30フレーバーティー、月の雫紅茶
ある日の午後、店で提供しているハーブティーを飲んでいると、ふと、故郷で親しんだフレーバーティーの香りが脳裏をよぎる。
様々なお茶があるが、茶葉そのものに香りづけをしたお茶はまだ存在しない。ずっとそのことを考えていた。
「アラン、ルミナ。お店で新しいお茶のフレーバーを開発してみないかしら?」
切り出すと二人は興味津々といった顔で見てきた。
「フレーバー?どんなお茶なの?」
ルミナが目を輝かせながら尋ねてきた。
「茶葉に果物や花、スパイスなどの香りを移すの。そうすると例えば陽光の実の香りがする紅茶や、甘い花の香りがするお茶なんかも作れる。お客様もきっと驚いてくれる、はず」
説明するとルミナはすぐにアイデアを出し始めた。流石は我が娘。
「素敵。特産である陽光の実だけでなく、月光の花や森のハーブなんかも使えそう。私新しいジュースのレシピ開発で、色々な香りの組み合わせを試していたからきっと応用できると思う」
ルミナの創造性にはいつも驚かされる。才能は国の食文化を確実に豊かなものへと変えていた。
「ほう、それは面白い試みだね、セレスティーナ。茶葉に香りを移すとなると、繊細な技術が必要になるだろうが私も協力しよう。はは」
アランも提案に乗り気。職人としての精密な技術があれば、香りを均一に茶葉に移すための乾燥機や最適な温度を保つ装置なども作れるはず。
こうして、フレーバーティーの開発に取り掛かる。工房は様々なハーブや果物の香りで満たされ、魔法使いの実験室みたい。
「お母様、月光の花、香りはとても良いのだけど茶葉に移すと少し苦みが出てしまって」
ルミナが試作の紅茶を飲みながら首を傾げた。
「香りを移すタイミングや花の量を調整する必要があるかもしれない。アラン、茶葉を乾燥させる際の温度を、もう少し細かく調整できる装置は作れない?」
無茶かもしれないが、アランはすぐに新しい乾燥機の設計図を書き始めた。探求心と協力は本当に心強い。様々な組み合わせを試した。ノートに何度も何度も書き記す。
陽光の実の爽やかな香りを移した紅茶、森のハーブの安らぐ香りを移したお茶、珍しいスパイスを使った、少しエキゾチックな香りの紅茶など、種類は多岐にわたる。
時には香りがうまく移らなかったり、味が期待外れだったりすることもあったが誰も諦めなかった。作ることは楽しい。
一杯の完璧なフレーバーティーを作るために、何度も何度も試作を繰り返す。これでもないあれでもないと。
何十回目かの試作の日。ついに、完璧な陽光紅茶を完成させた。茶葉からは陽光の実の爽やかで甘い香りが立ち上り、一口飲むと香りが口いっぱいに広がり、心地よい余韻を残す。鼻腔に広がる。
「わあ。陽光の実そのものを飲んでいるみたい!」
ルミナが感動の声を上げ、アランも一口飲み、満足そうに頷く。
「これは、素晴らしい! まさに香りの魔法!」
三人の手で誰も知らなかった、新しいフレーバーティーが誕生した。家族みんなの愛情と諦めない探求心が生み出した、奇跡の香り。
フレーバーティーがふわふわ亭に、国のティータイムにどのような新しい風を吹き込んでくれるのか。胸は大きな期待で満たされる。
翌日。
「見てください! できました!」
ルミナの喜びの声が工房中に響き渡る。彼女の手には透き通るような美しいピンク色の紅茶が入ったカップが握られていた。茶葉からは甘く、決してしつこくない芳醇な香りが立ち上っている。
「綺麗ねぇ」
幻想的な色合いに思わず息をのむ。故郷で夢見たフレーバーティーの色。アランも美しい紅茶を見て、目を丸くする。
「これは。空に浮かぶ月の雫のようだな?」
アランの言葉にルミナが満面の笑みを浮かべる。
「そうよ。私もそう思ったの。それなら紅茶の名前は、月の雫紅茶にしてしまいましょう」
美しいピンク色の紅茶を生み出すまでには、長い試行錯誤があった。陽光の実を使った紅茶の開発が成功した後、ルミナは国の夜に咲く特別な花に注目していたのだが、夜露に濡れるとほんのりピンク色に輝く月光花。
「月光花、見た目はとても美しいけれど茶葉に香りを移すのが本当に難しい。それに色もなかなか出ない……うーん」
ルミナは何度も失敗を繰り返してているくらい、月光花の香りは非常に繊細で、熱を加えすぎるとすぐに飛んでしまう。
美しいピンク色を抽出するのも至難の業である。共に様々な抽出方法を試す。時には花の量を増やしすぎて苦味が出てしまったり、逆に少なすぎて香りが感じられなかったり。
アランも月光花の色素を茶葉に定着させるための特別な乾燥方法を考案してくれる。
「セレスティーナ、ルミナ。月光花は、非常にデリケートだ。低温で、時間をかけて、ゆっくりと香りを移していく必要があるみたいで」
アランの助言のもと、通常のフレーバーティーとは異なる特別な製法を確立。夜間に収穫した月光花を厳選された茶葉と共に、アランが特別に設計した低温乾燥機に入れて数日かけてじっくりと香りを移していく。
美しいピンク色の色素を抽出するためには、特定の温度と時間で湯通しする工程が必要だった。
月の雫紅茶はふわふわ亭の新しいメニューとしてデビューする。常連のお客に、こっそりお勧めする。
「まあ! なんて美しい紅茶なの! 宝石みたい!」
「香りが! こんなに優しくて心地よい香りの紅茶は初めて」
お客たちは幻想的なピンク色の美しさと、芳醇な香りに感動の声を上げていく。女性のお客様からの反響は絶大で、たちまち月の雫紅茶はふわふわ亭のもう一つの看板メニューとなった。
「月の雫紅茶、お店のパンケーキと合わせると、本当にぴったり。甘さが引き立つし、口の中がすっきりするし」
ルミナが嬉しそうに言う。




