40あれから数ヶ月、週に一度、竜の山を訪れ、ドラゴンに花火を打ち上げてキュウリを差し入れるのが習慣となっていた
「今日もキュウリの花火、打ち上げましょう! きっとあの子待ってる!」
弾んだ声が朝のふわふわ亭に響き渡るのはいつものこと。あれから数ヶ月、週に一度、竜の山を訪れ、ドラゴンに花火を打ち上げてキュウリを差し入れるのが習慣となっていた。
ドラゴンは完全に信頼してくれるようになり、巨大な体を擦り寄せることすらある。
「アラン、準備はできてるかしら?」
温かいコーヒーを片手に忙しく働くルミナと、花火の準備をするアランを眺めながら微笑む。ドラゴンとの交流は生活に新たな彩りを加えてくれていた。
「セレスティーナお母様、キュウリの数、本当にあの子が食べるのですか?」
竜の山へ向かう魔導車の中でルミナが、特別に用意した新鮮なキュウリの束を手に少し心配そうに尋ねた。
最初のうちは半信半疑だったものが、今ではドラゴンがキュウリを美味しそうに食べる姿を見るのが、何よりの楽しみ。
「ルミナ。キュウリの花火を打ち上げる時に一緒に差し入れてみましょう。きっと喜んでくれるから」
アランが運転席から満足そうに頷く。竜の山での花火とキュウリの物語は瞬く間にこの国中に広まった。伝説のドラゴンが花火とキュウリに魅せられ、人間と心を通わせたことに驚きと感動を覚えたらしい。
中にはわざわざ遠方から、同じようにドラゴンにキュウリを差し入れようとする者も現れたが、セレスティーナ一家以外にはドラゴンは心を許すことはなかった。当然だろう。あのドラゴンは生粋の野生だ。
「お母様、最近竜の山に近づく魔物がいなくなったって麓の村の人たちが喜んでる。ドラゴンが村を守ってくれているみたいだって」
ルミナが嬉しそうに報告してくれた内容はどうやら、ドラゴンは交流を通じて地域の人にとって守り神のような存在になっていたようだ。
「開発した花火がこんなにも大きな役割を果たすなんて、思いもしなかった」
めでたしであると考えた後日。
「お母様お父様見て! 新しいお客様。とても遠くからいらしたみたいで」
賑やかな店内とは少し違う、どこか緊張感のある声。カウンターから顔を出すと見慣れない少女が立っていた。
十代半ばくらいのその少女は豪華な魔導車で運ばれてきたらしく、身なりは高貴な家の出身であることを示唆している。
何よりも目を引いたのは少女の瞳。熱に浮かされたようにキラキラと輝き、何かを探し求めるような強い感情が見える。
「あの!あなた様はセレスティーナ様でいらっしゃいますか!?」
少女はセレスティーナの顔を見るなり、一目散に駆け寄ってきた。勢いにルミナもアランも思わず身構える。
「セレスティーナ様でいらっしゃいますか!?ふわふわ亭のパンケーキと月の雫紅茶、夢の遊園地、魔導車、黄金の花火を創り上げた伝説の」
少女は息を切らしながら、興奮した様子で問いかけてくる瞳は憧れの存在を前にしたかのように、揺らめいていた。
「え、ええ、私がセレスティーナですけれど」
突然の熱烈な歓迎に少し戸惑いながらも答える。
「ああやはり! 感激です! 私ずっとあなた様にお会いしたかったのです!」
少女は深々と頭を下げる。
「わたくしメロディと申します! 帝都から、あなた様にお会いするために参りました!」
少女は顔を上げると改めて自己紹介をする。熱量は一切衰えることはなく誰にも聞こえないように、そっと囁く。
「私、故郷からいらした方だと知っています。私は同じ転生者なのです」
聞いた瞬間、心臓が大きく跳ね上がった。まさか、異世界で同じ故郷を持つ人間に出会うとは。誰にも話せなかった秘密。アランもルミナも少女の言葉に何が起きているのか理解できないといった表情でコチラを見ている。
「私、生まれた故郷で知ってしまいました! パンケーキを作ったり、遊園地を創ったり、車を開発したり、夜空に花火を打ち上げたりするなんて! もう、本当に感動しましたよ!」
メロディは涙を浮かべながら語りかけた。異世界で創り上げてきたものが昔の故郷の誰かの心を動かした。何よりも嬉しい。
「文化や技術を異世界で形にできるなんて! 世界に故郷の素晴らしいものをたくさん届けたいのです!」
メロディの瞳は希望に満ちていた。同じように故郷への愛と創造への情熱を燃やしている。
「ようこそメロディ。私のふわふわ亭へ。私の大切な家族にようこそ」
メロディの手を握り、心からの歓迎の意を伝えた。
「メロディどうぞ座って。今日の陽光マフィンは焼きたてなの」
声をかけるとメロディは、目を輝かせながらルミナが用意してくれた席に座る。ふわふわ亭の温かい雰囲気の中、初めて故郷の記憶を共有する時間を過ごす。
アランとルミナはコチラの会話の様子を不思議そうに優しい眼差しで見守る。
「セレスティーナ様、ほ、本当にこの世界で故郷の話ができるなんて。夢のようです」
メロディはマフィンを一口食べると、感慨深げに言う。瞳は興奮と喜びで潤んでいる。
「私もよメロディ。同じ転生者に出会えるとは思ってもみなかったから」
故郷の食べ物の話、流行っていた歌の話、まだこの世界に存在しない様々な技術の話をした。




