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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
幸多き日々

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婚約


 婚約が決まってからは、かなり多忙になった。医療体制改革の件以外にも婚約式というものをすることになったからだ。

 日本で言う結納みたいなものらしいが、なにせ国主の婚約だ。一般的な婚約式とは違う。

 

「婚約式はあくまで国内でのお披露目です。婚姻の儀は他国も参列するので、もっと盛大になります。覚悟してください」

 ハレイド達との会議開始を待つ間、あたしの部屋ですっかり回復したヘルムートからそう言われた。

 

 婚約式……。あたしはたじろいで、ずんと胃が重くなった。

 ただでさえ緊張しいのあたしだ。そんな宣言されたら身構えちゃうよ……。

 

「あのー……ちなみに婚約式はいつやるんですか?」

「半年後くらいですかね。もう招待状の手配も日程も決まっていますから」

「ええっ?!早くないですか?!」

 

 まだプロポーズから4日と経っていなかった。ヘルムートか復活したのが今日なのに……。

 いつの間にそんな仕事をしてたの?

 どう考えても療養期間中に動かないと、つじつまが合わなかった。

 

「ヘルムート!ちゃんと休んだんですか?療養中も仕事したんじゃないでしょうね?!」

 怒って言うと、

「指示を出しただけです。幸いにも優秀な部下がいるので。婚約発表そのものは早い方がいいので、諸々の手配が必要でした。近々新聞にも載りますから、その前にノボルに知らせておいて下さい」

 ニコッと笑って言われたけど、

「婚約式の日程を考えたのは誰ですか?」

「…………私ですね」

「半年後のラディウスの予定を調整したのは?」

「私ですが、各方面への連絡はイーサンです」

「婚約発表の連絡を新聞社にしたのは?」

「イーサンです」

「新聞社に出す文面を考えたのは?」

「それもイーサンです」

 即答がなんだか怪しい気がして、

「新聞に載る文書をイーサンが?本当に?」

 鋭く聞き返すと、 

「……………………私ですね」

 白状した。 

 ヘルムートの表情がだいぶ分かってきたぞ。

 

 それにしても、結局働いてる。何のための療養期間だったのか分からない。

 

「仕事してるじゃないですか」

 据わった目を向けると、

「ラディウス様の一世一代のことでしたから――つい」

 小さく肩をすくめ様子は、あまり悪いと思っていなさそうだった。

「気持ちは分かりますけど、休んで欲しいから療養期間を設けたのに……。仕事してたら本末転倒じゃないですか!何のためにあたしとラディウスが城に詰めて仕事してると思ってるんです?」


 ヘルムートが倒れてからのこの4日間、あたし達はずっと城にいる。ヘルムートの容体のこともあったが、たまりに溜まった仕事をせっせと片付けるのが最優先だったからだ。

 そしてそれをラディウス1人でやるには無理があった。補助役としてあたしも傍で手伝っていたのだ。おかげでずっとラディウスと一緒にいられたけど、玉璽を押した書類を各領地、各部署に分けたり、ダブルチェックしたり、完成した書類をイーサンに引き渡したり……。終いにはラディウスのスケジュール管理確認まで引き受けていて、さながら秘書のようだった。


「その件に関しては深く感謝しています。復帰したらほぼ片づいていましたから、相当驚きました。やはりご夫婦でやると早いですね。息ぴったりです」

 また笑っているが、自分の都合悪い事実をうやむやにしようとしているのが分かる。

「論点はそこじゃないんですよ、ヘルムート?」

 静かな怒りを読み取ったのだろう、ヘルムートは「分かりました……」と眉をへの字にした。

「婚約式以外の仕事はしてないでしょうね?」

「ええ」

「本当に?」

「本当ですよ。ちゃんとゆっくりしてました」

 じっと顔色を窺ったが、正直言うと疑った。どうにも腑に落ちなかったが、証拠もないのであれこれ言ってもしょうがない。

 次は絶対に休んで下さいよ、そう言うとしたところで扉がノックされ、

「ヘルムートいるか?」

 ラディウスが入ってきた。

「はい、ここに」

 立ち上がりかけたヘルムートに、

「一昨日言っていたサウス領地の耕作だが――」

 ラディウスは何か書類を持って話し出たけど、あたしもヘルムートも動きをピタリと止めた。

「ここは隣のジェナスがよくないか?地質的にも――なんだ、2人とも固まって?」 

 あたしが眼力強くヘルムートを見て、ヘルムートは罰が悪そうに視線を逸らしている光景に、ラディウスは怪訝そうな顔をした。

 

「――働いてましたよね?」

 低い声の問いかけに、ヘルムートはしかし何も言わなかった。黙秘権を行使するらしい。 

 ならば……。

「イーサン!!いるんでしょ?!きてっ!!」

 あたしが大声を出すとヘルムートもラディウスもビクリとした。

 

 この4日あまりの時間であたしとイーサンさんはかなりやり取りをしたから、それなりの関係性ができていた。書類仕事に追われていたラディウスは当然知らないし、ヘルムートだってちゃんと療養していたのなら知る由はないはずだ。

 

 扉からトントン音がして、

「はい……」

 イーサンも驚いた顔で部屋を覗き込んだ。まさかヘルムートがいる前であたしに呼びつけられるとは、考えてもいなかったのだろう。

「イーサン、ヘルムートの療養期間中の仕事状況を教えて」

「……は?」

「本当にヘルムートが体を休めていたか知りたいの。教えて」

「………えー…………それは――」

 何やらご機嫌斜めの陛下の婚約者に、きまりが悪そうな直属の上司のヘルムート。

 イーサンはどちらの味方になるか明らかに戸惑っていて、チラチラとヘルムートとあたしを見ていたが、

「イーサン、素直に答えてやれ。こうなったヒカリはあとが怖いから、ここで洗いざらい喋っていたほうがお前のためだぞ」

 ラディウスから言われてしまい、観念した。申し訳なさそうにヘルムートを一瞥したあと、話してくれた。

 

「療養初日から多方面のご指示をいただきました……。婚約式の各貴族への伝達、春に繁忙期となる田園地方の決算報告や治水の指示書に、海岸線の護岸工事の件など……」

「他の日は?」

「に、似たような毎日です……」

 あたしはもはや、イーサンを睨んでいた。

「つまり、1日も休んでないのね?」

「……――はい」

 縮こまったイーサンは年相応に見えた。いや、今はもっと若く高校生くらいに幼く映る。

 

 でもあたしは怒りと悲しみでそれどころじゃなかった。

「ラディウス!あなたの腹心はぜんっぜん!療養してないじゃない!」

 思い切りラディウスにあたると、

「それは今に始まったことじゃない」

 いつもの事、と返された。

「もう25年以上も変わらん。ヘルムートの場合、仕事部屋が執務室から寝室に移るだけだ」

「ラディウス様……」

「事実だろう?戦中の大怪我の時も、回復魔法で治癒させてすぐに現場復帰していた。副反応でめまいがしようが吐き気があろうが食事が取れまいが、関係なかった。言っておくがな、俺は散々止めてきたぞ?一向に直らんから諦めているだけだ」

 長年の付き合いであるラディウスまでもあたしの援護を始めたものだから、ヘルムートは一気に立場がなくなり反論できなくなった。

 

 ヘルムートが嘘をついていた事もだけど、全く休んでくれていなかった事実が嫌だった。

 休むどころか、いつもと同じ量の仕事をこなしていたなんて……。

 ただでさえ多忙なヘルムートだ。こちらの世界には傷病手当も休職制度もない。だから唯一の上司であるラディウスの言葉なら効果があると思って言い渡した療養期間だったのに……。

 あんにもラディウスの気鬱期の心配をしていたのに、自身のこととなると疎か《おろそ》過ぎる。

 

「ヘルムート……あたし………やりきれません――」

 俯いてくしゃっと顔を歪めたあたしを見て、ヘルムートはギョッとし、慌てふためいた。

「ヒ、ヒカリ様?!」

「あんなに顔色悪かったのに……。あたし達の目の前で倒れたんですよ?どれだけ心配したか――」

「あ、あの……」

「休職制度も労働基準法もないから、ラディウスの言葉ならと聞いてくれると信じて療養を言い渡したのに……。3日はゆっくりできたと思って安心してたら………嘘までついて………。回復しなかったら……どうするつもりだったんですか……?――もっと………自分を労って……欲し……」

 もっと言いたいことがあったけど、目頭が熱くなって声が詰まり、喋れなくなった。 

「いや……あの…………」 

 ラディウス、イーサンからもじっと視線を送られたヘルムートは、かなり狼狽していた。

 とどめとばかりにラディウスから、

「ヘルムート……ヒカリを泣かせるな」

 そう言われ、もう降参するしかなくなり、

「――申し訳ありませんでした……」

 深々と頭を下げた。

 

 あたしはしくしく声を出さずにそっと涙を拭き続けた。ラディウスはハンカチを渡してくれる。そのまま椅子に座るよう促され、ピッタリと傍についていてくれた。

 肩を寄せて腕を擦ってくれ、会議の時間までには泣き止むことができた。

 

「今日は……会議にも参加しない……で下さい」

 まだ震える声でそう告げると、ヘルムートは素直に頷いてくれた。

「ヘルムートの代わりにイーサンが出てよ」

 頼むと、

「わ、私ですか?!」

 驚いて聞き返えされた。

 あたしは何の問題があるの?と首を傾げた。

「イーサンは十分優秀だから大丈夫。なんの心配もいらないよ」

 イーサンはまたヘルムートを見たが、

「ヒカリ様のおっしゃる通りに」

 と言明され、頷いていた。

 

 あたしはずっとしょげているヘルムートに、

「ヘルムートは今日一日、何もせず、自分の部屋にいてください」

「……かしこまりました」

「それと猛省してください。いいですか?反省ではなく猛省です」

 強く言った。

 彼は黙って頷いていた。




 会議は恙無く《つつがな》終わり、1回目の講義日が決定した。ヨセハイド地方で行われることで合意し、講師には現役の回復魔法師が複数人来てくれることになった。

 特に医療的ケア――縫合、止血、薬の塗布、空間浄化魔法とポーションの併用、AEDもどきの雷魔法、心臓マッサージ法――については発案者のあたしが教鞭に立つことになった。知識としては結構高度な内容だから講義次第は後半になるらしいが、こればかりは逃げたり誰かに任せるわけにもいかず、胃が重いが覚悟を決めて引き受けた。


「講義の際には補助で回復魔法師も付きますから、大丈夫ですよ」

 ハレイドは朗らかに言うがあたしにとっては大問題で、もう一回知識を改めておかないと、と増えた仕事を考えた。

「付き添ってくれる回復魔法師が決定したら、打ち合わせがしたいです」

「もしかするとヘルムート殿になるかもしれませんが……。そこは日にちが近くなってからですね」

「時々講義にも顔を出されますか?」

 マルタに問われ、

「ええ。そうしたいとは思ってます。ヘルムートと要相談ですけど」

「きっと護衛も警護も大変でしょうしねぇ」

「講義会場内だけでなく、周辺にも警戒が必要でしょう。あまり回数多くはご覧になれないかもしれませんね……」

「講義当日も講義室には厳重な警備がいります。そのあたりはヨセハイドにお任せください」

 2人が何やら困り顔をするので、あたしは目をパチパチさせ1人ポカンとした。

「……警護?」

 呟くとイーサンがこっそり、

「陛下のご婚約者ですから……」

 耳打ちしてくれた。

 公式発表がまだだから、てっきり2人は知らないものだと思い込んでいた。

「お二人とも、もうご存知なんですか?」

 つい声を大きくして尋ねると、「逆になぜ知らないと思ったのです?」とマルタに苦笑いされた。

「貴族や各要人はもう知っています。早々に知らさが入りましたから。各地の領主は来週、城に召集されますよ?」

「ええぇっ?!あたし聞いてないんですけど?!」

 

 当の本人が知らないとはどういうことだ?

 

 焦って振り返ると、イーサンはコクリと頷くだけだった。どうやら療養期間中の仕事の一つだったようだ。

 さすがシゴデキヘルムート。

 根回しが早すぎる。 

  

「なにやら大変そうですね、ヒカリ様……」

 マルタが苦笑いした。

「こういうお話になったので――。改めて、ヒカリ様。ラディウス陛下とのご婚約、心よりお慶び申し上げます」

 2人が揃って丁寧に頭を下げた。

「えっ?あっ……、ありがとうございます」

 会議から個人的な話になり、また慌てた。

「我が領地でも相当に噂になっています。まだ新聞にも載っていないのに、屋敷内はこの話で持ちきりですよ」

「ええっ?!」

 も、持ちきり?なの?!

「以前から皆が強い関心を寄せていましたからね。無理からぬことです」

「公式発表後はさぞ国内が華やぐでしょう」

 ニコニコして言われだが、あたしは固まった。

 

 マジですか?!

 もう気軽に王都に行けない感じ?

 いや、今までも気軽ではなかったんだけど……。これまで以上に身動きが取れなくなるのか……。

 ならば早く田岸さんに会っておかなくちゃ。彼にも迷惑がかかるだろうし……。

 

 言われてみれば、地球でもロイヤルカップルの誕生は世界ニュースになる。結婚式を前に色々と大変なのかもしれない――。


 あたしはやっとラディウスとの結婚に実感が湧いてきた。両思い、初キスからまだ4日でこの有様。超スピード展開で庶民との婚姻とは大違いだ。

 パパラッチ的な騒動にならないか心配だし、内通者が不明な今、これ以上に警戒する相手が増えるのは、正直辟易だったが、もう腹をくくるしかない。


 とにかく、一番に田岸さんに報告だ。まずはそれを済ませよう。


 この後すぐのやるべき事を決めると、ハレイドとマルタに、

「ありがとうございます。会議の場では今まで通りの関係性で接してくれたら嬉しいです。医療体制改革が終わるまで、よろしくお願いしますね」

 背筋を伸ばして笑いかけた。

 

 

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