《ゆづ、異界に立つ》13/20 ゆづ、鎖を千切る
強者に従うのは弱者の生存本能のようなものかもしれないね─────『オーバーロード』
「ああ!光学顕微鏡が!」「サンプル貯蔵庫が!」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「電磁分解装置が!」「濾過槽が!」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「ハイグラデ幾何学大モニターがぁ!!!」
と追加で叫んだアニカさんの視線の先は私の頭方向のずっと先の壁で、そこには大学の大講義室の黒板ぐらいのサイズの横長大モニターがあった。
そのど真ん中にどすえちゃん先輩がさっき弾いた戦車の砲弾が深々と突き刺さっていて、周囲に虹色の渦巻きを描いていた。
「…………」「………何して、」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「………いやいや、」
「何してくれてんだお前ぇ!」
「いやいやいや、」「戦車や」「戦車の砲弾や、あれは」「あたしの兵装違う」
「…………」「お前なぁ、」「お前なぁお前なぁお前なぁ、」「お前なぁ………!!!」
と言いながらアニカさんが左手を今この部屋に入って来るのに通った大破した壁の方………つまり、壊れた戦車と倒れた兵士達がいる方にかざすと、その手の甲の辺りが真っ黒な光を放つのが見えた。
「…………」「…………」「………!?」
続いて早贄のようになっていた指示役の兵士を地面に固定していた槍が飴細工のように崩れ、ぐったりと脱力していた指示役の兵士が地面にぐしゃり、と崩れ落ちた。
その体を押しのけて黒々とした槍の破片が宙に舞い、強風に吹かれる木の葉の一団のようにアニカさんを目指して空中を前進した。
「(…………)」「(な、なん………)」「(何なん………)」「(何なんですか、あれ………)」
黒くてギザギザとした破片の一団は、アニカさんの手に収まる頃にはまた元の槍に戻っていた。アニカさんが一瞥もくれないままかざした左手でそれを受け取るとともにゴン、という、校庭にある鉄棒やなんかの鉄の遊具を蹴った時と同じような音が響いた。
「物理の話をしてやろうか!?」「なぁ!?」「物理の話をしてやろうかァ!?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「あの砲弾はあそこに突き刺さっていますぅ!」「あのハイグラデ幾何学大モニターの」「ど真ん中に!」
「…………」「…………」「…………」「…………」
どすえちゃん先輩は元の形状に戻っていた義手の方の着物の袖から古い日本式の煙草………煙管を取り出して義手の指をバチバチ、と鳴らし、火を付けて口にくわえた。
「2000万弱したやつですぅ!」「本当は無くても良かったんだけど、研究員との情報共有及びお役人や企業のお偉方へのプレゼンの質の向上のためにね!」「付けたんですよ!奮発して!」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「戦車の主砲は大体秒速1000~2000kmで飛びますぅ!」「あの機体は………」「あの機体はぁ………!」
さっき自分が降ってきて踏み潰したままひしゃげている戦車を身を屈めて眺める。
「〝Dawn of Dawn Slave〟の後期型だから!大体秒速1500kmぐらいで飛びますぅ!」「それがあの薄々で軟々のハイグラデ幾何学大モニターに突き刺さって止まること、ないんですよ!」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「お前が一回受け止めて勢いを殺した上であそこにブチ込んだんだよなぁ!?」「なぁ!?」
「…………」「…………」「…………」「………ウッウン、」
「それを証明するようにィ~!!」
と言いながらつかつかとさっきどすえちゃん先輩が砲弾を受け止めた位置まで歩き、手に持っていた槍の尻で地面にガリガリガリと円を描きながら、
「ここ!」「ここ!」「ここ!」「こォこォ~!」
と吠えた。
「ここんとこ!」「爆心地みたいになっていますゥ!」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「室内はまばらかつアトランダムに荒らされているのに、こ・こ・だ・け!」「ここだけ!」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「中心に立っていた何かにケツを向けるようにして!」「物が散乱していますゥ!」
「…………」「…………」「…………」「…………」
確かに、アニカさんが今立って槍でガンガンと叩いている場所は、そんな論理立てて説明する必要もない程に明らかな〝爆心地〟だった。そこを中心とした半径数mにあった机・実験器具の類・瓦礫等のありとあらゆるが放射状に吹っ飛んで折り重なり、煤により描かれた無数の黒い〝集中線〟もその全てが〝爆心地〟の中心を指していた。
「そしてェ!まずはこことォ!」
と言いながらごん、と床を槍で叩いたアニカさんの右手の甲が、今度は赤色の光を放った。バチ、バチチ、というスパーク音につられて目をやると、さっき空中で砲弾を受け止めたままの位置で止まっていた赤い煙がずずず、とアニカさんに向けて接近していった。
「(………!?)」「(あぁ………)」「(あ、)」
地面すれすれの高度まで下りてアニカさんの足元まで来た赤い煙の上に、アニカさんはスケボにでも乗るかのようにすい、と両足を置いた。
「あの戦車の位置をォ………!」
と言いながら〝爆心地〟の中心に槍の穂先をずん、と突き立て、戦車に向けて自走する赤い煙に乗ったままゴリゴリゴリ、と地面を裂いていく。
「(………あぁ)」「(あぁあぁ、)」「(………あぁ、)」「(………何。何してんの、あれ………)」
情報量が多過ぎた。
アニカさんは信じられないバカ力でどう見ても2m何十cmかはある黒い鉄の槍を地面に突き刺し、赤い煙を筋斗雲のように乗りこなしながら戦車に向かって地面に裂け目を作っていた。
黒々とした裂け目が〝爆心地〟と戦車との間を繋いでいく。
「(いや、)」「(人間ちゃう………)」「(人間ちゃいますやん、)」「(あんなもん………)」
「繋ぎますゥ!このようにィ!」「そしてぇ………!」
と言いながら〝赤い筋斗雲〟に乗って〝爆心地〟に戻り、その中心にもう一度槍を突き立て、今度は
「次にあの砲弾をぉ………!」
と言いながらモニターに突き刺さった砲弾の方へまた〝赤い筋斗雲〟を乗りこなしながら黒々とした裂け目を作っていった。今しがた大破していたことにショックを受けていた研究所の白い床がゴリゴリと音を立てて裂かれていく。
到着するや〝赤い筋斗雲〟に乗ったまま爆速で戻って
「はいこれで!アナログ時計の〝19時〟みたいな形が出来上がりましたね!?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「〝7時〟かな!?」「どっちでもいいわ!ボケ!」
「…………」「…………」「…………」「…………」
戦車→爆心地→モニターに刺さった砲弾の三点を結んだくの字型の線は、確かにアナログ時計の〝7時〟を指す二つの針の形に似ていた。
「で、この折れ曲がった部分の内側を………」
と言いながら槍の尻で床をごりごりと擦り、〝くの字〟の内側に扇形を描いていく。
「等分しますぅ………」
と言いながら扇形の丁度真ん中に真っ直ぐな縦線を入れ、ツーピースのピザが隣り合っているような形を作り、戦車側の〝ピザ〟をがん、と叩いて
「これ入射角!」
砲弾側の〝ピザ〟をがん、と叩いて
「これ反射角!」
と言った後追加でさらに
「これ入射角!」
「これ反射角!」
「これ入射角!」
「これ反射角!」
と床をがんがんいわせながら同じ言葉を2セットずつ唱え、
〝今でしょ〟の手の形とジェスチャーで
「同じなんですゥ~!!」
と嘶いた。
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
表情もそっくりだった。
「入射角と反射角が全く同じ大きさということはこォこォにィ~!」
と言いながら〝爆心地〟の中心を槍でごん、と叩く。
「固い何かが立っていて砲弾を弾き、大モニターにブッ込んだということになるんですゥ~!」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「お前しかいませェん!」「この場に!この部屋の中に!」「秒速1500kmで飛ぶ鉄の塊を弾き返せる程、固い物ォ!」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「ゆづには出来ませぇん!」「寝ているからぁ~!」
「…………」「…………」「…………」「…………」
私やさんかしこのお二方と喋っている時のお父さんみたいな口ぶりとあまりに違うオーバーで子供じみた態度と口ぶりを見るうち、私は〝この人多分、楽しんでるな〟と思い始めていた。腕を組んで大破した壁の外を見つめながら煙草をふかしているどすえちゃん先輩の周りを大きな身振りでぴょんぴょん跳ね回るその様は、休み時間に好きな女の子と絡めて嬉しい小学生男児そのままだった。
「責任とってもらうから」「弁償だからね?全額」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「第二皇室に言うから」「治安維持部隊の財務の窓口じゃなくて、第二皇室に直で言うから」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「あとさぁ、あれ」
と言って〝爆心地〟の真上の天井を指差す。
「あそこのあの穴。」「三つ程空いてるあの穴。」「銃弾の跡でしょ?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「お前だろ?あれも」「何かやったんだろ?あそこで」「いちびって」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「心証悪いよ~?ああいうのも」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「というわけで満額請求だから」「言うからね?全部、第二皇室に」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「あとやめてくださいね?煙草」「禁煙なんで、ここ」
「…………」「…………」「…………」「…………」
手首に内向きに着けた腕時計で時間を見る時と同じ形に義手を曲げ、もしそうだったなら盤面がある筈の辺りで煙管をコン、と叩いて灰を床に落としたどすえちゃん先輩は、
「…………」「………ほなうちも言わなあかん。」「第三皇室は薬中の子を新人に使てる、って………」
と言った。
「(…………)」「(………薬中、)」「(の子がいるの………?)」
「…………」「…………やめてくれ、それは」
「………なんで?」「一緒やんか、あんたと」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「必要なことは包み隠さず言わなあかん、第二皇室に」
「…………」「…………」「………やめてくれ」「検査するとこなんだ、これから」
「…………」「言うわ、今日中に」「静流さんに」
「(………!)」「(静流さん………)」
「やめてください」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「静流さんは、」「やめてください」
「…………」「なんで?」「あんたは誰に言うつもりやったん」
「…………」「…………」「………絶天に、」「…………」
「…………」「………ん?」
「…………」「…………」「煌コーポレーションの、」「絶天煌さんに」
「(………!!)」
「聞くわけないやろ、煌ちゃんが」「お前の言うこと」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「(…………)」「(いるんだ、煌さんも)」「(獅音先輩も)」「(この世界に………)」
ずっと遠くの方で、爆撃音はまだ聞こえ続けていた。
気のせいか、動物園で運が良ければ聞けるような獣のうなり声・吠え声がその中に時折混じっているような気がした。
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
小学生みたいな赤毛のでかい人が自分にまとわり付いてくる間も、どすえちゃん先輩はそれら物々しい音が聞こえてくる方向を、腕を組んでずっと見据えていた。
乱れた着物の合わせ目部分から、びっしりと描き込まれた入れ墨とそれを持ち上げるたっぷりとした丘陵が見え、さらにそれをぎちぎちに押さえつける銀色の晒のようなものが見えた。
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「………あの、」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「………うん、」「なんだ………?」
ガシャガシャ、と拘束されたままの腕を鳴らす。
「とって?」「これ、アニカさん………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「好きな子との痴話喧嘩もいいけど………」「まず、取ってください、これ………」
どすえちゃん先輩の傍にいたアニカさんはすたた、と足早に私の傍に歩み寄った。
「………うん、」「ゆづ。それもいいけど………」
「………?」「はい………」
「まずはこれだけ確認させてくれ」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「怪我は、ないか?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「どこか少しでも痛めたり、誰かに何か、されたりとか」
「うるっせーよ」
「してないか………?」
「黙れ」
もう我慢の限界だった。人をベッドに縛り付けておいて自分はどこかにそそくさと逃げて、事が終わってから現れてたまたまその場に好きな子がいたから舞い上がって楽しくお喋りして、その間もずっと私のことは放置して…………
自由過ぎるにも程がある。
「早く取れっつってんの、これ」「ねぇ」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「どこ行ってたの?さっき」「人のことベッドにくくり付けて自分だけどっか行って」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「自分だけ楽しくなってくっ喋ってんじゃねーよ」「ベースケな女とよ」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「早く取れよこれ、この………」
「…………」「………ゆづ、」
「あ?」「何?」「………もう嫌だこれ、早く………」
「…………」「………ゆづ、」
「…………」「何?なんですか」
アニカさんは右手人差し指を立てて私の唇に押し当て、
「…………」「………そんな口の利き方は」「めー、だぞ………?」
と言った。
「…………」「…………」「…………」「…………」
指に大きな指輪がいくつかはまっていて、顎にごつごつと当たって腹立たしかった。
「あとあそこにいるあいつは反社上がりのチンピラお巡りだから………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「好きにならない、誰も………あたしも。」「いない、地球上に。あんな汚れた女を好きになるやつ………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「………な?」
「…………」「………もう取って?これ」「早く」
「…………」「…………」「………うん、」
と言ってアニカさんは、ベッドに繋がれたままの私の左手を取って指を折り畳み、拳を作らせて左の腰骨付近に当てさせた。
「…………」「…………」「………?」
「…………」「…………」「………よし、と」
「…………」「?」「あの………」
「これでな?ゆづ………」
と言いながら軽く曲げた私の肘の内側に手を添え、拳を体側に向かってくいくい、と押した。
「………?」
「これでな?」「ふんーーー…………って、」
「…………」「………?」
「ふんーーー…………って、やってみ?」
「…………」「…………」「………?」
「…………」「………いいから、やってみ」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「ふんーーー…………って………」「ほら」
「…………」「…………」「…………」「…………」
驚いたことに、アニカさんは私の左手をベッドに繋ぎ止めている拘束具を自力で切らせるつもりのようだった。
「…………」「…………」「………いや、」「…………」
「やってみ?」「ふんーーー…………って、」
「…………」「…………」「………失くしたの?」
「ふんーーー…………って、」「………え?」
「鍵。」「失くしたんですか?」
「…………」「………え?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
絶対にその場に無い空気が流れた。
「…………」「…………」「………アニカさん?」
「…………」「…………」「………いや、いやいや」
「…………」「………ねえ?」
「…………」「…………」「………いや、」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「………無い、確かに」「ここには。」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「だって繰命だもん、鍵持ってたの」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「このベッドも繰命のだし、」「………な」
と言って結構分厚くて弾力もあって寝心地の良いマットレスをぼふぼふ、と叩く。
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「どうすんですか?」
「…………」「えっ?」
「どうするの………?」「逃げらんないじゃん………」
「…………」「…………」「いや、」
と言いながらまた私の左手を掴んで体の方にくいくいと引く。
「だから大丈夫」「取れるんだって、これで」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「なっ?」
「…………」「…………」「………あの、」「助けてぇ?どすえちゃん先輩………」
「………えっ、ゆづ………?」
ベジータみたいに腕を組んで外を眺めていたどすえちゃん先輩は、近くに来ると
「同じ感じでええんか?うちんとこのと」
と赤髪のどうしようもない人に訊いた。
「…………」「…………」「………おん、」
「じゃあー、ゆづちゃん」
「…………」「…………」「………はぁい、」
「お姉さんの言うこと聞ける?」
「…………」「…………」「………はぁい////」
「うん………」「じゃあな?」
と言って私の左手をとり、細くて柔らかい指で拳を握らせてくれた。
「………こう?」
「………うん、そう」「そしたらな?」
〝パワー!〟に近いジェスチャーで義手をくいくいとやりながら
「………こう、やってみ?」
と言った。
即座に真似てみると左手の拘束具はビキキキ、と音を立てて呆気なく引き千切れた。
「…………!!」「…………」「………わぁ、」
「な?簡単やろ?」
拘束具は、本当に呆気なく切れた。あんなに固くて煩わしくて長い時間私の体の自由を奪っていた、厄介物が…………
目で見て確認したくて左手を顔の方に動かすとがしゃん、じゃらん、という、重量のある鎖が床に落ちる音がした。
「…………」「…………」「すごい、お姉さん………」
「………いや、ちょっと待て」
「うん、ありがとう」「ほんなら、右もできる?」
万感の信頼を持って右腕も同じ要領で引くと、やはり拘束具は呆気なく千切れ、鎖がじゃらん、と床に落ちた。
「…………」「…………」「すごい、ほんとに………」
私は久方ぶりにベッドの上で上体を起こすことができた。
「よかったな」「しんどかったやろ、体」
「…………」「うん。ありがとう、お姉さん………」
「………え、待って待って」「おかしい………」
「いえいえ、どういたしまして」
どすえちゃん先輩は私の胸の辺りに手を伸ばし、指先でこりこり、と音をさせつつ
「………これな?」
と言った。
「…………」「………?」
促されるままに下を見ると、昨日夜着ていた白いシャツの胸元が大きくはだけて、見覚えのない黒いキャミソールのようなものが私の胸を押さえつけているのが見えた。
「…………」「…………ん?」「えっ、」
「これ、戦闘用の強化スーツやから」
「…………」「………えっ?」
「めっちゃ力出るし、めちゃくちゃ頑丈になるから」
「…………」「…………」「…………」「…………」
触ってみるとめちゃくちゃ固い厚紙みたいな材質だった。厚紙とベニヤ板の間ぐらいの強度というか………表面だけが少しだけ柔らかく、段ボールを指で押し潰すような触り心地だった。
「…………」「…………」「…………」「…………」
「これのお陰で砲撃その他諸々受けても無傷やったし、鎖も今千切れてん」
「…………」「…………」「へぇ………」
シャツをめくって見てみると肩紐はなく、服の上から手を下まで沿わせていくとパンツを覆う形をしているのが分かった。
「…………」「…………」「…………」「…………」
キャミソールではなくコルセットに近い形をしているようだった。体のほとんど全体を覆っている状態だけど、それでいて息苦しさや動き辛さは感じない。
「…………」「…………」「いいの?どすえちゃん、これ………」「貰っても………」
「いやゆづ、これはあたしが」
「うん、もちろんやで」
「え、ちょっと、」
「お姉さん、ゆづちゃんには怪我して欲しないもん………」
「お姉さん………/////」
「いやいやいや、ちょっと」「ゆづ」
アニカさんが見つめ合う私とどすえちゃん先輩の間に無理矢理割って入った。
「違う違う、ゆづ」
「…………」「何?アニカさん」
「これあたし作。」「あたしが作ってあたしがあんたにあげんの」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「前からこっそり作ってたのよ、オーダーメイドで」「サプライズにと思って」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「多かったじゃん?任務で、危ない目に遭うこと………」「着せたのもあたしだからね」
「…………」「…………」「…………」「え………?」
「着せたんだよ、寝てる間に」「だからほら、」
と言って両手を広げて室内の惨状を示す。
「こんな状況でも無傷でいられたんだよ」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「あたしのお陰だから、全部」「こいつじゃなくて」
「…………」「…………」「………アニカさん?」
「こんな奴、人の作った物着て暴れ回るしかできない………」「うん?」
「脱がせたの………?」「服」
「…………」「えっ?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
黒いボディースーツはコルセットのような形をしていて、胸の上からパンツ全体までをカバーする形をしていた。
………ということは。
「脱がせたの?わたくしの服、全部………」
「…………」「………え、」
「………勝手に」「寝てる間に、わたくしの服………」
「………え、」「………えっ?」
「…………」「………ほんまや」「全部脱がさな着せられへんな笑」
「…………」「…………」「………いや、」
「…………」「…………」「最っ低ー………」
「…………」「いやいやいや、」「………いや、ゆづ」
「ねえお姉さぁん………」
「うんー、よちよち可哀想やなぁゆづちゃん………」
ベッドに腰かけたまま顔をうずめたどすえちゃん先輩の胸は、めちゃめちゃ柔らかかった。
手を回した背中~腰周りはついさっきあんなにも苛烈な戦いを繰り広げていたとは思えない程細く、女性特有の柔らかさに包まれていた。
「(………あ゛ー、)」「(あ゛ーだめだ)」「(だめだ、やっぱりいい女過ぎる、この女………)」「(好きになっちまう、こりゃ………)」
「………いや、何回も見てんじゃん、お互いの裸………」
「うわっ………」「何回もやって汚らわし………」
「お前何なんだよさっきから」
「えへーん、怖いよぅお姉さん………」
「おーよちよち可哀想になぁゆづちゃん………」
ドカーン、ボカーン、という爆発音はまだ遠くから定期的に聞こえていた。
絶対にこんなことをしている場合ではなかったけど、私の心は安心感に満たされていた。
「(…………)」「(…………)」「(…………)」「(…………)」
お二人といるお陰だな、と思った。
戦火の中にあっても平静そのもの、弱者を気遣って優しく扱い、力を振るえば戦車を伴った武装兵士の集団も軽く転がす。
「(…………)」「(…………)」「(………いいな、強い人達の傍にいるって)」
としみじみ思った。
【登場人物・用語】
白河ゆづ…………ようやく拘束が解けた人。その拘束を施し、且つなかなか解いてくれなかったということでアニカを恨んでいるが挙動の怪しいゆづを精密検査の間拘束しておく案は繰命のものでベッドや器具一式を用意したのも繰命。鍵を持ったままうっかりその場を後にするという暴挙に出たのも繰命なのでどちらかといえば恨まれるのは繰命であるべき。ちゃんとお姉さんしてくれる年上の女性が好き。
アニカ・サンドルート…………ただ事ではない身体能力に続いてただ事ではない二種の装備を披露した人。バラけて飛んで手元に戻って来てまた形を成す〝黒い槍〟と自走して上にも乗れて戦車の砲弾も受け止める〝赤い煙〟を使いこなす。ゆづに着せた〝黒い強化スーツ〟同様どちらともアニカが自作したもの。ゆづを拘束されたままの状態で放置していたのは事前に着せていた〝黒い強化スーツ〟がゆづを守ってくれることが分かっていたからだが、それでも事情を話さないまま放置するのはされた側の心情を思うと結構な人でなし。優しく器の大きな人物ではあるが言動に血が通わないことがままある。〝好きな人がたまたまその場に居合わせたから舞い上がって小学生男児みたいになった〟がゆづの見解だがアニカは〝赤い煙〟を使って上空から周囲の様子を把握していたのでM.E.K.A.舞子が自身運営の研究所に入って行く姿はその時点で確認済みだった。兵士の一個小隊がゆづに接近してもなかなか姿を現さなかったのはこのため。M.E.K.A.舞子のことが女性として好きなのは本当にその通り。寝ている間に勝手に着替えさせたことでゆづに怒られているが以前はそれをしても本当に問題がない間柄だった。
〝黒い槍〟…………アニカが自作したウルトラハイテクノロジーな物理攻撃武器。通称「Black Coal」。手指にはめた三つの黒い指輪と音声認識システムで遠隔操作でき、形状は槍~液体金属状まで変化させられる。基本形態は真っ黒な柄に真っ黒な穂先が付いた全長2m50cmの金属の塊だが刀剣のような別タイプの武器に変化させたり、無数の針に成型して飛ばしたりもできる。全長2m50cmの体積に8000個を超えるナノAIが埋め込まれている。
〝赤い煙〟…………アニカが自作した攻防一体型の、ウルトラハイテクノロジーな遠隔武器。通称「Red Gas」。手指にはめた三つの赤い指輪と音声認識システムで操作し、形状は霧状~固形まで変化させられる。槍で届かない遠方に飛ばしてぶつけたり飛来物を防いだりするのが主な使用法だが、上に乗って空を飛んだりもできる。出力が高まると中で赤いスパークが起きる。対象を包み込んだ上で石のように結晶化させて中に閉じ込めることもできるがそれをすると二度と気体には戻せなくなり、そのRed Gasは廃棄処分になる。ガスの粒子一つ一つに超振動を加えた上で対象に向けて線状に放ち粉々に破壊するRed Breakが超必殺技だがこれによってもRed Gasは故障し、廃棄処分になる。Red Gas一セットは一般家庭の風呂の浴槽一杯分ぐらいの体積だが、その中に一万個を超えるナノAIが含有されている。
京家M.E.K.A.舞子…………ゆづ曰く〝ベースケな女〟で、それ故にアニカにガチ恋されている人。近くで行っていた戦闘・救助活動中にアニカの研究所の方向で起きた爆発音が気になってこの場に足を運んでいるが、その行動からも分かる通りアニカとは相思相愛。週末の飲み屋街で絡み合い押し倒し合っている姿が双方の知人によりたびたび目撃されている。アニカによるぐだぐだタイムの間も遠方の交戦音を聞き取り〝敵襲〟の終焉が近いことを察知していた。愛煙家でいつも煙管を持ち歩いているが、実質上役に当たる嫌煙家の絶天煌には叱られるため目の届く場所では絶対に吸わない。ちなみに〝薬中の子〟の件を楯にとられたアニカは研究所の損賠をどこにも請求せず泣き寝入りを決め込むが、M.E.K.A.舞子は〝第三皇室の新人は薬物使用常習の疑いがある〟件についてこの足で第二皇室に報告する。
〝黒い強化スーツ〟…………アニカ手製のハイテクノロジー防御用装備。服の下に着込むことで鋼の頑強さと巨大重機並の怪力を発揮する。通称〝バトルコルセット〟。ゆづが爆撃に巻き込まれても無傷で済んだのはこれのお陰だが、アニカが超常的な身体能力を発揮しているのもこれを服の下に着込んでいるお陰。爆撃に巻き込まれた時ゆづの頭の拘束具だけが外れていたのはその衝撃に反応してゆづが特に首~頭周りにかけて強く力を入れ、それにバトルコルセットが出力補正を加えた結果。女性用の競泳水着に近い形をしているが肩紐はなく、胸の上半分弱が露出している。着用後装着者の体を締め付けるように収縮するので巨乳の女性が着ると大変なことになる。〝カタクルス光子〟という、衝撃に反応して瞬間的に鋼の強度を発揮する光子を装着者の体表に纏わせる技術により成り立つ兵装だが、第二皇室お抱えの兵器開発企業「煌.corp」がその本家。そちらのバトルコルセットは全てマットなシルバーカラーで統一されていて、M.E.K.A.舞子の着物の下にチラ見えしたのもこれ。〝晒型〟は、M.E.K.A.舞子が以前から「煌.corp」の代表取締役である煌に特注で作るよう頼んでいるものだが、面倒だからという理由で常に却下されている。
〝Dawn of Dawn Slave〟…………敵国の兵士の一団が帯同していた戦車の機体名。どちらかと言えば小型の戦車で、市街戦で効果を発揮する。アニカが口にした情報も間違いではないのだが、スレイトアールと度々小競り合いを繰り返しているこの国の兵器はスレイトアールのものを鹵獲して分解・再利用した物が多く、アニカが破壊したこの戦車も部品の大半が元・スレイトアール製。周囲の国々と争ってばかりのこの〝敵国〟は最近深刻な財政難が囁かれている。
繰命伊那…………ゆづを拘束してその鍵をポッケに入れ忘れたまま戦闘に繰り出した人。国で指折りに優秀な人物だが忘れ物や遅刻はかなり多い。ゆづが絶えず爆撃音を聞き取り続けていた方向が今回の〝敵襲〟の主戦場に当たり、繰命は今回その周辺でこの時間までに9度の外傷治療と16名の敵国兵士の殺害をやって除けている。バトルコルセットはアニカにもらった物と「煌.corp」から支給された物の二つを持っているが、アニカ&ゆづと別れた後で寄った職場で装着し忘れたまま戦場に出た。医療に精通しているため〝絶対に治らない壊し方〟を知っていて、サイコパスなためそれを躊躇なく実行できる。
絶天煌…………第二皇室お抱えの兵器開発企業「煌.corp」の代表取締役。アニカと似た分野の科学者で今やっている仕事も同分野だが双方が制作するバトルコルセットの質は出力・耐性ともに煌の作るものの方が上。M.E.K.A.舞子の言葉通りライバル他者であるアニカを敵視している。ゆづの元いた世界ではゆづの数年先輩に当たるまぼスタライバー。
獅音静流…………M.E.K.A.舞子の上役。アニカが名前を聞いて震えあがっているが、つまりはそのくらい恐ろしい人。ゆづの元いた世界では最古参に当たるまぼスタライバー。




