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不知火無題のドキュメント  作者: 人見 吾空
第三章 不知火無題の記述

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2.父と息子

 僕の曽祖父、ひいおじいちゃんはこの土地で代々農業を営んでいた家系の生まれで、江戸時代くらいから変わらず同じ土地を開墾しているらしい。地域の神社の境内に並ぶ玉垣には同姓の名前が彫られていて、これはご先祖様だぞと小さい頃教わった記憶がある。

 戦後の経済成長期、政府の減反政策の煽りを受けてもこの地域の米農家たちはなんとか地産地消をと学校給食や地域の料理店に卸して生き残りを図ってきたらしいのだが、昭和の終わり頃からやはり担い手が少なくなってきて、曽祖父は祖父にも継いでくれと頼んでいたという。

 けれど僕の祖父は都内の大学に出たまま家業を継がない選択をして、祖父母との大喧嘩の末にビール醸造を専門にした会社に就職、アジア一帯に出張して醸造の工場の管理者みたいなことをしていたらしい。そこで出会った事務の日本人女性と結婚して父が生まれた。

 国境を越える転勤族の祖父に連れられ、父はその幼少期を各地の日本人学校を転々として過ごし、中学高校は各地のインターナショナルスクールに通っていたらしいのだが、大学だけはとルーツである日本の大学に曽祖父の家に住んで通うといって無理を通した。

 父曰く「大決断だった」らしいのだけれど、結局大学のなかの日本人たちとはそりが合わないということを身に染みて感じる経験に終わってしまったようだった。

 その後都内にある外資系企業に就職し、職場結婚を経て現在は独立し、夫婦二人で曽祖父を手伝いながら半分農家、半分産業コンサルをして地元に定住しつつ各地を転々としているのだから、幼い頃の原体験というのは思いがけず大きな影響を与えるのかもしれない。

 そんな父だったからだろう、僕がずっと同じ場所で生まれ育っていることに不思議な羨ましさを常々感じているようだった。「いいなあ、舜と春名は」と言われるたびに、どこがいいんだと僕たちは正直訝しく思っていたし、うっとおしくさえ感じていた。

 だから僕が学校から引きこもりがちになり、春名が暴走グループに入ったときには全く僕たちの感情を「理解できない」といって、父は憔悴したまま僕たち兄妹に大きな心の壁を築いたものだった。

 ともあれ、僕は幼い頃から曽祖父の住む古くからの農具の並ぶ民家と、日本各地でのコンサルを生業にしながら曽祖父の土地に戻ってきた両親の建てた祖父との二世帯住宅を行き来して育った。ちなみに両親は曽祖父と感覚が似ているのだけれど祖父とは合わない。一方僕と春名は祖父と感覚が似ているのだけれど、曽祖父と両親とは合わない。

 祖父は僕が小学三年の頃に祖母が亡くなってからというもの、意気消沈したようになり、折悪く腎臓の病に罹って病院と自宅を行き来するうちに、祖母の後を追ってしまった。

 ぽっかりとあいた二世帯住宅のあるそんないたたまれない家庭環境で、僕たち兄妹は紆余曲折を経ながら育っていた。


「美名はまだ向こうにいるんだけどさ、俺はもう飽きてきて。旅行は結局疲れるために行くものだと改めて実感したよ」

 そう言うと、父親は大きなキャリーケースを玄関の土間においたまま玄関口に腰掛けて、黒いダウンを纏った身体の関節をぐるぐると回したり、ごきごきと鳴らしたりした。

 どこかのブランドの限定ものらしい丸い黒縁メガネを掛け直して、「はあ、やっぱり家が落ち着くなあ」とこぼしながら、まるでお茶を一服したかのように息を吐いた。その様子を、僕と春名は玄関に続く廊下で壁にもたれながら見つめていた。

「娘と息子を海外旅行に連れて行かずに言うセリフがそれか」

「だって二人とも高校生活の大事な時期じゃないか。お父さんとお母さんが連れ回しちゃったら二人の青春が薄くなっちゃう」

「青春とか言うな、恥ずかしい」

「あ、そうだ。夕飯ってあるかな。高速バスのタイミングが悪くて食べられてなくて」

「今日コンビニ弁当とお惣菜だったから残ってない。出前取って、出前」

 そう春名が言うと、父は目に見えて不機嫌というか拗ねた表情になり、

「ええ〜。せっかく我が家に帰ってきたのに。しょうがない。そうするよ」

 と言い、ようやく靴を脱いで廊下に上がってきた。そのままダイニングテーブルの一角に自分のダウンをかけ、キッチンのなかにあった缶ビールを二つ、三つ取り出しつつ、適当なつまみを作れないかと野菜室などを見ながらて早速一杯開けようとしていた。

「ご飯食べるんじゃないの?」と春名が尋ねると、

「その前にゆっくりさせてくれよ、出前取るのも神経使うんだから」と父は言った。

「でもほんとうよかったよ、春名も舜も門高に行けてさ。俺も行きたかったよ」

 その父の言葉に、春名が静かに腹を立てているのが僕にはわかる。

 春名からすれば別に両親の願いのために門高を志望したわけではない。

 春名が中学三年の頃、苦労して門高に入学したばかりの僕に、春名は僕と同じ高校に行きたいんだと言ってきた。

 僕は思わず腹が立って「真似するなよ」と伝えたら、「真似じゃない」と告げてきた。聞くと、グループの先輩に応えるために何かできないかと考えてみたものの自分にあまりにも知識が足りなくて考えつかないから立ててみた志望であって、受かってもまだ試行錯誤の渦中だということだった。

「でもお父さんは中国とシンガポールのインターでしょ? いいじゃん、あたしもいろんな国行きたいよ」

「いやあ、いい思い出はあるけどさ。前からよく言ってるけど俺って何人なんだろうって悩んでたぐらいなんだよ? それからしたら絶対いいよ二人の方が。

 親父がおじいちゃんと仲悪かったから帰省もできなかったしね、日本のことな〜んにも知らないままでさ。でも周りの子は自分のルーツの国によく帰ってて羨ましかった。

 だから、大学一年のときにおじいちゃん家から富士山が見えるってわかったときは一生ここに住むぞって、大決断したもんね」

「それでひいおじいちゃんが大喜びしたんでしょ? 耳にタコだよ」そう呆れ気味に告げて自室に帰ろうと階段を登る春名を横目に、僕はとりあえず皮肉を一言置いてみた。

「僕たちと父さんの産まれる順序が逆だったら、よかったのかもしれないな」

「はっは、言える〜」

 僕の意図に一ミリも気づかない様子で、ビールを傾けながら細くスライスしたじゃがいもを揚げている実の父のにへらと笑ううわついた表情と言葉遣いが、僕にはとても昔から性に合わない。おそらくそれは春名にとっても同様なのだけれど、そのことに未だもって気付かないでいる。

 さらに駄目押しなのが……。

「そういえば勉強はどう? 春名はついていけてそう?」

「……父さん、春名は大丈夫。入学早々数多くの学友に囲まれているようだし、たくさんの部活から勧誘されて困っているそうだ。昨日も友人を家に連れてきて、長々と青春をしていたよ。その後にはショッピングモールにも出かけて……」

「あ、そうなんだ。よかったあ。舜も春名もあのままもっと駄目になっちゃうんじゃって、俺たち二人して心配してたからさ。もうほんとうによかったよ。ここからみんないいところに行ってくれたら万々歳だねえ」

 こういう言葉を、にべもなく微笑みながら、つまり悪びれもなく、本当に悪気なく使うところだ。大仰だと思われるかもしれないし、別段悪いことは何も言っていないと世間的には思われるのかもしれないが、僕は吐き気を催した。しかしそれを表に出さないようにいくらか顔を伏せたまま「自分の部屋に戻ってる」と言って階段を登りドアを閉めた。


 自室に戻ってドアを閉めてから、僕はベッドに自分の身体を倒れ込むようにして投げ込んだ。僕の心のなかに、「それやる意味あるの?」「それで成績は?」「友達と遊ぶのも大事だけど、ねえ」など、さも当然とばかりに告げられるいくつもの過去の言葉がやってきては僕の肌を鈍く切り裂いていく。その痛みを和らげるためにスマートフォンにヘッドホンを繋ぎ、耳に当てて布団にくるまりながら音楽を爆音で流し続けた。

(「勉強」に役立たなそうなもの、二人にとって「いいところ」に行くのに関わりのないことをやってたら、またあの悪気のない言葉で春名や僕を突き刺してくるんだろうな……。

 相手は家族なのに、たぶん世間的には「普通」の言葉をかけているんだろうに、なんで僕はこんなに吐きそうなんだろう?

 家族ってもっと、いろんなことを話し合える関係なんじゃないのか? 悩みとか、迷いとか、優しく諭してくれたり叱咤激励してくれるのが親なんじゃないのか? いつからだ? どこで間違えた? もっと僕が学校でうまくやれていたらよかったのか?

 なんで「うち」ってこうなんだろう……。

 いや、もっと適切な問いの形にするなら……。

 なぜこんなにも感性の違う相手が、家族として同居してるんだろう?)


 家系図的に見れば、いまこの家に暮らしている「家族」として僕の隣には春名がいて、僕の上にいままさに階下でクラフトビールをあおっている辰久とうさんと、いまだ海外旅行を満喫している美名かあさんがいる。そのさらに父方の上に、僕から見れば曽祖父にあたる辰二ひいじいちゃんがいる。

 ふと不知火の書いたエッセーの内容が、頭のなかで明滅するように僕の頭のなかに響く。

『多くの人、多くの物事、多くの出来事が、もしかしたら時間すらが、その「対」を通してわたしのいる場所にやってくる』。

 時間がやってくるなんて、軽くSF的だと思っていたけれど、違う。

 事実僕はいま、父さんのなかから失われた「時間」、自分のルーツの場所で育つ時間と、父さんがいま生きている「時間」、“優秀”な学校を出て“優秀”な会社で暮らす時間を生きさせられようとしている。

 要は地域のなかでの成功者風の生き方にしか意味はないという生き方を、僕が選んで僕にしか歩めないはずの時間の移動の間に与えられようとしているのだ。

(ああ、そうか。その人が蓄積してきた時間への屈託は時代を越えて、言葉を介して僕に向かってやってくるんだ。『前から、後ろから、左から、右から、上から、下から』。)

 だんだん、不知火が自分の経験を丁寧に書き留めたい、といった言葉を聞いたときにはうまく飲み込めなかった意味が腑に落ちてくる。誰かが丁寧に経験を書き留めておいてくれると、こんなふうに自分の経験と響き合ってくれるのか。

 実際、不知火は言っていたじゃないか。『信じたい気持ちは残っているんですが、信じることがもうできなくなってしまっているというか……』。


(もしかして、このことを言っていたのか?

 結晶というよりはまるで金属みたいに、耐え続けた心は疲労して割れてしまう。

 何よりいま、そんな風にして僕の心が剥落しかけている。まさに剥落しかけている。

 生きたい意欲はある。楽しみたいことだってある。翌週に控えた新しいクエストの準備だって、さっき終えたばかりだ。

 僕が生きている意味だって、もしかしたら両親にとっては「ある」と思われているのかもしれない。

 それでも、両親たちから与えられるそんな「意味」を僕は持たされて生きたくない。

 だから「意味」などないと、僕は訴え続けてきたのかもしれない。

 そんな意志を曲げられて、その「意味」を持たされて、その「意味」を持つことに耐え続けたら、こんなふうに心にヒビを入れられることがあるのかもしれない。

 ……あの文章をもう一度読みたい。

 不知火の書いた言葉を読みたい。

 不知火の声を、考えを聞いてみたい。)


 僕はこのとき、生きる意味や生き方の哲学を求めていたのか、不知火の言葉を求めていたのか、わからない。でも正直なところ、どっちにしても同じことなんじゃないか。

 春名の言葉を少し言い換えるなら、周りのどこにも存在しないような生き方についての考えを与えてくれるなら、それがポップスだろうとロックだろうと、本だろうと雑誌だろうと、アートだろうとなんだろうとそれは哲学的なんだ、きっと。

 だから、このときの僕はベッドのなかで、このことを信じて疑わなかった。一つ下の女の子が授業の課題で書いた、僕の周りのどこにも存在しないような意味を与えてくれた言葉が、哲学的じゃないわけはないんだと。


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