《ゆづ、異界に立つ》11/20 ゆづ、拘束される
そういう油断が敗北につながるんだよ!─────『転生したらスライムだった件』
「………ア、」「アニカさん………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「なんて事を………」
路上に現れた人を〝轢くよー?〟などと言いながら景気よく撥ねておいて素知らぬ顔で運転を続けているアニカさんを見ながら、私はあぁ、夢っぽいな、とどこか腑に落ちていた。
この作り込み過ぎで美味しい展開多過ぎな夢には、こういう不条理さが足りていなかった。着ていたベージュの服がラブラドールに変わっていて気付いたら抱き締めてるとか、付き合ってるラブラブ彼女が振り返る度に国民的有名女優の顔を梯子しているとか、そういう夢ならではの不条理さが足りないなと思っていたところだった。
「…………」「…………」「…………」「…………」
「今からでも遅くない、わたくしが一緒に出頭しますから………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「………痛いんですよ?あれ」
「…………」「うん?」
「でっかい石の板でべんっ、て殴られた感じ」
「うん………?」
「自分の体のぶつかった部分も石になったかと思うんですから」「でっかい石の、」「一枚岩に」
「…………」「そうなの?」
「はい!」「だから戻りましょう、まだきっと間に合う………」
「轢かれたことあんの?」
「…………」「………えっ?」
「車に轢かれた経験あるんだ?」「知らなかった………」
「…………」「…………」「いえ………」
「…………」「…………んっ?」
「ありませんけど、車に轢かれた経験は………」
「…………」「…………」「面白いこと言うね、君………」
〝それよりさ、〟と言って右手で作ったグッドマークの親指でちょいちょい、と後ろを指す。
「起きてる?さっきのやつ………」
「…………」「え………」
振り返って後ろのガラス越しにもう随分離れてしまった先程のおじさんを確認すると、轢いたその場に横たわったまま動いていないようだった。
「…………」「…………」「いや動いて、ませんね………」
「………うん、よし」
「…………」「…………」「いやよしじゃなくて!」
「うん、何だよ」
「戻りましょう、アニカさん」「悪乗りが過ぎますよ、いくら見苦しく酔っ払ったおじさんだからって………」
「…………」「………いやガウヒだよ、あれは」
「………?」「ガウ………」「えっ?」
「ガウヒ・アウゼンだよあれは」「トロいから多分、レベル1の………」
「…………」「?」「………???」
「…………」「だよな?多分」「レベル2、では、ない筈………」「………だったらマズいな、戻らなきゃ」
「…………」「………な、何?」「何の話………」
「メタ・トロールだよ」「いただろう、ホテルの手前にも」
「…………」「…………」「………えっ?」
「いたじゃん、ナース服の」「やっぱり最近増えてんだよ、この辺りは」
「…………」「…………」「…………」「…………」
…………不条理も、行き過ぎると何が何だか
「…………」「やっぱ覚えてないのか」
「…………」「はい、まぁ」「覚えてない、って言うか………」
「ゾンビみたいなやつだよ、言ってみれば」「ああやってウロウロしてて危ないから轢くので正解なんだよ」
「…………」「…………あー、ゾンビ」「…………」
…………城にスマホに和風美女のサイボーグ、私にぞっこんなジル様、我が子のように可愛がって下さるアニカさんにシキさん………そしてお次は、ゾンビ………
この夢、いくら何でも何でもあり過ぎる。
「まぁ近寄んなきゃ意外と大人しいんだけど、時たま牙剥くから一人でいる時に見かけても近寄んなよ?」
「…………」「はい………」
「魔法とか使ってくるやつもいるからな?」「気を付けてくれよ、本当に」
「…………」「………何?」「魔法………」
「うん………」「レーザーみたいなの急に撃ったり火の玉みたいなのを投げつけたり」「まあ大体そういうのってああいう人っぽい見た目はしてないんだけど」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「分かった?」
「…………」「…………」「………はい、」「…………」
魔法を使ってくる、ゾンビ。
変な組み合わせ………
要らないでしょう、ゾンビに魔法は
「…………」「………お前さぁ、記憶喪失みたいだよな?やっぱ………」
「…………」「…………」「………えっ?」
「まあメタ・トロールのこともそうだけどさ、何見ても初めてみたいな反応すんじゃん?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「さっき入ったばっかの創国祭会場見上げて〝はァ………!〟とか言ってるし、シキの耳見て固まったり、車も全然運転しようとしないしな?」
「…………」「………?」「………???」
「あの街だってさ、」
と言って車の進行方向左の眼下に広がる雄大過ぎる大都市をちょい、と指差す。
「〝あんなの初めて………〟とか言うけどさ、あん中にあんだぜ?お前の家も」
「…………」「…………!!!」「えぇ………!?」
「命懸けで働いて買ったマイホームがさ」「〝こんなにすぐ手に入るとか~////〟って、喜んでたじゃん」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「やばいよ、マジで」「ちょっと普通じゃない、さすがに」
…………まあ、
夢の中の登場人物の目線で私を見るなら、そういう解釈になるのかも知れなかった。何せ夢は常に独自のルールで動いていて、未知の要素が矢継ぎ早に追加されていくから………知らないこと・分からないことだらけの私を夢の登場人物が品定めするとその症状になるのかも知れない。
…………でも、
「(………いいなぁ、わたくし、マイホーム持ってるんだ………)」「(それもあんな大都市に………)」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「(見てみたい、この世界のわたくしの、マイホーム………)」
「でもさぁ、」「かなぁ?と思って見てるじゃん?」
「…………」「………えっ?」
「記憶喪失なのかなぁ?って」「そしたら、今度は逆に知らない筈のことを知ってたりすんじゃん」
「…………」「………?」「知らない筈のこと………?」
「うん。」「あの駐車係の、」「給仕の子の名前とか」
「…………」「………あぁ、烏丸先輩………」
「そうそれ」「初対面なんだろ?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
まぁ、あの烏丸先輩の反応を見る限り、
「はい、そうです………」
「だろ?」「なのに何で知ってんの?名前」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「一発で当ててたじゃん?名前」「あとなんか、忘れたけどあだ名みたいなやつも」
「…………」「みじゅマル先輩………」
「そう、それ」「あとM.E.K.A.舞子とかもさ、絶対初対面でしょ?今日」
「………まぁ、そうですね」「それは、はい」
「でしょ?でさ、絶対トイレで自己紹介して、自分の名前言ったりとかしてないでしょ?あいつ」
「………?」
「潜入捜査中だった筈だもん」「だから、言うわけない、自分の名前なんか」
「………!」「…………」「M.E.K.A.舞子先輩は、捜査官殿なんですか………?」
「うん………」
「…………」「えぇ………?」
「ほら………」「それも知らないのに、知ってるわけないじゃん、名前なんか………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「それは、マジどういうことなの?」「変な話さ、」
「はい………」
「記憶喪失だけだったらまあ、あるかも知んないじゃん?なんか」「日々の激務の疲れで、とか、なんか」「どっかで頭打って、とか薬物で、とか………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「まぁ、無いみたいなんだけど、頭打ってとか薬物でとかは」「犬も匂い嗅いでたけど、イナ隊が無いって言ってたから」
「…………」「イナ隊………?」
「あの、鼻血出た時に見てくれた人だよ」
「………あぁ、あの」「白衣の、看護師さんみたいな」
「そうそう」「ちょっと光彩が広がってブルブル震えてて、極度のストレス状態・興奮状態にあるようだけど外傷は無いし、薬物とかも普通に考えると無い、って………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「まあ後は何か、病気や疾患の可能性だけど………そういう色々で、〝記憶を失う〟ってのは、まあ分かるじゃん?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「でも、〝知らない筈のことを知ってる〟っていうのは説明つかないじゃん?」「しかもそれが〝記憶を失う〟のと同時に起こる、っていうのは………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「摩訶不思議だよ、ほんと」「まじ、ずっと心配してるよ?さっきから」「城で再会してからずっと」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「………お前さぁ、」「別の世界から来たんじゃないよな?笑」
「…………」「………!」
「そうとしか思えない、もうほんとに………笑」「辻褄が合わないもん、じゃないと」
「(…………)」「(…………)」「(…………)」「(賢いモブ………)」
だと思った。夢の世界側の事実や状況に合わせて夢主の方を診断し、こことは違う別のどこかから来た存在だと割り出すだなんて…………
まあ、全部の答えを知っている私が作った存在で、展開なのだから賢いも何もないのかも知れないけど…………
あとアニカさんはモブじゃない。これはシンプルに失言。
「もう、何が起こってんだろって、本当に」「まあ、ちゃんと検査はするけどさ、」「………ぐす、」
「…………」「………?」
「あ………」「ごめんね、」「…………」「………ハァ、」
「…………」「アニカさん………」
「あたし………」「あたしもう、心配でさ………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「城で待ち合わせ二時間過ぎてもお前の姿が見えなかった時、もう本当」「心臓、潰れそうになってさ」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「そんな奴じゃないじゃん?お前」「時間に遅れたことなんてないし、何かあったら事前に必ず連絡するし………」「………ハァ、」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「今、色々あるからさ、王国も………薬物とか、内部犯とか………」「創国祭も毎年その温床になってるって分かってたのに、何で一人で行かせたんだろう、って………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「そしたらさ、」「電話、出てくれたじゃん?」
「…………」「はい………」
「その時もう、声聞いて一発で〝あぁ、何かおかしい、何かあったんだ〟って思ったんだけどさ、すぐに」「それでも、思ったんだ」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「あたしはお前がいてくれるだけでいいんだ、って」「仕事なんて出来なくても、変わってしまっても、第三皇室で、あたしらの傍にいてくれればそれで、」「それだけでいいんだって………」「………ハァ、」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「だからさ、頼むから」「何か思い当たることがあるなら、何でも言ってくれよ」「………な?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「いつも言ってんじゃん、」「〝困ったら言うんじゃない、言おうかどうか迷ったらその時点で言うんだ〟って………」「背負い込み過ぎだから、いつも、お前」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「な?頼むよ………」「隠すことなんてない、あたしも、あの二人も」「お前がそこにいてくれれば後は本当に、何もかもがどうだっていいんだから」
「夢なんです、これ」
「何か思い出すか、思い当たることがあればすぐに………」「…………」「何?」
「夢なんです、全部」「この世界も、アニカさんも、ジル様シキさんのお二方も」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「この会話とか、さっきのあの」「ジル様との痴話喧嘩とか」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「轢き殺した、」「………魔法を使う、ゾンビ?」「とか、城とか、マイホームとか諸々、M.E.K.A.舞子先輩とかも、何もかも………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「あのね、アニカさん」
私は今いるここが夢の世界で、目の前にいるアニカさんも本当には存在していなくて、こうして心配して下さっているお姿も私がこの人にこうして欲しいと思う願望の表れでしかないことを、重々承知してる。少しでも気を抜けばすとんと落ちてきそうな瞼が閉じた時、全てが終わって崩れ去って消えてしまうだけの存在なのだということもよく分かってる。
でも、
こんなに熱く想われる姿を目の前で見せられて向き合わずにいられる程、私は冷静な人間ではなかった。
だから全てを話した。
これは私の願望に彩られた夢の世界で、現実の私は配信者という仕事をしていて、さんかしこのお三方はそこでの私の先輩で、ジル様をお慕いしているのは同じだけど残念ながら相手にはされていなくて、仕事は比較的上手くはいっているものの日増しにモヤモヤしたものが溜まってきていて、現実世界はこんなにお洒落でもファンタジー調でも何でもない地味な感じで、ジル様は本当は落ち着いていて欲も癖も無くてあんな怒ったり束縛したりなんてしないタイプで、シキさんは結構そのままだけどけも耳とか尻尾とかは実際には生えていなくて、アニカさんはさっき言った通りの負け犬キャラで、私はこっちのお三方の方が圧倒的に大好きで、正直もう現実世界には帰りたくなくなっているんだということも、全部、何もかも…………
ハンドルを握っていない方の手を顎に当て黙って聞いていたアニカさんは、全てを聞き終えた上で静かに口を開いた。
「…………」「…………」「気付いちゃったんだな、ゆづ」
「…………」「………はい笑」
「…………」「…………」「………そっか、」
「…………」「………ぐす、」
「…………」「…………」「………いつから?」
「…………」「…………」「結構、最初から………」
「…………」「………そっか笑」
「…………」「………へへ、」「ずび、」
「…………」「どうだった?夢の、世界は」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「癒せたか?この世界は………」「あたしらは、お前のことを………」
「…………」「………うん、もう」「十分過ぎる、ぐらい………」
「…………」「………そっか、」
「うん………」「…………」「ありがとう、ドリーム・アニカ………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
ジル様と喧嘩別れになってしまったことだけは残念なことのようで、その実とても幸せなことだった。
だってあのジル様と痴話喧嘩が出来てしまえたんだから。
こんな過ぎたこと、夢の世界でなければまず叶えられない。
「…………」「………じゃあ、」「もう帰るか?元の世界に………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
車はもうすぐ山の麓に着くところで、ずっと見下ろしていた街は見上げる角度になっていた。
あの街の中の風景と私が買ったらしいマイホームは是非見てみたかったけど、山の麓から街まで続いている平地部分の距離を考えると持ち堪えられそうもなかった。
「うん………もう、」「無理、みたい………」
「…………」「そっか。」
「…………」「次の、楽しみに、とっとく………」
「…………」「うん?」
「そしたら、また」「来られるかも知れない、から………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「へへ………」
座席シートに深く身を預け、街の灯りを顔に感じながら、私は目を閉じた。
音を立てないようにアニカさんが気遣って下さっている気配を感じて
「(………あぁ、もう本当に、お別れなんだ)」
と悲しい感情が一瞬広がった後に、私はするりと夢の世界に落ちていった。
「(…………)」「(…………)」「(…………)」「(…………)」
長い夢だった。
夢の中で私は、さんかしこのお三方とこの世界を旅していた。
街を出て遠方に赴き、哀れな民衆を暴君から救ってドラゴンを狩り、奇跡の石を集めて全ての糸を裏で引いていた悪の存在を討滅したりした。最初は足手纏いでしかなかった私は魔法を覚え、立派なパーティーの戦力になり、王国である程度の高官に就いてジル様の強力な右腕になった。
ジル様との関係は、終生続いた。年老いたジル様をあまり変わらないぐらい年老いた私が介護して、看取って、私もゆっくりと年老いて10年ぐらい後に
「………ジル様、」「ようやっと、お会い出来る………」
と呟いて満足気に微笑み、静かに息を引き取るその様子も俯瞰で眺めた。
「(…………)」「(…………)」「(…………)」「(…………)」
〝待てよ、夢の中で、夢………?〟と気付いて正気に戻ってはまた夢の世界に没頭して、というサイクルは何度か繰り返した。
それでも最後まで行き着いて〝最高じゃァん、この夢………もう一周、〟と思ったところで意識の別角度から何人かの人が周囲を歩き回る気配と、声を潜めてひそひそと会話する気配を感じた。
「(…………)」「(…………)」「(………?)」「(…………)」
反射的に目を薄っすらと開けると、知らない天井が見えた。
かなり高い位置に真っ白な天井が広がっていて、視界の端で大きなファンがぶんぶんと音を立てて回っていた。
「(…………)」「(…………)」「(…………)」「(…………)」
ふわりと風を立てて近くに寄った人の腕と背中の一部が見え、その装いは半袖の白衣だった。
「(…………)」「(…………)」「(………看護師さん、)」「(…………)」
どうやらここは病院のようだった。
何故だか私は病院のベッドで寝ているようだった。
周囲の情報をもっと取り入れたくて首に力を入れても、頭は微動だにしなかった。
「(………!)」「(…………???)」
手足も動かなかった。ホテル並みに強くたくし込まれた布団カバーに巻かれているのかと思う程に、手足を含め体全体が全く自由にならなかった。
ガチャガチャ、という物音に看護師さんが気付き、
「………あ、」「………大丈夫ですよー、」
と優しく声をかけてきた。
「…………」「………え、」「あの、これどういう………」
「大丈夫、今ちょっとあの………」「…………」「チーフ!チーフ、」「お目覚めです………」
と顔を上げ、どこか遠くに向けて呼びかけている。
「(…………)」「(…………)」「(…………)」「(…………)」
ぐいぐい、と首を左右に傾けてみて、私は自分の頭がバンドのような物で固定されていることに気が付いた。
「(…………)」「(…………)」「(えぇ………?)」
ホテルのように強くたくし込まれている掛け布団のせいで動かないのかと一瞬思った手足も、やはりそれぞれがバンドのようなもので巻かれ、どこかに固定されていた。
「…………」「………ちょっと、」「ちょっとこれどういう………」「誰か………!」
「だ、大丈夫ですから、」「落ち着いて下さい………」
半ばパニック状態に陥り揺れる視界の端から、
「はァーーーい、お目覚めですかぁ~?」
という、エッジの利いたロリボイスと共に、知っている顔が覗いた。
「ちょっと、ちょっとこれ」「やだ怖い誰か、」「ジル様………!」「…………」「…………繰命さん?」
「ハイ、繰命です!」「ご気分、いかがですかァ~?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
まぼスタの先輩ライバー、繰命伊那先輩がこちらを覗き込んでいた。
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「………あら、ちょっと呆けちゃってる」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「………ねぇ、ちょっと」「AED持って来て?」
…………!!!
「ちょいちょいちょいちょいちょいちょい、」
「………あはっ、」「嘘。」
「…………」「………???」
「医療ジョークでしたぁ………笑」
「…………」「…………」「…………」
くるくるとその場で回り悪戯な笑顔で覗き込むその顔は、やっぱりどの角度から見ても繰命伊那先輩だった。
白地にピンクのラインが入ったナース服もそのままなら医療の現場では少々不謹慎な、墓標のようにも見えるピンクの髪飾りもそのまま、小振りでお可愛らしいナースキャップもそのままのどこからどう見ても繰命伊那先輩だった。
「(…………)」「(…………)」「(………あと、巨乳なのも、)」「(そのまま………)」
細身なお体には不釣り合いな豊かなお胸が揺れる度に見え隠れする、あのエッチなギザギザの八重歯もやっぱりあのモデルの繰命先輩そのままだった。
「(…………)」「(………ん!?)」「(………待て待て待て待て、)」「(………待って?)」
私は今ベッドに仰向けに横たわっていて、肉眼で直接繰命先輩を見上げている。
「(…………)」「(…………)」「(…………)」「(…………)」
にも関わらず、
にも関わらず繰命先輩はあの初期モデルそのままのお姿………
「(…………)」「(…………)」「(………えぇ?)」「(まさか………)」
「…………」「………あれぇ、」「結構本気で混乱してるね?この子」
「………はい、確かに」
「…………」「マジで鎮静剤打っとこうか………」
嫌な予感がして固まっていると、
「………あ、起きた?」
という、聞き覚えしかない声が遠くから聞こえた。
「おぉ~サンドルート女史!」「今しがた」
「あそう………」「タイミング悪いな」
コツ、コツ、コツ、と体格を感じさせる足音が近付いてぬっと視界に覗いたのは、やはりアニカさん………
改め高身長で小顔、男顔のクールビューティなドリーム・アニカの顔だった。
「…………」「…………」「…………」「…………」
「どうだ?調子は、ゆづ」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「よく眠れたか?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「………なんかだいぶ、混乱してらっしゃるようで」
「うん………」「だろ?」「やっぱ話した通りだろ?」
「まあそれはまだ分かりませんけど、かなりのストレス状態にはあるようで………」
「…………」「…………」「………しつっこい、」
「…………」「………えっ?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「もうしつっこいよ、アニカさん………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「改め、」「ドリーム・アニカさん………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
私は、歯切れが悪いのがあまり好きではなかった。
本にしても映画にしてもドラマやアニメ、漫画にしても
それこそ私達みたいな配信者のトークや配信自体にしても
良い所で区切りを付けてすぱっと終わっていくのが好きだった。
この夢に関してももう私の中で区切りは付いていて、終わったと思った後に始まったアディショナル・ドリームでジル様と終生添い遂げ、幸せな人生を終えるところまでもを見ることが出来た。
だからもう十分だった。
辛い現実世界に戻ってこれを糧に頑張っていく覚悟はもう十分出来ていたのに、それなのに………
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「………前言撤回、」「やばいっすね………」
「………うん、」「だろ?」
「相当な妄想型………」「〝ドリーム・アニカ〟ってのは、やっぱり………?」
「うん………」「夢の私って意味だろうな、多分………」
相変わらず精密な反応を返して見せる夢の登場人物達をよそに、私は寝坊助過ぎる自分に直接呼びかけ、目を覚まさせる作戦に出た。
「…………」「………おーい、」「わたくしー?」
「…………」「………?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「おーい、」「起ーきてー………?」
「………!?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「もう十分だよー………?」「遅れちゃうよー?仕事とか」「配信とか、収録とか」「諸々にィー………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
〝夢主と言うからには、多分上だろう、〟と当たりを付けた私は、拘束されて仰向けにされた状態のまま、白くぷつぷつと穴の空いた天井に向けて呼びかけた。
きっと届く筈、きっと………
夢の中でヤバい展開になった時に〝起きろ、起きろわたくし!〟と念じて目が覚めた経験は何回かあった。
…………筈。きっと
……………………
……………………
……………………無かったかも。
やばい、覚えてない。
「…………」「おーい、わたくしー………?」
「…………」「…………」「………うん、」「検査要らないっすね、これ」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「入院です。」「預かります、今日からうちで」「この後、今からすぐ。」
「…………」「…………」「…………」「頼めるか?」
「はい、もう」「これはもう、真っ黒です」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「見たことない、こんなヤバい症例。」「ゾッとしてます今、私正直。」
「…………」「…………」「…………」「治るかな?」
「…………」「…………」「………いや、」「…………」
「トゥットゥトゥトゥトゥトゥ、」「テレレッテ、テレレッテ♪」「トゥットゥトゥトゥトゥトゥ、」「テレレレッテ、テレレッテ♪」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「ててとんとんてて、」「ててとんとん♪」「ててとんとんととててててとんとん………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「ほら、アラーム鳴ってるよ~………?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「………や、これはもう」「完全に治ることは………」
と繰命さんが失礼なことを言いかけた時に、この部屋の外のどこかずっと遠くでどぉん、という衝撃音が弾けるのが聞こえた。
「………!?」
「…………」「…………」「………なんだ?」「…………」
続いてウーーーー、、、、、という、映画やなんかで聞いたことのある不穏なサイレンが響き渡った。
「…………」「…………」「敵襲………!」
「嘘だろ、何で今………」
続けてまたどん、と響いた轟音はさっきよりかなり近く、地震のように地面が横揺れした後窓ガラスがビリビリと振動する音が聞こえた。
「…………」「アニカさん………?」
「大丈夫だ、ゆづ。あたしが守る」「………繰命」
「はいっ、」
「イナ隊を招集して交戦してる兵士のバックアップに当たらせてくれ」
「はいっ、直ちに」「あなた方にも何人か付けますか?」
「いい。」「行ってくれ」
「かしこまり!」
繰命先輩は一緒にいた看護師仲間の方と足早に部屋を出て行った。
アニカさんも
「ゆづ、ちょっと待っててくれ」「準備してくる」
と言いながら遠ざかり、扉がばたん、と閉まる音がした。
「…………」「………え、ちょっと!?」
私は遠くで轟音が鳴り、〝敵襲〟を知らせるものらしいサイレンが響き渡る空間に身動き一つ取れない状態のまま一人取り残されてしまった。
「…………」「…………」「………え、」「えぇ………?」
束の間の静寂が広がった。
外では遠くで〝ゴ、ゴゴ……〟とか〝バァ…ン、〟みたいな物々しい音が鳴ったり、サイレンの音も変わらず鳴り響いていた。
でもこの室内、私を中心とした数メートル四方は静かだった。
「…………」「…………」「…………」「…………」
その状況を持て余した私は、多分無駄なことを知りながらまた
「…………」「お~い………」「わたくし~………?」
と天井に向け呼びかけてみた。
「…………」「…………」「…………」「…………」
やっぱり何の効果も無かったのでまた
「………あの、もう本当にィ、」「too muchにしてtoo hardと言いますかァ、」
と優しく説得を試みようとしたその時、
〝ゴバァ、〟
みたいな爆発音がこの部屋のすぐ側で起こった。
「!!!?」「ギヤァーーーーーーーーーー!!!!」
何枚ものガラスが粉々に砕け散る破裂音と共に、私は爆風に吞み込まれた。
【登場人物・用語】
白河ゆづ…………優しい先輩を信じて全てを打ち明けた結果最悪の結果を招き寄せてしまった人。頭と手足を全て拘束されているが、その体の上にかけられている薄い掛け布団もホテルのベッド並みに強くたくし込まれている。…………つまり現在ぎちぎちに拘束されている。第三皇室に赴任して命懸けで働いた結果半年足らずで首都にマイホームを購入したが、今回の〝敵襲〟により半壊してしまった。アラーム音は推しの配信のOP曲。
アニカ・サンドルート…………精密検査のためゆづを拘束した人。「あなた達は全員夢の中の登場人物なんです」などという妄言に即興で合わせて会話出来てしまえる対応力はさすが。精密検査のために呼び寄せた繰命は非常に多忙で本来人一人のために時間を割ける身ではないが、アニカの人脈の力で今回それを叶えた。繰命からは固定的なセックス・パートナーにと何度も誘われているが人間味の無さ過ぎる繰命が怖過ぎて断り続けている。顔と体と声だけなら何度だって抱けるのに……とは本人の談。
繰命伊那…………様子のおかし過ぎるゆづを精密検査するためアニカに呼び出された、スレイトアール王国の誇る若き医療のエリート。飛び級で外科と内科両方の課程を爆速で終え、成人前から医療の現場に出て数々の功績を収めた。外科手術に関しては脳・内臓・神経・形成・成形・血管など全ての分野において国で三本の指に入る執刀医。キャリアの一年目に立ち上げた戦争医療部隊〝イナ隊〟の発足により国内の外科的ケースにおける死者数が63%カットされたが、当時本人はこの程度の数字に留まってしまったことで深く落ち込み、人生で最初の挫折を味わった。アニカを固定的なセックス・パートナーにと何度も誘っているが、相手にしてもらえたことは一度もない。とんでもない超能力を隠し持っているがその暴発を防ぐために常に手袋を着用している。
イナ隊…………繰命が率いる医療部隊。300名を超す医療のエリートで構成されていて、その7割が戦場に出て戦うことが出来る。発足一年目以降増減を繰り返しほぼ同じ値に留まった外科的ケースにおける死者数を「怪我したその場で治療すれば減らせるじゃん」と発想した繰命による方針で、目標達成のための努力が楽しくてたまらないドーパミン中毒の隊員達がそれに従った。戦場においては兵士達の最後尾に付いて援護射撃を行い、負傷者が出た際は全自動タレット付き滅菌シールドを展開してその場で医療行為を開始する。これにより外科的ケースにおける死者数の割合はほとんど減らなかったが、負傷したその場で治療された兵士は〝外科的ケース〟の母数からそもそも外される。隊全員が超の付くエリートだが既婚者・子持ちが一人もいない。全員挙動がおかしいがその中でも一番おかしいのはもちろん繰命。一番医療技術が高いのも繰命なら戦闘が一番強いのもやっぱり繰命。
ガウヒ・アウゼン…………別名メタ・トロール。人里離れた場所をうろつく危険生物。その脅威度によってレベルが割り振られていて、首都スレイトアール近郊では例年Lv.1~Lv.5までの目撃例が寄せられている。人と見た目がそっくりなLv.1の目撃例が圧倒的に多いが、そのレベルだと大人しくて動きはノロく、腕力も並の人間程度な上車で思い切り轢けば死ぬ程度の耐久力しかない。車で轢けば死ぬのでゾンビよりは脅威度が低い。アニカの言う〝魔法〟を使うのはLv.2からで、その域になると車で轢いても死なない。最近何故だかナース服を着用している個体の目撃情報が相次いでいるが、ゆづとアニカが夜の山道で見かけたナース服を着た者の正体はガウヒ・アウゼンではない。ガウヒ・アウゼンは古代スレイトアール語で「私達の罪」の意。
車…………見かけたガウヒ・アウゼンを個別に退治するのを面倒臭がるさんかしこがゆづに轢かせるためその度に修理に出すことを余儀なくされる高価な車。この車を購入して第三皇室の公用車にしたのはゆづだがその運転の担当も常にゆづだった。
ジル・スレイトアール&犬神シキ…………ゆづ&アニカと別れた後は深夜も営業しているホテルのビュッフェに行って方や飲み、方や食べた二人。ジルは恋人が自分を夢の中の登場人物だと思い込んでいることをまだ知らない。一通り飲み終えたジルは正直もう寝たいシキをテーブルに留まらせゆづの好きなところと嫌なところを交互に話して聞かせ続けるという責め苦を数時間に渡って与えた。自由で気楽に生活しているように見えてシキの苦労というのは意外に多い。
京家M.E.K.A.舞子…………第二皇室直轄の治安維持部隊に属すエリートエージェント。創国祭の夜は会場にて潜入捜査中で、ゆづと出くわしたのはそれを開始した直後だった。一発目で様子のおかしい子を引き当てたものの、その後波に乗り翌未明までに計12件の違法薬物取引現場を押さえ、7人の指名手配犯を捕縛した。この活躍により所属団体における当人の株はさらに上がったが、それ以上にスレイトアール創国祭会場の治安の悪さの方が気になる。
烏丸水葉…………会場の治安の悪さとは無縁に今日のシフトを無事終えた人。大きな仕事のツテが出来たことの嬉しさで浮足立ち、バックヤードの誰も見ていない所で積載量目一杯の料理を乗せたカートを一つひっくり返して全てを廃棄処分にしたやらかしは内緒。創国祭は翌日以降もまだ続くので夜は会場内にある宿泊エリアに泊まった。ジルから連絡先を受け取った後、それに関してとある友人に一報入れている。




