《ゆづ、異界に立つ》5/20 ゆづ、新しい最推しに出会う
やっと理解していただけんしたかえ。私は残酷で冷酷で非道で、そいで可憐な化け物でありんす─────『オーバーロード』
「ふう、」「ふすぅ、」「ふぅぅ、」「ふっ、………」
「………………」「………………」「………………」「………………」
「ふぅ、」「ふす、」「ふすぅ、」「ふぅー………」
「………………」「………………」「………………」「………………」
腕組みをしたままのシキさんが上体を屈め、ご自分より20cmは背の低い私の顔・頭周りから始めて下に向けすんすんと匂いをお嗅ぎになっていた。
長い階段を全力疾走してきた私は、シキさんに吐息がかからないよう両唇を噛みしめ、視線を上げて優美過ぎる会場の造りを目に入れていた。
「ふぅ、」「ふぅ、ん」「ふすー………」「ふうぅ、」
「………………」「………………」「………………」「………………」
「すぅ、」「ふ、ふぅ、」「……………ふ、」「………あの、」
「黙れ」
「はいっ、」「………………」「ふぅ、」「はぁ、」
「………………」「………………」「………………」「………………」
上げた視線の視界の端で、ジル様は何故か私と同じように上下の唇を噛みしめ、もう既に散々見たであろう天井や壁の造りや装飾を興味深げに眺めておいでだった。
「ふ、ぅーん…………」「ふ、」「ふぅー…………」「………………」
「………………」「………………」「………………」「………………」
アニカさんは正面エントランス入ってすぐの場所で行われている謎の催事に来客が足を止めて人だかりが出来てしまわぬよう、
「あ、お気になさらず、どうぞお進みくださーい」「素敵なパーティーですよー」
と、群衆に声をかける交通整理を行っていた。
やっぱり当たり前にモテるようで、声をかけられてナンパだと勘違いしたご婦人方の嬉しそうな高い声が聞こえる。
「………………」「………………」「………………」「………………」
「…………どう?シキちゃん」
「………………」「……………うん、」「せえへん」「アルコールの匂いは………」
「あそう………」
どうやら会場で酒を飲んで酔っ払ったが故の奇行だと思われたようで、シキさんの嗅覚を用いてのアルコールチェックが私に対して行われているようだった。
「………………」「…………あの、」
「………………」「うん…………」
「他の物の匂いって…………」「しないよね?」
「………………」「うん…………」
「もっとなんか、」「危険、な………」
「………………」「…………うん、」
「………………」「………………」「どう?」
「………………」「………………」
〝危険な他の物〟って何だろう、と
シキさんの綺麗な黒髪に挿されてしゃらしゃらと揺れている、
可愛らしい梅色の簪を見ながら思った。
「………………」「……………うん、」
「うん………?」
「とりあえず、汗・息・髪からは何の匂いもせえへんで」
「あ、」「あそう………」
「うん………」「服とか体に薬品とか、そういう変なもんがかかったりもしてない」
なおもすんすんと匂いを嗅ぎ続けるシキさんの頭が下がって梅色の簪が視界の下方向に消えると共に、目の前が薄い膜状の、柔らかな物体で塞がれた。
「………………?」「………………!!?」「………………!!!!!」
「まあ取り敢えずいいと思うで」
「そっか…………」
「うん。」
「………………??」「………………???」「………………!!!!!」
けも耳だった。
人間の頭から、生の獣の耳が生えていた。
ご本人の綺麗な黒髪と同じ色のふさふさとした毛に外側が覆われ、中にその色を薄めたような明るい赤毛がびっしりと生えている、超特大サイズの猫………
じゃなくて、
犬の耳がシキさんの頭から生えていた。
「………………」「………………」「………………」「………………」
「じゃー、一旦帰ろうか、このまま………」
「うん………ええんちゃう?」
と言って匂いを嗅ぐのをやめ、ご本人が上体を起こすと共に両耳共がきゅ、と潰れた後でぴょんと跳ね上がり、ぱたぱたと力強く波打った。
「(………………)」「(……………何あれ、マジ)」「(どーなってんの……………)」
「………………」「まあ、」「素面でコレの方がヤバいけどな、明らか………」
と言って私を見下ろし、メトロノームのように首を左右に、くいくいと反復して傾ける。
「(す、すごい………お、)」「(奥の方が、本物の)」「(猫)」「(じゃなくて犬みたく、ちゃんと)」「(肌色に、なってて………)」「(血管が、)」「(通ってる………)」
「………………」「………………」「ほら、」
「……………何?」
「ずっと見てる、あたしの耳………」
どれだけ見ても納得のいかないけも耳がぐん、とアップになって近付いて来た後、視界の下からにゅ、とシキさんの顔が現れた。
「………………」「……………あっ、」
「何してたんや、会場で」
「………………」「………………」
「うちらと、別れた後………」
「………………」「………………」
至近距離で見るシキさんの顔は、度を越えて美しかった。
ジル様とアニカさんはまだ近くでよく見させていただいていないけど、現実世界のモデル以上にお美しいお二人より多分、さらに…………
あのモデルの淡い感じの文科系美少女ではなく、切れ長の猫目(犬目ではない)にすっと通った縦長の鼻筋、下の方が少しだけ分厚く両端がきゅっと締まった形のいい唇が揃った、ゴリゴリのリア充フェイスだった。
「(………………)」「(……………国民的、)」「(有名女優じゃん、)」「(こんなん……………)」
「………………」「……………何?」
もちろん右目は黄金色、左目は紅のオッド・アイで、至近距離で見るその両目の燃えるような色味には、ちょっとぞっとするものがあった。
「………………」「………………」「………………」「………………」
「……………何、」「今度は顔見て固まる感じ?」
「………………」「………………」「……………あの、」「………………」
「………………」「うん。」
「………………」「……………可愛い、」「です。あの」「お顔」「が…………」
「………………」「うん。」
「………………」「………………」「………………」「………………」
「………………」「知ってるよ?」「いつも言うてくれてるから」
「………………」「……………え、」「い」「いつも……………?」
「うん。」「嬉しいけど………」
と言ってシキさんはさらに顔をぐっっっと、
見えないぐらい近くまで近付けた。
「………………」「……………あっ、」
「今このタイミング?」「それ」
「(………………)」「(………………)」「(………………あ、)」「(………………ああ、)」
「………………」「……………なあ?」
和風の柑橘系の…………
多分柚子の、
いい香りがした。
さっきとは違い怒気を失ったシキさんの
ひそめた柔らかな美声と相まって
頭の奥がとろとろと溶けていく感覚があった。
「(………………)」「(………………)」「(……………だめ。)」「(ヤバい……………)」
「………………」「……………なあ。」
「(………………)」「(………………)」「(……………ちゅー、)」「(したい……………)」
と思ったところで背中にどさり、という衝撃があった。
「…………!?」「わあっ!?」
「ねぇ~、」「皇女は~?」
「!?!?!?」「ひぃぃ、」「ジル様………?」
「ゆづぅ~、」「皇女はぁ~?」
ジル様が両腕を私の肩に回して背中にのし掛かってきていた。
こちらも20cmはあろうかという身長差を利用してこれでもかと上から体重をかけてくる。
「ちょ、ちょっと」「ジル様………!?」
「皇女も褒めてー?ゆづぅー」
「わ、分か………」「分かった、わ」「分かりましたから、ちょっと………」「え、ジル様……!?」
「んぅー………」「ゆづぅ~………」
「……………」「……………」「……………」「……………」
信じられない状況だった。
あの引き気味で遠慮がちで他人行儀なジル様が
褒めてもボケても甘えても鏡のように同じ行動を
その×0.7倍ぐらいの力で慎重に返してくるだけだった、ジル様が………
私に甘えてじゃれつき首筋~後ろ頭に顔を押し付け、
髪の匂いをすんすんと嗅ぎにきている状況だった。
「ちょ、ちょっとちょっと………」「……………」「えぇ?」
「怒られたの………?」
「あの、ジル様………」「……………」「へっ?」
「シキちゃんに怒られて」「びっくりしたの?」
「え、」「………え、」「……………」「ま、まあ」「はい………」
「顔面蒼白」「だったね?」
「………えっ?」
「顔面蒼白で急いで階段から駆け下りて来る顔、」
「……………」「……………」
「すっごい、可愛かったよ」「ゆづ………」
「……………」「……………」「は、っあ、」「……………」
「無限に可愛いね、ゆづ………」「無限に可愛く」「なってく…………」
「……………」「……………」「……………」
販売されているボイスでもまず聞けないレベルのボソボソ系のガチ恋ボイスを聞きながら、
私はこれが夢だったことを思い出していた。
「(……………)」「(はぁ、畜っく生………)」「(はあ)」「(畜生………)」
「ねえゆづ、」「どこ行ってたの?」「ご主人様を置いて………」
「(…………く、くそぅ)」「(…………く、く)」「(くそったれ………)」
「2時間も………」「ねぇ、」「寂しかったよ………?」
耳奥に直接放り込むようにねちねちと言葉を紡ぎ続ける意地悪なジル様の声も
耳にかかりぼそぼそと音を立て続ける吐息も
心配になる程強く背中に押し当てられている、
分厚いコート越しにでもむちむちとした肉感が感じ取れるこのおっ〇いも
全部嘘だなんてとても耐えられそうになかった。
どれか、
どれか一個でもいい。
現実世界に持ち帰れる物が一つでもないものか…………
「……………」「…………抵抗せえへんなぁ、」
と近くで腕を組んで見守っていたシキさんが呟いたのに続いて少し離れた場所にいたアニカさんが
「おい、」「もうやめろ」「いい加減にしとけ」
と言った。
ちらりと目をやると十数人程の女性のパーティー客に囲まれている。
「無事が分かったんならもう帰るぞ」「明らかにおかしいし、そいつ」
などと言いながらも〝あ、連絡はここに………〟などと女性陣に名刺のようなものを渡している。
「……………」「……………」「……………」
困ってる風を装いながらも耳に鼻息をかけながら自分のうなじの匂いをすんすんと嗅いでいるジル様を何とか少しでも長くこのまま留められないかと思案するうち、唐突に
「許さないから、ガチ」
という、明確に怒気を孕んだドスの利いた声が、今まで甘い言葉をとろとろと囁き続けていたのと同じ方向、同じ口から聞こえた。
「許さ、」「……………」「へっ?」
「……………」「……………」「……………」
「え………」「ジル、様………?」
「さっき、シキちゃんで」「……………」
「え………」「シキさん?」「……………」「はい、」
「シキちゃんでエッチなこと考えたでしょ?」
「……………」「はっ!?」
「さっきシキちゃんが顔ぐっ、てした時」
「……………」「…………はい、」
「よだれ垂らして、」「ち〇こおっ〇ててただろって言ってんの」
「……………」「……………」「…………はっ?」
「ねえ………?」
「……………」「…………ジ、」「ジル様………?」
「……………」「ち〇こを、」「おっ〇ててたでしょって」「言ってんの…………」
「……………」「……………」「……………」
およそ考えられない言葉だった。
汚い要素のありとあらゆるをとにかく嫌うジル様の口からよりにもよって………
少なくとも配信の上では言ったことはない筈、その………
その言葉はもちろん、それと同等クラスの下系の言葉も、一度も………
「ジル様、」「え………?」「ちょっと、」
私は背中に覆いかぶさっている人がジル様じゃない可能性を疑って、是が非にでも振り向こうと必死の抵抗を試みた。
「………うるさい、動くな」「声が大きい」
「ちょっと、放し………」「えぇ?」
「……………」「……………」「……………」
「えぇ?ちょ、」「……………」「固った………」
「……………」「……………」「……………」
ジル様は力がめちゃくちゃ強かった。
肩から移動して腕ごと胴を抱えにきていたジル様の腕は絶叫系アトラクションの座席に付いているシートベルトのように強固で、
私の体は微動だにしなかった。
「ええ………?」「ちょっとこれ、」
「ゆづ?」
「一回放して、」
「ゆづ………」「ゆづ?」
「…………え?」「……………」「は、はい………」
私は最早自分の足で立っていなかった。
半ばジル様に抱きかかえられるようにして足の裏の半分程を便宜上地に着けているだけのような状態だった。
「私のこと、」
「……………」「はい………?」
「好きじゃないの………?」
「……………」「……………」「…………え、」「……………」
いや、
それはもちろん
「………好きです、」「……………」「もちろん…………」
「……………」「……………」「……………」
「……………」「…………お慕い申し上げて、」「おり、ます…………」
「……………」「………じゃあ」「答えて…………?」
「……………」「……………」「…………はい、」
「さっき、」「シキちゃんで、」
「……………」「……………」「……………」
「欲情して、」「いたでしょう………?」
「……………」「……………」「……………」
シキさんは、このやり取りをさっきからすぐ近くで見て聞いている。
腕を組んで怪訝な眼差しのまま私のことをずっと見ている。
「……………」「……………」「……………」
一体この人達は今どういうつもりで…………
………………………………
………………………………
………………………………と言うか、
私は一体どういう気持ちでこのシーンを夢の中に具現化しているんだろう。
「……………」「……………」「……………」
「ゆづ。」
「は、」「はい、あの………」「はい、正直。」
「……………」「……………」「……………」
「すごく可愛らしいお顔をされて、いて………」「あの、」
「……………」「……………」「……………」
「すごく、親しげな感じで顔をぐい、と」「こう」
「……………」「……………」「……………」
「近付けて、おいでに、」「あの」「なったので………」
「……………」「……………」「……………」
「あとあの、」「すごくいい匂いも、あの」「されて………」
「あ、ほんま?」
「……………」「……………」「……………」
「…………あ、」「はい、あの」「ちょっと柚子の香りかな、」「みたいな………」
「……………」「っそう。」
「…………あ、」「はい。」
「正にそう。」
「はい………」
「……………」「……………」「……………」
「いい匂いやった?」
「………え?」「あ、はい、それは」「もう、ほんとに」
「あんたがくれたやつやで?」
「……………」「……………」「…………えっ?」
「〝これあげます、柚子だけに………笑〟」「って。」「………ちょっとあの、」「おもんなかったけど、それは」
「……………」「……………」「…………えっ?」
「はは、いやまじでおもんなかった………」「……………」「…………えっ?」
「……………」「……………」「……………」
何を仰ってるのか全然分からない。
疲れからかこの異常な状況のせいか
頭が全く付いて行かない。
「いや、」「くれたやん?ぱ・ふぃゆ~ぅむを、さ…………笑」
「……………」「……………」「…………?」
「……………」「…………え?」「くれたのは、」「覚えてるやろ?」
「……………」「……………」「…………いえ。」
「あのー、」「丘デートした日の最後の、帰り際に」「あの、先月の………」「ていうか先週の」
「……………」「……………」「いえ…………」
「……………」「……………」「えっ?」
「脱線、」「しない。」
「……………あっ、」「う…………//////」「あっ//////」
ジル様は、もうほとんど私の左頬にキスをしていた。
耳の少し前、産毛みたいなもみ上げが生えてる、あの辺りに…………
「……………」「……………」「……………」
私は〝もうこれでも全然いいな〟と思い始めていた。
すっごく恐いし、背中のこの人誰この人、みたいな状況ではあるけど、
でもやっぱりぼそぼそと重低音で耳を虐めてくる声は間違いなく低めたジル様の声だし
押し付けられているおっ〇いはそうなんじゃないかと想像していた以上の隠れ巨乳だったし、
体を締め付ける強い力なんかはシンプルにご褒美でしかなかった。
「……………」「……………」「……………」
寧ろこの上なく望んでいる状況なのかも知れなかった。
やっぱり私は自分の夢の中でいいことを起こすのが上手い………
「ゆづ。」
「あっ、」「あっ//////」
「……………」「……………」「……………」
「…………はい、」「あの」「…………つまり、そういう色々が重なって正直、」
「……………」「……………」「……………」
「むらつきました一瞬、わたくし、」「あの………」
「……………」「……………」「……………」
「…………も、」「申し訳、ございま」「せん…………?」
「……………」「……………」「……………」
「……………」「……………」「……………」
ふぅぅ、ふぅ、という
強めの息遣いが耳もとで聞こえる。
「……………」「……………」「…………ゆづ、」
「……………」「は、はい………?」
「……………」「……………」「……………」
「……………」「ジル様………?」
「……………」「…………殺すよ?」
「……………」「はっ、」「あ」「……………」
「ぶっ殺すよ?」
「あっ、あ、」「……………」「…………あぁ/////」
「この、」
「……………」「…………はぃ、」
「野良犬」
「あっ?」
「発情期」
「あぁっ?」
「恩知らず」
「あっあっ、」「あっ/////」
「拾ってやった恩を忘れたか、この」
「……………」「……………」
「瘦せこけた、」「クソガキ………!!」
「あぁっあ/////」「あ、」「あぁ………/////」
罵倒すると同時に腕ごと胴体を締めたり緩めたりを繰り返す強固な腕の力を感じながら、
私は〝こっちだ………!〟と思っていた。
〝ジル様はこっちなんだ………!〟と。
少なくとも、
私が心の奥底で望んでいたジル様はこっちなんだ、と
私はこの時強い確信を抱いていた。
「言ったよね?」「そもそもダメだけど、やるならせめて見えない所でやれって」
「ああ…………」「は、はい」「はい………/////」
めきめき、と締め付ける手に力が入る。
「あ゛っ、あ゛」
「次やったら」「殺すって………」
「あ゛、はい」「…………あ、」「はぅ………/////」
「ねえマジ…………」「ギロチンだからね?」
「……………」「え、ギ、」「ギロ」「ギロチン…………?」
「この会場のどっかの」「トイレとかで」
「……………」「……………」「…………はい、」
「女とよろしくやってて遅れて来て」
「……………」「……………」「……………」
「その結果情緒がぶっ飛んでて様子がおかしいんだとしたら、」
締め付ける手にいよいよ耐えきれないレベルの力が込められ始めていた。
私の足は、もう地べたに着いていなかった。
「あ゛っ、あ゛っ、あ゛っ、」「あ゛、ジル様………!!!!!!!!」
「王権であらゆる法的措置をすっ飛ばして、」「ギロチン台に送って」
「あ゛っ、あ゛、あ゛ぁ………」「あはっ/////」
「首を刎ねるっつってんだこの野郎………!!!!!!!!」
「あ゛、あ゛ぁ………」「ああ゛ぁあ………」「あ゛っ………/////」
ジル様は、ご自分で口にされた言葉をご自分の頭の中でご勝手に再現されて、
その結果勝手にブチ切れておいでのご様子だった。
つまり────
やきもちを妬いておいでだった。
誰に対してかと言えば、
この
わたくしに対して。
………………………………
………………………………
………………………………この、
わたくしに
対して…………!!!!!!!!
「分かってんのか、」「この野郎………!」
「あ゛っ、あ゛、」「あ゛っ、」「す、好き、」「ジ、ジル、様………」
「……………」「……………」「…………あっ!?」
「す、」「す、好き、好き、」「好き、ぃ、ジル様、あ、あっ、」「あっ/////」
「……………」「……………」「……………」
「あ、愛しています」「あっ、」「ジ、ジル様、」「うゥっ…………」
「……………」「……………」「……………」
〝あぁもう、〟〝完全におかしいで〟というシキさんの声が聞こえても
私は構わなかった。
燃えるような嫉妬の怒りと腕・肘・関節お構いなしに滅茶苦茶に締め上げてくる腕の暴力に確かな愛を感じた私は
無理くりに首を捻じって必死にジル様の唇を求めた。
「は、あ」「あ、ジル様、」「あっ、」
「……………」「……………」「……………」
「んぅ、好き」「はぁ、」「あぁ、あ」「ジル、様………」
「……………」「…………誤魔化してんじゃ、」「ねえ…………!」
と言ってジル様は
私の左の耳を
お噛みになった。
耳の上側の、耳たぶの延長線上に位置する、
エルフだったら尖っている、
あそこを。
あそこを前歯でお噛みになったままで
なおもぼそぼそとお話しを続けられた。
「…………あ!」「あは、」「あ、」「………あぁ、」「あ、」
「…………調べさせるから、アニカに」
「はぅ、」「うっ、」「うぅ………/////」
「調べさせて何かあったら………」
「ふぅ、」「うぅ、」「うんっ、」「うっぐゅ、」
「マジで処刑だからね?」「お前と、」「相手の」「女…………」
「ふぅっく、」「ぅん」「わ、わか………」「わか、分かり」「まひた………」「あ゛ん、」
急にするりと手を離されて、
私はワインレッドの床にぺたりと座り込んだ。
座り込んだと同時に床と全く同じ色の液体がぼたぼたと丁度目の前に落ち、
そのまま床と同化していった。
「………あっ、」
「………あっ、」
「………あっ、」
鼻血だった。
この世で一番性的な目で見ている女性から多様にして過剰な複数のサービスを連続して受け続けたことにより、
私の鼻
と言うより脳が血を吹き始めたようだった。
「…………あ、」「大丈夫でひゅぅ、」
と言った拍子にまたびゅぅ、と吹き出したのを見て
「何やってんだお前ら…………」
と言ってアニカさんが自分に群らがっていた女性の群れをかき分けて助けに来てくれた。
女性の群れは
いつの間にか目算で五十人は超す大所帯になっていた。
「………あ、」「アニカ、しゃん………」
「大丈夫だぞ、ゆづ」
「あ、床、が」「汚れ」
「いいいいそんなの」
と言いながら膝を突き、私の後頭部を支えてその上に寝かせてくれた。
「あ………」「よ、汚れ、ちゃう………」
「いいから、気にすんな」
と言って(私の視界からは見えない)何か綿のようなものを取り出し、私の鼻から下に押し当て止血を試みてくれた。
「おい、衛兵」
「…………は、」「はいっ」
「ちょっとイナ隊を探してきてくれ。」
「は、」「イナ隊を…………」
「うん。多分裏のどっかにいるから」
〝急いでな?〟という凛々しい声を聞きながら
私は〝さっきまでのそこに立ってる人とのあの汚れた絡みと、それに感化されてあふんあふん言っていた自分は何だったんだろう〟と考えた。
こんなに優しくて格好良くて、精神性にまで優れた人がここにいるのに、それに引き換え自分(と今冷静になって考えてみれば絶対におかしいジル・スレイトアール)がさっきまでやっていたあれは一体何だったんだろう………
「何やってんだ、お前ら二人」「ほんとに………」
「……………」「……………」「……………」
「……………」「……………」「……………」
「なあ?」
「……………」「…………うちは、」「何もしてません」
「あたしも何もしてません」
「うちも何もしてません」
「あたしも何もしてません」
「うちも何も…………」
「シキちゃん………」
「……………えぇ?」「いや、あたし」「普通に離れた所におった…………」
「だめだよぉ………いくらイラついても」「グーパン一閃は………」
「……………えぇ?」「……………」「いや、」
「……………」「……………」「……………」
「……………」「…………あたしは、」「今二階にいました。」
「……………」「うん………?」
「二階におって、急いでここ来たら」「もう血ぃ流して倒れてました。」
「あたしはその頃トイレにいました」
「あたしは外にいました」
「あたしは家にいました」
「もうジルちゃん、」「ずるい………」
「もういい。」「もういいから」「車回して来い…………」
「……………」「……………」「……………」
「……………」「……………」「……………」
「バカ共が…………」「血が止まってイナ隊に見せたらもう帰るから」「車持って来とけ」「バカが………」
「……………」「……………」「……………」
「……………」「……………」「…………シキちゃん、」
「えっ………」「うち………?」
「お前だよ、」「変態ヒステリック」「バカ皇女」
アニカさんは、訳の分からない変なやりとりの間もずっと綿みたいなやつで鼻を押さえながら乱れた髪を整えて肩をさすり、〝大丈夫だぞ、〟〝服もどこも汚れてないからな?〟と小さく声をかけ続けて下さった。
それとは対照的におふざけ半分の罪のなすりつけ合いをしていたあの人が
「我皇女ぞ!?」
と言ったのを聞いて、
「(……………あぁ、)」「(やっとジル様の口から)」「(既知の要素が出た………)」
と私は思った。
【登場人物・用語】
白河ゆづ…………〝さんかしこ〟の三人と比べるとまだ若く、多感な年頃。惚れっぽく、性への興味が旺盛。一定以上に好みな女性に強く出られるとほぼ確で落ちるという危険な性癖の持ち主。
ジル・スレイトアール…………品行方正でおおらかな皇女の仮面の下に異常な独占欲と癇癪癖を隠し持つ非常にピーキーな女性。下の者に対しての独占欲とコントロール欲が強い。ゆづの読み通り、ゆづを強烈に愛している。
犬神シキ…………息を呑む美貌とけも耳属性を兼ね備えた獣人の女性。若いように見えて2000歳を超えていて、恋愛欲・性欲はほぼない。犬だけに〝香水〟と〝柑橘系〟はどちらも苦手だがゆづがくれた柚子の香りの香水だけは友情を優先してつけている。
アニカ・サンドルート…………容姿端麗で性格も良く、常識的で下の者にも優しい、ということで今のところいいとこずくめな女性。異常にもて、声をかけられた女性は皆とりあえず喜ぶ。性欲は強いが恋愛欲は皆無。
イナ隊…………〝イナ〟という名の女性が取り仕切る医療部隊。300名を超す医療のプロで構成されている。部隊の編成後一年で国内の外科的ケースにおける死者数が63%カットされた。
綿みたいなもの…………綿ではなく、赤色をした謎の物体。持ち主はもちろんアニカだが、ここでのアニカの職業は錬金術師ではなく機械工学者。




