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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
幸多き日々

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89/99

婚約の噂


「というわけで、田岸さんに報告に来ました」

 翌日の昼間。

 いつものエッダの護衛付きで、田岸さんの家でラディウスとの婚約を伝えた。

 彼は驚くこともなく、

「おめでとうございます、ヒカリ」

 満面の笑みでそう言ってくれた。

「驚かないんですか?」

「意外に思う人は少ないでしょう。今までを見てきた者からすれば、やっとか、と思います」

 えっ?の形で口が固まった。

「新聞紙面を賑わせていたのもそうですが、近くで見ている分にも2人の恋仲は明白でしたよ?」

「ええぇぇぇ!?」

 両頬がぱん!と鳴るほどに手をあてがってしまい、ヒリヒリした。


 明白?!

 そんなにもあたしは分かりやすかったの?


「ラディウスの変化は見ていて顕著でしたから。それなのに本人に自覚がまるでないので、どうなるかとかやきもきしましたよ」

「ラ、ラディウス……?」

「はい。あまりにも焦れったいのでラディウス本人に言及したことがあります」

「なっ?!い、いつの間に?!」

「俺への襲撃があった時ですね。それは片思いですよ、とお伝えしましたが、これっぽっちもピンと来てませんでした」

 

 全く知らなかった。襲撃の時と言えば、グラータから帰ったあたりだ……。

 つまり秋頃からラディウスはあたしを好きだったの?

 あたしが気持ちを自覚したのが冬だから……ラディウスの方が先に好きになってくれていたんだ――。

 そう思うとギュゥゥッと切なく痛みで締め付けられた。

 どうしよう。ラディウスに会いたくなった。


「何はともあれ、成就してよかったです。でもヒカリとは今まで以上に会えなくなりそうですね」

「あの、ラディウスにも聞いたんですけど……家なら来ていいって言ってくれました。そのペンダントが田岸さんと識別してくれるから、いつでも会いに来て良いそうです。手紙のやりとりも、日本語でなら続けていいって」

 

 昨晩話し合った時、ラディウスはサラサラとそう答えてくれた。予め考えてくれていたと分かりキュンキュンしてしまい、初めて自分からラディウスに抱きついたのだ。

 すごく驚いてたけど、ラディウスは笑っていた。

 

「あたしの生活はこれまでと極力変えるつもりはないって言ってくれました。邸宅にも部屋は準備してくれるけど、家もあたしの別邸でいいそうです」

「ヘルムートの言っていた通り、ラディウスはヒカリに飴しか与えてないようですね」

 田岸さんは面白うそうに声を出して笑った。

「ヘルムート?」

「はい。彼もラディウスの気持ちには早々に気がついていましたよ?ヒカリに頼まれたら何でも与えてしまうから、ヘルムートだけは飴と鞭でも鞭を多めにすると言ったました」

「そんな話もしてたんですか……」

「現に観光したいと言ったら、グラータと地方視察に連れて行ってくれたんでしょう?」

「…………まぁ。一応仕事の名目はありましたけどね?」

「それは建前でしょう?本音はヒカリの願いを叶えたかっただけでしょう」

 

 そ、そうなんだ……。

 どうしよう、またラディウスに抱きつきたい気分になってきた……。

 あたしはここまで軽い女じゃなかったはずなのに、いちいちラディウスの好意に反応して、顔を赤くしている。今もきっとそうなんだろう。この場には田岸さんしかいないから、よしとするけど。


「あの、婚約のこと新聞にはもう載ってます?」

「いえ、まだですね。もう近々だと思いますけど、先に新聞社から情報がリークしたので、街では専らその噂で持ちきりです」

「リーク?」

「どの世界でも同じですね。職場でもあれやこれやと質問攻めです。街を歩いても店の主人や行きつけのレストランの店員にも声をかけられます」 

「ええっ!全然心休まらないじゃないですかっ」

 すでに田岸さんへの影響は出ていた。

 ろくな日常生活が送れていないのでは、と申し訳なくなる。

「迷惑かけてすいません……」

「ヒカリが謝ることではないですよ。大半は祝福の言葉ですし。中にはミーハーもいますけど」

「日常生活に支障はないんですか?」

「ヘルムートがペンダントに認識阻害を追加で付与してくれたので、トラブルはありません」

「そんな事、いつの間に?」

「風話でたまにやり取りしてるんです。付与してくれたのは一昨日ですね」

 

 療養中だったはずなのに、田岸さんの元へも来ていたのか……。

 

「そのおかげでかなり楽になりました。声をかけられる頻度が激減しましたよ。黒目黒髪だからすぐにヒカリの親族とバレて囲まれてましたから、容姿を変えられるのは助かります。俺の名前まで街に轟いていますし、国民は大いに喜んでますね」

「田岸さんの名前まで知られてるんですか?」

「インターネットがない世界でも、噂の広がり方は凄まじいと実感しました」

「そこは同意します……」

「とはいっても、俺への関心は長くは続かないでしょう。大変なのはヒカリでしょうし」

「でも、田岸さんも気をつけて下さいね。内通者の件も片付いてないのに、結婚騒動まで重なって……。過激なパパラッチみたいな人もいるだろうから……」

「それはお互い様ですよ。俺とヒカリは庶民ですからね。最初から注目されているラディウスとは違うから、心労が多いのは確かです。その点はヘルムートと上手く連絡を取り合ってやっていきましょう」

「あの……しばらくわたしの家に避難しもいいですよ?あそこは静かだし、人も滅多に来ないので落ち着けると思います」

 田岸さんは「ありがとうございます」と笑った。

「この家にも認識阻害や防護魔法がかけられているので、不法に侵入されたり、家を特定されることはありませんから、平気です」

「そう……なんですね。なら良かった」

「このペンダントもあるので、かなり守りています。心配しないで下さい」



 しばらく雑談した後、あたしはエッダと共に家に帰った。

 田岸さんに直接報告もできたし、懸念していたパパラッチ問題も解決できた。ずっと先手を打ってくれているヘルムートとラディウスに感謝しかなく、帰宅したらお礼を言いに行こうと気持ちがそわそわした。


「エッダ、今日も付き添ってくれてありがとね」

「別に構わない。もう慣れたしな」

 いつもの調子で返されるけど、最初に比べるとかなりお喋りしてくれるようになった。距離が縮まったのは嬉しい。これからも長く付き合いが続くから、2人きりになる貴重なこの機会に、改めてよろしくと言いたかった。

  

「エッダ、ずっと護衛してくれてありがとね」 

「…………なんだ、急に?」

「こんな機会だから言っておこうと思って。ずっと助けてもらってきたけど、これからもお世話になるからさ。エッダのことは気のいい姉と思ってるから、2人きりの時は敬語なしでこうやって気さくに話して欲しい」

 公の場ではあたしの方が立場が上になるから、エッダは敬語になる。それに慣れなくて、少し寂しさを感じていた。

「ラディウスが家に入る許可を出してくれたから、田岸さんの所へあたしが行くことは減ると思うの。だからエッダと2人になる機会も減っちゃう。だから今言っておこうと思って」


 エッダは突然のお礼と告白に驚いていた。でもすぐに表情を変えると、 

「オレは結構この任務を気に入ってる」

 心の内を明かしてくれた。

「誰かさん達ののほほんとした顔を見ていたら、殺伐とした戦場にいる夢をあまり見なくなった……。あの場にいた自分を遠くに感じることが増えて……くだらないお前たちの会話や日常を、壊したくないと思ってしまう」

 

 あたしは黙ってエッダを見た。

 何気ない日常の報告をしてあっていただけなのに、エッダにとってはそんな風に映っていたんだ……。

 

「ラディウス様もたまにお前たちの話しをされることがあるんだぞ?以前から話題に上るとことがあったが、どこか楽しげに笑われるんだ……。

 ヒカリ様との婚約が決まった今、ノボルもラディウス陛下の身内だ。2人の輪の中に入れることに、お喜びを感じているのかもしれないと……邪推してしまう」 

 そう言うエッダの顔は、嬉しさが溢れたみたいに笑っていた。

 

 ラディウスがあたし達血の繋がらない兄妹をどう思っているのか、聞いたことはなかった。兄として認めてくれているのは知っていたけど、親兄弟がいないラディウスがそんな感情をもってあたし達を見ていたなんて、考えたことがなかった……。

 

 今日何度目かのキュンキュンが胸に迫る。

 最初はあんなにも邪険にしていたラディウスの印象がこうも変わるなんて、思いもしなかった。

 

「ヒカリ様、これから先、ラディウスの隣に立つことは苦労も多いだろう。だからオレたちを頼ってくれ。2人が歩く道の後ろを付いていけるなら、オレはどんな労力もいとわない」

 真面目な顔をするエッダに、あたしも真剣な顔で言葉を返す。

「分かってる。これからもよろしくね、エッダ」 


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