26ミステリーに首を突っ込む子持ちの母親
「今日の陽光マフィンも完璧ね。香りも焼き色も、全部」
ルミナの明るい声が響く。隣で最近開発したばかりのハーブティーをゆっくりと味わう。呼び出されたのはこれなのだと言われる。
アランは新しいパン焼き窯の設計図を広げ、真剣な顔で検討している。孫たちは手伝いを終えた店の奥で、教えてくれた新しい折り紙の技法に夢中。
「本当にね。ルミナの腕も完全に超えたわ」
娘の成長ぶりに目を細め、喜ぶ。パンケーキ専門店ふわふわ亭は街の象徴となり、家族みんながそれぞれの役割を担い、充実した日々を送っている。
穏やかな日常のほんの小さな隙間から、感情が顔を出し始めた。物足りなさに伴う好奇心。
昔は自らの立場を守るために情報収集に奔走し、時には大胆な行動に出る必要があった。
常に張り詰めた緊張感の中にいたが、同時に知的好奇心や謎を解き明かすことに喜びを見出した気もする。
確かに幸せでどこか刺激が足りない。漠然とした思いが小さな波紋を広げる。眠っていた探求心がまた目覚めたのかと、笑う。
午後、アランが届けた今日の新聞を読んでいた時のこと。一面にはふわふわ亭の記事が大きく載っている。
「またふわふわ亭が載ってる。今度は地域貢献の模範店ですって」
嬉しそうに新聞を指差した。視線は記事の下に小さく掲載された記事に釘付けになる。街から少し離れた場所で起きた、小さな盗難事件の記事。
記事によると貴族の屋敷から、特に価値があるわけではない古い手紙が盗まれたと。異世界の設立されている警察機関は、単なる物盗りとして捜査を進めているよう。
直感は物盗りではない、と囁く。価値のない手紙を狙うなんて普通じゃない。手紙に隠された意味がある!はず。
情報収集に明け暮れていた頃の、ミステリーを解き明かしたいという疼くような探求心が蘇ってきた。
街の警察は魔導具の技術は優れていても、人間の心理や複雑な人間関係に起因する犯罪の捜査には慣れていない。
心理分析は過去の世界でもまだ新しい分野の扱い。ゆっくりと新聞をたたみ、遠くを見つめる。
穏やかな日常は幸福を与えてくれた。多いに結構なこと。もしかしたら、平穏な生活だけでは満たされない別の感情があるのかもしれない。
新しいパズルを見つけた子供のように、ワクワクし始めている秘めたる気持ち。
「陽光マフィン、いつもより焦げ目がきれいね」
ルミナの明るい声が朝の厨房に響き渡る。つい、心ここにあらずといった様子でマフィンを皿に並べて、頭の中では新聞で読んだ盗難事件のことがぐるぐると駆け巡っていた。
「ええ、そうね……あ、ルミナ、事件の記事、まだ持ってる?」
不思議そうな顔をされる。
「うん、まだあるけど?でも、どうしたのお母様?そんなに気になるの?なにか」
「ま、まあ、少しだけ。どうも紙の盗難、物盗りではないような気がして。気になって」
ルミナは首を傾げる。世界の住人であるルミナには培ったような、犯罪心理学や推理小説の知識はない。自分も精々ドラマからの受け売りだが。
「でも、警察が捜査しているのでしょう?わざわざ私たちが関わることでも……危ないし」
もっともである。内なる探求心は止めることができそうにない。
「そうね。でも、少しだけ事件について調べてみたいの。もちろん、お店の仕事はきちんとこなすから、ね?」
安心させるように微笑んだ。ふわふわ亭の仕事をに任せて一人、盗難事件のあった屋敷の近くへと足を運ぶ。
ついていくと聞かない娘に、あっちの仕事は?と聞くと悔しそうにしていた。母親についていきたいからではない。
娘の好奇心が現在暴れ回って仕方ないから、あんな顔が見れた。周囲を歩きながら情報収集をしていた頃の五感を研ぎ澄ませる。
「古い手紙……なぜ、そんなものだけを盗むの?」
屋敷の周辺を注意深く観察すると、侵入経路らしき場所には足跡が残っていた。熟練の盗賊にしてはあまりにも無造作な足跡。
わざと足跡を残したかのような?
その時、裏手に小さくて特徴的な植物が咲いていることに気づいた。地域では珍しい、特定の土壌でしか育たないハーブ。
ハーブは貴族の屋敷とは全く関係のない場所で栽培されている。咲いているのは偶然ではなく、これは、犯人がこの場所に来たことを示す隠されたメッセージなのかも。
直感で囁いてくる。警察が見逃すような小さな重要な手がかり。解き明かされていくような高揚感で満たされる。
「アラン、実は盗難事件のことであなたに相談したいことがあるの」
夜、店が閉まった後にアランに今日見つけたハーブと、推理を打ち明けると真剣に耳を傾けてくれた。
「特定のハーブがこの場所で?それは確かに何か意味があるかもしれないなぁ」
話を聞き終えると知識と技術を駆使し始めた彼はハーブの原産地や、生育条件、過去の歴史における使用例を探す。魔法の書物や彼の広範な知識から調べてくれた。
「セレスティーナ、ハーブは特定の貴族の家紋にも使われている。彼らは昔、屋敷の持ち主と何らかの縁があったらしい」
頭の中に点と点が線で繋がるような感覚が走る。




