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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
戦の残響

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ラディウスの部屋


 あたしはグスタフにお屋敷まで送ってもった。ヘルムートには少し休息が必要だったし、これ以上仕事の手を止めるのも悪い。


 

 久しぶりにラディウスのお屋敷の玄関の前に立つ。

 一時的に身を寄せていたこともあったけど、今は全く来なくなったので懐かしい。図書室にはお世話になったな、なんて考えていると、 

「ヒカリ様……あの陛下はいつもの陛下とは違う……。会うのはいいが、気をつけろ」

 ヘルムートから事情を聞いたグスタフが、顔を覗いてそう言った。 

「大丈夫です。ヘルムートからも用心するように言われているし、力の膜をまとわせるので魔法攻撃は効きません」

「陛下は純粋な武力にも長けているんだぞ?魔法なしの腕っぷしで襲われたら、ひとたまりもないだろうが?」

「それはそうだけど……。そこはラディウスだし、大丈夫かな、と――」

 楽観すぎる返事に呆れたのか、グスタフは、

「とにかく、扉の前に誰か控えさせておけ。何かあればすぐに助けて貰うんだぞ。本当は俺がこのままついてられりゃぁいいんだが――」

 悔しそうに言った。

「急なことですから、無理なのは分かってます。ここまで送ってくれて、ありがとうございました」 

 グスタフは執事長を紹介してくれると、「くれぐれも気をつけろよ」と言い残して去っていった。


  

「ヒカリ様、お久しゅうございます」

 執事長はゆっくりと頭を下げると、蓄えた髭をモサモサ動かしながら、

「私は執事長のセバスです。以後、お見知りおきを」

 自己紹介してくれた。

 今までも見た顔だったけど、名前は知らなかった。 

 執事の定番の名前に近いけど、セバス、で終わりなんだ。

「ヘルムート様より、あなた様のことは伺っております。どうぞ、こちらへ」


 

 玄関を入ると、絨毯が敷かれた廊下をツカツカと歩く。セバスはお屋敷の最奥へ向かいながら、

「ラディウス様は昨晩から部屋よりお出になっておりません。お食事もされておらず、御姿も見せられません」

「気鬱期にはよくあるんですよね?」

「はい」

「長い時で1ヶ月部屋から出て来なかったとヘルムートが言ってましたけど……」

「事実です。あの時はさすがに、屋敷の者全員が肝を冷やしました……。お体が丈夫であることは存じておりますが、果たして体調を崩されておられないか……案じておりました」

 

 今回も同じ事態になるのでは、と危惧しているのが分かる苦痛表情だ。

 ラディウスは本当に慕われてるな。

 

「あたし、何か持って入りましょうか?ここ数日、ろくに食べてないんですよね、ラディウス」

「でしたら、お好きなリンカとお水を。お部屋の前に置いておきますので、ヒカリ様のよい頃合いに差し出してみてください」


  

 セバスは黒黒とした扉の前で足をとめる。この部屋に入るのは2回目だ。

「こちらがラディウス様のお部屋です。ご自身で鍵をかけておられるので、入れません」

「分かりました」

 あたしは力を発動させると右腕だけにまとわせた。

 扉に手をかけるとガチャ、と音がする。

 鍵が開いたというより壊れた音だ。軽く扉を引いてみると簡単に開いた。

「行ってきます」

 そう言うと、セバスはただ頭を下げた。

 

 一応ノックしたけど、返事はないだろうとヘルムートから言われたから、

「ラディウス?入るよ」

 とだけ声をかけて、返事を待たずに扉を開けた。


 

 部屋はカーテンが閉められたままで、リビングはかなり薄暗い。ずっと閉め切っているのか、空気が淀んで重かった。

「ラディウス、少しだけ窓を開けるよ」

 また返事を待たずに窓に歩み寄ると、カーテンを開けて窓を明け放つ。

 冬の冷たい風がさぁっと入り、室温は一気に下がった。

「換気終わったらすぐに閉めるから、少しの間辛抱ね」

 

 部屋にある窓全てを開けるとラディウスの姿を探す。

 

 リビングには居ない。

 やっぱり寝室かな?

 

 それっぽい部屋の扉を開けるとここも薄暗く、カーテンは閉まってた。返事はないけど、リビングと同じようにカーテンを開ける宣言をして、窓も開け放つ。

 

 彼は寝台の上にいるらしく、布団が盛り上がっていた。同じ部屋にトイレとお風呂はあるから水は飲めたかもしれないけど、流石に体力が厳しいんじゃないかな……。

 普段あんなに食べるラディウスだもの。空腹を通り越して何も感じてないかも。

 

「お水だけでも飲んでた?水分だけは取らないと、干からびちゃうよ」

 

 話しかけながら部屋の様子も伺う。

 室内は乱れておらず、暴力的になると聞いてた割には物に当たったりはしてないんだ、と分かる。

 5分の換気を終えると窓を閉め、

「ラディウス、そっちに行くよ」

 言って寝台に近づいた。

 

 ローテーブルの横にある椅子を移動させて寝台の横に置くと、ゆっくり腰を掛けて、丸まった布団を見る。

 

「ヘルムートから話は聞いてるの。たまにこうなる時があるって」

 布団の塊は僅かに動いたけど、それだけ。 

「今日は城でラディウスを見なかったから……ちょっと寂しかった」

 またピクリと動いた。 

「風話くらい送ってくれてもよかったのに。昨日はあんな別れ方だったし、今日会えないなら、なおさら教えて欲しかった。心配になるじゃない」 

「しなくていい――」

 初めて反応があった。

 

 聞き覚えのある声より、ガサついてる。やっぱり水分もあまり取ってないんだ。


「心配はするよ。当たり前でしょ?」 

「ヒカリはこんな男のどこがいいんだ……?」


 顔は見えなくても、声の覇気でどんな表情か想像がつく。虚ろな目をして、あの綺麗な銀の虹彩に光はないんだろう。

 

「魔力も魔法もあるが、得てしてそれに溺れる……。身を滅ぼす……」

「ラディウス良さは魔法でも魔力でもないよ」

 答えたけど、あたしの声は聞こえないかのように、

「その場は解決できるが、根本まで拭い去ることは出来ない……。遺恨は消えない」

 

 …………どういう意味だろう?

 遺恨って……

「戦のことを言ってるの?」

 

「誰もが弱みがあればつけ入り、首を狙ってくる――」

「味方じゃない人が怖いの?」

「生きているものより、死んだ者のほうが恐ろしい――」


 生者より死者が怖い……。

 過去の戦で殺めた人達のことを言ってるのだと、すぐに分かった。

 血で血を洗う戦だったと資料を見るだけでも分かったけど、実際を目にしてきたラディウスはもっと感じるものがあったんだろう。

 戦場の光景が焼きついていて離れないのかもしれない。

  

 あたしにも少しはラディウスの心境が分かった。

 アザルスで最前線にほんの少し立たされた経験しかないあたしでさえ、たまにあの時の夢を見るのだ。

 

 騎士に強引に馬車に乗せられ、剣のぶつかる音と怒声を聞きながら揺られて移動する。

 止まった馬車から引きずり出され、大勢の武器を持った人の前に放り出される。

 囲まれ、斬りかかられ、腕を落とされる。最後に首を落とされたと思ったら、また最初から同じ夢を繰り返す。

 

 早く終わってと何度も願った末、はっと目が覚めると、汗をかいて息が上がっている。

 強い恐怖が心を埋め尽くして、しばらく動けない。

 さっきのは夢で、今が現実だと受け入れるまでに時間がかかる。一人きりの真夜中であるなら尚の事。

 だから明かりをつけてお茶を飲んで、たくさん体を触って四肢がある事を確かめる。どうしても落ち着かずお風呂に入ったこともあった。やっと安堵すると空は白んでいて、朝が来たことを知る。

 みんなが起き出す時間なんだと分かると、誰でもいいから無性に人に会いたくなる。でも実際に会うと矛盾して、一人になりたくなる。そっとしておいて欲しい、話しかけないで欲しいと思い、孤独を選びそうになる。

 まだ味方が少ないと考えていたマンションにいた頃が、一番悪夢を見ていた。


  

 アザルスから出国してもうじき1年になる今、やっと夢を見ることが減った。

 ここにいる人達が安心できる人だと分かってきた事が大きいんだと、あたしは考えている。

 なにより、今はラディウスがいる。手を取れる距離にいることが増えたから、心安らいでいるんだろう。


 

 でもラディウスはソルセリルを建国してからずっと、こんな気鬱な時期を何度も繰り返している。経験した戦が多すぎるんだろう。

 そして、未だに近くに敵がいる。虎視眈々と隙を窺っている連中がいるから、休まる時がないんだ。

 気持ちを隠し、嘘の表情をして仮面をかぶる。本心を悟られないよう、勝ち気に振る舞って有無を言わせない。

 本当の味方がいるのはラディウスも知ってるけど、それ以上に対抗勢力が多すぎるんだろう。

 

 だからヘルムートはああ言ったんだ。


 ――戦いと争いばかりだったあの方の人生に、自分の感情に嘘のない素直な満足と喜びをお与えください

 


 嘘のない素直な満足と喜び。

 隙を見せないよう感情を表に出さず隠し続けてきた結果、本当に表現出来なくなってしまった。

 気鬱になったこういう時にでも、誰にも頼れないくらい頑なになった。

 そんなラディウスを救って欲しいと、ヘルムートは言ったんだ。


 でもずっと側にいたヘルムートに出来なかった事が、あたしに出来るかな?

 

 長年かけて結論を出したヘルムートのように、寄り添って、孤独を望めば一人にして、声をかけられれば側にいればいいんだろうか?


 でもそうじゃない気がした。

 それはヘルムートでもできることだ。あたしにしかできない方法でラディウスを救って欲しいと、ヘルムートは望んだんじゃないかな?



 あたしは自分の経験を振り返った。

 悪夢を見て目覚めた時、どうして欲しかったんだろう。

 お茶を飲んだり身体をさすって怪我がないことを確かめたり、お風呂に入ったり。

 それは悪夢を忘れたくてやったわけじゃない。

 悪夢が去ったことを確かめたかったのだ。

 

 今自分はここにいて、安全な場に身を置いていると確かめたかった。

 身体に触り感覚を確かめ、味を感じて湯で皮膚に刺激を与えることで、五感を使って確認させ、脳に教え込んだ。

 

 大丈夫、安心していいと。


  

 あの時あたしは一人だったから、そういう確認方法しかなかった。本当を言えば、同じ経験をした誰かに、傍に居て欲しかった。

「気持ちは分かる」と身体に触れて、「悪夢は終わった。今は安全だ」と意識を現実に縫い留めて欲しかった。

 そうすれば胸を撫で下ろし、心を解放することができただろう。大切なのは同調なんだ。

 

 

 でも、あたしはラディウスの戦の苦労も苦しさも知らない。「剣や武器を知らない手だ」と言われた通り、あたしは血で手を汚したことがない。戦いと争いばかりだったラディウスのこれまでを、あたしは理解してあげることが出来ない。嘘でも「分かるよ」なんて言えない。この先の安寧のために、人を殺めた彼の心に寄り添うことは出来ない。 

 

 だから、あたしがラディウスのためにできることは一つしかない。


  

「ラディウス、あなたの手は血に染まってるわけじゃないよ。前にも言ったけど、欲にまみれて、好き好んで奪ってたわけじゃない。そうでしょう?」

 返事はなかったけど、構わず続けた。

「ラディウスはちゃんと犠牲になった人を忘れてない。だからこんなにも苦しんでる。生きてるあたし達が命を亡くした人に出来ることは、忘れないでいること。それしかないから、それでいいと思う。毎年の慰霊祭で思い出して、偲んで、『恥じない志で今年も1年、精一杯尽くした』って報告してあげて。ラディウスの傍であたしも一緒にそう思うからさ」


「なぜ罪を犯してないヒカリまで背負う……?」


「あたしがそうしたいの。ラディウスと一緒にいたいから。それだけだよ。――その気持ちまで否定しないで」


 

 布団の中に手を差し入ると、僅かに指先に触れるものがあった。覚えのあるラディウスの手の感触。これを間違えるはずがない。

 顔は出してくれなかったけど、それで充分。


 あたしは丸まった布団ごと、ラディウスを抱きしめた。ラディウスは体を硬直させたけど、それだけだった。

 

「ねぇラディウス。また夢を見たらあたしの家に来て。 何時でもいいから……。本当はずっとここに居たいけど、それは嫌でしょ?」

 

 指先に込められる力が僅かに強くなる。

 離したくない、と言われている気がした。

 

「居ていいなら、このまま残るよ……。布団から出てこなくていいから……顔も見せてくれなくていいから――」

 手はさらに強く握られた。

 あたしは布団をぎゅっと強く抱きしめて、答えを返す。

 布団越しに伝わるラディウスの体温が分かる。体を小さく丸めているのも分かる。手は小刻みに震えていた。

 頭らしきところを撫でて、抱きしめ続けた。


  

 このまま落ち着くまで。

 

 ラディウスの自制が効かない震えが止まるまで。

 見えない圧迫感から解放されるまで。

 耐え難い陰鬱な気持ちが晴れるまで――。

 

 

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