《ゆづ、異界に立つ》10/20 ゆづ、ご本人に教授する
俺は尊敬されるカッチョイイ兄貴を目指そうと思う─────『無職転生 〜異世界行ったら本気だす〜』
車はS字カーブを何度もなぞりながら、山を下って行っているようだった。ゆるやかな蛇行を繰り返すこの車内は泣き疲れた頭にとってはさながら揺り籠で、目を閉じればすぐにでも眠りに落ちていけそうだった。
「(…………)」「(夢の)」「(中だけど………)」
アニカさんもそれを察して気遣って下さっているのか、さっきから口数が少ない。時折スマホをちらちらと確認する以外は黙って前を向いたまま運転している。
「(…………)」「(はぁ、疲れた………)」「(もうさすがに一歩も)」「(動けない………)」
ジル様とシキさんをさっきのホテルに残して、車内は私とアニカさんの二人だけになっていた。アニカさんによると私もあのホテルに部屋を取っていたそうだけど、全身どこをまさぐってもそこに入るのに必要らしいカードキーは見つからなかった。〝ま、丁度いいか〟という謎の発言の後アニカさんは続けて〝あれ………お前、そう言えば鞄どうしたの?〟と言った。アニカさんによると私は創国祭会場に入る時は肩掛け部分が細い金の鎖で出来ているタイプの小さなバッグを持っていたそうで、どうやら私はそれをどこかに置き忘れてきたらしかった。
「(…………)」「(…………)」「(…………)」「(…………)」
スマホ以外の何もかもが衣服のどのポケットにも入っていなかったことから、多分その鞄の中には身分証とか財布とか、もしかすると家の鍵とかそういう大事な物の何もかもが入っていたのだと思うけど、これどうせ夢だし、と思うとこんなに気楽なことはなかった。起きて現実世界に脱出してしまえばその全てを失ってしまったという、本来ゾッとするようなミスはその時点で解消されてしまう。
「………まあー、」「そんな気にすんなよ」
とアニカさんが前を向いたまま声を出した。
「もうほんっとに」「そんな大したことないんだから、ほっぺにチューの一つぐらい」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「物事を大きく捉え過ぎだ、お前らコンビは」「本当にいっつも」
「…………」「…………」「………はい、」
「あたしはもう、ほんとに」「それこそお前がしっかり〇コってきた可能性まで考えてたから」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「拍子抜けしてるぐらいだよ」「ほんと、子供の遊びみたいなもんなんだから、お前がやってきたことなんて」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「な?」
「…………」「…………」「………でも、」
「うん?」
「………ジル様を、あんなに傷付けてしまった」
「傷付いてねーから」
「…………」「………えっ?」
「遊んでんだわ、真面目で純情なお前がテンパってるのを見て」「あいつ好きだから、お前が焦ってる姿見んのが」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「だからまあ気にすんな、今回のことは何でもないし、何も変わらないから」
「…………」「…………」「…………」「…………」
余程気遣って下さっているのか、アニカさんはよく分からない理屈付けで無理矢理に励ましてくれているようだった。
ジル様を、それもあんな軽薄なノリで裏切った上に周りにまでこうして迷惑をかけてしまっている自分が心底恨めしい。
「………それよりもさ、」「今後溜まった時は他の奴じゃなくてまずあいつ本人に言えな?」
「…………」「………?」
「ヤらせて下さい」「………ってさ笑」
「…………」「………ヤ」「ヤらせて………?」
「そ。」「なんか〝自分のペース〟ってのがあるらしいけど、お前に他の女とちょめちょめされてまで守りたい筈ないから、そんなもん」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「それでも聞かなかったらあたしに言えよ」「な?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「あたしが言って、股を開かせてやるから笑」
「…………」「…………」「………アニカさん」
「うん」「何?」
「優しいん、ですね………」「何だか、」
「うん」
「思い遣って下さってるの、すごく分かる………」「わたくしと、ジル様のこと」
「………うん、」「まあ、普通に大事だからな、お前らのことは」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「誰にでもこうってわけじゃないけど、まあせめてお前らぐらいには………」「だから」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「溜め込んで変な行動に出る前に必ず言ってくれ?」「大事にするっつっても、それもやり様が無いんだから、事が起きる前に言ってくれないと」
「…………」「…………」「…………」「…………」
私は先程アニカさんにあなたとは違うんです、みたいなニュアンスで説教を垂れるような物言いをした。〝若さ故の〟と繰り返すアニカさんに自分にそんなものはないと分かって貰う意図で言ったことだったけど、実際私はアニカさんの言う〝若さ故の〟としか思えないミスを極めて軽薄な、やはり若者特有としか思えないノリで犯していたし、その上それを根こそぎ忘れて自分の潔白をお三方に信じさせようとしていた。
「(…………)」「(…………)」「(…………)」「(…………)」
もう本当に、恥と後悔と自己嫌悪で消え入りたい気分だった。あんな物言いをされていながら今こんなに優しく接して下さっている大人過ぎる姿を見ると、この人はそもそも自分が楯突いていいレベルの相手ではなかったのだと痛感させられる。
「…………」「…………」「…………」「…………」
「あたし、いつも何て言ってる?」
「…………」「…………」「…………」「………えっ?」
「いつも言ってることだよ」「言ってることがあんじゃん最近、日常的に」
「…………」「…………」「…………」「………えぇ?」
「…………」「………あれ、」「忘れちゃった?」
「…………」「…………」「…………」「………っと、」
アニカさんが、日常的にいつも言ってること………
と言えばそれはもう
それはもう
あれしかない。
「…………」「お、おま………」「…………」
「………?」「うん………?」
「お待たせ、」「待った………」
「…………」「…………」「…………」「んっ?」
「お、お待たせ、待った………?笑」
「…………」「…………」「…………」「…………」
多分車内の空気は凍り付いていたけど、限界を超えた眠気のせいか痛みは全く感じなかった。
「…………」「………なん、」「なんだなんだ………」「何?それ………」
「………いや、」「もうアニカさんと言えば」「これしか、ない………」
「…………」「え、マジ………?」
「うん、もう………」「満場一致………」「………ふゎ、」
「…………」「え、もっかい言って………?」
「うぉ待たせ!待った?」「まぼスタ所属公式美少女………」
「ちょいちょいちょいちょい」
「………笑」「はい、笑」
「何その、」「勢い任せの〝うぉ!〟みたいな」「冒頭の感じ………」
「こ、笑」「これはあの、笑」「勢い付けてやるんです、最近は………笑」
「勢い、付けて………?」
「はい………笑」「はぁ、」「………ふぅ笑」「さ、最初の挨拶、なんで………」
「………?」「うん………?」
「発破をかける感じ、ですかね」「ご自身に………笑」
「…………あ、」「挨拶なんだ?それ………」
「そうです、もう」「何百、何千回と欠かさず、されてますね………笑」
「………そんな毎回遅れて来んの?その人は」「…………」「て言うかあたしは」
「いえもう全然、大体いつも時間通り」「大人でしっかりしてて、そういう粗相はそんなにない感じ………」
「…………」「へぇ………」「でも毎回言うんだ?会うたびに」
「そう………笑」
「…………なんか、」「待ち合わせしてる感じ?」「〝お待たせ〟って………」
「はい。デートの待ち合わせ、みたいな感じで」
「………あー、」「で、〝お待たせ〟………」「爽やか風だ?なんか」
「そうです、」「モテる人風のムーブ、というか………」
「…………」「………あー、」「それを挨拶として毎回言ってくる………?」
「はい、ですね」
「…………」「…………」「………なんか、」「モテない奴の発想っぽいな、それ………」
「…………」「…………」「…………」「………いや、それは」
「じゃない?なんか」「敢えて入れないでしょ、モテる人ってそういう変な小ボケ………」
「モテない人が敢えてやってさらにモテない感をブーストさせにきてる感じが面白い………」
「…………」「ん、ごめん………」「ちょっとよく分かんない………」
「………いや、」「面白いんだ、これが………笑」
「…………」「あたし、がそういうイメージってこと?」
「………もう、はい」「結構、それしかない、と言うか………笑」
極度の眠気のせいか私は若干ハイ&自棄気味になっていて、〝夢の中の登場人物にそのモデルになった人の特徴を話して反応を見るゲーム〟をスタートさせていた。
「………他には、何かある?」「あたしがいつも言ってること、と言うか」「あたしのイメージと言うか」
「…………」「…………」「お前が、あたしと結婚すんだよ………」
「…………」「ん、何?」「なんだって?笑」
「ちょっとキレ気味に」「た、他人ごとじゃねぇ!」「お前があたしと結婚すんだよ!」「………ていう笑」
「…………」「プロポーズか、今度は」
「………はい笑」
「…………」「…………そんな結婚したがってるイメージある?あたし」
「…………うん、ある」「あります笑」
「…………」「あ、そう………」
「はい笑」
「…………」「したくないけどなぁ、結婚………」
「いやでも、不特定多数に言ってるんで………笑」
「………何?あたし?」
「そう………」「不特定多数の人に向けて一括で」
「他人事じゃねぇ、お前があたしと結婚すんだよ!」
「!!!」
「………って?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「………?」「何?どしたの」
「…………」「………似てる。」
「………あ、」「似てた………?」
「うん………」「そっくりでした」
「…………」「………あそう?」
「はい………」「やっぱりご本人だから………」
「…………」「なんか、哀れ過ぎんか、私………」
「………え?」
「不特定多数に向かって一括で、って………」「そういうことするってことは、やっぱいないわけじゃん?お相手が」
「…………」「はい、残念ながら………」
「それで矢も楯もたまらず〝お前が私と〟って………」「可哀想だろ、どう考えても」
「………いや、やっぱりそれを敢えてやって自分からブーストさせにいく感が面白い」
「それ何なの?さっきからその」「〝自分からブーストさせにいく理論〟」
「いや、そういう手法の使い手なんです」
「あたしが?」
「はい」
「…………」「ふぅん」「…………」「…………」「出来るの?」
「………はい?」
「結婚」「そうやって不特定多数に向けて求婚したあたしは」「結局出来るの?結婚………」
「…………」「…………」「いえ………」
「…………」「やっぱ哀れ過ぎるな、ちょっと………」
「いや、そんなことない………」「…………」「…………」「でも、」
「?」「うん?」
「こんなのもありますよ」
「?」「うん………」
「…………」「ふ、ゥ、」「ポロ、ポロ………」
「………?」「なん、何………?」
「こうです」「…………」「ふ、ウぅ、」「ポロ、ポロ………」
「…………」「泣いてる………?」
「そう!もしかすると地味にこれが〝アニカさんがよく言うこと〟の堂々一位かも知れない」
「…………」「そーなの………?」
「はい。」
「ど、どんなの………?」
興味を示してくれたようなので前の座席に身を乗り出し、直接レクチャーすることにした。
「こう、なんていうんだろう………」
「うん………」
「全身で悲しみを表現する感じです、」「姿勢を丸めて、顔をくしゃくしゃにして………」
「…………え、」「こ、こう………?」
運転しながらも軽く体を横に向け、ぴしっと伸びた姿勢を巻き肩気味に崩して顔をくしゃりと潰して見せてくれる。
「そ!」「そうそう………」
「あ、ほんと?似てる?」
「うん、この時点で似てる………さすがご本人」
「あ、そう………?」
「はい………」
「で、何だっけ?」
「あ、」「………」「ふ、ゥ、」「ポロ、ポロ………」
「え、」「………ふ、ゥ、」「ポロ、ポロ………?」
「や、違う違う」「もっとこう全身で悲しみを表現して、」
「うん?」
「ふぅ、うぅ、」「ポリょ、ポリょ………」
「うん………」「ふ、うぅ、」「ポリょ、ポリょ………?」
「違う違う、もっとこう悲惨に、みすぼらしい感じで」「ふぅっ、うぅっ、」「ポリぉ……ポリぉ……」
「え、」「ふぅっ、うぅっ、」「ポリぉ……ポリぉ……」
「違う違うもっとこう………」「なんだろう、」「笑ってるんです、アニカさんはいつも」
「…………」「おぉ」「いいじゃん、いつも笑ってるっていうのは」
「はい、だからもっとこう、笑いも入れて」「ふぅっwwwうぅっwww」「ポリぉ………ポリぉ………」
「え………」「ふぅっwwwうぅっwww」「ポリぉ………ポリぉ………」
「違う違うもっとこう」「ふぅっ……wwwうぅっ……www」「ぽりよ、ぽりよぉ………www」
「えぇ………?」「ふぅっ……wwwうぅっ……www」「ぽりよ、ぽりよぉ………www」
「そうそうそう、近い!」「もっとこう、顎もしゃくれさせて」「ふぅぅ………wwwwうぅぅ………wwww」「ぽりょぉ、ぽりょぉ………wwww」
「ふぅぅ………wwwwうぅぅ………wwww」「ぽりょぉ、ぽりょぉ………wwww」
「そうそうもっと!」「ふぅぅ………wwwwうぅぅ………wwww」「ぽりょぉ、ぽりょぉ………wwww」
「ふぅぅ………wwwwうぅぅ………wwww」「ぽりょぉ、ぽりょぉ………wwww」
「そうもっと情けなく!」「ふぅ………!うぅぅ………!」
「ふぅ………!うぅぅ………!」「ぽりょぉ、ぽりょ………」「あのさぁ、」
「違うもっとこう地べたを舐めるように………」「?はい、」
「めっっちゃ舐めてる?あたしのこと」
「…………」「………えっ?」
「…………」「舐めてるよね?」
「………いや舐めてません」
「いや舐めてるよ絶対………」「そういうイメージってことでしょ?あたしが」
「いやもう………」「尊敬してます、全部の先輩の中でも、かなり」
「…………」「あそう?」
「はい………」「もう、配信も、かなり観てましたから、一時期」
「…………あそうなの?」
「はい、本当に真面目に」「一時期ジル様と同等ぐらいに観て、アーカイブ全部コンプリートしてましたから………」
「………ふぅん、」
「…………」「…………」「…………」「…………」
あの、
あの気色の悪い
エロ本の紹介をする配信以外は………
「………へぇ」「………しないけどなぁ、あたし、配信とか」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「でもさぁ、さっきの〝ふぅ、うぅ、〟ってやつが本当なら」「もう化物じゃん、あたし」
「…………」「いや、そんなことない………」「こういう戦い方なんです」
「…………」「戦い方………?」
「………いや、だから」「負けてる状況で敢えて負けムーブをやってブーストさせにいく感じが面白い」
「卑屈なだけじゃねーか!」
「………あっ、」「…………」
まぼスタの先輩方を全体的に尊敬している私としては聞き流せない言葉だった。
有り物の武器で編み出した巧みな戦術を駆使して日々戦うアニカさんに対して、〝卑屈〟………
「………酷い、どうしてそんなこと言うの………?」
「………いや、どう考えても卑屈なだけだろ、さっきから」「なんだよ敢えてやってブーストさせていくって………」
「………酷い」「アニカさん………」
「だめだろ、〝モテない〟とか〝結婚出来ない〟とか〝負け〟とかはブーストさせちゃ」
「アニカさん………」
「クリアしていくもんだろ、どう考えても」「何でブーストさせちゃうんだよ………」
「アニカさん………?」
「情けなさ過ぎる………」「うん?」
「アニカさん………」
「………?」「うん、何だよ」
「アニカさん………」「アニカさんの悪口、言わないで………?」
「…………」「………何?笑」
「アニカさん………」「アニカさんの悪口、言わないで………?」
「何言ってんだお前………笑」
「酷い、アニカさんいつも体張って笑いをとってくれてるのに、そんな言い方」
「………なんで、ずっとあれなの?」
「えっ?」
「なんでなんか、ずっとくしゃくしゃしてるの?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
「ずっとなんか情けない感じ………」「顔押し潰してくしゃくしゃ喋って、」
「…………」「………以前ね?」
「え?うん」
「以前アニカさんが鉄騎馬さんとコラボされた時にね?」
「………えっ?」「テツキバ………って誰?」
「いるんです、後輩にそういう方が」
「…………」「え、聞いたことないけど………」「コラボっていうのは、あれか?」
「はい」
「一緒に仕事したってこと?」
「そうそう」
「うん………」
「それでね、そこでもくしゃくしゃした喋り方をされたんですよ、〝ほなやってこかァ~!〟みたいな感じで」
「…………」「………えっ?」
「コラボの最初で〝ほにゃやってこくァ~!〟みたいな感じで」
「何………」「何それ、何で、シキみたいな訛り方を………」
「関西弁です。関西の方ですから」
「…………」「カンサイ………?」
「はい、」「でね?それに呼応するように真似されたんですよ、鉄騎馬さんが」「〝おォ~!行っくでェ~〟みたいな感じで」
「…………」「うん?」
「そしたらね、アニカさん一瞬黙って、すぐ止めたんです、その………笑」「喋り方………笑」
「…………」「………えぇ?」
「い………笑」「一瞬、気恥ずかしそうにむぐ、って黙り込んでから」「ク、クリアな、喋り方に」「お、お変えに、なったんです………笑」
「…………」「敢えてやってねーじゃねーか………」
「いやもう、その時わたくし本当に」「こんな可愛らしい方いないって思いましたね」「もうほんとに、愛らしい笑」
「いやみっともないだけ………」「歳下じゃないの?そのテツキバっていうのは」
「はい。多分かなり」
「…………」「情けない………」
「お酒飲んでました」
「…………」「………えっ?」
「緊張するからって、鉄騎馬さんとのコラボ」「事前にお酒を召して、勢いでこう」「突破されてましたね」
「…………」「もう何なのそいつ………」
「………いや、そこがお可愛らしくて共感を集める、」
「あたし絶対嫌だわ、そんな奴」「挙動が意味不明過ぎる………」
「…………」「あ、」「アニカさん………?」
「後輩と仕事するのに緊張するとか………」「…………」「うん?何だよ」
「アニカさん………?」
「………え?」「うん、何………?」
「アニカさん………」「アニカさんの悪口、言わないで………?」
「だから何なのそれ本当に………笑」
「許さない、わたくし」「アニカさんが、アニカさんの悪口、言うなら………」
「眠気でおかしくなってるんよ、お前笑」
S字カーブを描きながら山を下っていく車内で、私達は笑った。
昔からの知り合いのように、いくつもの苦楽を乗り越えてきた仲間のように。
今夜が初対面にして、私達は親友同士のようだった。
「(…………)」「(………あぁ、)」「(いいなぁ、この人………)」「(そりゃモテるわ)」「(年間三桁と寝るのも、納得)」
「もうすぐ着くぞー」
と言われて顔を上げると、遠くに煌々と明かりの灯った大都市が見えた。
「(………!?)」「(…………)」「(………???)」
まだ数kmはあるこの距離からでも分かる超・高層な建物群の奥に、巨大な塔のようにも見える一際大きな、先の尖ったいくつかの建物が寄り集まっているのが見えた。
「(あれは)」「(………城だ)」「(また、城………)」
山を下って平地を挟んだ数km先にある筈のその城はとても大きく、手を伸ばせば掴めそうな程近くに感じられた。
「…………」「…………」「…………」「…………」
「…………」「?」「どうした?大丈夫か………?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
前の座席シートに手をかけ呆気に取られて見入っている私にアニカさんが心配そうに声をかけた。
「…………」「すごい………あれ、」
「…………」「………うーん笑」
「あんなの」「あん、なの………」
ファンタジーゲームか、あるいは映画かアニメの中でしか見たことのない大都市だった。
さっきの創国祭会場で見たレンガ造りの城とは違い、街ごとが金属を主とした近代的な素材で造られているのが遠目にも分かる。
どう見ても城でしかない一番大きな、塔のような建物の一群を包囲するように広大な街が広がり、その中に数えきれない家屋が立ち並び、一番外側の端をぐるっと円を描くように高い壁が囲っている。
その壁に向かって平地の上を各方向から、明かりの灯った車がいくつも走って来るのも見えた。
「…………」「…………」「………あんなの、」「…………」
「………見たことない、」「………か?」
「…………」「…………」「はい、」「ゲームとか、の中」「でしか………」
「…………」「…………」「………なんかさ、お前って」「………あ、」「ゆづ」
「…………」「………はい、」
「シートベルトしてる?」
「…………」「………え、はい」「してます、けど………」
と言いながらフロントガラス越しに前を見ると、20mぐらい先に人が立っているのが見えた。
時折照らす車のヘッドライトを頼りに目を凝らして見てみると、どうやらジャケットを脱いでワイシャツ姿になったサラリーマンのような恰好をしたおじさんのようだった。
「…………」「………なんで、こんな所に」
「…………」「…………」「…………」「…………」
胸元からネクタイが垂れ下がり、よたよたとした歩き方によりそれがぶらついているのが見える。
近付くにつれワイシャツが半分ぐらい、ズボンからだらしなくはみ出ているのが見えた。
「………ちょっと、アニカさん」「人、人人」「危ない………」
と言ってもアニカさんは全然スピードを落とさなかった。
「…………」「…………」「…………」「…………」
「ちょっと!アニカさん」「酔っ払い」「酔っ払いいますよ、前に」
アニカさんはきゅ、かしゃ、とシートベルトを締めて
「はい、轢くぞー」
と言って後ろを向いてうろうろしているおじさんの背中に車を真正面からどん、と当てた。
「あぁ………!!!!!」
「…………」「…………」「…………」「…………」
多分酔っ払いだったおじさんは髪の毛を振り乱して前のめりに倒れた後、視界の下方向に姿を消した。
「…………」「アニカさん………?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
アニカさんはかしゃ、きゅきゅ、とシートベルトを外して肘をドアに突いたまま、何事も無かったかのように運転を続けた。
【登場人物・用語】
白河ゆづ…………極度の眠気&疲れと〝夢だからまぁいいか〟の考えが重なって結構滅茶苦茶やった人。尊敬している、と言いながら先輩の口真似を極度に崩して披露する様はさながら売れっ子ものまね芸人のよう。舐めてない、と言いつつこちらの世界でもあちらの世界でもアニカのことは舐めている。実力があったり格好良かったりで頼りになる先輩なのに舐めさせてくれるアニカが好き。………でも〝エロ本の紹介をする配信〟は本当に嫌い。それを部屋で一人で読んでいるアニカの姿を想像してしまうから。
アニカ・サンドルート…………あまりにも優しく、あまりにも器が広く、またあまりにも付き合いがいい人。先回りした気遣いと相手の感情に沿った忠言は若い身空でなかなか出来るものではなく、若くして人間が出来ている。己の腕一つで現実と戦い勝利を勝ち取ってきた人生故に、ゆづの世界のアニカみたいなタイプがあまり好きではない。取り締まりが緩いかつ自身が特権階級でもあるこの世界ではシートベルトとかは基本しない。でも飲酒運転だけは絶対にしない。ゆづの世界のアニカのものまねをしてそっくりなのは、それは当たり前の話。
ジル・スレイトアール…………ゆづがテンパったり傷付いたりで限界化している姿が好きでたまらない人。現在シキに付き合ってビュッフェに行き、ゆづが車の後部座席でシキの膝にしがみついて泣いていた姿をあてに赤ワインをくゆらせている。ゆづが肩から掛けていた鞄を可愛いな、とは思っていたもののそれが無くなっていることには最後まで気付かなかった。
鉄騎馬紅…………まぼスタ所属の中堅女性ライバー。さんかしこの少し後輩でゆづの何年か先輩。奔放で雑なイメージを持たれがちだが実は気遣いに長けるタイプで、アニカの口真似に関しても同調しただけで悪気は全くない。さんかしこではアニカではなくシキに異常な劣情を抱いていて、罵倒されたり殴られたり、首を絞められたりしたいと思っている。
新スレイトアール城&旧スレイトアール城…………ゆづが今回初めて目にして驚いているのが新スレイトアール城、創国祭が行われていた城のような会場が旧スレイトアール城。ジルがまだ子供の頃旧→新へと城が移されており、それに伴って城下町も移動させられている。旧スレイトアール城は現在催事場になっている。
だらしない着こなしのサラリーマンみたいなおじさん…………雑木林で見かけた人影と同種の存在。夜の道路上で見かけた場合は轢いても別に構わない。




