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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
幸多き日々

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婚姻指輪


 歓声を背に受けながら店の扉がバタン、閉じると、一気に静寂が訪れた。

 余韻で耳がわんわん鳴っている気がして、あたしは頭がクラクラした。治めようと眉間に指を当てて目を閉じると、

「大丈夫ですかな?」

 柔らかい初老の男性の声がした。

 

 ゆっくり目を開けると、朗らかな笑みを浮かべたドワーフのお爺さんが立っていた。ビシッとスーツを着て蓄えた髭を綺麗に揃えている姿はまさしく紳士で、これまで会ってきたどのドワーフよりも気品があった。

 

「悪いが椅子を準備してもらえるか。少しヒカリを休ませたい」

 

 ラディウスが店主らしきドワーフに頼むと、一礼した後、アンティーク調の椅子が準備された。

 腰掛けるとコップも差し出され、

「少し水でもお飲みください」

 朗らかに微笑まれる。ダンディな笑顔に少し心動かされ、イケおじだなぁ、と見惚れた。

 

 ラディウスが水を生成してくれ、冷たい一杯を口にする。冷水は一気に体を駆け抜け、気持ち悪かった胃にスーッと入り、凄く美味しかった。頭もクリアになるとやっと聴覚も回復して、近くの机にコップをコト、と置く音を捉える事が出来た。

「いや、凄い騒ぎでしたな」

 外と打って変わって静かな店内では、服の布擦れや呼吸の音さえも聞こえるほどだった。

「全くだ……。ここまで騒ぎになるとは思ってもいなかった」

 ラディウスは服の襟元を軽く緩めている。

 ドワーフはほほっ、と笑うと、

「それだけお二人への関心が高いのでしょう。上に立つものの義務の一つとお考え下さい」

「そんな義務があるとは想定外だ……」

「戴冠式の前にもお伝えいたしましたよ?」

「そうだったか?」

「朝からえらい騒ぎになっていたので、店内に遮音魔法をかけました。ここにいれば静かですから、ご安心下さい」

「助かる」

 

 どうやら顔見知りらしい2人は穏やかに会話をしている。ラディウスは薄く微笑んでいるようにも見え、こんなにも穏やかに喋るのは珍しい。

 

 2人を見ていると、

「戴冠式で使用する王冠を作成したのが私なのです」

 紳士のドワーフは教えてくれた。

「今回はお二人の婚姻指輪……。まさかまさか、陛下が婚姻なさるとは――考えてもいませんでした」

「そこは同意見だ」

 肩をすくめるラディウスは微笑んだままだった。嬉しい予想外、と言っているようで、あたしも思わず頬が緩む。

 

 ラディウスを見た店主は、

「良い顔をなされるようになった」

うんうんと満足気に頷くと、

「ヒカリ様、お初に御目にかかります。当工房の店主をしております、シルヴァーニと申します」

 胸に手を添えて深々と頭を下げた。あたしは立ち上がろうとしたけど、

「そのままで結構ですよ。まだ顔色が青くていらっしゃる。大事になさいませ」

 優しく制された。

 

 あたしは「座したままで失礼します。召喚者で陛下の婚約者のイセ・ヒカリです」と会釈した。

「はい、よく存じております。この度はご婚約、おめでとうございます。お二人の指輪を誠心誠意、作らせていただきます」

 柔和な笑顔を崩すことなく、座ったあたしに目線を合わせてくれた。

 

「行く行くはヒカリの冠も制作してもらう。婚姻の儀で使うからな」

「おや、嬉しい知らせですね」

 どこまでも穏やかに話すシルヴァーニは、遠い昔に会った祖父を思い起こさせた。上品さと落ち着いた雰囲気は大人の男性の渋さと魅力があり、あたしは好印象を持った。

「ヒカリ様の冠となると、王冠と対がいいですね。今からあれやこれやと考えるのが楽しみだ」

「その前に指輪の製作をしてくれよ?納期は半年を切っているんだからな」

「承知しておりますとも」

 店主はドワーフらしく職人の顔を見せた。

「工房まで足を運んでいただかなくてはなりませんが……。石だけでしたらお持ちすることも可能です。どうなさいますか?」

 ラディウスに確認すると「頼む」と返事をされ、

「承知しました」

 

 シルヴァーニは下の階へと姿を消した。その背中を見送ると、 

「もう大丈夫よ?店内の移動くらいできる」

 そう言ったが、

「鏡で自分の顔色を見てから言え」

 と止められてしまった。

「そんなに色悪い?」

「青白いぞ」

「コルセットのせいかな……。いつもより締め付けがキツイんだよね。ドレスがマーメイドだからさ」

「マーメイド?」

「ドレスの形だよ。腰のくびれを強調させるデザインだから、いつもより締め上げられたの……。少しは緩められたらいいんだけど……」

 ゴソゴソしていると、

「できるだろう?」

 後ろのファスナーをチラッと見られる。

「できないことはないけど……。さすがにここじゃ無理よ。シルヴァーニさんがいるし……。それに一人じゃ無理。背中見えない」

「俺が緩めればいいんだろ?」

 

 当然のように言われたけど、あたしは固まった。

 色々と疑問が浮かんだからだ。

 

「――意味分かって言ってる?」

「当然だろう」


 ムスッとして反論される。

「ドレスの留口を外して、コルセットの紐を緩めるんだろ。それくらい分かる」

 正解だったが、気になったのはそこじゃなかった。

「…………今までにも脱がせた経験があるってこと?」

「母の手伝いをしたことがあるだけだ」

 

 ああ……なるほど――って納得していいのかな。

 ラディウスは至極真面目に答えていたけど、まぁ……今まで女性関係はあってもおかしくないし……追求はしないでおこうかな。

 

「そういう事にしとく」

「…………疑っているだろう?」

「過去の女性遍歴については何もいいませんよ?過去のことだから」

「やはり疑っているじゃないか」

 

 ラディウスが不穏な空気をまとったところで、シルヴァーニが戻ってきた。しかしすかさずラディウスが、

「シルヴァーニ、悪いが合図をするまで下で控えててくれるか?」

 扉のノブに手をかけたままのシルヴァーニに言う。

「はぁ……かしこまりました」

 素直に元来た道を引き返し扉が再び閉じられると、ラディウスは、

「ほら、後ろを向け」

 とあたしを椅子の上でぐるんと回した。すかさず背中のファスナーに手がのびたので、

「えっ?本当にやるの?」

 ちょっと慌てた。

「顔色が治らないんだから、仕方ないだろ」

 遠慮なくファスナーをジーッと下ろされるのを感じる。ドレスの構造上、ウエストよりもはるか下、お尻の近くまである長いファスナーを一気に下ろされた。

「えっ、勢いよすぎじゃない?!」

 文句を言ったが、引き続いてコルセットにも手が伸びる。

 手際よく紐が緩められ、息がしやすくなってお腹の締め付けも軽くなる。まともに息ができるようになると、自然と肩の力が抜けた。

「どうだ?」

「あ、うん……。楽になった」

「なら今の位置で縛り直すぞ」

 ササッと紐を結ぶとファスナーが再び上げられる。

「できたぞ。確認してみろ」

 

 言われて立ち上がってみて、体をひねったり腕を回したりしたけど、問題は無さそうだった。

 

「うん。大丈夫そう」

「つべこべ言わずに手を動かした方が早いだろ。あと、いらぬ嫉妬もするな。俺に過去の女性遍歴なんてない」

「嘘だぁ。そんなに手際よく出来ちゃうのに?」

 疑いの眼差しを向けると、

「だから母の手伝いだと言っただろう。高齢になった母の着替えをよく手伝っていたんだ。だから出来る。それだけだ」

 言われてあっ……と思い出す。

 

 ラディウスの母親は人間だ。

 彼がいくつの頃かは分からないが、介護のような形で手を貸していたのかもしれないと思い至る。

 

「そっか……。ごめん……」

「ヒカリが謝ることじゃない」

「だって……」

 俯くとポンポンと頭を撫でられた。ヘアセットしているから本当に触れる程度の力加減だった。

「気にしていない。だから悄気る《しょげる》な」

 ふわりと笑われ、思わず抱きついた。優しい笑いがとても切なく見えたからだ。

 それに母親のことを話すラディウスは初めて見た。きっと看取ったであろう母親との思い出を、少しでも話してくれたのが嬉しかった。

「またお義母さんのこと聞かせて――」

「機会があればな」

「うん……」

 ラディウスはあたしの肩に口づける。熱い息がかかり、啄むようにちゅっと音を立てられ、小さく「ん」と息が漏れた。

 ラディウスは耳元で、

「シルヴァーニを呼ぶぞ。顔を引き締めろよ」

 囁いた。

「なら、そんな事しないでよ……」

 軽く睨みつけると、悪びれることもなく笑われた。



 シルヴァーニが呼び戻されると、彼は四角いアクセサリートレイを持って現れた。

 トレイの上には10個ほどの輝く宝石達がのせられている。

 2人で石をのぞき込むと、シルヴァーニが白い手袋をはめた手で指しながら説明してくれた。

 

「多くはダイヤを選ばれますね。希少性で言うとタンザナイト、アレキサンドライト、パライバトルマリンも人気です。パラチアサファイアは希少な上、その淡紅色が女性から人気です。互いの瞳の色を選ぶ方も多いですね。こればかりは一生ものですから、本日決めていただかなくても結構ですよ」

「それで間に合うのか?」

「ええ。指輪の形だけ定めていただいて、石は最後に決めても差し支えありません。大いにお悩みください」

 ラピスラズリとかダイヤとか、向こうでも聞き覚えのある宝石ばかりだ。翻訳機能のおかげなんだろうか?

 

「どれがいいとか、ある?」

「正直言うとヒカリに任せたい」

「だよね。ラディウスはそうよね」

 あたしは並べられた宝石達を見た。パッと目についたのは、深い青色の中に金色が散った宝石だった。星を散りばめた夜空を連想させ、ラディウスの銀の虹彩みたいだ、と思う。

「あの、この宝石はなんて言うんですか?」

「ラピスラズリですね」

「聞いたことがあるかなー。向こうでは誕生石だった気がする……」

「こちらでも人気ですよ。これがお気に召しましたか?」

 シルヴァーニは手前に宝石を置いてくれる。角度を変えるとキラキラと中の金色が光って美しかった。

「ラディウスの瞳と似てるな、と思いまして」

「そうか?」

 石を覗き込んだ彼に、

「銀の虹彩みたいでさ、そこが似てる」

「なるほど。ラピスラズリはもっと深い青もあります。そちらの方が陛下の瞳には近いでしょう」

「そうなんですか?その宝石、良さそうです」

「近い色味はありますので、お持ちいたしますよ。陛下はいかがなさいますか?」

 尋ねられると、

「さすがに自分の瞳の石は願い下げだ」

 眉を下げて渋い顔をしていた。

「ラディウスは違う石にする?互いの色を選ぶ人もいるって言ってたし」

「ヒカリの色となると黒しかないだろう」

 分かりやすく双黒だから、迷う余地はないもんね。

「黒い宝石ならラディウスに似合いそう。いいんじゃない?」

 あたしはアクセサリートレイの上に視線を戻す。

 黒系の宝石はなく、シルヴァーニに、

「黒い宝石ってあるんですか?」

「もちろん、ございますよ。黒ダイヤやオニキスがそうですね。ご覧になられますか?」

「はい、お願いします」

「でしたら、少々お待ちを」

 ニコリと笑うと、シルヴァーニは再び下階に消えていく。


  

 トントン拍子に候補の石が決まり肩透かしを食らったのか、

「かなり簡単に決まりそうだな……」

 足を組んで椅子に寄りかかると、力を抜いたように零した。

「もっと時間がかかるものと思っていたんだが」

「あたし直感的に決める方だから」

 暇つぶしにアクセサリートレイの宝石達を眺める。


 もともとこういった物に関心が薄いので、拘りも少ない。ゴテゴテとしたデザインも好きじゃないから、指輪自体もシンプルなデザインにしたかった。

「ラディウスは指輪の装飾、派手じゃない方がいいでしょ?」

「まぁそうだな。簡素な方が好みだ」

「なら意匠が少ないものにしようよ。あたしも派手派手しいのは好きじゃないから」

 言い切ると、

「……本当に今日中に終わりそうだな」

 何か面白いのか薄笑いを浮かべている。想定外過ぎたのかもしれない。

「もっと悩んだ方が良かった?」

「いや、そういうわけじゃない。女はこういった事に時間をかけるだろう?リリナのカミラを見ればわかりやすいが、ヒカリは全く違うなと思ったんだ」

「あの人は着るもの全てに独特なセンスがあるからね……」

 

 連れ回されて買い物した時は、トータルコーディネートに時間をかけていたから驚いた。今までそういったタイプの友人や知人が周りにいなかったから、ファッションモデルはこんな感じなんだろうな、くらいにしか思わなかった。

「あたしは装飾品に強い拘りがないから。結婚指輪はやっぱり特別だけど、すぐにこの石って思えたし……。一生身につけるものだから、直感でいいな、と思ったものが正解な気がして」

「ヒカリのそういうさばさばしたところは好ましいな」

 初めて言われたまともな褒め言葉にちょっと驚いてしまい、

「あ、ありがと……」

 驚きながらお礼を言った。


 そこへシルヴァーニが戻ってきて、ラピスラズリと黒ダイヤ、オニキスを見せてくれた。黒ダイヤは真っ黒だけど透明感があって綺麗だった。結婚指輪にするならやっぱりダイヤかな、という安易な理由でラディウスの石は黒ダイヤに決定した。


 次に指輪のデザインだが、2人の要望で細身でウェーブのかかったものに決定した。それぞれの指のサイズを測り素材を決めても、全てが小一時間で決まってしまい、

「こんなにも即決された方は初めてですね」

 とシルヴァーニは驚いていた。

「いかにもラディウス陛下らしい」


  

 予定よりかなり早く終わったので、残り時間はお茶を出してくれ、のんびりと雑談しながら過ごした。

 戴冠式の王冠作成のエピソードや、珍しい宝石の数々を見せてくれ、博物館にいるような気分になり楽しかった。

 店を後にする頃には外で騒音さながらの歓声が待ち受けていることも忘れ、扉を開けたとたんどっと耳に入ってきた音に驚いて固まってしまった。

 あたしはぎこちなく笑いながら、ラディウスの耳元で、

「この音を小さくする魔法とかないの?」

 かなりの大声で尋ねた。そうでもしないと聞こえなかったからだ。

 片手を上げて歓声に応えながら、

「そんな都合のいい魔法はない」

 ときっぱり言われてしまう。


 しかなくまた耳を爆音にさらしながら魔獣車へと戻り、あたし達は帰城した。

 

 完成した指輪にお目にかかるのは婚約式当日。その頃にはデザインなんて忘れていそうと思いながら、あたしは笑いを浮かべたのだった。

 

 

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