《ゆづ、異界に立つ》19/20 ゆづ、最推しの異能を知る
いや〜、体力レッドゲージって感じっすね〜。大丈夫っすか〜?─────『オーバーロード』
「10時の方向、ツーダウン!脅威排除」
アニカさんが今いる空間に到達するまでは、まだ結構時間がかかりそうだった。何人でかかろうと意味を成さないことをさすがに悟ったのか、白い歩兵達がアニカさんを迂回して西の検問所の方に向かい始めていて、その全てを排除しながらの行軍はとにかく時間がかかった。
「3時の方向、撃っていいですか!」
「あーもう、どんどんやっちゃいなさいな、お好きに」
白い歩兵を倒すのは、実際とても簡単だった。首の後ろや膝裏が大きく空いている上にインナーのものらしき濃い黒色がそこから見えていて、撃ってくれと言わんばかりだった。こちらに向かって突撃してくる歩兵の首の後ろや膝裏が常に狙えるわけではなかったけど、そういう時は歩兵の進行方向に対して常に前を向いている肘裏を撃つと効果があった。どの歩兵も肘の激痛に悶えると必ず後ろを向いて首の後ろを見せるか、跪いて膝の裏&足首の裏を見せる。そこを撃ち抜いて転がしておけば後は煌さんか後続の部下の方が止めを刺してくれた。
「フォーダウン!装填!」
「いやもう本当に……凄いの一言ですわ」
「もうほんまに」
「一体何人倒したんですの?さっきから」
〝その豆鉄砲で〟と言って肩越しに振り向いた煌さんの目は両方共が真っ黒に染まっていた。
「(ひいぃ……怖い)」「(……超えてちょっと格好良い)」
「ものっ凄い普通の銃じゃありませんこと?それ」
「これはね、煌ちゃん。ゴミですわ」
「ゴミ!?どうりで……」「変な音しますものね?」
「うん。赤毛が持ってたゴミ」
ゴミ……はちょっと言い過ぎだとしても、さっきから思った通りに撃てていないのは確かだった。
弾が銃口を出る際の引っ掛かりが怖くて、歩兵の弱点のど真ん中をバカ正直に撃つことしかできていなかった。
「本当はもっと、角度付けて撃ちたいんです」
「はぁ、角度?」
「はい……もっと絶妙に斜めから撃って、関節の中を暴れ回らせたい」
「何ですのそれ怖っわ」
歩兵の装甲が銃弾を難なく跳ね返す硬質な素材で作られていることは分かっていたので、本音を言うとそれを利用したかった。弱点部分から弾を撃ち込む時に強めに角度をつけておけば行き場を失った弾が内部で暴れ回ってより深刻なダメージを与えられるのは必至で……
「(……どこだっけ、どこだったかでつい最近聞いた、あの)」「(……入射角と反射角の法則。あれを試したいのに、この銃じゃ……)」
懸念点はもう一つあった。戦車の大群までの距離をまだ半分も進めていないこの時点で、替えのマガジンを結構消費してしまっていた。元々入っていたマガジンに加えてどすえちゃんに貰った分ももう二本消費していて、あと四本のマガジンだけでこの戦場を戦い抜けるとはとても思えなかった。
多分、このペースだと戦車の群れの近辺に到着するギリギリ手前で、私の所持弾薬は底を尽きる。
「(調子に乗って撃ち過ぎた……)」「(あいつのせいだ、あいつがイキって煽り散らかすから……アニカさんめ)」
「まあ本当に……あなた何者ですの?子犬ちゃん」
「……えっ?」
「どう見てもただの一般人なのに強化兵はばさばさ倒すわ、煌アイは部隊員以上に使いこなすわ……」
「……」
「そこまで有能過ぎるとさすがに引きますわよ?わたくしも」
「通信担当らしいですね、第三皇室では」
「いや通信担当の銃捌きではないでしょう」
「……わたくしは、」
何者か、と面と向かって問われれば、答えは一つしかなかった。
「わたくしはVTuberです。ただの、しがない」
「……」「えっ?」
「活動歴ほんの数年の、一兵卒のぺーぺーVTuberです」
「……」「え、何?ぶいちゅぅ……何ですの?それ」
「いや今この子おかしいんよ、ちょっと」
〝VTuber〟という単語を聞いてその象徴的な存在である煌さんが見せた初見顔がおかしくて、私はさっきからずっと盾になって守ってくれている頼もし過ぎる背中をぱしりと叩いた。
「何言ってんですか、最速で登録者数100万人突破したくせに笑」
「……」「え、ごめんなさい?本当に何を言われてるのか分からない……」
「いやもうほんま、ほんまにちょっとおかしいんよ、今この子」
「9時の方向、撃ちます!」
ぺちゃくちゃと女子トークを続けながらも、煌さんは隊列前方向の敵を腰に差していた長剣でざくざくと切り刻んでいた。
煌さんの長剣は鞘から抜くとカッターナイフの刃を巨大化させたような刀身をしていて、燻らせて大きく振ると中の鉄製ワイヤーに繋がれたまま刀身が長く伸び、遠くの敵にも致命傷を与えた。
「(吠えろザビマル!だ……もう本当、それでしかない)」
私の射撃の腕を散々褒めておきながら、煌さんは数十m離れた歩兵の関節部分を分裂した刀身で的確に切り裂いていた。アニカさんが作ったのとそう変わらないバラバラ死体の山が、私達の隊列が通った後に累々と築かれていく。
「γ!南方向に展開!20m進んでその場を守れ!」「β!もう少し北方向に角度をつけて進行して!少し真っ直ぐ進み過ぎですわ」
煌さんは数十人の配下の部隊員を引き連れて進軍した後、それを10人ずつぐらいのチームに分けて左右に枝分かれさせるように進軍させていた。
「(……うん、なるほど。あれだと隊列が縦に長く伸びて横から叩かれる心配がなくなる)」「(展開して領地を増やしながらお互いに援護もし合える、絶妙な配置)」
初陣ながら、私は楽しさを覚えていた。もちろん煌さんを始めとした超人達に身辺を守ってもらっているおかげだけど……覚悟していた恐怖心は今のところ、全く感じていなかった。
「しかし、煌アイと銃器の組み合わせ……考えもしなかったですわね」
「ほんまにな」
煌アイと銃の組み合わせ……つまり今私が用いているコンビネーションは、確かに強力だった。
「本当に凄いと思います。100mぐらい先までなら絶対に外しませんから」
「そうよね、さっきから本当に一回も外してない。横に走ってたり跳んだり跳ねたりしてる敵を動きながら撃ってますもの」
「はい……なんか見えます、敵兵の次のアクションと、一瞬先に弱点を置きに行く位置が」
「うんうん」
「部隊のみなさん物理系の武器ばかりみたいですけど、今まではなかったんですか?煌アイを装備して銃を撃つっていうパターン」
「……うーん、無いわけではないのだけれど」
と言いながら煌さんは私の背中を守ってくれているどすえちゃんの方をちらりと振り返り、どすえちゃんはその動きに連動するように首を外側に傾けた。
「ろくなサンプルが上がってこなかったものだから……銃の腕は並、煌アイの使いこなしも並じゃあねぇ」
「あーなるほど……」
「子犬ちゃんに協力してもらって、新しいパターンを開発するのも悪くないかも知れない」
「本当ですか?」
「うん。協力してくれる?」
「もちろんです……!絶対強いですよ、煌アイ×銃コンボ」
私が膝を撃って転がした歩兵に伸ばした義手で止めを刺したどすえちゃんが、生身の方の手で私が替えのマガジンを押し込んでいる上着のポケットをまさぐった。
「もうあんまりないな?」
「そーなんです……向こうまでもつかどうか」
「あたしのあげてもええけどな、」
と言いながら追加の二本を私のポケットに押し込む。
「あ……ありがとうございます」
「もっと持って来たらよかったな……」
「舞子は残弾を全部子犬ちゃんに渡して露払いと止め刺しに専念すればいいんですわ。その方がずっと効率的……」
〝あの〟と、金網エリアを出てからずっと黙っていた三枝さんが声を出した。
「私、持ってます。それの替えのマガジン」
「え、ほんまに?」
銀の装甲の上から腰に巻き付けるようにして下げていた薄い布製の鞄をまさぐって〝はい〟と三本の替えのマガジンを差し出す。
「わ、こんなに……」
「え、すご。問題解決やん」
〝まだいります?〟と言って追加の四本を両手で包み込んで差し出す。
「あ、いやいいですそんなには……ポケットに入んない」
「すごいやん三枝。いつも持ち歩いてるん?」
「はい……あの、銃があまり良くないようでしたら、これも」
と言いながら鞄の底から今私が持っているものと同型の銃を引っ張り出し、人差し指と親指でぶら下げて差し出した。
「えぇ、いいんですか……」
型は同じだったけどその銃は明らかに新品で、また数段グレードの高い上位互換品であることが一目で分かった。
「えぇ……何それ?あたしも見たことないかも」
「それ濁時計の最新モデルですわよ」
とこちらを振り向きもしないで煌さんが言う。
「えー、いいな……」
「あなたまた良いモノ持って……どうしたんですの?それ」
「あ……お父様が一応持っとけって」
私やどすえちゃんが今持っているものが全面黒のシャープな造りなのに対して、三枝さんの銃は全体的に灰色で、薄っすら丸みを帯びていた。グリップ部分の柔らかそうな素材が取り回しの良さを感じさせる。
「銀の竜鱗に銃……いりませんけどね」
「私もそう言ったんですけど、それでも念には念で一応持っとけって、お父様が……」
「入らないでしょう、指がトリガー部分に」
〝え……?〟と言いながら三枝さんがガントレットを着けたままの手で上等な銃のグリップを握る。
「ほんとだ、入んない……」
トリガーを囲む四角い枠……トリガーガードにガントレットの着用により太くなった人差し指が侵入を拒まれていた。
「何をやってるの三枝、使えもしない余計な荷物を戦場に持って来て」
「だからあたしもガントレット着けへんのよ、煌ちゃん」
「黙りなさい、舞子」
「煌さん、あの」
「うん……何よ?」
「あのこれ、全然入んないです……」
「……?」「えぇ、聞いたわよ、もう。いつまでやってるの……」
「ち、違うんです煌さん」
「うん……?」
「指が枠に入らないから、引き金が引けないんです……」
「……」
「だから持ってても撃てないんです、この銃……」「ふふ笑」
「分かったっつってるのよ」「……三枝?」
「あはは、もう本当に、全然入んない……はい?」
「今日あなた武器を持っていないように見えるんだけど」
「……」
「ここ戦場よねぇ?」
「……」
「何をやってるの?さっきからあなた。戦場で武器も持たずに手ぶらでうろうろして」
「……」
確かに、三枝さんは西の検問所の金網エリアを越えてから今まで、ただどすえちゃんの隣に付いて来ただけで何もやっていなかった。煌さんや私やどすえちゃん、他の部隊員の方々が歩兵を倒す度にただ手持ち無沙汰に右を見たり左を見たりするだけで、何も……
「三枝」
「わ、忘れてきました。隊舎に」
「三枝ァ……!!!」
「ま、まあまあ煌ちゃん」
「主武器を忘れて使えもしない余計なモノだけ持って戦場をうろちょろうろちょろ……」「三枝ァ……!」
白黒反転の両目のまま殺気に満ちた顔でこちらを振り返る煌さんは、最早鬼だった。
「(やだ……やっぱりちょっと、格好良い……)」
「この銃持って来た功績があるから。な?」
三枝さんから慌ててひったくった銃を、どすえちゃんが私に握らせる。
「……あ!」
「どう?良さげ?」
「はい……めちゃくちゃいい、これ」
「ほんま?」
見るからに軟性を帯びていたグリップは握った手の内側の形に変形し、吸い付くようだった。
かしゃかしゃ、と引っ張ったスライドの滑らかさと軽さは、芸術の域だった。
「すごい……これなら殺れる」
「ほんま?」
「はい……いいですか?三枝さん、撃っても」
「はい、もう是非」
「では謹んで……1時の方向!撃ちます!」
ぱぱん、と二連射した弾はどちらも二人の歩兵の膝関節の裏に入り、後の方の一発が気を付けの姿勢でびょん、と飛び跳ねた歩兵の足首の裏から飛び出して地面に刺さるのが見えた。
「やった……」
「ええ感じ?」
「はい……本当にいい銃です、これ。三枝さん」
ひっかかりなんて微塵もないクリアな射撃体験がそこにはあった。ここに行けと念じた場所にこの角度で刺されと命じた角度で突き刺さる、本物の射撃体験が。
「あげますわよ、子犬ちゃん。その銃」
「え?でも三枝さん」
「あ、あげますぅ」
〝これも〟と言って腰に巻いていた鞄をはらり、と外して渡してくれた。
「えぇ……」
「ええの?パパの贈り物」
「はい……その代わりお願いがあります」
「……?はい、」
「そのしょーもない銃、代わりにください」
と言って上着の左ポケットに挿しておいた用済みの代物を指差す。
「え、これ?」
「はいっ」
手渡すと〝わぁ~嬉しい〟と言って赤ちゃんのような顔で微笑んだ。
「……?」
「良かったやん。ファンできたやん、ゆづちゃん」
「ほんと三枝は今日何しにここに来たんですの……」
三枝さんから受け取った鞄を腰に巻いて中を確認すると、替えのマガジンは16本あった。
「(いける、これなら。アニカさんが今いる所を通り越して、戦車の大群まで)」
同じ場所で今も死体の山を築き続けているアニカさんを確認した煌アイが、その視界の端に猛スピードで上空を飛来する何かの存在を捉えた。
──────────
「何?あれ……何か来ます」
「……」
「……」
戦車の大群の方向から高速で飛来したそれは戦車の砲弾より遅く飛ぶ、それより何倍も大きな卵型の鉄の塊だった。
私達とその少し先にいるアニカさんを繋いだ直線を底辺とした、二等辺三角形の頂点のような位置にどすんと着地するのが見えた。
「何です?あれ」
「……」
「黒いやつか……?」
鉄の卵はかなり大きく、多分ハイエース……10人乗りの車ぐらいの容量があった。
サイヤ人の一人乗りの宇宙船と同じ方式でガシャ、と開いて中から人が……
「(……人?人なのか?あれ)」
「……また何ですの?あれ」
「……」
入口の縁に手をかけて出て来た人……みたいなものは、全身真っ赤な甲冑に身を包んだ身長3mを超す巨人だった。
地に降り立つと同時にアニカさんのいる位置を顔を向けて確認し、物凄く長い脚でざくざくざく、と歩み寄って行く。
「アニカさん……アニカさんの方に向かってる」
「……」
「煌ちゃん、援護どうする?」
赤い巨人は何本も角が生えた眼窩の無い骸骨のような兜を被っていて、素性が知れなかった。
アニカさんの目の前まで歩み寄ると、足元の白い歩兵を長く大きな手で彼方に薙ぎ払って
「ア゛ァ゛ァァア゛ーーーーーーーーー!!!!!」
と、ジャミングノイズが混ざったような大声で咆哮した。
空気をビリビリと揺らす振動が100m近く離れたここまで伝わる。
「(……あれ甲冑じゃないんだ……)」
煌アイで確認していた巨人の兜は、その口の部分が咆哮と同時に大きく開かれていた。
「煌ちゃん」
「変更なし。進みましょう」
「えっ、アニカさんは」
「様子見しつつ予定通り進軍。黒騎士と同程度だったら陣形が崩れてバカを見るだけですもの」
言いながらアニカさんと巨人が戦っているエリアを素通りする、今まで進行して来たのと同じコースを歩兵を斬り捨てながら進んで行く。
「アニカさん……」
「大丈夫やゆづちゃん。キモい程強いからあいつは」
「……」
「ほら子犬ちゃん、よそ見しない。戦場では全員が自分の持ち回りの仕事をつつがなくこなして初めて」
と煌さんが言い終わらないうちに、進行方向の10m先を黒い槍がぶんぶんと音を立てて旋回しながら横切り、さらに20m先の地面に突き刺さって止まった。
「……!」
アニカさんを確認すると、赤い巨人の右手に体ごとを捕まえられて天高く持ち上げられていた。
足をばたつかせて抵抗しながら地面に叩きつけられ、不自然な跳ね上がり方で上空15mを舞った後、糸の切れた人形のようにまた地面に落ちていく。
「……援護!援護ォ!!」
「ε!西の検問所を守れ!白騎士を一人も通すな!」「βとγは持ち場を捨てて赤い未確認脅威に当たれ!今すぐ!」「δ!このまま私に続け!」
εでもβでも、γでもδでもない私は、アニカさんが落ちた地点にゆっくりと歩み寄って行く赤い巨人の頭に反射的にマガジン内の全弾を集中させていた。
「離れろこの、こっちを見ろ……!アニカさんに近付くなこの、化物、この……!」
弾は間違いなく全弾巨人の頭に命中して、全弾がその足元に転がった。
見たところチェーンソウのような形状にいつの間にか変化していた左腕をゆらりと振り上げ、ヴン、ヴン、ヴゥゥン……!という荒々しい回転音を響かせながら何も変わらないペースでアニカさんが落下した地点に近付いていく。
「嘘だ……嫌だ、アニカさん……!」
行ったところで何もできる筈がないのに、私は走り出していた。
「無傷だって……無傷だって言ったじゃん、アニカさん……!」
走りながら鞄から替えのマガジンを取り出してリロードを済ませたタイミングで、すれ違うように煌さんの配下の方が吹き飛ばされて私達が今までいた方向に戻って行った。
「……!」
煌さんとその配下の方達は、赤い巨人に全く太刀打ちできていなかった。
20人はいる煌さんの配下の方達は次々と投げ飛ばされ、煌さんは地に両手を突いて体を重そうに引き起こすところだった。
引き千切られたどすえちゃんの義手が、きらきらと銀色の光を放ちながら空中を舞っていくのが見えた。
「……!」「……!」
白い歩兵達と違って、赤い巨人には弱点らしきポイントが見当たらなかった。煌アイでどれだけ探っても、スローモーションモードをかけても、一切……
関節や首を狙って撃った弾もかつん、かつん、とその部分の鎧に当たって地面に落ちるだけだった。
「(……できない。何も、できない……!)」
まるで悪夢だった。
さっきまであんなに無敵で、あんなに圧倒的だった煌さんとその配下の方達が、まるで虫を払うように地面に叩き落とされ、彼方に放り出されていく。
動けなくなって地に伏している部隊員の方が何人も出始めていた。
「(死んじゃう……みんな、死んじゃう……)」
ここにきて初めて芽生えた恐怖心で固まる私の視界の端に、人が人を引き摺るシルエットが見えた。
「(アニカさん……!)」
三枝さんがアニカさんを引き摺って巨人と煌さん達がぶつかり合っているエリアから遠ざけていた。
走り寄って見るアニカさんは、赤いシャツの胸元をさらに赤黒く染め上げていた。
「アニカさん、アニカさん……」
「ゆっづ」「ごふ、」
どばどばと景気よく、鼻と口から鮮血が溢れ出す。
「アニカさんしゃべ、喋らないで……」
「ゆづ、」「ゆっづ……」
「喋らないで」
多分右肩が外れていて、そこが変に隆起していた。
体中出血が酷過ぎて、どこがどれだけ傷付いているのか全く分からなかった。
「ゆづ、言っとかなきゃならない、こと、が」「がふ、」「……あるん、だ」
「喋んないでよ!!!」
煌アイで見渡した周囲1kmに、助けを求められそうな対象はいなかった。
ただ機械的に上空を行き来する航空部隊と、黒い壁に向かって砲弾を撃ち込み続ける戦車の群れ以外、何も……
「ゆづ、」
「アニカさん……」
何もかもが上手くいき過ぎていて、自分が調子に乗り過ぎていたことを私は悟った。
これからアニカさんと煌さんとどすえちゃんと、その他の皆さんとで纏めてあの化物に殺されるだけなのだということも。
「ゆづ、ゆび、わ」
「アニカさん……」
「ゆび、ゎ」「ごほ、」
「アニカさん」
アニカさんは目が落ち窪んでいて、顔が真っ青だった。
動かない体をゆさゆさと揺らして何かを伝えようとしている。
「ゆっづ、」
「アニカさん」
「ゆづ、て……ぉ」
「……」「アニカさん、大好きだよ」
「……」
「……」「ごめんね、何もできなくて……」
「……」
比較的大丈夫そうな左の二の腕のシャツの布地を掴んで、自分にできそうな唯一のことをした。
私にはもう、できることが何もなかった。
戦うことも、アニカさんを抱き締めることも
赤い化物と煌さん達が戦っている方向を見ることすら、恐ろしくて。
ただアニカさんの顔を見ながら左腕のシャツの布地を掴んで、時間を浪費することしかできなかった。
「……ゆ、づ」
「……」
静かな時間が流れる中で突然、嫌な周波数の高い音が耳を劈き、同時に視界が赤く毒々しい紫色に染まった。
「あぁっ!!もう恐いよ!!」
「ぐっほぉ!?」
反射的にアニカさんに覆い被さった後も、数秒おきのペースでぞっとするような高音を伴い、ビカ、ビカ、と辺り一面が紫色に染め上げられた。
遅れて起きた爆発の凄まじい轟音で耳が利かなくなると同時に、酷暑日顔負けの分厚い熱風が波のように私達に押し寄せた。
「だ、大丈夫、アニカさん。わた、わたくしがいる、から……」
「……ゆづ」
「……?」
覆い被さっていると言うよりしがみ付いていた私の頭を、指の長い大きな手が弱々しく撫でた。
「……アニカさん」
「大丈夫だ、もう」
アニカさんの視線を追って空を見上げると、地上80mの位置に小さな人影が浮かんでいるのが見えた。
「……」
「お前のお姫様が、来てくれたんだぞ」
「……」
ジル様だった。
何もない中空に身一つで留まり、前にかざした左手から紫色のレーザーを照射して、戦車の大群を薙ぎ払っていく。
「……」
「初めてなんだよな、これも」「……そう、だよな」
アニカさんを三枝さんに任せて、立ち上がってズームアップ機能でジル様を見てみると、その左手の前にはレーザーと全く同じ色の、車のハンドルぐらいの直径を持つ光の球が浮いていた。明るい赤紫色をしたそれにジル様が左手をかざすごとに、そこから全く同じ色のレーザーが照射されて戦車の群れを薙ぎ払っていく。
「……」
戦車の大群を煌アイで確認すると、火と煙に包まれて全く全容が知れなかった。所々で断続的に火柱が上がっていて被害が甚大なのは明らかだったけど、黒い壁に向けて放たれる砲撃はまだ止んでいなかった。
「……」
もう一度ズームアップ機能を使って見たジル様は、どこをどう見ても間違いなくジル様だった。
白い髪と青いスカートをたなびかせて、涼しい顔で数秒おきのレーザー照射を繰り返し、その度にこの一帯を鮮やかな紫色に染め上げていく。
右手には抜き身のスレイトアールセイバーが握られていて、その刀身もレーザーと同じ赤紫色の光を帯びていた。
「(……あぁ、あ、くっそ)」「(そうだよな、そりゃそうだ……)」
何の気なしに視線を這わせたジル様の御御足は、空色のレギンスに包まれていた。
膝上丈のスカートの中も完全に見えていたけど、そこも空色一色だった。
「(……いや、いやいや。逆に嫌だわ、生パン丸出しのわかめちゃん状態だったら)」「(すごくがっかりする、ジル様がそこ気を使えない人だったら)」「(一時は興奮するけど、崇拝する気持ちは確実に何段階か冷めるわ……)」
……
……
……え?
「(どういうこと……?)」
煌アイを使ってどれだけ事細かに状況を確認しても、私は事態が呑み込めなかった。
「(ジル様が空に浮いていて……)」「(スーパーパワーでレーザー照射……)」「(何百台もある戦車を一人で相手取って、薙ぎ払ってる……)」「(……)」
もう何度も目で見て確認した、その目の前の光景は一向に私の中に滲み込んでこなかった。
「(……)」「(え、スーパーマンなの?ジル様……)」
気が付けば思いの外近くにいた煌さんが目の前の状況を何とか咀嚼しようと苦労する私の横に立ち、両手を腰に当てて空を見上げ、
「まぁー胸糞の悪い……」
と、忌々しげに呟いた。
【登場人物・用語】
白河ゆづ…………戦場で仲間が死ぬ恐怖を体験した人。初陣だと言っているがこの半年で戦闘任務は何度もこなしていて、でも身内がこれほど傷付けられたのは今回が初めて。初陣なのに楽しさしか感じない、と言っているがその理由はこれが初陣ではないからで、半年前に第三皇室メンバーと共に迎えた初陣では顔面蒼白で震え上がっていた。煌アイによってブーストされた銃の腕がいよいよ物凄いが、視覚ブーストを受けても撃つのは結局その人なので他の誰かが同じコンボを用いても同じ結果は出ない。
ジル・スレイトアール…………ドの付く超人だった人。今回見せた〝赤紫色のレーザー〟以外にもいくつかの能力を持ち合わせていて、場合により空を飛びながら一国の軍事力を単身でねじ伏せる。空を飛んでいていい的にもなっている以上機関銃などによる狙撃も既に受けているが、何のダメージも通っていない。ちなみにジルはゆづやアニカ、煌達が着ているフィジカル強化用のバトルスーツの類は着用していない。ジルはスレイトアール王国の第三皇子に当たる貴人かつ有名人だが、〝スレイトアールの皇子達を相手取ることは極力避けるべきで、中でも第四皇子以上とは何があっても絶対にはち合わせてはいけない〟というのは近隣諸国の間では有名な話。国の広報活動なども担当していて殊更顔の知られていたジルの登場に、〝今スレイトアール国内に皇子達はいない〟という前情報を頼りに侵攻してきていた敵国兵士達は絶望し、泣きながら戦車による首都衛壁への砲撃を続けている。
〝赤紫色のレーザー〟…………正式名称は〝排滅怪光〟。現時点でのジルのEX必殺技。触れた物を分子→原子の順に結合破壊してその全てをこの世から消し去る〝排滅力場〟を光線状にして放つ禁忌の技。異なる性質を持つ二つの力場球をぶつけ合い混ぜ合わせることで赤紫色の排滅力場球が完成し、これにジルが手をかざすことで排滅怪光が照射される。排滅力場球を生成してからレーザー照射によりそれを全て使い切るまでの間のみ、ジルは自由に空を飛ぶことができる。排滅怪光により薙ぎ払われた戦車から火の手が上がっているが、これらはレーザーの熱により焼かれたのではなく、排滅怪光により消失させられた箇所から崩れた戦車が起こした二次火災。いの一番に最前列の戦車群を薙いでしまったことで煙と爆炎が視界を遮り、後列の戦車群が見えなくなってしまったことにジルは今結構焦っている。ゆづが見た二発目以降の排滅怪光は全部ジルの肌感を頼りに照射されているが、触れたもの全てを消し去るという危険極まりない性質を考えるとこれは絶対にやってはいけないこと。ジルはその日一発目の排滅怪光を照射する際、伏し目がちな表情を作って抑えた声で「排滅怪光…」と呟くことを決して欠かさない。
アニカ・サンドルート…………思いの外強かった初見の敵により一撃で危篤状態に追い込まれた人。体中を骨折し内臓も損傷していて、このまま放っておくと数時間後には本当に死ぬ重篤な状態。今まで自作のバトルコルセットにより発揮される怪力に任せて槍を振るうことでどんな敵も倒してきたが、今回対峙した相手にはそれが全く通用しなかった。戦車の大群を見つけた際街の中央で事後処理に当たっていたジルにスマホで「多分対処可能だから来るのゆっくりでいいよ」とDMを送っているが、「緊急事態だから急いで来て」と送っていた場合赤い巨人と対峙していたのはジルで、その場合アニカはこの怪我を負わずに済んだ。ゆづや煌は白騎士達に対してその弱点部分を的確に突く形で対処しているが、アニカはどこでもいいから槍の柄でとにかくド突いて行動不能に追い込んでから槍の穂先で弱点を切り裂いていた。
絶天煌…………陣形を組んで地道に戦場を押し上げるも赤い巨人の登場によりその全てを台無しにされた人。操作が難しく普通なら片目で手一杯の煌アイを両目に装着していて、それにより360度近くに広がった視野を基に部下に的確な指示を下していく。指示や通信の類はいつも首に装着したチョーカー型のガジェットを通じて行っている。ゆづの射撃の腕と戦場での物怖じしない態度を見て〝ちょっと可愛くて賢そうな子だな〟程度だった認識が畏敬の念に変わり始めている。ジルを憎々しげに罵っているが、その言葉と態度以上に煌はジルを心の底から憎んでいる。
煌の剣…………複数のブレードを鉄線軸で繋いだ〝吠えろザビマルみたいな剣〟。正式名称は〝S.L.Y.Blade Ⅳ型〟で、もちろん煌自身による製作物。仕組みは〝吠えろザビマル〟と同じだが銀の鎧を着たお嬢様が持っても馴染む上品なデザインで、棘々もしていなければハリセン型でもない。両目に装着した煌アイで視界を360度近くまで広げ、その中に踏み入った対象をこの伸縮自在の剣で切り刻むのが煌の戦闘スタイルだが、煌の場合本当に恐ろしいのは高性能過ぎるバトルコルセットにより実現される超・重機並の出力を用いての殴る&蹴る。S.L.Y.Blade Ⅳ型はスレイトアール国内で採れる世界最硬の金属〝九慈メタル〟によりそのほとんどが作られているが、それは煌やその配下の部隊員達の兵装&武器に関しても同じ。九慈メタルはその使用権利をほぼ独占している煌.corpであれば大体金と同価値(1kg2500万程度)で購入できるが、それ以外の人&団体だとその10倍積んでもまず手に入らない。九慈メタルで作った刃物は白騎士の装甲ぐらいならいとも簡単に切り裂くが、煌がその弱点である関節部分をわざわざ狙っていたのは武器の消耗を防ぐため。戦闘員でありながら武器の製造・調整人でもある煌は常に武器・兵装の無用な消耗を良しとしない。このS.L.Y.Blade Ⅳ型や〝吠えろザビマル〟みたいな内部に組み込んだ鉄線により刀身が伸びる仕組みを持つ刀剣は総じて蛇腹剣と呼ばれる。
京家M.E.K.A.舞子…………射撃の腕も煌アイの使いこなしも並の人。赤い巨人と戦い始めてから先刻の小競り合いで義手の大技を消費してしまったことをガチの本気のマジで後悔し始めていて、義手を引き千切られた際も〝要らんわいそんなゴミ〟と毒づいている。この後煌に二回以上大技を使っても壊れない義手の製造を打診して〝あなたが気を付ければ済む話でしょうがよ〟と言って怒られるが、それに対して〝いやでもあの赤いやつも大技があれば一発で倒せたわけじゃないですか〟と返して〝だからてめえが使用を控えてたらあんな被害も出なかったんだろうがよ〟といよいよ本気で怒られる。M.E.K.A.舞子の義手にはここに来る前の小競り合いで使った〝触手モード〟の他に超高出力の量子砲を一発だけ放つ〝大砲モード〟があるが、それを受けていた場合赤い巨人はその場で戦闘不能に陥っていた。
〝赤い巨人〟…………白い歩兵とは明らかに異質な存在。体長3m45cmで甲冑を着込んでいるような物々しい見た目をしていて、バトルスーツを着用したアニカを一撃で戦闘不能に陥れる怪力を持つ。少なくとも左腕を巨大なチェーンソウに変える能力だけは今回確認できた。某国固有の特殊歩兵集団〝騎士シリーズ〟は白騎士の他にも何種類か存在していて既に確認されているが、今回お目見えしたこの個体は誰もがこの場で初めて目にしている。赤い見た目から〝赤騎士〟と呼んでしまいそうだが某国産の赤騎士は既に確認されていて、その主たる能力は高過ぎる耐火性能を主とした〝頑強〟。最低でも1200度の高温に耐え、爆弾や火炎放射器を主武器として市街戦で猛威を振るう。基本集団で戦場に投下されるが白騎士達よりは数が少ない。
〝黒騎士〟…………その名の通り黒い甲冑を着込んだ某国産の特殊歩兵。骸骨モチーフの棘々とした物々しい甲冑に身を包んでいて腰には黒い長剣を差し、裏地が赤い黒のマントを羽織っている。額の中央に短いものが一本、左右からは長く湾曲しているものが二本の計三本の角が生えた黒い兜の目は赤く光り、銀の長髪が両肩にかかる形で伸びている。今まで確認されていた騎士シリーズの中で最も個体数が少なく、今回の大規模侵攻までは最強の〝騎士シリーズ〟と認識されていたが、その強さは大体〝煌の配下10人分ぐらい〟。つまり煌が一度指揮を振ればたちまち対処が可能な相手で、所詮その程度か悪くてもそれよりちょっと強いぐらいであろう一歩兵のためにせっかく広げた陣形は崩せない、という判断を煌は下した。ちなみに煌とアニカは単身で黒騎士を倒した経験があり、互いにその事実を知っている。戦場に現れる時は常に金属製の卵型ポッドに乗って撃ち出される形でやってくる。今まで何度も倒され甲冑を開けて中身を確認されているが、その度謎の黒い霧が立ち昇るだけで中はもぬけの殻。兜を最初に剥がした女性兵士がそれと同時にバサバサと床に落ちた長い銀髪を見て〝きゃあ〟と悲鳴を上げたという。生まれることすら許されなかった何者かの怨念を中に詰めて動力にしているのではないか、という出自・真偽ともに不明の噂がまことしやかに囁かれている。
三枝零足彼別奴…………父から念のために良い銃を持たされていた人。そのエピソードからも察せられる通り三枝の実家は過保護寄りの愛情深い家で、また三枝財閥の名で知れた結構な名家でもある。過保護で名家でもあるならそこの令嬢の三枝が何で銀の竜鱗みたいな戦闘部隊に、という話だが他国との小競合いの絶えないこの国で最も確実に我が子を守る方法は絶天煌に預けることだ、というのは上流階級の間では最早有名な話。体力に自信のある名家の御令嬢は一度は銀の竜鱗の採用テストを受ける流れが出来上がっていて、そういうわけで同部隊にはお嬢様育ちの良いとこの子が結構多い。我が子を採用された名家の親は当然の流れとして煌の会社に大枚を投資するわけだが、戦績が悪かったり隊規を乱した場合はいくら親の金払いが良くても問答無用で除隊処分を受けてしまう。煌が銀の竜鱗を伴い赤い巨人に突撃した際三枝は独断でアニカを救出するファインプレーを見せたようだが、これは突撃する際密かに煌が出していた指示に従ったまでのこと。小さな体で白騎士達を次々と倒すゆづの雄姿に見惚れていたが、アニカに寄り添う慈愛に満ちた態度を見て〝聖母のような人〟という認識も持ち、いよいよ本格的な崇拝の念を育て始める。武器を隊舎に忘れてきたことを煌に怒られているが、三枝の主武器は柄が150cm以上ある巨大な九慈メタル製のハンマー。
濁時計…………スレイトアール王国の軍部・治安維持部隊の公用に指定されていて一般にも広く普及している非常に凡例的な拳銃。細くシャープな造りで軽くて取り回しがし易く、あらゆる環境要因に強くて故障とも無縁、反動が小さくて集弾率も高くおまけに安い、ということで言うこと無しの名銃。三枝が持って来たのはつい先頃発売された濁時計17のGeneration6その特別仕様版、M.E.K.A.舞子が持っている治安維持部隊支給の黒いモデルは濁時計17のGeneration3、ゆづがアニカから譲り受けたのは濁時計シリーズに見せかけて作られた粗悪な模造品。アニカもこの品を他の誰かから譲り受けているが、その人物がそれをいかがわしい店から安値で購入した張本人。




