《ゆづ、異界に立つ》15/20 ゆづ、先輩の悪口を言う
もういい、もう黙れ。茶番はやめだ。知恵比べを楽しむにも、お前ではレベルが低すぎる。─────『転生したらスライムだった件』
街を囲む壁の高さは、やっぱりタワマンを優に超えていた。
遠目からだと黒い大理石のように見える、硬そうな材質で作られた高さ100mはあろうかという壁が、街全体を囲う形でずっと向こうまで続いていた。数百mか、あるいはもしかすると1kmぐらいあるかも知れない遠方の壁に、ゴジラが通るんじゃないかと思うような巨大な観音開きの扉が埋め込まれている。
「(…………)」「(…………)」「(…………)」「(…………)」
アニカさんの研究所からここまでは全面石畳で、その上に石壁に赤い屋根が乗ったような家屋がずらっと並んだ中世ヨーロッパ風………つまりファンタジー調の街並みだったので、その風景の向こうに突然ぬっと現れたあの壁は完全な異物だった。ここに来るまでの間ずっと背面方向に見えていた城も見たところあの壁と同じ材質で作られているようで、古き良き街並みの中で重要な建物だけを優先的にあの(見るからに頑丈そうな)素材で作り直している経緯があるのかも知れない。
「(…………)」「(…………)」「(…………)」「(…………)」
アニカさんは検問所の兵士に状況を聞いていた。壁の切れ目と切れ目の間数百メートルのスペースに作られた、車や人を行き来させる目的で設けられた検問所………そこに詰めていた兵士に。検問所の兵士が着ている制服は今街を侵攻している兵士達のものと違い、青や水色が基調の比較的爽やかなデザインのものだった。
「(…………)」「(昨日ジル様が着てた服に似てる………)」
と思った。軍服をカジュアルにリメイクしたようなデザインだった、あの礼服に。
「(…………)」「(…………)」「(ジル様、今何されてるんだろう………)」
昨日の夜眠りに落ちる時点でこの夢の世界とのお別れは一度覚悟していたけど、それでも余剰でこんなにも長く続くのならジル様にはもう一度お会いしておきたかった。
「(…………)」「(可愛かったなぁ………身長が高くて、手足が長くて)」「(嫉妬深くて………)」「(生足丸出しで、スキンシップ多めな)」「(ジル様………)」
横で一緒にアニカさんを待っていたどすえちゃん先輩が、腕を組んで往来をきょろきょろと見回している。
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「どうしたんですか?」
「…………」「うん、いや」「ちょっと遅いなぁと思って」「…………」
「………あー、」「お仲間の方?」
「うん………」
私達はアニカさんの研究所にいた時に今この目の前にある検問所からの要請を受けて、この場に急行していた。何でも〝西の検問所〟らしいこの場所で何やら不審な出来事が起きているらしいから近くにいる王族側の人員はそちらに向かって欲しい、という通信が入ったそうで………どすえちゃん先輩のお仲間の方々もここに向かっている、という話はここへの道中で既に聞かされていた。
ひとしきり周りを見回し終えたどすえちゃん先輩がおもむろに、義手じゃない方の手で私の左手をとった。
「…………」「………え?笑」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「………えへ////」
「………なんで、」
「………え、」「うん………?」
「なんであたしと色々あったら、第三皇室壊れんの?」
「…………」「…………」「………?」
「言ってたやん?さっき」「アニカが」
「…………」「…………」「…………」「…………」
第三オウシツ、というのはよく分からないけど、どすえちゃん先輩を発端としてめちゃめちゃになった話だから多分………
「ジル様が、あのー、」「…………」
「………?」「うん」
「やきもちを、焼いてしまうから………笑」
「…………」「んっ?」
「わたくしが他所の女性とそういうことをすると、キレるんです」
「うん………?」「皇女が?」
「そう………笑」
「あー………」「付き合うてんのか、第三皇子と」
「うん………」「………えっ?」
「第三皇子とよ」「第三皇子と」
「…………」「えっ?」「第二………」
「…………」「んっ?」
「第二皇女、じゃないんですかジル様は」
「………え、まあ」「まあそう、そうやね」
「…………」「………えっ?」
「…………」「…………」「ん?」
「な、何なんですか?その、第三皇子とか、サードとかいうのは」
「…………」「…………」「えぇ?」
「………?」「え………?」
「…………」「…………」「…………」「………あ、」
〝記憶喪失ってこういう………〟と独り言を言ってからどすえちゃん先輩はその言葉の意味について教えてくれた。
「………ジル・スレイトアールの上には二人の皇子がいんのよ」
「…………」「はぁ、」
「いんねん」「な?」
「………え、一人じゃなくて………?」
「うん、二人。だから第三皇子で通称〝サード〟」
「………へぇ、」
「で、二人のうち一人が女性やから〝第二皇女〟やねん」
「…………」「あー、〝皇子〟としては三人目だけど〝皇女〟としては二人目だから………」
「第二皇女」
「なぁるほど………」
「ちなみに第一皇女………第二皇子やけど、うちのボスな」
「………ははぁ、」「…………」
「あたしとか、治安維持部隊の」「一部は第二皇室の直轄やから、治安維持部隊は」
「…………」「…………」
「………覚えてない?やっぱそういうのも」
「…………」「はい………」
「…………」「…………」「重傷やな………」
ちょっと前に研究所で名前を聞いたことと、昨晩創国祭会場で(モニター越しに)お姿をお見掛けしたことの掛け合わせで私はピンときた。
「…………」「………当てましょうか?」
「?」「うん」
「その………第一皇女にして第二………皇子?」「であらせられるどすえちゃん先輩のボス………」
「………?」「うん………」
「絶天煌さんじゃないですか?」
「…………」「………えっ?」
「絶対そう。」「さっきどすえちゃん先輩の粗相を言い付けるって文脈で名前が出ましたし。昨日、なんとわたくし………」
「…………」「…………」
「見かけてしまいましたから。会場で、煌さんを」「あの………なんか鞭みたいなやつをマネキンにブチ当てる映像」
「…………」「…………」「あぁ………あれな?」
「そう!」「だから絶対にそう」
「…………」「…………」
「でしょう?」
兵士に話を聞き終えたアニカさんが、小走りでこちらに戻って来た。
「お待たせ!」
「…………」「…………」「…………」「まった……?」
「えーっとね………」「…………んっ?」
「…………」「………いえ、なんでも」
「あそう?」「あのね、」
「うん?」
「あそこの………」
と言ってアニカさんが指差したのは、検問所の兵士が詰めている建物のはるか向こう、壁の外数百メートルの方向だった。
「…………」「………うん?」
「あそこの入り口付近の金網がね、急に潰れたんだって」
「…………」「んっ?」
「…………」「えっ?」
「あっちの………順路の初めのエントランスのとこの金網が」
「…………」「…………」
「…………」「…………」
確かに、検問所の外にはそこに至るまでの道を仕切っている〝金網の迷路〟とでも言うべきエリアが広がっていた。簡単に入って来られないように、あるいは出て行けないように歩行者をわざと遠回りさせる意図を以て作られたような込み入った迷路で、それが検問所から少し離れたここからでは霞んで見えないぐらいずっと遠くまで続いている。
「…………」「………お前さ、今あれ着けてるだろ?」
と言ってアニカさんがどすえちゃん先輩に向かってご自身の目を指差した。
「………うん、着けてる」
「じゃあさ、この方向をそれで見てよ」
アニカさんが指差す方向をどすえちゃん先輩が、右手の指先を右のこめかみに当てて凝視する。
「…………」「…………」「いやそんな………見えます?この距離で………」
「…………」「見える?」
「………うーん、」
「…………」「…………」「………?」
私もどすえちゃん先輩に倣って同じ方向を見てみたけど、やっぱりとても見えそうになかった。街の外の森林がちな、のどかな風景がただざっくりと目に入るだけだった。
「…………」「…………」「あー!」
「………見えた?」
「………うん、見えた」「エントランスんとこや………」
「………えぇ?」
「うん、そうそう………」
「…………」「………結構酷いで?あれ」
「だろ………?」
「………??」
〝岩が降ってきたみたいや〟とどすえちゃん先輩は言った。上から見えない岩が落ちて来てぐしゃりと潰れたような、そんなレベルで〝金網の迷路〟の入り口付近が酷く押し潰されている、と………
「いきなりああなったらしいよ?」
「へえ………?」
「詰所でのどかに過ごしてたらべきべき音がして、監視カメラで確認したらああなってたって………」
「うん………」
「で、その直後に警報が鳴ったらしい」
「〝敵襲〟の?」
「そう」
「………ふぅん、」
と言いながら右手を下ろしたどすえちゃん先輩の右目が、真っ黒に染まっていた。
「…………!」「…………!!?」
「………まあ、見に行ってこいってことか、要は」
「まあー、そうだな」
「ふぅん………」
「ちょっと!」
「一旦シルバースケールが来るのを待って………」「?」「どした?ゆづ」
「目!目が!」
「………?」
「どすえちゃん先輩の、目が………」
「…………」「…………」
「…………」「…………」
下手に動いて症状が悪化しないようにと体に手を添える私を余所にどすえちゃん先輩はアニカさんに
「………知らんの?これ」
と今とんでもないことになっている右目を指差して言った。
「…………」「いや知ってる………勉強熱心だから、こいつ」
「…………」「あそう………」
「け、検問所の中に医務室とか!ないんですか」
「…………」「…………」
「…………」「…………」
「ありますよね!?多分」
どすえちゃん先輩の右目は見れば見る程えげつなかった。
全体が墨をこぼしたように真っ黒に塗り潰されていて瞳の輪郭だけが白いラインで浮かび上がり、その中心がざわざわと小さく、白い光を湧き水のように吐いていた。
「(ひぃぃ酷いよこりゃ………良くても失明は免れない、)」「(…………)」「(…………)」「(…………いや、待てよ)」
〝サイボーグだから何かあるのか?〟と思った。スカウターみたいに目で見た対象を事細かに分析する機能が、右目に搭載されているのか………
「…………」「…………」
「…………」「…………」「やばいな?ほんま」
「………だろ?」
「うん………」「さっき」
と言うどすえちゃん先輩の右目の禍々しい黒味が、外側から順にすっと引いていった。
「(…………)」「(………あぁ、戻った……)」
「煌ちゃんが第二皇子や言うたで」
「…………」「………えぇ?」「絶天煌?」
「うん………」「〝当てましょうか?〟言うて………」「〝当てましょうか?〟て………」
「うん」
「答え全員知ってるやん、この国の人間やったら………」
「………うん、だな………」
「(…………)」「(…………)」「(やっぱサイボーグの装備の一環なんだ………)」
「…………」「………ゆづ?」
「………え、」「はい………?」
「この国の名前って言えるか?」
「…………」「えっ?」
「この国の名前」「今いるこの国の名前だよ」
「…………」「…………」「え、」
………ジル様が皇女をやっている国なんだからそれはもちろん、
「スレイトアール王国………?」
「あぁ………」
「…………」「…………」「部分的にはあるんや?記憶」
「………うん、人はかなり。あたしらのことも当然知ってるし………」
「ふぅん………」「………まあそれでも、」
元の綺麗な状態に戻った目で私の顔を覗き込み、右手でさらさらと髪を撫でる。
「あんまり人前で色々話さん方がいいかも知れんなぁ」
「………うん」「まあ、変な人と思われちゃうわな」
「特に煌ちゃんが皇女や言うんは………」
「うん………生中にありそうな話なだけに笑」
「うん。有名やしな?」
〝なりたいだろうな?絶天、皇女に笑〟〝いや絶対なりたいやろ、権力欲の塊やし、〟と言ってお二人は笑った。
「(………)」「(じゃあ違うんだ、煌さん………)」
結構いい線いってるだろ、と思っていた煌先輩はどうやら皇女ではないようだった。
「(………似合うけどなぁ煌さん、皇女とか)」「(もう正に、それ用のキャラって感じ………)」
自分の潜在意識がこの流れで煌先輩を外した上で誰を皇女にあてがったのか気になった私は、お二人に尋ねてみることにした。
「じゃあ誰なんですか?その、第二皇子っていうのは」
「絶対めちゃめちゃ極端な国になんで………」「えっ?」
「…………」「…………」
「煌さん以外の誰が………どんな人が第二皇子をやってらっしゃるんですか?」
「…………」「…………」
「…………」「…………」
「獅音さんの名前も出ましたけど、まさか獅音さんではないでしょう?」
「…………」「…………」
「…………」「…………」
「皇女って柄じゃないし、国がめちゃくちゃになっちゃうじゃないですか、獅音さんが皇女とかだと」
「…………」「………ふっ笑」
「…………」「…………」
「世紀末みたいな国になっちゃう………」「多分警察機構………その、」「治安維持部隊、というやつのお偉いさんでしょう?獅音さんは」
「…………」「…………」
「…………」「…………」
私の肩を優しく抱き、あやすようにぽんぽん、と頭を叩いてどすえちゃん先輩は
「…………」「………ほんまにあんま、喋らん方がええな」
と言った。
「………うん、あたしも今、ちょっとさすがにゾッとしたわ」
「…………」「………?」
「下手したら首飛ぶで、こんなもん」
「いやマジでそれな」
「…………」「…………」「………?」
質問の答えが結構本気で気になっていた私はなおも食い下がった。
「………お、教えてくださいよ」「煌さんじゃなかったら誰なんですか?第二………」
「まぁーなんですの?人の噂話なんてして」
という甘い声が、往来ではなく後ろの路地方向で響いた。
「………!!」「…………」「…………」
振り向かなくても、それが誰かは分かっていた。
【登場人物・用語】
白河ゆづ…………分からない問題にも果敢に答えていく人。知能が高いので洞察力はある方だが正答率は決して高くない。〝第一皇女の正体〟とか〝目が大変!〟とか色々言っているが今回的を得ていたのは〝首都スレイトアールは重要な建造物から順に作り直しの最中〟という一点のみ。長年探し求めていたレア鉱石を大量発掘することに成功したスレイトアールは、今それを用いて重要な建物から順に改築を進めている。M.E.K.A.舞子とはすっかりそういう雰囲気だがもちろん本命はジル・スレイトアール。
アニカ・サンドルート…………最早ゆづのヘルパーさんのようになっている人。好奇心旺盛で人好きなゆづがとっちらかったことを人前で言わないかを常に警戒している。〝ゾッとした〟と言っているが、その理由はもちろん〝ゆづが獅音さんを腐す発言をしたから〟。スレイトアール王国における兵器開発の第一人者でもあるアニカは鉱物学の博士号も持っていて前出のレア鉱石についても詳しく、街を囲う壁や城の建設において一部監修を務めている。
京家M.E.K.A.舞子…………ゆづとすっかりいい雰囲気の人。ここまでの道すがらゆづについてアニカから〝記憶喪失っぽい〟と聞かされてそのおかしさの本質を理解し始めたところ。重ね重ね、体の中で改造しているのは左腕のみ。
絶天煌…………第二皇子でも第一皇女でもない人。高貴なキャラ付けなので〝ぽい〟というのは分からないでもない。ゆづが元いた世界ではゆづの一年半先輩に当たるまぼスタライバー。糖度高めの甘々ボイスが絶品で、それと度の強いお嬢様口調の掛け合わせのお陰で声を聞いただけで誰だかすぐに分かる。
獅音静流…………ゆづによれば〝国政を任すと大変なことになる〟人。謎の暴力欲求を散発させる恐ろしい人なので一理あるものの〝世紀末みたいになる〟は言い過ぎ。ゆづの元いた世界ではゆづの六年程先輩に当たる大ベテランのまぼスタライバー。まぼスタの中でも恐れられているが気心の知れた面子しかいない場だと大人しくなり、振る舞いが穏やかになる。
ジル・スレイトアール…………ゆづが他所の女性とちょめちょめするとブチ切れる人。ゆづが自分の脚周りにフェチズムを感じていると知ってからその部位を露出する度合がちょっとだけ増えた。現在首都スレイトアールの中央部で敵軍制圧の総仕上げに入っていて、遅れて参戦しながら最も多くの戦功を上げようとしているところ。今日はとある理由からレギンスを着用していて、生足は出していない。
街を囲う黒い壁…………遠目に見ると〝黒い大理石〟に見える素材で首都スレイトアールの城下街をぐるっと一周取り囲む〝黒い壁〟。正式名称は〝首都衛壁〟。全長は120~130km、高さは131mで所々に高さ100mの観音開きの〝扉〟が設置されている。〝黒い大理石〟に見える素材の正体は〝忌雷石〟という名のレアメタルで、その名の通り電流を一切通さない完全な絶縁体。今街を襲っている〝敵襲〟のようなケースを警戒して設置された物だが、今回に限ってはどういうわけか多数の兵士・戦車の突破を許してしまった。〝首都衛壁〟とその間に設置された各検問所が兵士や戦車の突破を許してしまった、という報告はまだ上がってきていない。首都スレイトアールは首都なだけあって物価も家賃もお高めだが、〝首都衛壁〟のすぐ傍は日当たりが悪く、立地が悪い判定になっていて家賃が安め。
並立皇制…………次期国王を決定するまで各皇子が統括する〝皇室〟を複数並立させ、それぞれに国政を分割して担わせる制度。最も多くの功績を上げ最も多くの信任を勝ち取った皇室がそのまま次の王政を担う政治機関に繰り上げされる流れだが、その際他の皇室は解体され、生き残っている皇子は般化(=一般人化)される。現在皇室は八つあるが、ほぼ機能していないものや実質解体状態にあるものもある。
M.E.K.A.舞子の黒い右目…………M.E.K.A.舞子のサイボーグ機能の一つ………ではなく、AbsoluteFocusという名のコンタクトレンズ型の視覚補助器具。超視力により対象の動きを体感スローモーションに捉えることができ、装着者の戦闘能力を大幅に向上させることができる。アニカの研究所での戦いでM.E.K.A.舞子が兵士達の放つ銃弾全てを弾き落とすことができたのもこれのお陰。光彩の収縮や眼球の裏にある筋肉の膨張に反応して起動するが、その際ゆづがドン引きした色に変化する。兵器開発企業「煌.corp」製で、その総取締役絶天煌の発明。




