに寄りかかる様にしてティッシュで顔を押さえ、泣いていた。
アニカさんは話に応じて下さっていてかろうじて味方のようだったけど、隣に座っているシキさんは私とは反対方向に向けて脚を組んだままずっと窓の外を見ていて、意図が知れなかった。
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「………それよりさ、」「お前は、どうしたいんだよ………?」
「…………」「…………」「………えっ?」
「その………」「お相手の方とさ?」
「…………」「…………」「お相手の、」「方………?」
「…………」「…………」「………うん、」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
いや、
それはM.E.K.A.舞子先輩とは………
「もちろん、」「末永く」「いい関係で………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「いたい、」「です」「けど………」
「…………」「…………」「…………」「………そうか、」
「………?」「はい………」
「…………」「…………」「………いい人、」「なのか………?」
「…………」「…………」「………えっ?」
「その………」「お相手の方だよ」「いい人なの?」
「…………」「は、」「はい………」「素敵な方、」「です………」
「…………」「…………」「…………」「そっか。」
「…………」「………?」「はい………」「?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
何やら吞み込んでいる様子のアニカさんの横でジル様はぐったりとドアにもたれかかったまま、小さく声を漏らしていた。
私は、街を抜けて道の脇にちらほらと見え始めた雑木林の中に、その奥に向かって歩いていく人影を一つ見つけ、一瞬目を奪われた。
「(…………)」「(………こんな時間に、)」「(こんな暗い場所で)」「(林の中に)」「(人………?)」
「…………」「…………」「………まあ、」「あたしは」
「…………」「………あ、」「はい………」
「お前が決めたことは何でも尊重するけどさ、」
「…………」「はい……?」
「こいつとのことはどうすんだよ?」
と言いながらぐったりとしたまますんすん、と鼻を鳴らしているジル様に新しいティッシュを数枚まとめて引き抜いて渡す。
「…………」「えっ?」
「言っても、まあ」「仕事はこれからも続けてくわけだし、」「一緒にもいるわけじゃんか、これから先もずっと」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「そのー………」「事後処理だよな?言わば」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「どうしたいの?こいつとの関係は」「すっぱりリセットして、御破算にしたい感じ?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「しょ、」「正直な気持ちでいいぞ?」「考えるのに時間が必要ならまた後日でも」「いいし………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
私はいい機会だと思って、創国祭のパーティー会場以降ずっと気になっていた疑問をぶつけてみることにした。
「…………」「ちょ、」「ちょっと、よろしいですか………?」
「………?」「うん、何?」
「わたくしとジル様って、あの」「付き合ってるんですか?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「その、どういう」「関係で………」「彼女、」「なんですか………?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「わたくしは、ジル様の」「…………」「と言うか、」「ジル様は、わたくしの………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「そこが、はっきりしないとあの」「わたくしも色々、答え様がないと」「言うか………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「………ねぇアニカぁ、」
「うん………」「うん」
「あんなこと、」「言うよぉ………?」
「うん、そ」「そうだな………」
「え、でも」「ジル様、そこをはっきりさせていただかないと」
「びゃあ、」「ひどぃ………」
ジル様はまた何か感極まってしまったようで、ドアに体を押し付けるようにして嗚咽し始めた。
「ア゛、」「ア゛ー………、ッア、」「ア゛っ、ア゛っ、」「ア゛、」
「………いや、でも」「それはお前も悪いんだよ」「言ってただろずっと進行が」「遅過ぎるって」
「………?」「進行………?」
「………ア゛っ、」「あ゛だじにだっで、」「べーずってもんが、」
「だから、」「そのペースが若者の性欲と好奇心に準拠してないんだって」「言ってるだろ、何回も」
「………?」「………ペース?」
「なぁゆづ?ゆづだって困っちゃうよなぁ?」
「…………」「………?」
「半年も経ってんのに全然前に進まないんだもんなぁ?」「持て余しちゃうよなぁ、色々と………」
「…………」「…………」「は?」
「そら他所の女とどうこうもなるって………」
「…………」「………えぇ?」「…………」「…………いや、なって」
ねーけど…………?
「うっ、」「うっ、」「うっそ、」「ぢゅい、った」
「…………」「…………」「ん?」「何?」
「うっそちゅい゛っだ、」「もん、最っ、」「初、」
「…………」「…………」「………?」
「ト、ドイッれ、」「行った、だけっ」「で、」
「あー………」
「言っだ、」「ッのあっと、」「見て回っだっ、」「で」
「…………」「………あの、それは」「すみません」「忘れてたんです、単純に………」
「ア゛ッ、ア゛ッ、」「ま、まだ、うっそ、ぢゅい、」
「………まぁ、」「まぁまぁ、だから」「嘘はつくんだって、」「若者っていうのは………」
「………い、いや」「嘘ではない………」
「そこも織り込み済みでいかないと、」「上手くいかないんだって、若者との付き合いは」
「ア゛ーっ、ア゛っ、ア゛っ、」「ア゛ーーーーっ…………」
「嘘もあり、浮気もあり」「裏切りも不正もなんでもあり、」「そういうもんよ若い時っていうのは」
「…………」「いやほんとに、」「嘘ではないんです、」「ごめんなさい………」
「いや、いいんだ」「いいんだいいんだゆづは、謝んなくて………」
「…………」「…………」「………いや、」「…………」
皇女のご機嫌を損ねた制裁を二人が結託して与えにきているのかな……?と、私は思い始めていた。
お二人の会話はそのくらい意味が分からなかったし、また私の話はお二人に徹底して通じなかった。
「呼びっ、方っも゛」「さぁ゛、ぁ………?」
「…………」「うん」
「女とヤ、」「ヤ゛っだ、後、で、」「変えて、ぎて」「わ、わ」「わざと、ら゛しぐ」
「うん」「…………」
「(…………)」「(…………)」「(………呼び、)」「(方………?)」
「な゛、」「な゛ん゛で、わだ、」「わだし、何っも悪いっごど、じでっない、」「のにっ、ごん゛な」「当でっづげみだ、いな、」「ご、ど」
「いやだから、」「難しいんだよ気持ち的に、そういう行為の後で今までとおんなじ様にっていうのは………」
「あ゛ぁ゛、」「あ゛ぁ゛、」「あ゛っ、あ゛っ、」「あ゛ぁ゛………」
「出ちゃうんだよ、気持ちの変化とか、そういうのが」「直結しちゃうの、行動に」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「思ってる=やっちゃうなの、若者は」「仕方ないんだよ、ついこの前まで子供だったんだから」
「…………」「…………」「…………」「分かりました」
「…………」「…………」「………ん?」「どした?ゆづ」
〝浮気〟〝ヤった〟〝行為〟等の言葉を聞いて、私は先刻の話が全く通じていなかったことを理解した。
何故だか分からないけど、あの丁寧で慎重で言葉選びも完璧だった説明が、どうやらこのお二方には通じていなかったらしい。
「…………」「…………」「…………」「…………」
「あの、」「分かりました、わたくし」「あの、今一度わたくしに」
喋らせてください、と言おうとしたところで今まで黙って窓の外を見ていたシキさんが右手で私の左肩を掴んで制した。
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………え?」「シキ、さん………?」
「………?」「なんだ?」「どした?ゆづ………」
ご自身の胸をちょんちょんと指差しアイコンタクトで〝うちに任せとき〟とだけ言ってシキさんは話し始めた。
「まぁ、ゆづが言いたいんは要するに」
「…………」「おん?」「なんだ、急に………」
「〝これを機に関係を前に進めてください〟ちゅうことや」
「…………」「…………」「………あー、」
「…………」「…………」「………?」
「半年間ベタベタベタベタ抱き付いたり体触ったり甘いこと囁いたりするだけでキッスはおろか手も握らせへん、」
「うん………」
「体の関係はもちろんないし、正式な彼女にもしてくれへんのやったら私だってこのくらいの手段には出ますよ、ちゅう」「ゆづからのメッセージや、言わば」
「…………」「ちょ、」「ちょっとシキさん」
「………あー、」「はいはい………」
和装の袖を掴む私の手をぎゅ、と握ったままシキさんは(与太)話を続行された。
「大体やで?」「各々方、」
「…………」「………うん?」
「考えてもみませい」「あのゆづやで?」
「うん………?」
「あのゆづが、」「我らがジル皇女を」
「うん」
「ほんまに嫌いになりまっかっちゅう話や」
「…………」「…………」「あー!」
「やろ?」
「うん………」「そうだわ」
「せやがな」
「うん………」
「パーティなんかでたまたま出会った行きずりの女と」「仮にトイレで人生で初めての気持ちの良ー行為に及んだとて」
「うん………」
「それを機にスパッと皇女を捨ててその女に走る。」「我らの知ってるゆづとは、」「果たしてそんなことが出来る人間だった、」「だ、ろうか………?」
「うん………」
「やろ………?」
「うん………」「違うわ、絶対」
「せやろ?」
「うん、」「ガチで狂ってるもん、ゆづ」「こいつに対して」
「そやろ」「つまり、残る答えは一つ」
「うん………」「そうか」
「外交や」
「…………」「外交、」「………うんまぁ、」「試し行動、」「みたいなことだよな」
「せや」「それや学者」
「だらだらし過ぎたことでワンパン入れられたってことだよ」
「せや………」
何周か考えて私が意図していた話と全然違うことに気が付き前の座席に向けて乗り出していたシキさんを引っ張り返すと、
「大丈夫や、ゆづ」「あたしはいつでも」「ゆづの味方や」
と親指を立てつつ言って、笑った。
「ちょっと、」「黙っててもらって」「いいすか………」
「ゆづ、」「怖かったやろ、話の分からん」「お姉さん二人相手に………」
「シキさん」
「シキが味方や、いつでも」「いつでも頼ったら」「えぇ………」
と言ったシキさんの口角は、目に届かんばかりに吊り上がっていた。
「シキさん、」「お願いがあります」
「うん………」「言うてみ?何でも」
「黙って窓の外を見ててください」「さっきまでと、同じように」
「嫌や、それだけは出来ん」
「シキさん」
「後輩のピンチに一人だけ外見てるなんて、シキには」
「シキさん」
「………犬によるとそういうことらしいですけど、」「どうですか?皇女」
と問われて
「…………」「知らない」「どーでもいいもん、もう」
と答えたジル様のお声はまるで憑き物が落ちたようだった。
「………いや、」「馬っ鹿お前………」「お前がそういう態度でどうする………」
「いやいや………」「舐めてるよね?ていうか」
「いや舐めてるんじゃない」「能力がないの、若いから」
「…………」「知らねーよ………」
「抑制する力が無いんよ、要は」「舐めてるのとは違う」
「…………」「…………」「………あたしさぁ、」
「?」「うん………」
「結構………」「いい女だよ?」
「…………」「…………」「…………」「はぁ?」
「自分でも思うもん」「同世代の女と比べてもかなり可愛い部類だなって」
「…………」「…………」「………?」「はぁ………」
「それがさぁ、なんで」
「いや思うよ?」
「………うん?」
「ジルちゃんはめちゃくちゃ可愛い」「正直」「近寄りがたいぐらい美しいよ」
「うん………」「ありがとう、シキちゃん」
「息呑んだもんね、最初に見た時なんか」
「…………」「ほんとに?」
「うん………もうほんまに」「出てるオーラが半端ない」
「あそう?」「出ちゃってる?オーラ」
「うん。」「身分もバリ高やしな?」
「まあ………」「国で三番目にね?」
「そう、」「無いもんが無い」
「ありがと」
「いや全然」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「うん、」「で?」
「それがさぁ、なんで年下の」「あんなガリッガリの」「痩せこけたガキに」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「いいようにされなきゃなんないの?」「あたしだってさぁ、」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「いやだめだお前、そういうこと言うのは」
「なんで?」
「ゆづの気持ちを考えろ、お前」
「は?」
「半年もお預け食らって性欲持て余して、」「若いから自制も利かなくて大変だったんだから」
「…………」「それが何」
「半年もおもちゃみたいに撫で回されるだけみたいな扱いで」「私って本当はどう思われてるんだろうとか、いつまでこのままなんだろう、とか」「思うんだって絶対」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「自尊心が傷付くわけよ」「自尊心が傷付いたらお前、そりゃ自暴自棄にもなっておイタの一つや二つ」
「自尊心だったらあたしだってもうボロボロだよ!」
「時系列を考えろよ」「どう考えてもお前の方が先にやってる」
「先にやったのは向こう!」
「………あ、」「お前もう、ほんと」「ほんっと、」「どうしようもないなお前」
「…………」「………あの。」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「………うん、」「うんどうした?ゆづ」
「…………」「あの、わたくしは」「…………」「わたくしは、この場において」
「…………」「うん?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「発言してはいけない」「のでしょうか………?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「あの………」「全然、喋らせてもらえないし、き」「聞いても、もらえない………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「あ、あと、なんか」「邪魔する人も、いる」「し………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「………ウッウン、」
「もし、あのお三方だけで」「お話を進めたいということなら」「あの、わたくし黙って」「いますけど………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
車は市街地を完全に抜けて森に近いような、広大な林の中を通る道を走っていた。道は相変わらずアスファルトではなく目の細かい石畳で舗装されていて、林と道との境目にはガードレールの役割を果たしているのであろう、人の胸ぐらいまでの高さがある茶色い柵がずっと続いていた。
「…………」「…………」「………?」
もう何十分か眺め続けているその柵に、手を添えるように触れながらとぼとぼと歩いている女性の背中が見えた。
「………人!」
と反射的に声を出すと同時に車は女性を追い抜いて行った。
女性はガードレールのような茶色い柵の道側ではなく、それを越えた林側を歩いていた。
「…………」「人?」
「…………」「………はい、」
「………おった?」「どこ?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
女性はナース服に身を包んでいたように見えた。
でなければ全体的に白系の色味の、膝上丈のスカートを履いた何かの制服のようなものに………
「…………あの、」「この辺て、何かあります………?」
「………?」「なんかて、」
「はい………」「あの、民家とか、何かの」「施設とか………」
「…………」「あぁ、」「あるやん、ホテル」
「…………」「えっ?」
「もうそこ」「登ったらホテルや」
と言ってシキさんが指差した先に今まで走って来た道と分岐して右に伸びている、舗装された幅の広い道が見えた。右手の山に向かって登って行く格好をしていて、結構な急勾配になっている。
「ホテル………?」
「うん………暗いから分からん?」「そこ登ったらもうホテルや」
「…………」「…………」「…………」「…………」
どうやらさっきの女性はホテルの従業員で、ナース服に見えたのはそこの制服のようだった。
道ではなくわざわざガードレールを越えた林側を歩いていたのもこんな夜中に暗い道を走る車と誤って接触してしまわないようにという、この場所で仕事をする上で身に付けた知恵だったのかも知れない。
勾配を登り始めてから
「何ぁに言ってんだ、」「ゆづ!」
とアニカさんが声を出した。
「…………」「えっ?」
「あたしら、」「いつだってゆづの話が聞きたいんだぞ」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「誰も邪魔しないから。」「いつだって好きな時に、好きなことを話せ」
「…………」「…………」「アニカさん………」
「…………」「…………」「………大体さぁ、」
「………うん、」
「ゆづがちゃんと喋ってくれないから、今こういうことになってる………」
「…………」「………えっ?」「…………」「いや、わたくしは」
この上なく事実だけをちゃんと喋っていた、筈…………
「………ま、」「まぁまぁまぁ………」「あるな?それは確かに………」
「あたしだってさぁ、経験がないから」「年上だけどそこは同じレベルだから、何でも言ってねって」
「うん」
「寧ろどんどん意見言ってね、その方が助かるからって」「言ってんだよ?いつも」
「………そうなのか?」「ゆづ」
「…………」「…………」「え、いや」
知りませんけど…………
あとあの、
あたしに喋らせて………!?
「なのにさぁ、何も言わずに他の………」「う゛っ、」「…………」「女と、」「なんて………」
「まぁ、ゆづも」「悪気は無いんだけど、こう」「背負い込みがちな性格だから」「な………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
私は現実世界のジル様、アニカさんよりこっちの夢の世界のジル様、アニカさんの方が(私のお二人に対する理想を投影して具現化しているだけに)ずっと好きだけど、それでもジルアニという形で結び付いたこの夢の世界のお二方は現実世界とは比べ物にならない程性質が悪いと気が付いた。
もう、
もうとにかく
もうとにかく二人して
話を聞いてくれない。
二人で勝手な思い込みを共有し合って、二人だけの世界で全てを完結させてしまう。
今私はお二方によってトイレでたまたま出会って少し話し込んだだけの女性とそこで人生で初めてのセッ〇スにノリで及び、それによって純情なジル様を裏切った下衆過ぎる後輩に仕立て上げられている────それも、一ミリの悪意もなく。
…………さらに、
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「………ハァ、」「お腹空いてきたなァ~ん………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「今からビュッフェは」「罪かしらん………?」
左を振り返ると今も脚を組んで外を見ているこのけも耳の悪魔が、悪意なきバカふたり…………
もとい、
ジルアニのお二方が鎮火しかけた時に意図して薪をくべにくる役割を果たしている気がする。
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「太る・太らないの」「問題ではないのよ………?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「この時間に食すというその行為自体が」「女の子にとっての罪、」「なのだァ~………♪」
二人の暴走特急×悪意の薪くべ係の構成をしたこの三人ユニットに囲まれているこの車内は、
もしかすると私にとってこの上ない地獄なのかも知れなかった。
「…………」「…………」「…………」「………だっ、」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「大っ、事、」「に゛ィ、」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「大事に、」「ぢ、ぢでっだ、」「の゛っ、」「に゛…………!」
「…………」「…………」「………うん。」
「あ゛、愛゛、」「じでだ、ゆづっ、の、」「こっ、ど」
「…………」「…………」「………うん。」
「さ、さいっ、しょ」「で」「さ」「さい、」「ご………」
「………うん。」「〝最初で最後の恋だから〟」「〝何が出来るか分からないけど、せめて私に出来る、誠心誠意の全力で〟………」
「………ひ、」「ひぃぃ、い゛、」「い゛………」
「〝それが私がゆづのためにしてやれる〟、」「〝唯一のことだから〟………」「はぁ、」「ぐす」
「う゛ぅ、」「う゛ーっ、う゛っう゛、」「う゛、」
「この半年、」「聞かされたなぁ、もう、ほんと」「耳にタコができる、」「ぐらい………」「ハァ、」
勾配を登りながら揃って泣き始めた前席のお二方に続いて、隣のシキさんまでもが
「ハァ、」「ジルちゃん………」「う゛っ、」
と嗚咽し始めた。
「うん………」「ご、ごめん、ね」「あたし、のため、にこんな」「ぶち、壊し………」
「違う、ジルちゃん、は」「な゛んも」「悪、ない………」
「………いや、」「いや誰も、悪く、はっ、」「はぁ、」「無い、んだゆづ、だって」「ハァ、」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「ちょ、」「ちょっと不器用で、バカ正直、だった」「だけっ、なんだ、」「み゛っ、」「み゛ん゛っな゛………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
窓の方を向いたまま目元を拭ったシキさんの手は
全く濡れていなかった。
「…………」「…………」「…………」「…………」
最早一刻の猶予もないと感じた私は、
強硬手段に打って出ることにした。
「…………」「…………」「あの。」
「はぁ、」「い、いつも」「ありがとう、ね、二人、共」「話、を聞いて、くれて………」
「あ、あ、」「当たり前、やんかそんなん」「ジル、ちゃん………」
「あたし、も」「ふ、二人の存在によって」「どれだけ、助けられてるかっ、」「て、いつも………」
「処女です。」
「あたし、も本っ、当、に」「処、」「女」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「………あァ~ぁぁ笑」
「…………」「グス、」「…………何?」「なんだ?ゆづ」「しょ、」「しょじょ………?」
「処女なんです、わたくし」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
女の尊厳をかなぐり捨てたパワーワードによる強硬手段には効果があったようで、お三方はピタリと口をつぐみ、車内は静まり返った。
【登場人物・用語】
白河ゆづ…………年上を立て順番を守る律儀な性格をしているが故に集団生活において意見を通せないことが多々ある人。今回は結託した年上女性の集団の怖さを身を以て知った。個々ではいい人なのに結託したが最後全く話が通じなくなるジルアニに、同じく結託すると決まって話が通じなくなった10代の頃の実の両親と同じやり辛さを感じている。若いので行間が読めず、「お相手の方」「いい人なのか?」等の問いをそのままの意味で受け取り、最悪の形で答えてしまう。知能と精神年齢が同世代の中で高い部類なだけに自分の仕事が完璧だと思い過ぎてしまう節がある。
ジル・スレイトアール…………華と存在感とリーダーシップがあるので集団生活において意見が通らないことの方が少ないタイプの人。むしろ出した意見がそのままその集団の意見になるパターンが多い。傷付けられてからの反応が泣く→心を閉ざす→逆ギレする→喚くというパターンをなぞっているがこれは女性の典型。裏切られたことが(自分の中で)確定してから全ての意見を当の本人ではなく横の協力者に対してだけ話しているがこの辺りも非常に女性らしい。本人の言う通り国で三番目に身分が高いが財力や権力、政治的シーンにおける発言力等はまた別。ふわふわの妖精ボイスで幼児化して泣く姿は控え目に言って可愛い。
アニカ・サンドルート…………集団生活においては必ず二次的に意見を出す人。誰かが動いて自分が動くし、また誰も動いていないのに自分が動くことはあってはならないと強く自負している人。どの集団にいても基本まとめ役に徹する。良心の塊だが先々の被害を避けるために最悪の一手を打ってしまうことが多々ある。若かりし頃の自分と今職場で関わっている若者達のイメージをゆづに当てはめている。シキを常日頃犬、と呼んでいるが本当はこの呼び方はしたくない。ジルとは付き合いが長過ぎて名前で呼べなくなっている。
犬神シキ…………集団生活においては非常に利口に立ち回り、狙い澄ました一手で場と自分とが得るメリットを最大化することが非常に上手い。そのためならその場にいる一個人を犠牲にするのは止むを得ない、と躊躇なく決断出来てしまえるのは控え目に言ってサイコパス。意図がある時は方言が濃くなる。自由気ままに振る舞っているようでも乗っておいた方がいい流れや身を置いた方がいい勢力を絶対に見逃さない。よく食べよく眠りよくサボるが全く太らず、2000年以上前からプロポーションが変わっていない。出会い頭にシキがアニカを(名前を覚えるダルさから)学者と呼んだことに対して喧嘩腰にアニカが犬、と呼び返したことでこの冷たい〝属性呼び〟は始まっているが、シキはそれについて何とも思っていない。
この世界のジルアニ…………五里霧中かつ論理無用なジルに器の大きなアニカが応じてしまうことで完成する、悪意無き暴走機関車。その場にいながらにしてその枠の中にいない者に多大な被害を与える。
この世界のさんかしこ…………上記悪意無き暴走機関車を悪意の機関士が操舵する、時により史上最悪のユニット。〝悪意無き暴走機関車〟が〝悪意〟を搭載してしまった形。
京家M.E.K.A.舞子…………困った三人組、あるいは二人組によって勝手にゆづの今後のお相手にされてしまった可哀想な人。本人は今この時も創国祭会場において職務を全う中。この時間までに違法薬物の取引現場を二つ摘発した。
雑木林の人影…………深夜にあり得ない場所をうろつく人影。もちろん人ではない。
ナース服の人影…………上の人影のお仲間。皇女の出身地と〝ナース服〟の掛け合わせでその正体は自ずと知れるか………?犬だけに夜目の利かないシキと下を向いていたジルは見落としているが前を向いて運転していたアニカだけはその姿を視認している。
そもそもうちらってそういう関係でしたっけ?…………この世で一番楽しい〝友達以上恋人未満〟の空間を一瞬にしてぶち壊す最悪のフレーズ。実質恋人である相手に対してこのフレーズを用いて自己保身に走るのは合法にして外道、鬼畜の所業。




