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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
幸多き日々

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王都へ


 婚約が公式に発表されてからも、あたしの周りで大きな変化はなかった。

 お屋敷で一緒に食事をとるのが習慣化したこと、城やお屋敷内を歩けば頭を下げられること、『ヒカリ様』と呼ばれること。

 それだけだった。

 

 久々に家に訪れた田岸さんと昼食を共にして、食後のお茶をのんびりと飲んでいる時にそう言うと、

「それはまた……随分と平穏に過ごせているようで、良かった」

 ホッと胸をなで下ろしていた。

「城と家の往復だけなら、さほど影響はないんですね」

「田岸さんの方は、まだざわついているんですか?」

 職場でやいのやいのと尋ねられるんだろうか。

「いや、ペンダントの魔法効果のおかげで、買い物も通勤も支障なくできてます。職場では――相変わらずですけど」

「そんなにあたしのことを聞かれるんですか?」

「みんなヒカリと直接対面したことがないので……、一度は本人に会いたいと懇願されますね」

「懇願なんだ……」

「ミーハー心が大きいんでしょうが、とにかく会うなら今が一番いいタイミングと考えているようで……」

「今が一番?どういうことですか?」

「正式に婚姻するとほぼ城に入るでしょう?自由に街に出たり俺と会えるのも婚姻前の今しかないと、同僚達は考えているようです」

「あぁ……なるほど」

「ヒカリが家と屋敷を自由に行き来できることや、城とは別に居宅があるなんて、彼らは知りませんからね。内通者の件がなくとも勝手にそんなことペラペラと話しませんが、住んでいるのは城で、滅多なことがない限り外には出ない、という思い込みのおかげで、同僚達は何とかしてヒカリと会えないか画策してるんです」

 困ったように笑いながら熱々のお茶に口をつけている。迷惑がってはいなさそうな顔だけど、疲れてはいそうだった。

「あたし、会いに行きましょうか?それくらいならできますし……」

 田岸さんは慌てて、

「いやいや!ヒカリを見せ物のようにしたくないです!」

 ブンブンと首を振った。コップからお茶が零れそうな勢いだった。

「それに、仮にそんなことになったら……相当な騒ぎになります」

「騒ぎ?ドッキリみたいになるってことですか?」

「いや、そう言う意味では……。ヒカリの護衛もいるでしょうし、職場だけでなく近隣にも迷惑が掛かりかねない……」

「護衛ならいつものエッダでいいのでは?」

「さすがにそれは無理があるかと……」

「無理?今までだって護衛はエッダ一人でしたよ?」

「それは……そうなんですが…………」

 何が問題なのか理解出来ないあたしは、首を傾げて田岸さんを見つめた。

 はっきり言わない田岸さんはさらに困り顔をして、どう説明したらいいのか考えていた。

「街に出ないヒカリは、国民が2人の婚約にどれだけ騒いでいるか、知らないでしょう?娯楽が少ないこちらの世界では、ゴップがいいエンタメになっています。要は、軽薄なノリで2人の婚約話に飛びついているわけではない、ということです」

 田岸さんは苦笑というには困惑が強い顔をした。

「明日、ラディウスと初めて公式に出かけるんでしたね?」

「はい」


 明日は婚約の証しとして、指輪を見に王都に下りることになっていた。

 それと言うのも、婚約式の準備は夫婦となる2人が揃って行うのが通例らしい。王族とて例外ではなく、他にも当日着用する衣装やアクセサリー、誓約に使う紙、ペン、インクに至るまで、その全てを自分たちで選ぶのが

風習なんだとか。

「まだ婚約式まで半年あるけど、指輪は特に製作時間が必要だから今から見に行くそうです。お店で石やデザインを選んで、作る途中に神聖な魔力を帯びさせなきゃいけないとか……。よくわかってないんですけど」

 

 婚約式は日本で言う結納にあたる儀式だけど、ヘルムートからの説明を聞く限りでは、かなり神聖で厳かな儀式のようだった。両家で顔合わせしてご飯食べて終わり、なんて気軽なものではないらしい。

 

「精霊と魔法の祝福を受けるから、それ相応の準備が必要とかで……。あのヘルムートが真剣に話してくれたので、凄く大事な儀式なんだな、くらいしか理解してないんですけどね」

「公式にラディウスと外へ出るなら、俺が言っている意味が分かるでしょう。その身でしかと感じてきて下さい」

 気遣わしげに眉を寄せた顔は、「お気の毒様」と言っていた。

 どうにも納得できなかったが、明日になれば意味が分かるか……と思い、

「はぁ……」

 と曖昧な返事を返した。


            ◆

 


 当日、城で準備を済ませたあたしは衣装を着た時点で困惑していた。

 薄いブルーのマーメイドドレス。いつもよりコルセットをキツめに締められたから、ウエストがキュッと引き締まり見栄え良く着こなせている。

 上半身は華やかなレース、背中は大胆に開いて花の刺繍がされ、ドレス部分はチュールで、床をズルズルと引きずるほどの長さがある。

「もはやウェディングドレスでは……」

 結婚式のお色直しさながらのドレスで、あたしは呆然としてしまった。このクラスの衣装を婚約の指輪を見に行くだけのために着用するなど、考えてもいなかった。


 そして城の玄関に降りたところでも仰天した。

 めちゃくちゃ豪勢な魔獣車が停められ、その前後に4台もの護衛の魔獣車が見えたからだ。しかも車とは別に騎獣隊、歩兵がいる。

 

 指輪を見に行くだけなんだよね?

 パレードするんじゃないよね?

 

 仰々しい列に固まっていると、

「ヒカリ、何してる」

 ラディウスの声がした。

 あたしのドレスと同じ色のタキシード姿。中に着ているベストはラディウスの虹彩と同じ銀色。

 格好良かったが、見惚れる間もなく腕を差し出され、

「そろそろ乗り込む時間だぞ」

 と魔獣車にエスコートされる。

 騎士や歩兵、多分見学に来たメイドさんや使用人の視線を浴びながら進み、騎士が魔獣車の扉を開けると、ステップに足をかける時も手を差し出してくれた。ドレスの長い裾がするするっと中に入り座席に腰を下ろすと、ラディウスが天井をトントンと叩いて御者に合図した。

 ガタガタと動き出すとようやく肩の力が抜け、

「なんか随分と仰々しいのね……」

深い嘆息とともに疲れた声が出た。  

「婚約式に使う指輪だからな、当然だ」

「と、当然なんだ……。あたしもっと軽く考えてた……」

「ヘルムートから説明があったろう?」

 向かいに座ったラディウスは優雅に足を組み、怪訝そうにシワを寄せる。

「あったよ?あったけどさ……。ドレスも魔獣車も警護も想像以上なんだもん……。こんな豪勢で目立つ格好になるとは思ってなかったの……」

 

 緊張から手汗が出てきた。最悪だ……。

 驚きを通り越して緊張が高まってしまった。

 

「格好だけだ。外に出る時は防御魔法を展開していたほうがいいが……店に入れば解除してかまわない。店内なら静かな環境になる」

「そう……?」

「店内は俺達と店主しかいない。そこまで気負わなくて大丈夫だ」

「分かった」

 あたしは気持ちを落ち着けようと、深呼吸を繰り返した。締め上げたコルセットのせいでなかなか困難だが、それでも心持ちマシな気分になる。

 

「こういう格好や扱いは窮屈か?」

 あたしの顔色が悪くなったのか、ラディウスは気遣わしげな表情をしていた。

 慣れないことさせたと思っているようだ。

「うーん……嫌いじゃないよ?綺麗な格好はときめくし嬉しいけど、慣れてなくて……。さっきみたいに注目されるのも緊張するし………」

 ラディウスはあたしの手を取ると、

「あまり気負うな。心労が溜まるぞ?人目がある所だけで背筋を伸ばしていればいい。あとは力を抜いてへらっと笑っていろ」

 微笑んだ。

「へらっとかぁ……。だいぶ気の抜けた顔になりそうね」

 笑い返すと、

「ヒカリはそれがいい。自由でいろ。俺の前では素でいればいい」

「いつも素だよ。今まで一度も肩ひじ張ったことなんてない」

「一度もないのか?」

「ないよ」

 言い切るとおかしそうに顔を歪め、

「それはそれで問題だな」

 笑っていた。


  

 雅な速度の魔獣車はなかなか王都に着かず、その間に随分と体の力が抜けた。

 気が緩んだあたしが昨日田岸さんに言われた「騒ぎ」の話をすると、ラディウスもピンときていないようで、

「そこまで騒がれているか?」

 とあたしと同意見を言った。

「どうせ一時的に新しい話題に飛びついているだけだろう」


 

 しかし、あたし達の考えは甘かった。

 王都が見え、ちらほらと民家が並び始めると、道の端に国民が立つようになったのだ。最初は豪華な魔獣車や護衛の集団が物珍しいからかな、と思っていたけど、街に入るにつれてそうでないことが分かった。

 まるで金メダルを取った選手が地元に帰還してパレードをしているかのようだった。

 沿道には人、人、人……。

 一様に笑顔で手を振り、歓声を上げている。土道から石畳の舗装された道に入るとさらに人は増え、花弁が舞い旗が飾られ、手作りなのかソルセリルの国旗を持った人までいる。

「ね、ねぇラディウス――。指輪を選びに来ただけなんだよね……?あたし達、これから何かをお披露目するわけじゃないんだよね?」

「そんな予定はない」

「ならなんでこんなにも人が集まってるの……?」

「――分からん」

 

 これを見ていると、田岸さんが言っていた「騒ぎ」は嘘ではなさそうだと思った。

「『随分と平穏に過ごせてる』って田岸さんが言ってた意味が分かった気がする……」 

 


 予定のお店に着くと、外で下車のための準備がされる。その間、歓声がずっと耳に入っていて、

「ねぇ……。これって、外に出たら手でも振ったほうが良いの?いつもどうしてるの?」

 ただ車から降りるだけなのに、プレッシャーから手が震えて始めた。 

「普段はこんな事にならないんだが……」

 ラディウスも戸惑っているようで、どうすべきか腕を組んで悩んでいた。

「戴冠式の時は?さすがに国民の前に出ていったでしょ?」

「式自体は城の中だけで、国民はいないぞ」

「ええっ?広場で挨拶とかは?」

「それはしたが……簡単に言葉を述べただけだ。愛想なんて振りまかん」

「なら他国は?他国の王族はどうしてるの?あたしの世界では、王族ってにこやかに国民に手を振ったり微笑んだりするものなんだけど……。こっちではどうなの?」

「知らんな……。興味も無かったし」

「ええっ!えーっと……ならグラータの戴冠式は?アリウェ陛下の時はさすがに戴冠式に出席したんじゃないの?隣国だし」

「出ていない」

「なんで?!国交あるのに!」

「あの時は代行で他の者に行かせた。面倒だったから」

「もう!王様の仕事してよ!」

 役に立ちゃしない。

「そもそも、いつもはこんなに人が集まらん。ここまでの群衆は建国以来、初めて見る」

「ど、どうする?さすがに無視っていうのはできないよ?」

「まぁ……確かにな」

 期待に応えるのが王族なら、こういう時もパフォーマンスは必要だ。

 

 話し合っているうちにも、下車準備は着々と進められてて、踏み台が設置された音がした。扉が開いてしまえば、あとは降りるだけだ。

 時間がないと焦って、

「とりあえず、下りた後に笑って手を振っておく?」

 おろおろとラディウスと扉を見た。

「そうするか……。引きつらずに笑えよ?」

「それはラディウスもでしょ?」

「………………俺もするのか」

「なんであたしだけだと思ったの?!」

 自分にも義務があるとは考えなかったようで、ラディウスは苦虫を20匹は噛み潰したような顔をした。こういう事は不得手って知ってるけど、さすがにあたし一人が愛想良くしても駄目だろう。

 でも逃げたいらしいラディウスは、

「……帰るか」

「何言ってんの?!」

 現実逃避しようとしていた。

 まごついていると、外から

 トントン

 催促のノックをされる。

「あぁ……もうそろそろ出ないと不審がられるよっ」

「はぁ……仕方ない」

 ラディウスは髪をぐしゃぐしゃっとかくと、観念して立ち上がった。

 

 扉を開けて外に出ると、歓声がワッと大きくなる。耳が痛いくらいだ。

 ああ…………本当に帰りたい。

 こんな事になるなんて思ってもいなかったから、胃が急激に縮んで重くなった。お腹を押さえているとラディウスのエスコートの手が伸びてくる。

 ギュッと目を閉じ一度だけ深呼吸すると、覚悟を決めて手を取り、外へ出た。


 

 冬の王都は寒くて、寒風に震えた。でもそれ以上に緊張で震えた。

 歓声で頭がわんわん鳴り、耳が仕事を放棄して何も聞こえない。

 ラディウスの手を取ったまま踏み台の段を慎重に下りて地面に到着すると、石畳を見ていた視線を勇気を振り絞って上げ、観衆に目を向けた。

 

 慰霊祭の時とは比べ物にならないくらいの人だかり。大人も子供も、王都の9割の人がここに集まってるんじゃないかと思えた。

 いつものように「全員じゃがいも全員じゃがいも全員じゃがいも全員じゃがいも」と念仏のように心の中で唱えつつ、あたしはかなりぎこちなく口を笑いの形にして手を振った。ラディウスは笑顔こそないが、片手をあげて挨拶をしている。

 その瞬間、これ以上は無理だと思ったのに、観衆はさらにボリュームを上げ、音が割れて聞こえた。

 

 何ヘクトパスカルなんだろ……。

 電車の高架下だってここまでの音じゃないはずだ。

 

 そんなことを考えていると、トントンと肩を叩かれた。

 ラディウスが何か言っていたけど全く聞こえなくて、体を寄せて耳と口がくっつかんばかりに近づくと、

「防御魔法を張っているか?」

 と聞こえた。コクコク頷き返すと、

「このまま進むぞ」

 肘を出され、エスコートされながら店の方に歩みを進める。騎士が道の左右に立っていたおかげで、群衆の顔はほとんど見えなくなった。

 ドレスの長い裾と慣れないヒールの高さの靴のせいでゆっくりとしか歩けないあたしは、わずか10メートルほどの距離が何キロもあるように感じられた。

「店内に入ったら少し休もう。耳が痛くてかなわん」

「うん。今、めちゃくちゃ吐きそう……」

「吐くなよ」

「この距離なら大丈夫……」

 コソコソと顔を寄せ合って会話をし、人々の好奇と歓喜の目に晒されるのがいかに大変か痛感した。

 芸能人ってこんな気分だったんかな……。

 静々とした歩みでやっと店の扉の前に着くと、騎士が扉を開けてくれ、あたし達は店内に入った。


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