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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
戦の残響

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乱れた心


 ロドルガッツから戻ってしばらく、ラディウスとは変わらず城で顔を合わせた。目が合うだけでも何かが通じている気がして、それだけで1日が鮮やかになって、何もかもが輝いて見えた。

 お互い仕事で言葉を交わす時間は少なく、食事の時間も合わなくて、わずかな風話での会話と次元魔法で家まで送ってくれる時間が、貴重な2人のひとときだった。

 あたし達は2人きりになれる時間があればよく手を繋いだ。自然と互いの手が伸びて、触れて、握る。そのまま今日あったことを報告する。

 そんな些細で短いやり取りを繰り返す。


  

 そんな日々が4日も続くと、だんだんとラディウスの顔色は悪くなった。毎日見ていても気が付く変化で、指摘すると、

「夜寝られない日が増えている……」

 疲れた声でそう教えてくれた。

「それって()()の影響なの?」

「まぁな」

「……食事は?」

「一応、食べてはいる」

 

 そう言うってことは、結構食欲がないんだろうな……。

 いつもなら一応、なんて曖昧なことは言わないもの。

 

「ヘルムートは気がついてるの?」

「恐らく……。何も伝えてはないが」

「……言わないの?」

「自分から言ったことはない。あいつは勝手に気が付くからな」

「そっか……」

 

 少しやつれたような顔を横目で見て、

「何か食べたい物ある?」

「いや、これといってない」

「そう……」

 

 ゼリーとかあればいいのにな。

 寒天とかゼラチンに似たものがあるか、今度聞いてみよう。

 他には……パン粥とかなら優しいかも。


 

 家の前まで来るといつもサヨナラをする場所で足を止める。

「何か食べたいものがあったら言って。作れそうだったらやってみるから」

 ラディウスはこれには返事をせず、

「今はヒカリといられる時間のほうが欲しい」

 顔を変えずにそんなことを言う。

 不意打ちのセリフにあたしは赤くなって、ぎゅっと手に力が入った。

「――うん、あたしも」

 ラディウスはふわりと笑うと、手の甲にキスを落とす。

「なら、また明日だ」

「うん……。おやすみ」 


 

 視察から5日が過ぎた翌日、マルタとハレイドから連絡が来て、初回の会議日が決定した。

「急ですが、明日の朝から集まりましょう。この会議が終わらないと、私もヒカリ様も身動きが取れませんからね」

「そうですね」

 

 医療体制の改正には回復魔法師が不可欠だ。現状の数では到底足りないから、回復魔法師を増やさなくちゃいけない。

 そのためには受験希望者がいる。そして、受験するには医学知識の教育がいる。

 回復魔法師志願者と衛兵希望者。

 果たしてどれくらいの人が興味を持ってくれたのか……。


 

「それで、明日の朝から会議になったの。少なすぎたらどうしよう、って今からドキドキしてる……」

 家への帰り道、どうしてもざわざわが治まらなくて、ラディウスに話をした。 

「少なくとも100はいるだろう。そこから試験をするから、70名も合格すれば十分な成果だろうな。衛兵は試験とは関係ないから別に換算すべきだ」

 

 100名!それと別に衛兵!

 そこまで集まるのかな……。

 

「そんなに来る?あたしはもっと少ないと思ってるんだけど」

「噂の黒の創薬師が募集をかけるんだぞ?100でも少ないと俺は思うぞ」

「まさか!そこまでの影響力はないでしょ?」

 冗談半分と思ってそう言ったら「自分の影響力の凄さをまだ分かってないのか?」と驚かれた。

「表立った公式の募集ではないなしろ、民の間ではすでに話題になってるぞ」

「……え?」

 そうなの?

 驚いてラディウスを見ると、 

「街の新聞でもノボルに送ってもらえ。それが一番現実味があるだろ」

「そういえば、今日あたり手紙が届くかも……」

「なら明日にでもヘルムートから受け取れ。自分の目で確かめてみるといい」



 翌朝、会議に行く前ヘルムートの執務室に寄った。予想通り手紙は届いていて、それを受け取ると城の自室で読んだ。

 唐揚げが王都で流行っていること、まだ店はできていないが、遅くないうちに出店の話が出てくると専らの噂であること。

 黒の創薬師が回復魔法が使える者を探していて、大きな事業を始めるのではと話題になっていると綴られていた。

 新聞記事もちょうどその部分が同封されており、それを開いてあたしはあんぐりと口を開けてしまった。記事の大きさはほぼ2面にわたっていたからだ。当然だけど、田岸さんの便せんよりよほどデカイ。


「嘘でしょ……?」


 しかも記事にはアレやコレやと憶測が散らばっていて、回復魔法が使える者と新薬を開発するだの、自身の弟子を募るつもりだの、好き放題に書かれていた。

 酷いものだと『新薬実験のために回復魔法が必要なのだろう。回復を受けたくなければ、かどわかされないよう夜道に注意』、なんて文言まであった。

 これは流石に誤解を生むのでは?

「あとでヘルムートに言っておこう……」



 手紙を読み終える頃にはちょうど予定時間となり、あたしはドキドキして会議に参加した。


  

 久々に会うマルタとハレイドは、会議室に入るともう座っていた。

「ハレイド、マルタ、お久しぶりです」

 ヘルムートからどんな相手でも呼び捨てにして敬称をつけないように統一しろ、と言われたから、慣れないけど呼び捨てさせてもらう。

「ヒカリ様、お席はこちらに」

 ヘルムートから指定された椅子と机に腰掛ける。

「お二人はヒカリ様の向いへ。恐らく長くなると思いますので、効率よくいきましょう」



  

「ヨセハイド地方では回復魔法を使える者のうち65名が受験希望をしています。中には読み書きが出来ない者もいますので、そこに不安を持つ者が幾人かいます。我が小隊では35名が参加します。回復魔法は使えない者たちですので、衛生兵としての知識を得ることになりますね」


 回復魔法師試験希望者が65名、衛生兵候補が35名!


「私が集めた有志の者は、回復魔法師試験希望者が31名、衛生兵を志願した者が29名です」


 えっ!回復魔法師志願者が全部で96人!衛生兵が64人!トータル160人?!


 思った以上の人数に、嬉しさでぼーっとした。

 ラディウスの言った通り、回復魔法師志願者は約100人だ。ほぼ正解なのが凄い……。


 あたしが何も発言しないので進行者がいなくなり、

「ヒカリ様、望外としないでください」

 しん……としていたところへ、ヘルムートの声が入ってくる。

「あぁ……すいません。思ったよりも多くて驚いてました――」

「説明を聞いた後検討したいという者もいますので、まだ増える可能性がありますよ」

 ハレイドの言葉に、さらに嬉しい驚きが湧く。

「えっ?そうなんですか?」

「私の周囲でも、そう言った声があります。衛兵志願者は増えるかも知れません。やはり新聞記事の効果が相当にありますね」

「あのデカデカとした記事ですか?」

「おや、ご存知で?」

 ハレイドは軽く驚いてあたしを見る。

 新聞をみるとは思えなかったのかな?

「ええ。兄が記事を見せてくれました。色々な憶測も多く書かれてましたけど……」

「あの誤解を生む記事については、正式に抗議しています」

 ヘルムートがすかさず口を添えた。

「まだまだ試験的な話だったので公式の発表は避けていたのですが、考えていた以上に民の感心度が高いのです。正しい情報提供を求めるなら、こちらも正確な情報開示が必要になります。医療体制改革の件は伏せて、回復魔法師の受験希望、衛兵の公募をしたとこは発表すべきかと」

「でも、そんなことしたらさらに志願者が増えませんか?他の領地からも希望者が出てきたら、流石に貴族の皆さんが黙っていないんじゃ……」

 

 何のためにそんなことをするのか、理由を求められるだろう。それに医療体制会議の時も批判を浴びかけない。ただでさえ反対派が多いのに、これ以上波風を立てるのは得策とは言えなかった。

 

 あたしが懸念を示すと、ヘルムートは「大丈夫です」と言い切った。

「公募はすでに終了している、との文言と共に発表すらば問題ありません」

「ああ、なるほど!」 

 さすが頭脳明晰ヘルムート。

「こちらにも予定人数がありますから、想定外の事態は避けたいですからね」

 

 考えてた会場とか講義場所とか、全部考え直しになるのは困るからな……。結果、勉強開始が遅れ、試験が遅れれる。

 試験が遅れればそれだけ現場に入る時期も遅れてしまう。そんな事態は避けたかった。


「公式発表にあたり、ヒカリ様からのお言葉も頂かなくてはいけません。恐らく取材依頼もくるでしょう」

 

 あたしは固まってヘルムートを見た。

 取材?

 インタビューってこと?

 

「彼らは言葉巧みに公募の目的、意図、今後の展望など事細かに聞いてくるでしょうが、当たらず触らずで受け答えする必要があります。ヒカリ様の苦手とするところでしょう?私も同席して援助いたしますから、ご安心を」

 

 1人でないのは心強いけど、そうは言っても新聞記者からのインタビューか……。

 インターネットのないこの世界で、新聞がどれほどの影響力を持つのかは容易に想像がつく。

 あたしの発言や印象が今後の医療体制改革案を左右するかもと考えると、もう気分が悪くなってきた……。

 

「…………今から青い顔にならないで下さい」

 あたしの顔色を見たヘルムートは、呆れ顔をする。

「まだ取材を受けると決定もしていないのに……」

「すいません……。そういうのは苦手なので………想像しただけで気分が……」 

「確かに新聞媒体の影響力は凄まじいですからね。発行部数と影響力はほぼ比例します。そして、ここ最近の発行部数は右肩上がりです。記事の内容にも題材にも力が入るというものでしょう」


 プレッシャーを増やさないでいただきたい……。


「ともあれ、今は会議です。具体的な希望者人数もわかったところですし、今後について話をしますよ」



 

 そこから初回の講義日時、全体の講義行程、実演講義の内容、小テストの回数などなど、回復魔法師試験までの課程をおさらいした。

 初回講義にはあたしも参加し、他の講義にはたまに顔を見せる程度の予定だ。さらがら専門学校の校長にでもなった気分だが、講義内容やカリキュラムを考えるのは回復魔法師学校があるので、そちらを基盤にしてもらった。

 大切なのは魔法とポーションと薬を並行して使うという、柔軟な思考を教え、養ってもらうこと。さらにその考えを現場に浸透させることだ。これが最大の目的。


「では、残りはまた明日にでも話し合いましょう。ヒカリ様の予定も埋めていかなくてはなりませんから、きちんと日程調節をしましす。ご自身でも忘れないように書き留めて下さい」

 もう秘書のようなヘルムートは、キリリとあたしに言った。



 

 会議が終わった夕方。

 あたしは少し休憩しようと自室へ戻った。ヘルムートもラディウスの執務室へ行くため、後をついてくる。

 ちょうど最上階に着いた時、ラディウスの背中が見えた。仕事終わりなのか、1人で廊下に立っている。

 

 よかった、今日は城内でも会えた。

 

 そう思って嬉しくなり、

「ラディウス」

 呼びかけた。

 しかし彼は微動だにせず、まるで声が聞こえないようだった。誰もいない廊下の先を見ているのか、立ち尽くしている。

「ラディウス?」

 もう一度声をかけるが、やはり反応はない。

 

 あたしはいよいよ()()の影響が大きくなってきたのかと不安になる。

 

 食欲、睡眠が十分にとれていないなら、精神にも影響して幻覚や幻聴を見てもおかしくない。

 この世界には抗精神病薬はない。精神疾患の治療•研究も十分でなく、大昔の日本のように、精神を病んだ人は閉じ込められたり隔離されることが多いそう。身体的にも問題はないから、回復魔法も適応外だ。そこもソルセリルの課題なんだけど、今はとにかくラディウスだ。

 

 あたしはラディウスに駆け寄る。手を伸ばして、

「ラディウ――」

 声をかけようとした。

 すると突然、

 バリン!!

 後ろの大窓が凄い音を立てて割れた。

 びっくりして「きゃ!!」叫び、反射的に体が固まる。

 振り返ると大窓が2枚も割れ、寒風と共に雪が吹き込んでいた。最上階だから髪も服の裾もスカートもバタバタと暴れまくる。

 

 何?外からの攻撃?

 

 ……にしては窓ガラスが内側に飛び散ってない。つまりこの廊下側から窓が割られたことになる。

 呆然と窓を見つめていると、ヘルムートが慌てて結界を張り窓の応急措置をした。

 吹き込んでいた強風が治まり、あたりは急に静かになる。

 

「ヒカリ!」

 突然、叫ぶように名前を呼ばれた。

 またびっくりして、声を出したラディウスを振り返ると、彼は珍しく顔を青くしていた。

「腕が!」

 腕?

 言われて見てみると、左腕がザックリ斬れて出血したいた。服は鮮血に染まり、指先からは血が滴っている。


 え?

 なんで怪我してるの?


 攻撃された覚えはまるでなかった。怪我を自覚すると途端に痛みを感じ、指先もジンジンと痺れだす。

「ヒカリ様、動かないで!」

 ヘルムートが駆け寄ってきて、回復魔法をかけてくれる。あたしは確か鞄に鎮痛剤があったと思い、右手を突っ込んでいじくったけど、いかんせん片手なので上手くいかない。

「何を探してる?」

 ラディウスが寄ってきて、

「鎮痛剤。この中に入れてるの」

 伝えると手伝ってくれた。

 

 お目当てのケースを発見すると、ラディウスが一粒取り出して、口に入れてくれる。右掌に魔法で水を生成すると、かぶっと飲んだ。

 その頃には怪我も良くなって出血も止まる。

「指先の感覚はどうですか?」

 ヘルムートから聞かれ、左手の感覚を確かめる。

 まだ痺れていたけどちゃんと動くし、感覚もある。肩や肘も可動を確認して、

「指先の軽い痺れだけです。時間が経てば治ると思います」

 伝えた。

「念のためポーションも飲んで下さい。神経を損傷しているのなら、私の回復魔法では治っていませんから」

「いや、多分怪我をした一時的な影響だと思うので、平気です」

 そう言ったが、

「ヒカリ、ちゃんとヘルムートの言うとおりにしておけ」

 鋭く言われた。

「左手に痺れが残ったら、今後の生活に支障が出ますよ。お早く」

 左右から注意された。

 反対は出来ずに、仕方なく中級ポーションを鞄から取り出して飲み干す。


 それを見届けると、

「――すまない」

 ラディウスから謝罪された。

 彼は唇を歪め、憎々しげに床の一点を苦しそうに睨んでいた。

 こちらの胸までもがえぐられそうな顔に、あたしは理由が分からず、

「何が?」

 暗い顔を見返した。

「怪我だ……。俺がやった――」

「え?」

 目を点にするあたしと違い、ヘルムートは深く眉根を寄せると沈黙した。

 

 ラディウスは片手で額を覆うと、

「――今日はヘルムートに送ってもらえ」

 呟くように言う。

「ヘルムート、ヒカリを頼む……」

「――承知しました」

 言い置くと、そのまま自室へ下がろうとする。

 

 その背中が酷く小さく怯えているようで、あたしは堪らず、

「ラディウス!」

 呼び止めようとした。

「今は1人になりたい……」

 懇願するような意気消沈とした声に不安を覚える。

 急速に心が陰り、このままラディウスが遠くへ行ってしまうような、言いようのない恐怖が湧き上がった。

 

「待って――」

 言いかけると、ヘルムートから腕を掴まれた。彼は何も言わずただ顔を左右に振って『追うな』と言う。その目にも哀願が見え、あたしは口を閉じ、引き留める声を呑み込んだ。


 ラディウスはトボトボと執務室ではなく自室への扉を開けると、真っ暗な部屋へと入っていく。

 とっぷりと日が暮れた室内は獣の口腔のようで、ラディウスは吸い込まれるように姿を消した。


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