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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
紛争と敵意

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2人からの言質


 あたし達は急いで講義会場を出た。

 とは言っても、表向きの表情は穏やかなものに取り繕う。外に出ると、まだヨセハイド地方の人々が大勢立っていたからだ。

 外に出るとわぁっと歓声がしたため、あたしは軽く笑って手を振った。遅すぎず早すぎないスピードで魔獣車まで歩き、踏み台を登って乗り込むと、スッと気持ちが切り替わる。


 

 戦……。

 旧アザルス王制派がここに来て抵抗をしている……?

 でもわざわざラディウスの故郷を戦地に選ぶって事は、誘き出したいのはラディウスって事なんじゃ……。


 悶々と考えているとヘルムートが乗り込んできて、扉が閉まると同時に魔獣車は動き出した。

 ヘルムートが腰を下ろすと同時に、

「さっきの風はラディウスから?」

 間髪入れずに尋ねた。

 

「はい。つい先ほど、ヒルスナイトの領主から連絡があったそうです。突然攻め込まれたようで、村がいくつか燃やされたとか。被害報告はまだないそうですが、おそらく調べが追いついていないだけでしょう。急ぎ援軍を、との内容だったようです」

 ヘルムートは強張った顔のまま、睨むような視線を向けて話した。事の深刻さが伺え、あたしは感じたことがない焦燥感に襲われる。

 

 村が燃やされた?

 突然攻め込まれたってことは、一方的な攻撃ってこと?

 

「なんで相手が旧アザルスとわかるんですか?」

「国旗を掲げているそうです。正規軍では当然ありません。現政権は国旗を変えています」

「…………アザルスを滅ぼされた恨み――ですか?」

「まだはっきりとは……。しかし表立った理由はそうかもしれません」

「表立った?」

 まるで他の理由があるかのような含み方に、思わず聞き返した。

「自国を滅ぼされた、というだけではないかもしれません。ラディウス様の故郷をわざわざ選んだ所を考えると、ラディウス様への復讐とも捉えられます」

 はっとして息を呑み、

「やっぱりそうなんですか?」

 緊張に手のひらに汗をかいた。

「ラディウス様の故郷を知るものはほとんどいません。ヒルスナイト領主にも教えていません。エッダやグスタフでさえ知らないでしょう」

「そこまで調べ上げている、と?」

 ヘルムートはゆっくり頷き「恐らく……」呟いた。


  

 あたしは嫌な予感が頭をよぎる。

 極少数しか知らないラディウスの生い立ち。

 情報を漏らしたのはやはり内通者なんだろうか……。

 これほど警戒していても情報が漏れるということは、相当深くまで潜り込んでいるということ?

 今の警戒態勢だけでは不十分なんだろうか……

 

「やっぱり内通者に、かなり情報を知られているんでしょうか……」

 不安げに呟くと「可能性はあります」厳しい声が返ってきた。

「とにかく、ラディウス様は自ら鎮圧に赴くおつもりのようです」

「ええっ!?」

 俯いていた顔をガバッと上げた。

「そんな!そんなの敵の思う壺じゃないですか?!」

「……ヒカリ様もそう思われますか?」

「当たり前です!故郷と知って戦を仕掛けたなら、誘き出したい相手はラディウスしかいません!」

「私もそう思います。陛下が赴くのは得策とは言えません。しかしお止めするのは難しそうでした……。先ほどの会話で、相当お怒りでしたから」

 

 そりゃあ、故郷をめちゃくちゃにされれば怒りもする。母親を看取ったのがその故郷であるのなら尚の事。里心はラディウスにもあるだろう。

 

 そう考えているとヘルムートは、

「しかし、私にはラディウス陛下だけを狙ったものとも思えません」

 難しい顔をしてそう言った。 

「状況は複雑です。あらゆる事情と、敵の思考を読む必要があります。誰が戦地に行くのか、派遣する部隊をどうするのか、誰が城に残るのか、そしてヒカリ様、あなたの身をどこに置くのか」

「え?あたし?」

 自分が問題のただ中に入るとは思っておらず、拍子抜けした。あたしの居場所がどう関係してくるのか、全くわからなかった。

「それってどういう――」

 尋ねようとしたけど手を挙げて制され、

「詳しくはラディウス陛下の元へ到着してからお話します。今はしばし熟考させて下さい」

 怖いくらいの真剣な顔で言われ、浮かんだ疑問を呑み込み、黙るしかなかった。


 

 ヘルムートはそこから一切喋らず、床の一点を見つめ続けた。フル回転する音が聞こえないのがおかしいほど、彼は深く自分の中に潜っているようだった。彼の頭のなかであらゆる可能性と対策が練られているのだろう。


 

 車窓の向こうを見る。曇天の雲から、いつの間にかまた雪が降り出していた。窓に打ち付ける雪は水粒になって窓を濡らす。


 

 ラディウスだけが狙いじゃない……。

 わざわざ戦を起こしてまで、敵は何をしたいのか。

 ヘルムートがあたしの居場所を心配するということは、暗殺も狙っているの?

 ラディウスとあたしを同時に手にかけるために、村を焼き、ラディウスの故郷をめちゃくちゃにしているんだろうか……。


 だとすれば、あたしはどうすべきか。

 結界と魔法が幾重にも張り巡らされた家に居るべきか――。

 でもラディウスの目さえも掻い潜って敷地内に侵入できるのなら、一人になるべきじゃない気がする。

 戦の規模が分からないが、ラディウスもヘルムートも戦地に赴き、グスタフやエッダも参戦するなら、あたしは王都で守りをほぼ失うことになる。

 ならラディウス一人で戦地へ?

 それともヘルムート、グスタフ、エッダが行く?

 質問に答えてくれない状況では、どう考えてよいのかも分からない。

 

 あたしは何も考えが見つけられず、仕方なく窓ガラスを流れる雫を目で追っていた。


           ◆


 王都が見える場所まで帰ってくると、ヘルムートは魔獣車の天井を叩き御者に合図した。

 小窓から顔を覗かせた御者に「ここから飛びます」とだけ伝えると、あたしに向き直って、

「ヒカリ様、お手を失礼しても?」

 手を差し伸べてきた。

 次元魔法で一気に飛ぶのだと分かったあたしは、返事の代わりに彼の手を取る。

 途端に足元が光り、瞬きする間に景色が変わり、城の最上階、ラディウスの執務室へと続く廊下が見えた。

 

 ゆっくりと絨毯に足が着くと、2人して無言でつかつか歩き出し、一直線に執務室へ向かう。豪華な扉を叩き、「ただいま戻りました」

 それだけ言うと返事も待たず、ヘルムートは入室する。

 あたしも後に続いて部屋に入ると、

「早かったな」

 椅子から立ち上がったラディウスがこちらにやってきた。

「事が事ですので、飛ばしました」

「道中に変わりは?」

「ございません」

「そっちに奇襲はなかったか……」

 

 ラディウスはそこまで考えていたのかと、ドキリとする。

 だからヘルムートも「離れるな」と言ったんだ……。

 

「陛下、続報は届きましたか?」

 ヘルムートはいつものソファまで歩み寄ると、固い声で尋ねた。

 ラディウスはソファには座らず、横に立つと難しい顔をして話し始める。

「ああ。ヒルスナイト領の兵で戦闘しているらしいが、相手の人数が判然としない。戦闘している場所とは別に、村も襲われているらしい……。これで3カ所目だ。混乱を招くため、複数に分かれて襲撃しているんだろう」

「……となれば、兵士崩れがいますね。庶民だけにしては手際が良すぎます。例の没落貴族が関与している可能性は?」

「大いにあるな。当事者が参戦していることも考えられるから、カルシスへそいつらの似顔絵を送ったが、返事はない」

「彼女も参戦を?」

「火を放たれた村に向っているらしい。夫と息子達はそれぞれ別の戦場に向かったとのことだ」

「――よくありませんね」

 ヘルムートは苦悶の色を浮かべた。

「かなり兵力が分散されています……。これ以上戦地が増えれば、国内への侵入をさらに許してしまう……」

「だから先に俺に援軍を求めたんだろう。頭のキレるカルシスだ。先読みは得意だからな。急ぎグスタフに指示を出して、2小隊を現地に向かわせたが……到着は早くとも夕方だろうな」

「そうですね。私の隊からも2小隊出せます。エッダは何と?」

「弓部隊も2小隊だ」

「合計6小隊……中隊規模にはなりますね………。指揮官は誰にするおつもりで?」

「俺が出る。あの辺りの地理には詳しいからな」

 あたしはまたドキリとして、胃の下をギュッと掴まれた気がした。

「……ラディウスも参戦するの?」

 部屋に入って初めて声を出したあたしに、ラディウスはやっと気がついた顔をした。

 そして緊迫した表情から一転、痛いくらいにくしゃりと歪めると、

「――ヒカリ、なんて顔してるんだ」

 呟いた。

「え?」

 理由がわからず驚くと、ラディウスは歩み寄ってきてあたしを抱きしめた。

「………お前にはあまり聞かせる話じゃなかったな――」

 反省の色を滲ませる声に、よほどおかしな顔をしていたんだろうと察しがついた。

 

 戦だ、村を焼かれたなど、まるで現実味がなかったが、2人の緊迫した会話から焦燥感がひしひしと伝わってきて、内心穏やかでなかったのは確かだ。

 

 ラディウスの服をぐっと掴むと、

「ラディウスも行くの?」

 再び尋ねた。

 体を離すと、

「他に動ける者がいないだろう?ヘルムートでも構わんが、地の利がある俺が適任だ」

 平然とそう返された。それが腹立たしくて、

「でもラディウスが狙いなのに!のこのこ行ったら敵の思う壺じゃない!」

 自分でも驚くくらいの声で叫んでいた。

 

 ラディウスは驚いた顔をしたが、すぐに表情を戻し、

「そんな状況には慣れている。それに相手の思い通りの結果になった事など、一度もない。だから心配ない」

「でも!内通者はもっと情報を持ってるかもしれない!ラディウスの故郷がヒルスナイトってことも知ってるんだよ?他に何を企んでるか分からないのに……!」

「それでも誰かが赴く必要がある。適任が俺というだけだ」

「内通者が誰かも、何人かも分からないんだよ……。もし連れて行った兵の中に裏切り者がいたらどうするの?形勢逆転されて、追い詰められるかもしれないじゃん!」

「それでも対応できる。俺の魔力と魔法を知っているだろう?俺に勝てたのは、ヒカリしかいないんだぞ?」 

 どこまでも静かに話すラディウスは、行くと決めているんだと分かった。

 

 確かに彼は強い。

 これまで負け知らずで、いくつもの戦場を経験してきた。ソルセリルの歴史書に載っている以外の小競り合いも含めたら、あたしが心配する必要なんてないくらいの場数を踏んでいるんだろう。だから今も参戦を即決できる。自信しかないのだと、表情を見れば分かる。

 分かるけど……違う。

 そうじゃない。

 そんなんじゃ……。


「ラディウスが強いのは知ってるよ……。でも……でも――」

 声を震わせるあたしに、

「大丈夫だ。いつものことだ」

 ラディウスは言ったが、

「ラディウス様。魔力や魔法の問題ではありません」

 ヘルムートが厳しい声で間に入ってきた。

 批判しているといっても過言ではない目でラディウスを見つめ、

「貴方には今、婚約者がいるのですよ?力の強さや戦歴が、不安の解消に繋がると思うのですか?ヒカリ様は、ただただあなたの身を案じているのです。恋人をむざむざ戦地に赴かせたいと思う人がいるはずない」

 ラディウスは大きな物が喉につかえた顔をして、ぐっと言葉を堪えた。あたしを見て、

「――そうだな……。すまない……」

 もう一度抱きしめたくれた。

 さっきとは違う優しい抱擁で、思わず彼の胸に顔を埋める。

 

 泣きそうなほど辛かった。

 もちろん、行ってほしくはない。

 でもラディウスの立場はそれを許さない。

 彼が国のためにと決断したのなら、あたしにそれを止める権限はない。

 王妃であるなら尚の事、それをしてはいけない。


  

 彼を失うかもしれない恐怖と、自分が置かれている立場の狭間に立たされ、引き裂かれそうだった。

 

 一人で行かせたくない。

 自分がいない所で何かあったら、耐えられない――。


 

「――ラディウスが行くならあたしも行く」


 静かな部屋にあたしの決意が響いた。

 ラディウスはガバッと体を引き離すと、

「何言ってる?」

 酷く困惑した表情を見せた。

「ラディウスが行くなら、あたしも行く」

 もう一度同じ言葉を繰り返した。

 聞き間違いでないと確認したラディウスは、あたしの二の腕を痛いくらいに掴んだ。

「ヒカリが行く必要はない」

「あたしだって役立てる。戦場には医療者が必要だよ」

「そうだが、ヒカリが行く必要はない」

「こういう時のためにやってきたんだよ?兵士の傷だって治してきた。止血法も救急処置方法も教えてきた。全部こういう有事の際に備えるためだよ」

 掴まれた腕が痺れるくらい、ラディウスは力を込めて言う。

「そうだが……ヒカリが行く必要はない」

「あたしはラディウスの婚約者で、未来の王妃だよ。それに医療改革案の発案者。そんなあたしが動かないなんておかしいでしょ?」

「……――そうだが」

「ヒカリ様が正しいです」

 ヘルムートがまた割って入ってきた。 

 悔しいと痛いが混ざったような表情でラディウスを見据えている。

「ヒカリ様は婚約者である前から医療者でした。ずっと一人の医療者として尽力しておりました。ラディウス様も見てきたはずです」

 ラディウスは一番の腹心を刺すような鋭い目で睨んでいたが、ヘルムートは真っ直ぐにそれを受け止め、話し続けた。

「普段からの医療態勢を憂い、有事も視野に入れた対策をずっと模索し、ここまできたのです。その全てを否定なされるのですか?他の誰でもない、あなた様が」


 ラディウスは固く唇を噛んでいた。反論はしなかったが、激しく葛藤している様は目に見えるようで、じっとヘルムートを凝視していた。


「行ってほしくないのは分かります。しかしラディウス様の婚約者というお立場、何より医療者としてのヒカリ様の心が、それを許さない」


 ヘルムートはあたしを見て、

「あなたなら戦地に行くとおっしゃると思いました」

 痛いくらいに顔を歪めていた。

「例え婚約者というお立場に無かったとしても、同じことを言い出されたでしょう?」

「……――はい」

 即答したあたしを見て、ヘルムートは諦めたような、でも嬉しいような顔で、

「私が見てきたあなたなら、そう言いますよね……」

 零した。


 ヘルムートは一度大きく深呼吸すると、引き締めた表情をしてあたしとラディウスを見る。静かに覚悟を決めた彼は、唇を開いた。

「お二人でヒルスナイトへお向かいください」

 はっきりと言った。

「私たちがずっと注視と警戒を続けていた旧アザルスの元貴族が背後にいるのは、明白と思われます。目的はラディウス様への復讐、ヒカリ様への報復……そのどちらか、あるいは両方でしょう。もともと小規模すぎて尻尾を掴めなかった連中です。ここで一気に動いたということは、相当な勝算があるか、それに見合うだけの成果を見込めると踏んでいるのでしょう」

 

 あたし達はヘルムートに体を向ける。

 彼の覚悟に、あたし達も真正面から向き合わなくちゃいけない。そう思った。


 ラディウスを見て、

「小規模の相手と侮らないよう、くれぐれも用心してください。奢ったり油断せず、自信があっても警戒を解かないでください」

 次にあたしを見て、

「ソエイラの指輪がありますが、それに頼りすぎないようにして下さい。いざという時はご自身の力を発動してでも逃げて下さい。治療中であっても、他の者の安全を投げ売ってでも逃げて下さい」

 強く懇願するように言った。

「でも……それは――」

「国民を憂う気持ちは分かります。見捨てるなど到底出来ないことも知っています。ですが……ですが――私は敬愛する方を失いたくはない。それも2人同時だなどと、考えたくもないのです――」

 ヘルムートはあの時と同じ顔をしていた。

 

 白刃を首元に突き通されたかのような、歪んだ顔。

 それが彼にとってどれほどの恐怖と絶望なのか、青白い顔色をみれば容易に分かる。


「ヘルムートの心配と懸念はよく分かった」

 ラディウスはあたしを抱き寄せると、そのままヘルムートの近くに歩み寄る。

「力に奢らないし、最大限の警戒をしよう。ヒカリからも目を離さない」

 あたしも頷いた。

「ラディウスから離れないように――目の届かない場所にはいかないようにする。ちゃんと変装もするし、逃げなきゃいけない時は、自分の身の安全を最優先にするよ。襲われても、致命傷を負わせて逃げる。ヘルムートを心配させないように、頑張るから――」


 ヘルムートはあたし達の手を強く強く掴む。

 今の言葉をあたし達に、そして自分自身に刻み込むように長く、強く握っていた。

「約束いたしましたよ?お二人から言質をとりましたからね……」

「ああ」「はい」

「王都の護りは私にお任せ下さい。どうか、お二人揃って帰城して下さい。どうか――どうか――お願い致します――」



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